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LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
間章 米国参戦
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五 仏西参戦


 ヴィルヘルム・カナリス提督は、監視されていることを自覚していた。それは母国がナチス政権化にあるからではなく、海軍大将にして国防軍諜報部の長であるという提督の枢要な地位から生じている。国の閣僚や要人が監視下におかれるのは当然であって避けられない。それは護衛と同義なのだ。

 監視者から警告を受けたことがある。ずいぶん前のことだ。あるいは、自分の思い込みだったのかもしれない。


 自宅の庭に並べた鉢植えの列が乱れていたことがあった。ほんの一センチほどだ。普通の人間ならば気にも留めないだろう。しかし、カナリスはドイツ人で、かつ諜報部長だった。しばらく考えた後、もとに戻した。

 数日後、今度は反対側にずれていた。それが二、三度続いて、気がついた。これはメッセージで、自分の行動に関係があるのではないか。鉢植えがずらされた日の行動を思い出してみた。訪問者、電話の相手、出掛けたレストランや演奏会、たしかに何かがあるようだ。

 そこで、こちらから動いてみた。通信を試みたのだ。訪問者や会合のある日に鉢植えをずらしてみた。監視者のメッセージは数日の間、止まった。だが、こちらの通信は届いている。それは動かした鉢植えが翌朝には元に戻っていたからわかる。

 数日待って、自宅の鉢植えをいくつか執務室に運び込んだ。メッセージは仕事場に移った。カナリスはほっとした。少なくとも家族に危害が及ぶことはない。監視者の目的は自分の仕事の方だ。そして、自分は誰かに取り込まれようとしている。そう、これからが本番だ。


 監視者はゲシュタポか親衛隊の方面だろう。国防軍の誰かだったら、どこかで見当がつく筈だ。監視者の上司はかなり上位にいる。それは、出張時にホテルや宿舎にメッセージが届いたことからわかる。部屋の棚に並べてあるコップやカップがずれていたのだ。外国人ではないようだが、背後まではわからない。

 カナリスは次の段階に入ることにした。出勤の後、二番目の鉢植えをずらした上で、その日の予定を一定の方向性で整理した。方向に合致する会議と書類だけを処理し、他はキャンセルしたのだ。

 反応は劇的だった。次の日の朝、鉢植えは二センチもずれていた。今度は反対の方向性でやってみた。これも劇的だった。反対側に二センチずれていた。カナリスは完全に理解した。


 一つ目の鉢植えの左右の動きは肯定か否定を意味する。ずれの大きさは大きい小さい、または多い少ないの程度を示す。二つ目の鉢植えはこちらからの通信用で、やはり肯定か否定。これで監視側との意思疎通には十分だ。

 彼らの情報も得られた。対英戦争には否定だが、対ソ戦争は大いに肯定。キリスト教には肯定、総統には大いに肯定だが、ナチス政権には単に肯定だった。対英戦争とナチス政権の返事は即答ではなかった。非常に興味深い。

 それからメッセージを送ることを止めた。素性が判明すればもう十分だ。監視者からの連絡も途絶えた。カナリスの行動が監視側の望むところに入ったのだろう。もちろん任務に対して手心を加えたりしたわけではない。ただ、昔ほど黒い楽団の会合に出なくなっただけだ。


 今回のスペイン出張の直前にも黒い楽団から面会の申し込みがあった。カナリスは数ヶ月ぶりに鉢植えを動かした。監視者に予告した上で面会を断ったのだ。返事はすぐで、大いに肯定だった。




 スペインのフランシスコ・フランコ総統は、ドイツ総統特使のカナリス海軍大将と会談していた。用件はジブラルタル攻撃への協力である。この件で面談するのはもう十回になるだろう。しかし、今回は少し違った。これまで戦争の行方に悲観的だった提督が、枢軸国に参戦するように勧めてきたのだ。これは驚きだった。カナリスは友人であり、総統になる前からの付き合いだ。先の大戦からだから二十年近い。

「君が変心するほどの何かが起きたのか、提督」

「総統閣下、単なる情勢判断の結果です。少しばかり将来への想像力を働かせていますが」

「ドイツ人の君が想像力を言うのか」

「戦争の行方は変え難い、それが判断です。しかし、講和後のドイツを考えるのは想像力だ」

「ゲルマンでないドイツがあるものか」

「閣下、ゲルマン人にもラテン人の受容力をお借りすることが出来るのですよ、少しばかりならね」


 カナリスの言う受容力とは、外国人に対するものだろう。ドイツの占領政策は変わってきた。劣等と決め付けていたスラブ人やロマ人、ユダヤ人に対しての対応もだ。それまでの排斥から利用へと。この先、活用から共生に変わるかは予断は出来ないが、ゲルマン人でない同盟国は前よりずっと安心できる。

 同時に、今次の欧州大戦から民族・人種問題が除かれれば、ナチスドイツの戦争が正義の戦いになるわけではないが、ずっと単純化できる。たとえ一部であっても、占領国民の支持が得られるのならば、戦争の有り様は大きく変わるだろう。連合国の講和条件も穏やかなものになるかもしれない。それが想像力だろうか。


「特使閣下。新しい条件を理解した」

「感謝します、総統閣下。石油・小麦・鉄鋼は記載の対独比率を終戦まで保障します。統計は三ヵ月ごとに報告されます」

「青師団を青軍団に拡大・増派できる。ジブラルタルに関しては通行許可だけだ。フランス本土ないし北アフリカに労働者を供給できる」

「総統閣下、領土割譲だけはお約束できません。ジブラルタルも戦後は国際管理となるでしょう」

「やむを得ん。時期を逸したよ。米国参戦前ならば夢を見れたが」


 フランコには参戦は決意できなかった。しかし、フランス軍の参戦が確実になった今、ドイツにはさらに協力する必要がある。三年間も中立を守ったが、米英からの処遇は好転しなかった。米国が輸出する石油や小麦は最低限の量のままで、増加は認められていない。

 フランスは英国を相手に限っての海軍艦隊の出動を、すでに宣言している。さらに精油所や港湾の利用を枢軸国に許可した。その実行をみて、南部の占領区からイタリア軍は撤退した。さらに北部占領区について返還後の防衛をドイツと詰めていた。

 時期を逸したのは間違いない。フランスや米国の前に、枢軸国あるいは連合国として参戦すれば影響は大きかっただろうが。スペインには大艦隊はない。だから、ジブラルタルへの通行許可は欠かせない。内戦の際、人民戦線の国際旅団には米国人義勇兵が多数いた。スペイン人が防共義勇兵に参加することに不思議はない。

 国境変更は米国の不興を買うだろうし、武力進駐に理由を与える。今次大戦にスペインが参加しないとしても、米英の好意が得られる保証はない。スペイン国民にはもっと確実な保障が必要だ。


 フランコは決断した。

「ヒトラー総統とお会いしたい」

「感謝します。ムソリーニ閣下やペタン閣下ともどうでしょうか」

「隣国とは友好であるべきだ」






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