三 戦略修正
米国は英国との間に連合参謀本部を設置した。そして、英国に倣って陸海軍の統合指揮調整機構として統合参謀本部を設けた。メンバーは、米陸海軍最高司令官付参謀長のリーヒ提督、陸軍参謀総長のマーシャル陸軍大将、海軍作戦部長のキング海軍大将、陸軍航空軍司令官のアーノルド陸軍大将の四人である。陸海軍合同会議と違って法的裏付けはなく、大統領の個人的な軍事顧問だった。
ホワイトハウスのリーヒ提督の部屋に統合参謀本部の四人が集まる。先日、大統領から戦略の転換が必要かどうかを諮問されており、明日の午後に回答しなければならない。
四人はまず、参戦してから起こった国際情勢の動きを評価していく。
「スペインとフランスは枢軸国として扱う。こちらから戦線は開かないが、攻撃されたら応戦する」
リーヒの言葉に、三人は頷く。
「北大西洋の援ソ航路は閉鎖し、北太平洋航路だけとする。中東・印度経由は英国の問題で、合衆国は関与しない」
キングは渋い顔で首肯する。船員組合と港湾組合が共闘して英国への出航を拒否している。海軍にはどうしようもない。
「地中海と北アフリカの制空権、制海権は枢軸にあり、海上封鎖は不可能だ」
枢軸国の戦争資源で一番不足しているのは石油のはずだった。しかし、ルーマニアのプロエスティ油田に加えて北アフリカの伊領リビア、仏領アルジェリアにそれぞれ油田が発見された。地中海を航行するタンカーを攻撃する手段が連合国にはない。
米国は当初、地中海を重要視していなかった。北アフリカに展開されたのは英独伊ともに数個師団規模の軍団である。戦闘は常に沿岸の機動戦で、艦隊をもつ英軍に有利なのは明らかだ。伊海軍が全力出撃できるとは一顧だにしてなかった。
「どういう手品か知らないが、一時期はドイツの石油タンクは空になったに違いない」
「今は北阿油田の石油で満タンだろう」
「とにかく、英国は地中海を抑えきれなかった。ジブラルタル陥落は時間の問題だ」
スペインが領内通過を認めたので、ドイツ軍はジブラルタルを陸路からも攻撃可能になった。クリミア戦で使用した列車砲グスタフがフランスを通過したという。まもなく東部戦線は冬に入るから、回せる陸兵は多い。
英海軍が大西洋から救援しようとしても、使える戦艦は新造艦を入れても五隻しかない。それに対して伊仏海軍は戦艦十隻だから、勝利は見込めない。クリスマスどころか、中間選挙までもたないだろう。
「ジブラルタルを取られると、北アフリカから南イタリアへの侵攻は不可能になります」
大西洋の制海権は連合軍にあるから、喜望峰回りで地中海に援軍を送り込むことは可能だ。しかし、枢軸軍はリビアから大きくエジプト側に入り込んで前哨線を構築していた。空中哨戒線はさらに広く、エルアラメインはおろか、アレクサンドリアまで偵察機が飛んで来る。
「彼らがその気になれば、カイロ、スエズまで占領できる。それは先日、アレクサンドリア港が襲撃されたのでも明らかだ」
「それですが、なぜ駐留せずに引き上げたのでしょう」
「前線を広げたくないのだろう。エジプトまで進めば、中東だけでなく印度を相手にすることになる。ロンメルの心中は別だろうが」
「強行偵察かも知れません。あるいは示威」
「それはあるだろう。ただし、英国にしか通じないがね」
「トルコを引き込みますか?」
「それは政治の問題だ。違うかね」
「もちろんです、リーヒ提督」
会議は、ドイツまでの侵攻線に移る。
「今の時点で、ドイツ本土へ陸路侵攻するには中東からしかない。それもクウェート、シリア経由だ」
「遠すぎますね。兵站が持たない。現地調達できるのは石油ぐらいで、工業生産が期待できる都市はない」
「シリアからバルカンへ行くには、クレタ島を占領するしかない。それにはリビア、少なくともキレナイカの無力化が必要です」
他にも問題はあった。ギリシャからバルカン半島を進撃すると、ベルリンが一番奥になるし、枢軸国の過半を占領しなければならない。軍政を敷くということは、バルカンの民族問題を引き受けることでもある。火薬庫の中に兵站線を引くのは悪夢だ。
また、ソ連軍の戦線と近く、彼らの作戦の影響は免れない。独自の作戦は取り難くなるだろう。反対に枢軸側はやりやすくなる。それくらいなら、いっそソ連軍と肩を並べる方が容易だし、損害も少ないはずだ。しかし、ソ連へ軍を送るのは国民が黙っていない。参戦の事由は英国と欧州を救うことだった。
「前提となる東地中海の制海権も容易ではありません。とにかく、中東は遠い」
「上陸戦での死傷率は非常に大きい。それが許容されるのは戦争終結までの期間が短縮される場合のみだ。選択肢は多くない」
「ドイツ本土に近いベネルクスか北フランスですね」
米国は強きを挫くガンマンであらねばならない。決して相手の弱みにつけこんだり、後から撃つことがあってはいけない。正々堂々の正面勝負なら、敵地への上陸戦と、首都への侵攻は欠かせない。
「しばらくは陸軍航空隊に踏ん張ってもらうしかない」
「はい。来年からはドイツ本土爆撃を開始したいと思います」
「うむ。最近の百機爆撃は戦果を上げている。来年中に一千機爆撃を可能になるよう航空機生産に傾注する」
「爆撃目標はカレーからベネルクス、そして北ドイツ。もちろん、企図を悟られないように幅をもたせますが」
「わが陸軍の進撃路を均しておいてくれ、遠目が利くようにね」
大統領は、自らの公約を反故にして参戦した。反対する国民は決して少なくない。軍としても無視はできない。銃後の安定は、先の大戦からの戦略的課題だ。国民の期待は、米国にしかできない戦争である。ただの勝利ではない。戦死や戦傷は避けられないから、それを補って余りある勝利と栄光で報いるしかない。
枢軸国にはもちろん、ソ連や英国にも真似のできない米国の戦争を遂行しなければならない。同時に、損害や死傷も最低限に抑える。そのためには、最高の兵器や武器、装備を揃えて兵士全員に供給する。
陸軍の全部隊は機甲化と自動車化が徹底される。砲兵も自走砲で、歩兵は自動小銃だ。豊富な弾薬と燃料、糧食を補給するトラックの隊列。小隊や分隊にも予備の装備や弾薬を搬送するために車両を持たせる。
となれば、必然的に主戦場は山岳地ではなく平坦地となる。陸軍の侵攻線は、補給や兵站から論理的に導かれたものである。勝利戦略は、実によく練られた計画だった。今回の修正でも、本筋は変更しなくてもいい。助攻のための戦線は開くが、英国やソ連の希望を容れてもいい。主攻軸を欺瞞するためである。
「大方針はこれでよかろう。最後に大統領への要望だが、なにかあるかね?」
「英国の情報網が機能低下しているようですが、コマンドへの参加は容赦願いたいですね。情報に関しては共同作戦はありえない」
「米国の工業力は米軍向けに専念するべきです。それだけ反攻が早くなる。英国はともかく、ソ連向けは日本や満洲を使うべきかと」
リーヒ提督は各軍の意見を聞くと、自分なりに解釈して復唱してみせた。三人は頷く。
「米国は一歩勝利に近づいた。ありがとう」