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LS兵隊戦史第一部「機動連隊」  作者: 異不丸
第一章 昭和一七年七月
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不凍港


 山口篤たち大村連隊の初年兵は佐世保から満州に渡ることになった。初年兵の立場から言えば移動だが、連隊本部にとっては輸送である。満州の歩兵第四六連隊は輸送指揮官として古参の中尉、それに曹長一名、軍曹と伍長を三名ずつ派遣してきた。衛戍地で申告してはじめて、初年兵は歩兵第四六連隊の所属となる。それまでは西部四十七部隊、つまり歩四六留守隊の所属だ。

 通常、大村連隊は歩兵第四六連隊を指すが、大村連隊区で編制された部隊は他にもあった。歩四六留守隊から歩五五、歩二二七、歩一四六の各連隊が編制、動員され、それぞれ第一八師団、第三七師団、第五六師団に所属していた。日支和平で大幅な師団削減となったから、三七師と五六師は廃止された。今、残っているのは南方連隊に改編中の歩五五であるが、主力は佐賀県に駐屯している。

 初年兵六〇〇名は百名ずつ六隊に分けられ、輸送指揮の軍曹か伍長がつく。その下で、一選抜の一等兵が班長として一〇名の班をみる。引率が少ないなと感じたが、こういうことかと篤は納得した。感心してばかりもいられない。いきなり、第三隊第三三班の班長にされてしまったのだ。


 指示された船は、まだペンキも新しい、堂々たる貨客船だった。船の右舷の二ヶ所から舷梯が降ろされている。

「第三隊、乗船!」

 号令と共に、一気に百名が船に乗り組む。舷梯も、中の通路や階段も幅広く、勾配も緩やかで背嚢や装具があたることはない。完全武装の兵士の乗降や移動を前提に設計されているのがわかった。

 船室は広く明るく、中には二段式の板張りの床があった。床と天井との間は一三〇センチほどもあり、まあゆったりできる。換気もよく、澱んだ感じはしない。

「立派なものだ。話に聞く蚕棚とは違う」

「おう。あれは三段か四段だったな」

 兵隊たちは装備を解くと、胡坐を掻いて感想を言い合う。この階には便所、烹炊所、洗濯場がついていた。便所の裏には風呂場もある。すべて応急や改造のものには見えない。建造時から組み込まれているとなれば、この船は兵員輸送の専用船か。

「山口、どうなんだ?」

「何がだ、大島」

「この船だよ」

「ああ。陸軍特種船甲型、九〇〇〇トン、武装兵二〇〇〇名を乗せる強襲揚陸母船で、たぶん玉津丸だ」

「さすがは班長どの、頼もしいね」


 篤は、雑誌に載っているから機密ではないと前置きしてから、一通りの機能を説明した。この船室が最下層で、下の船倉は上陸舟艇格納庫。大小の発動艇を二十数艇搭載し、船内から海上へ発進する。完全武装の兵士を一四〇〇名、つまり一個大隊を一度に上陸できる。

「すごいな」

「うん。米軍が視察に来て何隻か買ったそうだ」

「米国に売ったのか」

「だから通路も広くて天井も高いのか」

「しかし、厠は西洋式じゃない」

「中島は西洋式便所を知っているのか」

「博多で見たぞ」

 篤たちの話に周りの班も加わって、話が盛り上がる。

「米軍は持っていないのか?」

「同じものを造っている。事変初期に撮影されていたらしい」

「じゃあ、なぜ買った」

「参考用だろう。船首と船底の形が難しいんだ」

「日本は上海事変から仏印までの実績があるからな」


 兵員を乗せたまま上陸舟艇を発進できる甲型や乙型、戦車や車両を直接海岸へ降ろせる戊型、高速の丁型や航空機を運用できる丙型など、陸軍船舶司令部の運用する船艇は多種多様だ。舟艇の上陸を支援する装甲艇や機動艇もある。将兵や戦車、車両の急速揚陸には満足できる水準にあった。しかし、貨物の急速揚陸が問題だと篤は思う。

 兵糧や弾薬、燃料の急速揚陸と急速運搬には、まだ満足できる解決策が見出されていない。貨物船から舟艇へ、舟艇から陸地へ、それぞれ海上荷役で積み替える。陸地で仕分けして車両に積み込み、それから機動歩兵や戦車を同じ速度で追及しなければならない。

 要はトラックの搭載量と荒地走破の能力だが、継続的な補給となると台数が絶対的に不足だ。南方連隊や島嶼連隊が師団規模へ拡大できない最大の事由だと、篤は考えていたが、もちろん言わない。


「それでいつ着くんだ?」

「大連か。たしか門司からの日満連絡船がまる二日」

「この船は速くないのか」

「平時だから全速は出さない」

 兵隊たちは、入れ替わり立ち代わり便所に行く。甲板や舷窓から見える風景が、皆に報告される。二隻の小型船が両脇にいるらしい。船尾の旗は日の丸だから、陸軍の船だ。

「護衛か?」

「平時に護衛はないだろ。救難用かな」

「大砲を積んでいた。重機も二連だ」

「訓練じゃないのか」

 食事は船で用意してくれる。船舶兵が食事の順番を告げると、各班は当番を出す。船室の中のテーブルとベンチに限りがあるから三班ずつの交代だが、温かいものが三食出た。



 船内での六回目の食事が終わると、陸地が見えてきた。ぐっと力がかかって、体が傾く。船が向きを変えたらしい。満州にいたことがある兵隊が戻って来て、大連港とは違うと告げる。

「班長」

「え、僕かい?」

「そりゃ、もう」

「同じくらいの距離なら安東港かな。鴨緑江の」

 船の行き足が落ちた。港に着いたらしい。

「起重機を載せた台船が何隻もいる」

「わかった、大東港だ!」

「大東?安東じゃないのか」

「もっと河口側に不凍港を作っているんだ。新聞に出てた」



挿絵(By みてみん)



 朝鮮は大清の属領となったが、それまでの満朝国境が鴨緑江だ。下流の西側にあるのが安東市で、対岸が新義州である。日露戦争の時、安東は日本軍の補給基地であった。

 満州で大きな港は三つ、南満三港と呼ばれる大連、営口、安東である。大連港は最も大きく、不凍港で設備も整っている。営口港は冬は結氷して使えない。安東港は、長年の上流での木材伐採で排出土砂が堆積して水深が浅くなっている。船舶は大連に集中しがちで、それだけに危急の際には混乱が予想された。

 安東市の河口側の開発計画が持ち上がったのは五年前だった。不凍港を持つ人口百万の臨海工業都市をつくる。必要な電力は水豊ダムから供給する。大連港も結氷した厳冬の年の調査でも、前面の島々が外海からの寒風を遮って不凍であることが確認された。近くには湯池湖温泉があり、保養施設も開発計画に入れられた。

 安東市には奉天までの鉄道、安奉線が通っていて、それは大連から新京までの連京線とほとんどが交錯しない。つまり、独立した二つの兵站線が確保できる。満洲の首都と不凍港が二重に結ばれるということは、軍事上で非常に重要である。満州防衛を担当する関東軍にとって、大連に並ぶ不凍港は大きな朗報であった。

 大東港計画に満洲国の予算がついたのは三年前である。中央政府直轄で都市開発を行うのは首都新京に次ぐものだ。すでに安奉線は延長され、安東市との自動車専用道路は開通している。日支和平と日米交渉合意が成ると、予算はさらに拡充された。満洲国政府に入った米国顧問団が本国から多額の資金を導入したのである。


 下船すると、名ばかりの検疫、税関の検査があった。兵隊たちは列車まで歩かされる。港の駅は建設中で、まだ完成していないらしい。戦車よりも大きい土工車両や機械があちこちで動いている。道路の幅は二〇メールもあり、街路樹も植えられていた。交差する車両はトラックだけでなく、乗客を満載したバスや高級乗用車も多い。工場の看板は英語だらけだ。

「これが満州か」

「大連よりでかい」

「横浜や神戸より大きな都市になるのか」

 声をあげる兵隊たちの中で、篤は看板の社名を暗記するのに夢中だった。

「Ford、GMC、GNM、Studebaker」






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