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LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
終章 戦線混迷
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二 誘導兵器


 ヴァージニア州ノーフォーク海軍基地の会議室で、先の海戦の戦訓評議が行なわれていた。実は査問委員会の準備会議でもある。海図の前に立った海軍情報部のロス中佐は憔悴した顔で言った。

「異常な結論になりました」

「は?」

「目撃情報は非常に少なく、かつ錯綜しています。ひとつとして筋の通る証言がない。混乱するばかりで、海戦の明確な状況は不明です。確かなのは残存艦船と乗員だけです。これらから推し量るしかありません」

「一ヶ月以上かけた結論がそれかね。混乱しているのは情報部だろう」

 第2艦隊司令官のハルゼー大将が噛みつくと、ロス中佐は下を向いた。

「ビル、それじゃ前に進まない。聞いてやろうじゃないか」

 合衆国艦隊司令長官のキンメル大将のとりなしで、ロス中佐は報告を開始した。


 護衛艦隊からの定期連絡から、海戦が起こった日と海域は判明している。二週間前に一度、中間報告が行なわれていた。厳重な緘口令が敷かれたので、大敗とは予想できた。しかし、報告された損害は予想以上に甚大だった。米英あわせて戦艦十六隻、空母八隻、輸送船七十九隻、補助艦艇四十隻のうち、海戦後に所在が確認できたのは戦艦七隻、空母一隻、輸送船九隻、補助艦艇十八隻だった。


「本推論を出すに至っての情報源はお手元のレポートにあります。それぞれ、信頼度と確度を判定し、資料批判の上で採用しました。最も確実としたのは、戦闘海域の天候と艦隊旗艦、戦隊旗艦からの通信です」

 ハルゼーは手早く目を通す。救命ボートに蓋をされて漂流していたホーネット艦長の証言が、信頼度B、確度Cとされていた。かっとなったが、注記に救助後に死亡とあったので立ち上がるのは止めた。再確認する間もなく、息を引き取ったのだろう。

「何十人かの生存者が、独軍に拘留されていることが判明しました。英国陸海軍はこの海戦の情報を得るためだけに、三つのコマンド部隊をノルウェーに送り込みました。それで、独軍の出撃規模と損害も推定できました」

「大敗とわかってから送り込んだのか。たいしたものだ」

「まだ一人も生還しておりません」

「・・・」



 海軍情報部によると、PQ17船団は出港前から独軍に監視されており、出港日時も誘導された形跡があった。それは海戦日時と海域、さらに天候を最適とするためだという。そのために、PQ15もPQ16も出港は妨害されたらしい。

「海戦時の晴天を望むのはどこの海軍も同じだろう」

「海戦が目的ならそうです。船団通過を目的とするなら、多少の悪天候は幸いでしょう。敵の哨戒網を潜り抜けられる」

「そうだったな。船団護衛が任務だった」

 艦隊の四分の三が失われた大敗戦は、当然ながら査問会議の対象となる。重要なのは戦訓の抽出で、二度と同じ失敗を繰り返さないためだ。しかし、今回の査問会議は違った。

 それは、護衛艦隊の戦艦と空母が全滅し、同じ警戒部隊の正規空母は二隻とも沈んでいるのに、戦艦は四隻とも帰還したからだ。艦隊指揮や士気に疑念を持たれるのは当然である。


「独海軍は全力出撃しました。戦艦三隻、装甲艦二隻、重巡二隻、軽巡三隻、駆逐艦六隻です。帰還したのは戦艦が二隻、重巡一隻、駆逐艦二隻だけで、いずれも大破」

「壊滅には違いないが、沈まなかったか」

「近いといえばそれだけだが」

「Uボートは保有四〇〇隻のうち、二五〇隻がこの方面に出撃していたもようで、ほぼ稼動全数です」

 ロス中佐の報告は、敵の海上戦力、海中戦力、航空戦力と続いた。いずれも、米英が予測した敵勢を数倍も上回るものだった。

「つまり、ドイツ軍は動かせるものすべてをここに集中したのか」

「はい。八月下旬より二週間、北仏、独本土での迎撃はありませんでした。また、バクー空襲以来、長距離爆撃機の出撃も確認されておりません」


「独第5航空艦隊の爆撃機ですが、He111が一二〇機、Ju88が一二〇機、Fw200Cが六〇機で、合計で三〇〇機。帰還できたのは四〇数機だけです」

 ハルゼーは空母艦長や空母部隊司令官を歴任してきた。パイロット免状も持つ。ロス中佐の読み上げる数字が引っかかった。レポートを読み返して、怒声を上げる。

「待て、中佐。沈んだフネは戦艦と空母だけでも十六隻だ。一発や二発の爆弾で戦艦は沈まない。三〇〇機なら、命中率は八割を超えるのではないか。ルーデルが三百人もいるというのか!」

「提督。ナチスドイツは工場で量産しているのです。それも三種類以上」

「ルーデルⅠ型、Ⅱ型、Ⅲ型か。ふざけるな!」

「提督。百パーセント、仰るとおりです」

 ハルゼー大将は拳を固めて立ち上がる。会議室の中は騒然となった。



挿絵(By みてみん)



 一時間の休憩の後、会議が再開された。報告を続けるロス中佐は、左目に眼帯をしていた。ハルゼー大将は包帯をした右手をポケットに入れている。

「以上が三日間の経過です。独軍はわが方が決戦を挑むのを承知の上で、それを上回る罠を仕掛けていました。通常の航空戦、艦隊戦、潜水艦戦に、巧妙なタイミングで効果的に、新兵器を紛れ込ませたのです」

 キンメル司令長官が手を上げる。

「ロス中佐、戦艦や空母の損失は数種類の誘導兵器によるものらしいことはわかった。それを秘匿するために通常弾や焼夷弾を混ぜ、海上も炎上させた。だから、漂流して救命されたものは非常に少ないと」

「長官、敵味方ともにです。少なくとも、独海軍の装甲艦二隻と巡洋艦二隻が炎上中の海域に突入し、わが残存艦艇の殲滅を全うしました」

「輸送船の被害はどうなる。やはり誘導爆弾としたら、敵の爆撃機は三倍以上は必要だろう」

「長官、Uボートに加えて追尾水雷です。ノルウェーには独海軍の第405沿岸航空隊と第906沿岸航空隊があって、He115を六十機以上装備しています」

「水上機による機雷撒布か!」


 会議室の照明が落とされ、映画が始まった。穏やかな海を漁船が横切っていく。浮きのついた網を引いていた。海面には海草か水母みたいなものが漂っていたが、それらを漁船の網は捕らえて行く。見る間に、海面はきれいな青色を取り戻す。

 画面がズームアウトされて、海と見えたのはプールで、漁船は十インチほどの模型だとわかった。そのおもちゃの船は、決してプールの縁には接触せず、数インチ手前で方向転換した。角度は毎回違うようだ。

「衝突回避回路を逆転すれば自律型の追尾兵器になるというのか」

「端折って言えば、そうです。現在、特許利用の交渉中です」

「特許だと?民生品か」

「日昌丸に展示されていた水面掃除機です」

「日本製なのか」

「少なくとも三つの分野で画期的な技術が使われています。最も顕著なのは大きさです」

「小さいのはたしかだが」

「この容積では通常の真空管や電源は載せられないのです」



 会議が終わった時、日は没していた。コートを羽織るロス中佐の背中にハルゼー大将が声をかける。

「中佐、よく調べた。しかし、敵軍への過度の感情移入は慎むべきだな。殴られても文句は言えない」

「は、はい。提督」

 ハルゼーはロスの肩を掴んで引き寄せ、囁いた。

「うちの子になれば守ってやる」

「え」





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