三 合衆国艦隊
一九四二年六月の参戦を受けて、米国海軍は艦隊の再編成を行なった。昨年二月に対日関係の逼迫で太平洋艦隊と大西洋艦隊を分けたばかりであったが、その対日関係が劇的に好転し、太平洋には主力艦艇が必要でなくなった。ハワイの戦艦八隻と正規空母二隻は東海岸に回航される。一方で、英国海軍は北極海と地中海において壊滅的な損害を出しており、この方面での梃入れは火急であった。
米海軍はそれまでの艦隊を合衆国艦隊に統合した後、六つの艦隊を編成した。総軍である合衆国艦隊司令長官にはハズバンド・キンメル海軍大将がそのまま留任した。海軍省のノックス長官の全般的指示と、同じくワシントンDCの海軍省内にいるキング海軍作戦部長の一般的指示を受ける。
六つの艦隊とは、総軍司令部の機能を持つ第1艦隊、大西洋を担当する第2艦隊、太平洋の第3艦隊、カリブ海の第4艦隊、地中海担当の第6艦隊と、大西洋の船団護衛作戦を調整する第10艦隊である。
飛び番の第5艦隊はインド洋向けに留保された。つまり、英海軍がインド洋でも敗退する可能性が高いと見ていたのだ。日本海軍の仮称義勇艦隊を共同指揮する米側の司令部機能は、本来ならば第11艦隊がふさわしかったが、諸般の事由で第3艦隊第33任務部隊に置かれた。
ヴァージニア州ノーフォーク海軍基地の司令長官執務室で、キンメル大将は艦隊編成表を見つめていた。今現在、戦闘行動が取れる戦艦は十八隻ある。ほかに、慣熟訓練・整備中が二隻、建造中が六隻だ。十八隻は艦型や速度で戦隊にまとめられ、それぞれの艦隊の任務についている。
最も旧型のニューヨーク級二隻が予備として第1艦隊にある。ネヴァダ級二隻とペンシルベニア級二隻は大西洋航路で船団を護衛していた。ニューメキシコ級三隻は第4艦隊隷下でカリブ海にある。そして、対ソ支援航路復活のために、テネシー級二隻とコロラド級三隻、ノースカロライナ級二隻、サウスダコタ級二隻の合わせて九隻が第2艦隊隷下で出撃予定であった。もう二隻のサウスダコタ級は就役から間がなく、慣熟訓練中である。
キンメルの机の前には、第4艦隊空母部隊司令のハルゼー中将がいた。顔をしかめて葉巻を噛んで、つまり機嫌は好くない。
「スターク大将は出撃を取りやめないというのか」
「ビル、止めたが聞かないんだ。それとも、第2艦隊司令官を降ろせというのか」
「せめてワシントンに乗ってくれないものか」
「それも言ったよ。どうも船団を直率してソ連に入港したいらしい」
「はあ、何を考えてるんだ。まさか亡命じゃないだろうな」
「あれ以来、みんなおかしい。僕は人事には触れたくない。君から言ってくれないか」
ウィリアム・ハルゼーはキンメルとアナポリスの同期生だった。
「わかったよ。再編成のたびに人事でもめる。戦う前に戦力が落ちていくようだ」
第2艦隊はすでに英国北部の泊地に集結しており、出撃は間もなくである。3月まで海軍作戦部長だったスターク司令官は自ら旗艦に座乗して出撃するという。それはいいのだが、伝わってきたのはスタークが乗るのは警戒部隊の旗艦ワシントンではなく、船団直衛部隊の旗艦コロラドだった。ワシントンは時速二八ノットの快速だったが、コロラドは最大で二一ノットしか出ない。
「艦隊は十分に強力だ、王立海軍もいる」
「ドイツ軍の標的は船団だ、艦隊じゃない。前の戦訓で明らかじゃないか」
「米英合わせて戦艦十六隻、空母八隻だぞ。君の助言を容れて船団にも空母をつけた」
「英国人は強欲がすぎる。この期に及んでも地中海やインドに戦艦を張りつけている」
「それは上の問題だ。君まで何を言う。有能な指揮官を失いたくないんだ、大人しくしていてくれよ」
「いいとも。だが、スタークが負けたら次は俺の番だ」
「約束するよ」
スターク大将は戦艦コロラドの艦橋から、英海軍泊地のスカパフローに並んだ合衆国第2艦隊の艦列を見ていた。三ヵ月ぶりの対ソ支援船団は順番ではPQ15船団となる筈だが、PQ17船団と命名された。英海軍が験を担いだらしい。今度こそはソ連のアルハンゲリスク港に入港しなければならない。
船団は、貨物船七三隻、油槽船六隻、給油艦四隻の合わせて八三隻である。それを護衛するのにコルベット、防空艦、駆潜艇、掃海艇など二〇隻のほかに、戦艦九隻と護衛空母四隻がつく。戦艦と空母の護衛に駆逐艦六隻もあった。
ドイツ海空軍の迎撃は避けられない。アイスランドからノルウェーにかけてはUボートの哨戒線が何重にも敷かれている。襲撃用とは別に、哨戒専任のUボートがいるらしい。ノルウェーのフィヨルドに潜む戦艦三隻、装甲艦二隻、重巡二隻の独艦隊が出撃してくるだろう。第5航空艦隊も増強されたという。
米海軍の警戒部隊は、旗艦ワシントン以下、ノースカロライナ、サウスダコタ、インディアナの戦艦四隻と、ヨークタウン、ホーネットの空母二隻が主力だ。英海軍もKG5、POW、DOYの三戦艦とヴィクトリアス、インドミタブルの二空母を出す。
ドイツ海軍には空母がない。こちらには二百五十機の艦載機があり、半数以上が戦闘機だ。戦艦の砲口径と門数も格段に上だ。敵は28センチ砲が18門に37センチ砲が九門、こちらは36センチ砲が三〇門に41センチ砲が三六門で圧倒的だ。唯一、敵の三戦艦の方が優速だが、それも三ノットの違いしかない。
「サー、トーヴェイ提督から艦隊電話です」
「ありがとう」
米英艦隊総司令官のトーヴェイ大将の用件は、船団を二つに分けるというものだった。たしかに、合計百数十隻の艦船を一つの挺団としてまとめるのは至難の業だ。すでに、艦船同士の接触や衝突騒ぎは五回を超えていて、出港も二回中止になっていた。
スタークは了解の旨を返事した。船団と艦隊は二つに分けられ、それぞれ英海軍のPQ17船団と米海軍のPQ18船団となった。




