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LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
第四章 昭和一七年九月
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龍山(一)


 龍山は王宮の南方二キロにある軍の町である。旧朝鮮軍司令部をはじめ、第二〇師団司令部、歩兵第七八連隊本部や歩兵第七九連隊本部が置かれていた。西に龍山駅があり、軍官舎の他に鉄道官舎も密集していて、南には漢江が流れている。飛行場はなかった。

 京城府の飛行場は漢江の中州、汝矣島にあった。開港は昭和四年だが、実は大正五年から軍用飛行場としての実績がある。水害に弱いので金浦に新空港を建設中であった。しかし、汝矣島も金浦も王宮からは漢江の対岸で橋を渡るしかないから、今回の作戦では使えない。

 朝鮮国軍は駐屯地のど真ん中、軍司令部と師団司令部の間を縦断する舗装道路を拡げて滑走路を急造した。


 二式単座戦闘機二機に護衛された二式複座戦闘機がまず現れた。高度をとったまま、周囲を含めて偵察する。別の二式単戦二機が爆音を轟かせ、南から低空を進入してくる。一機は急造滑走路の真上を通過したから、状態と長さも目測しただろう。その二機が高度を上げて旋回に入ると、ようやく低翼の百式輸送機が進入して来た。

 その様子を陸軍軍人の一団が見上げている。

「閣下、また通過しました。慎重ですね」

「大事なものを乗せているのだろう。慎重なのはこちらも望むところだ」

「両陛下を乗せてもらわないといけませんからね」

「そういうことだ。一機も失いたくない」

 朝鮮国軍の洪思翊中将とその参謀らは日本語で話していた。階級章も参謀飾緒も、日本軍そのままである。



 田辺機長が操縦する編隊四番機は急造滑走路の終端で機体を起こし左旋回に入る。千百メートルは十分な長さだ。着陸は南からだが、最初の三百メートルは転圧不足かもしれない。すぐ横に池や沼が光っている。

 地図を見ていた機関士が告げる。

「南の方は総督府鉄道局の官舎街ですから、そんなものでしょう」

「といって奥は弾薬庫なのだろう」

「一個師団分ですからねぇ」

 滑走路の先は、地図では兵営、弾薬庫となっていた。その屋根には、ご丁寧に赤いペンキで『ハイルナ』と書かれてある。さらに、突き抜けないように、路面電車を二両転がしてあった。不安は残るが、早めに接地した方がいいようだ。

「どうします」

「満タンで来た。弾薬も満載、選択の余地はない」

「了解。新型脚は頑丈です」


 編隊に被害機を抱えていた場合、これに着陸を優先させるかどうかは悩ましい問題だった。搭乗員が負傷した場合は優先されるが、機体だけの損傷、特に機体下部の場合は厄介だ。着陸用装置は飛行中に点検できない。巡航中に高揚力装置や前輪を出すのは危険が伴うからだ。着陸動作の最後の最後まで不具合があるかはわからない。着地した途端に脚が折れる場合もあった。

 編隊長が指示した着陸順は、四番機、三番機、長機、二番機、以下番号順だった。至近弾があったとされた四番機の田辺機長は異常なしと申告してきた。だから、編隊長は乗客・貨物の重要度と各機の練度、滑走路の不整の可能性を頭の中で組み合わせて、着陸順を決定した。

 急造設置の野戦飛行場の場合、滑走路の路盤、路面の状況は不明であり、最重要の客を乗せた長機が最初に着陸することはない。といって、滑走路は着陸を繰り返すたびに疲弊していくものだから遅くも出来ない。前線に近い場合、最初の機体で安全確保や警備の兵力を展開させておきたい。幸いに、着陸後の駐機地への誘導路は広く、三、四機の並走もできそうである。



 田辺機長の百式輸送機四番機は、南端から三百メートル地点に着地し五百メートルの滑走で一旦停止した。すぐに地上誘導員を追尾して右手の駐機場へと向かう。開いた天井窓に立った副操縦士は鉄帽を被っていた。機体側面の窓は開かれ、銃架の後には隊員がついている。

 二番目に着陸した三番機は、滑走路の奥の方を使った。南端から五百で着地し北端に百を残して右に入る。輸送機は次々と降下してきて着陸すると、駐機地へと急ぐ。駐機地は東側の兵営をそっくり撤去してあった。双発機なら三十機近くは収容できる。


「三点着地で跳ねなしのぶれなし。さすがは教導飛行団ですね」

 副官の香川中尉が感心する。香川は戦闘機乗りだった。

「そう卑下することもあるまい。わが工兵はきちっと仕事をしたということだ」

「はっ」

 四番目に着陸した機体だけが滑走路を長く使った。殿下が乗っておられるとすればそれだろうと洪将軍は見当をつける。

「お迎えに行くぞ」

「閣下、波須美大佐が一番高位と聞いておりますが」

「それはそれ、これはこれだ」

 日本陸軍にいた朝鮮人の中では、洪思翊の中将が一番上位の階級であった。その洪将軍が自ら出迎える。日本軍人なら感じ入るに違いない。それは、連隊を出すべきところに師団を出すという形で現れるだろう。



 編隊二番機には、関東軍作戦参謀の宮田少佐が乗っていた。洪将軍が言うところの殿下、宮様である。波須美大佐、米国人の中佐、宮田参謀の三人を先導して、洪将軍は軍司令官執務室に入る。全員が戦闘装備で、洪将軍も水筒を提げていた。

「軍部次官の洪思翊です。国王陛下の命により朝鮮国軍を代表します」

「機動第二連隊の波須美です。本作戦の現場指揮を委ねられておりますが、それ以上の権限はありません」

「関東軍総司令部、宮田参謀です」

「本作戦において米国権益を代表するロジャーズ中佐です。米満軍事協定に基づく江華島接収、シャーマン作戦の次席指揮官でもあります」

 洪将軍は上を向いた。米満軍事協定というが今回に限っての事で、昨日結ばれたばかりだ。米国は満洲帝国の朝鮮軍事介入に協力する見返りに江華島を得たのだ。

 むっとした顔でロジャーズ中佐は続ける。

「将軍、国王夫妻の江華島避難を進言します。二十四時間で江華島の守備は整います」

「中佐、その件は本職の権限外です。本作戦は、満日米三国に承認されたと聞いている」

「将軍、江華島へは陸路で一時間もかからない」

 米国人は食い下がり、滔々と作戦論を述べはじめた。朝鮮の立場を考えているのか、洪将軍は遮らない。波須美連隊長と宮田参謀は横を向いていたが、中佐の講釈が五分を超えると立ち上がった。これ以上は聞いていられない。

「本作戦に関してご意見がないようであれば、われらは部隊に戻りたい。洪閣下、よろしいですか」

「作戦参謀を待たせてある。二番会議室だ。よろしくな」

 二人は敬礼して部屋を出る。日本陸軍は室内では敬礼は行なわないが、洪将軍はちゃんと答礼した。しかし、ロジャーズ中佐が呆気にとられたのはそれではないだろう。



 二番会議室には、朝鮮国軍作戦参謀の少佐と道案内役の三人の少尉が待っていた。ほかに、第一中隊の士官四名と米国人のリウ中尉もいる。机の上には京城府の地図だけでなく市電案内や観光名所図会も開かれていた。

「作戦参謀の若松です。戒厳令により要所は軍で抑えました。それ以外は停電中で、路面電車も東大門の車庫に停めてあります。外出した府民は全員拘束し、帝大周辺の学校へ収容しています」

「公道には軍服を着た者しかいないと?」

「はい。通行証と符牒は毎日更新しています。士官と准士官に通行証を用意しました。トラックは十五台」

「問題はなさそうだ」

「今のところです。二時間前に東亜日報の号外を入手しました。国王陛下を侮辱し、国民の蜂起を扇動するものです。京城侍衛旅団の大隊本部でした」

「ほう、すると」

「軍の内部も浸透されつつあります。越権行為ですが、第二中隊の到着を待たずに即時の行動開始を進言します」

 若松少佐は腕時計を見て続けた。

「一時間以内に陛下には出発して頂きたい」


 しばらくの沈黙を破って、水田中隊長が聞く。

「軍服でない者を見た場合はどうします」

「便衣兵です、撃ってください。軍服に関わらず怪しい者は撃ってかまいません」

 若松少佐が答えると、中隊附きの柴田少尉は嘆息する。

「女子供は撃てない」

「その時は、私が撃ちます」

 そう答えたのは、案内役の松山少尉だった。





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