表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
第四章 昭和一七年九月
29/45

王宮


 機動連隊の本部要員は、軍司令官官邸を指定されると、即座に連隊本部の開設を開始した。といっても、連隊長のほかに下士官が五人で、第二陣で来る連隊副官らを入れても十人に届かない。もとより参謀はいなかったし、直属の関東軍総司令部に通じる遠距離無線機も装備にはない。だが、今回は第二航空師団の二式複戦を経由する通信を確立するように命じられた。

 それは機動連隊の本分と乖離してはいないかと、連隊長の波須美大佐は思う。孤立無援、補給途絶を常態とする機動連隊は、もっと単純な任務でこそ本領が発揮できるのだ。たとえば某国の書記長暗殺とか大統領誘拐とかの任務なら、訓練して来た戦技を存分に活かせるだろう。安心して隊員を送り出せる。

 政略・軍略の配慮が必要な作戦では隊員が可哀想だ。だから、政治的責任をとるために自分は可能な限り戦場に出る。今回は、殿下の無茶も黙認してしまった。もともと機動連隊の創設に深く関わった方だから、いずれは戦場に出られただろう。といって、自分が免罪されることはない。わしゃ畳の上では死ねまい。



 官邸の中庭には十数台のトラックが整列していた。第一中隊第一小隊は八台に分乗して王宮に向かう。運転を担当する八人の隊員は端から点検し始める。余分に用意されているのは、好きなものを選べということだろう。連隊長は顎に手をあてて頷く。

 駐屯地から市街までを警備する第二小隊はすでに進発していた。徒歩で第一小隊の通る道路に先行し、両側で警戒する。一組は南山の山麓、朝鮮神宮前に布陣して状況を監視し、連隊本部との間に試製三式二号無線機で通信を確保する。試三二無線機は九四式六号無線機を改良して、無線電話の通信距離を三キロまで延ばしたものだ。


 第三小隊は二班が米国のロジャーズ中佐について米英領事館に出張る。最後まで残った領事や幹部たちを護衛する。情勢によって龍山まで護送するか、江華島接収に来た米軍に引き継ぐかは中佐の判断による。一番長引くと思われたので、弾薬と予備銃器、無線機をトラック二台に載せて、第一小隊の後を追う。各国の領事館は、第一小隊の進路である光化門通の交差点の左、すなわち西大門通に集中していた。


 第三小隊の残り一班は、連隊本部と駐機場の警備に一組ずつ分かれる。とても足りないが、まもなく第二中隊が到着する。歩哨がいれば本来の業務や作業に専念できるからありがたい。いないよりは各段によかった。

 そして、輸送機の乗員は自機の整備にかかる。百式輸送機の搭乗員は、操縦士、副操縦士、機関士、無線士の四名である。一応は機内に備え付けの百式機関短銃をそばにおいてはいるが、すぐに整備に夢中になった。たった一組六人の隊員は、輸送機の配置を外から確認して、効果的な歩哨経路を巡る。



 龍山駐屯地の北門を出た第一小隊のトラック八台は、がら空きの道路を北へ驀進する。京城駅前を過ぎると左に折れ、南大門から太平通、光化門通と真北へ抜けた。道幅は広く二十メートルはあるだろう。朝鮮総督府の偉容が見えてくる。手前にあった光化門は東側に移設されていた。総督府の後に目指す王宮、景福宮があるが、遮られて見えない。ここまでずっと京城電気の軌道が走っていた。

 水田中隊長に柴崎班長が話しかける。

「いつもながら連隊長の決心は早いですね」

「早過ぎて、何も考えていないのではと心配するな」

「「あっはっは」」

 南大門のロータリーと光化門通の交差点では検問を受けた。いずれも助手席の松山少尉が符牒を言うと、最敬礼で通してくれた。その符牒は水田大尉が聞いたものと違っていた。どうも符牒には、階級か任務の別で何種類かあるらしい。

「日本語で通せるのはありがたい。号令も装備も日本陸軍のまま。我々だけ一号装備ということは、敵さんも日本軍の装備ですか」

「うん。敵さんは、今のところ革命派だけだが、同じ装備だ。ただ、号令や会話に支那語を使う者が多いらしい。一号装備は正直言って理由が分からん。あるいは米国の要請かもな」

「なるほど。作戦を左右するものではありません」

「そういうことだ」

 水田大尉がちらりと見ると、隊員たちが頷いていた。准尉の質問は第一小隊柴崎班を代表したものだった。



 米国政府要員のリウ中尉は、三台目のトラックに乗っていた。キャビンのドアには黄色のペンキで大きく『キ』と書かれている。幌は畳まれていたから周囲が見渡せた。隊員たちはずっと総督府を見ている。派手なゴシック形式四階建ての迫力は圧倒的で、前方の視野を独占していた。

 荘厳さはワシントンの合衆国議会議事堂と同等だが、重厚さが違う。東京の帝国議会議事堂に似たものがある。なんだろう、この重々しさは。正門を過ぎる時、右端に昨夜の爆発跡が見えた。大きく広がった黒い焦げ跡に比べると、損傷は大したものではなさそうだ。そこで気がついた、壁が分厚い。耐震設計の差なのか。

 しかし、隊員たちの視線はもっと高く、もっと広かった。総督府に陣取った京城侍衛旅団一個大隊の布陣を観察しているらしい。歩哨、機銃座、高射砲座・・、頭の中の建築図面と合わせているのだろう。

 制動がかかったらしく、体が前に押される。総督府の左手、西側に停まっていた。素早く隊員が降車して散開する。中尉も班長の後に続いて降りる。トラックには運転兵と護衛役二名が残った。頭を低くした運転兵の膝の上にはカービン銃が置かれていた。



 総督府西側の入り口の前には土嚢が詰まれてあった。置いてあるのは九六式軽機関銃だ。重機関銃はもっと上の階に設置したのだろう。松山少尉が銃座の軍曹に符牒を言うと、伝令が走った。中から一個分隊の兵隊が出て来て、二手に分かれて人の壁を作る。その中に、水筒を提げた将校が出て来た。国王陛下の御付武官らしい。緊張した顔つきだが、切迫した様子はない。

「機動第二連隊第一中隊長の水田大尉です。国王陛下をお迎えにまいりました」

「朝鮮国軍、亀村中佐。ご苦労」

 二人が敬礼を交わしている横に、リウ中尉が顔を出す。敬礼した後、慇懃に頭を下げる。

「誠に不躾で失礼ですがこのQチップを両耳の穴に指していただけますか」

「あ、ええと。まあ、米国には協力するよ」

 中尉はポケットから照準眼鏡を出すと正面から中佐を覗き、顔の向きを上へ下へと指図する。

「ウェル、ハーフインチ、スリークォーター・・。合格です。本人と確認しました」

「なんだ、照合してたのか。ん。まさか、陛下にも?」

「えへ」

 亀村中佐の顔が興奮で真っ赤になる。何か言おうとした時、隊員の一人が肩を叩いた。

「中尉、それぐらいでいいだろう」

「え、あれ。プリンス殿下もおられたんですか」

「僕が確認している、大丈夫だ」

「はっ。米国政府は本人確認を終了します」

 宮田参謀は亀村中佐と共に王宮に向かう。人の壁も一緒に前に移動する。機動連隊も後に続く。

 隊伍の中ほどに戻った中尉に伍長が寄ってきて囁く。

「いつもやってるのでありますか、よく文句を言われませんね」

 中尉はぎょっとした。いつの間にかあの軍曹も近くにいる。

「まあね。いつも死体だから言われたことはないな」

 ミッキー軍曹は声を出さずに、大口を開けて笑った。



 リウ中尉は考える。どうやら何事もなく任務は終りそうである。いつ革命派が乱入してくるかと思っていたが、取り越し苦労はいつものことだ。王宮とは言葉の割には無防備なものだが、すぐ前に要塞があって軍隊が詰めていたら、革命派も自侭には動けまい。あとは引き返すだけだ。思った以上に府内は静穏だし、道路も広く空いている。すぐに帰り着いて、それからは空路だ。

 無事に越したことはない。中尉は頭を振ると、車列に向かう。ほとんどの隊員は荷台を客に引渡して、トラックの両側を走って帰る。だが、米国要員の席はあるだろう。

 その時、大声がした。トラブルが起きたようだ。出発直前の車列の前で、数人の女官が騒いでいる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ