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LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
間章 米国参戦
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四 東方総督


 ドイツ軍需相のアルベルト・シュペーアは総統大本営でヒトラー総統に定期報告を終えた後、ポーランド総督府に立ち寄った。首都クラカウにある総督府の主は親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ、国家保安本部長官にしてベーメンメーレン総督、そして東部占領地域大臣でもあった。ヴォルフスシャンツェのある東プロイセンのラステンブルクからはだいぶ遠かったが、同盟国を除いた東欧全域の行政長官である。近くにある総統大本営アンラーゲジュートの視察もあったから、シュペーアには苦にならない。



 直接会う機会は少ないが、二人ともナチスドイツの最重要人物である。ハイドリヒは親衛隊でヒムラー長官に次ぐ地位だ。シュペーアも戦時の軍需相として全土の産業を統括し権限は大きいが、閣僚としては新任で党内の政治的基盤はまだ弱かった。

「軍需大臣、ウランクラブに関してでしたね」

「そうです、総督。軍事的・戦略的な評価は小職の範囲と能力を超えます」

「資料は読みました。いくつか質問があります」

「どうぞ、ご遠慮なく」


 ウランクラブは核分裂反応を利用した兵器開発を担当する組織だ。ドイツは核分裂の理論では世界に先行していた。しかし、軍事利用の面では具体的な兵器を想像することができていない。主導するハイゼルベルク博士が、核分裂反応の理論から小型化には限界があると判定していたからだ。実用的な連鎖反応施設には工場ぐらいの大きさが必要とされていた。

 しかし、濃縮ウランの現実性やプルトニウムの発見などの革新があって、ドイツの科学者たちは再検証を行なった。在英、在米の諜報機関からは新しい情報や知見がもたらされ、米国の原子炉設計図や日本のサイクロトロンの実物も手に入った。ウランクラブは、小部屋一つぐらいまでの小型化を確信する。



「英米の研究はどの程度まで進んでいますか」

「理論はすべて完成しています。隘路に関しても実証プラントが建設され、いくつかは実用生産に入ったようです」

「ドイツより先行しているのですね。日本とソ連は?」

「日本は実証施設を進めていますが、英米には遅れています。ソ連は全くの白紙で、始める余裕もないでしょう」

「わかりました。もう一つ、爆弾型兵器とした場合、外形は直径2メートル、長さ4メートルの樽型で重量は5トンでしたね。これは起爆装置や起爆信号の受信器も含むと考えていいですか」

「はい。信管や有線・無線の受信機を含む大きさです」

「では、最初に兵器の原料資源調達ですが、中央アフリカならば伊仏の海外領土を通って行けます。可能です」

「それは朗報です」

「次に所有の是非ですが、軍事的には持つべきです。四発爆撃機や潜水艦で運用可能です」

「やはり」

「しかし、戦略的には否定します。コストに見合う価値が見出せない。もっと安価ならば別ですが」

「つまり数が要ると言われますか」

「現に、英空軍の戦略爆撃に耐えています」



 五月から六月にかけて、ケルン、エッセン、ブレーメンが相次いで英空軍の夜間一千機爆撃を受けた。被害は甚大だが、それだけでドイツが敗北や降伏を考えることはない。ケルン市に一夜で落とされた爆弾の量は千五百トンで、想定する核分裂爆弾の威力はTNT換算で二十二キロトンだという。

 すなわち二十数回の夜間一千機爆撃に相当するから、一発で都市が壊滅するのは間違いない。しかし、ドイツ全土の資源を投入するとなれば、今現在の戦争を継続できない。それも三年間もだ。英国や日本も無理だろう。米国ならやり遂げるかも知れない。

 所有するだけで勝敗が決まるという兵器でもない。重さ五トンならば、運用戦術は限定されるから、迎撃方法は考案できる。その方が安価でかつ堅実なのではないか。ハイドリヒの助言は、シュペーアが考えていたものに近かった。さらにいくつかの問答があって、シュペーアは得心した。これで総統閣下への報告書も書ける。


 話が終わると、ハイドリヒはワインを勧めた。軽くグラスを鳴らしてシュペーアは口をつける。

「大臣、総統に報告の際は、軍事的・戦略的な所見はすべて外された方がよろしい。総統閣下は部下が戦略判断をするのを嫌われます」

「おお、そうですか。総督」

「総統は政治や軍事の素人を好まれるのです。賢明な素人に徹したほうがよろしい」

「賢明な素人ですか、総督。その」

「トート大将は残念でした」

「ええ、はい」

「有能な方でした。講和を進言されたこともあったのです」

 即座に理解した。トート大将は前任の軍需相で、飛行機事故で死亡した。ヴォルフスシャンツェからの帰路だった。シュペーアは急いでグラスを飲み干す。

 そのグラスにワインを注ぎ足しながら、ハイドリヒは笑って言った。

「素人の意見を聞いてもらえますか、大臣」

「は、はい。総督」

「ウランやプルトニウムですが、それら放射性物質自体を兵器として運用できると思われませんか」

「えっ」



 シュペーアが帰った執務室で、ハイドリヒは考えていた。白い楽団員も揃ってきた。軍需大臣とはしばらく会うことはないだろう。彼はテクノクラートとして有能だし、個人でも成功しただろう。だが、白い楽団がついた今は大成功してもらわねばならない。

 ドイツには三つの楽団がある。ベック元参謀総長を長とする反ヒトラー派の黒い楽団、首領はまだ判明しないがソ連指揮下の赤い楽団、そしてヒムラー親衛隊長官が率いる白い楽団だ。ゲシュタポがつけた暗号名である。

 黒い楽団は、ドイツが勝っている間は動かない。だから泳がせて監視するだけだ。赤い楽団は首領次第だが、拠点の一つが航空省だから使い道がある。航空大臣は相変わらずだ。モルヒネは止めたが、新薬に夢中らしい。

 占星術師やオカルト信奉者を集めた白い楽団は、イタリアでは白い礼拝堂で通っている。北アフリカ油田を予言し発見した実績で、ヒムラーの信頼は厚い。

 そして、ハイドリヒの組織は白い礼拝堂を隠れ蓑としていた。二人以上の楽団員が会ってはならない。幹部同士は頻繁な面会は禁止だ。政治や軍事を超えた総統の友人ばかりなのだ。ドイツの将来のための組織は最後まで秘密にしなければならない。

 ハイドリヒは思う。やはり、呼称は白い楽団がいいな。旧友は指揮者で私はバイオリン、最初の出会いはピアノ演奏会だった。軍需大臣は楽器は出来るのだろうか。





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