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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
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えっちらおっちらスポーツテスト

 王立学校には将来の進路を、生徒達の可能性を広げる為に様々な分野で授業が展開される。

 より専門性の高い授業は上級生向けだが、入学したばかりの下級生は自分の興味関心の幅を広げ、自分の専門をどうするか吟味する意味でも様々な授業を受けるのだ。

 各分野の基本的な講義……所謂『基礎科目』は全1年生が強制的に受講を義務付けられている。つまりは必修授業という訳だ。

 1年生が自分の意思で選択できる科目がないので、本当に全1年生に例外なく強制だ。

 中には得意、不得意の極端に分かれる授業もあるが……必修なので、皆には頑張って単位を取ってもらいたい。テストで合格点を取れなかったら休日返上で補講を受けなくてはいけない上、レポートを提出しなくてはならなくなる。なので休日を潰したくない生徒達も必死で授業に食らいついていた。

 エリート学校とは容赦のないものなのである。

「――とはいえ、中には不得意分野のテストで合格することに早々に見切りをつけ、最初から後日レポートで挽回することを予定に組み込んでいる者もいるけれど、な」

「それってこの時間(運動科目)の僕みたいに?」

 今現在、まだまだ入学して間の無いこの時期に。

 新1年生全員が、体調不良の者を除いて全員一堂に会す事態となっていた。

 場所は、学校の運動用施設……所謂『運動場』というやつである。

 そして新1年生は、全員が動きやすい身軽な格好に着替えて集まっていた。

「こんな全員で集まって、何するんだっけ」

「連絡を聞いていなかったのか? 運動系科目、第1回目の授業は……組分けを兼ねたスポーツテストだ」

「組分け? クラスごとじゃないんだっけ」

「選別は必要だ。全員で同じことをやっても、個々の能力でついて行ける者とついて行けない者に露骨に分かれるからな。最初に身体能力の程度を見極めて、それぞれの能力に合わせて担当教師が生徒を受け持つんだ」

 運動系の科目は、新1年生全員が同じ時間に受けることになる。

 だけど全員で同じことをする訳ではなく、スコル少年の言った通り、同程度の運動能力を持つ者同士で組分けしてそれぞれが違うことを学ぶのだ。

 運動系の科目は健康維持の意味もかねて卒業まで毎年、最低1科目は履修しなければならない。

 最初から怠けていては後が辛いことになるだろう。

「能力の測定、ね……じゃあ単純に運動能力を見るテストかな」

「僕達のクラス、最初は走り幅跳びみたいだよ」

「ひーちゃんはスポーツテスト、自信ありそうだよね」

「ああ、確かに。アロイヒの運動能力がどれだけのものか知らないが……普段の素行を見ているだけでも、何となく凄そうな気がする」

「そうかな? あはは! なんだかそう言われると照れちゃう。だけど実際に測ってみたら大したことないかも?」

「「いや、それは絶対にない」」

「……なんで声が揃うの、ふたりとも?」

 クラスによって受けるテストの順番は変わる。

 まずはアレだ、次はコレだとアロイヒ達は相談し合いながら測定場所を回る。

 学級委員長であるスコルの手には、クラス全員の測定結果を記入する用紙が抱えられていた。

 移動する度に、測定係の担当教官に渡すのが委員長の務めだ。

 それを良いことに、移動の合間にスコルとベスパは記録用紙に目を通していた。

「……既に幾つか測定を受けたが、こうしてみるとやっぱりアロイヒの結果は飛び抜けていないか?」

「うぅん、でも思った程じゃないなぁ。確かにちょっぴり高いな?って感じだけど、頭一つ分? 僕、ひーちゃんならもっと劇的に飛び抜けるものだと」

 確かに、まだ全ての計測を終えた訳ではないが、アロイヒの結果は頭一つ飛び抜けていた。

 しかしそれも平均より高いというだけで、常識に収まる範囲。この年頃の少年の能力を逸脱しているという程に高い訳ではない。

 だがその結果に、ベスパ少年とスコル少年は逆に眉を顰めていた。

 隣を歩くそんな二人に、アロイヒはこてりと首を傾げて不思議がる。

「なんだかまるで、僕が超人じゃないと駄目みたいな言い方だね?」

「そんな訳じゃないけど……」

「待て、おかしい。逆に聞くけど、アロイヒが凡人だとでも?」

「あ、それは絶対にないよね! ひーちゃんは凡人だったら世の中もっとカオスだよ」

「えっと、僕、褒められてるの? それとも距離を取られてるのかな?」

「非凡ってことだ。誇れとは言わないが」

「みんな違ってみんな良いって昔の人は言いました」

 なおも首を傾げるアロイヒの背中を押して、少年達は次の計測に向かう。


「……あ~、もう! つっかれたぁ!!」

 そんな泣き言が、ベスパの口から零れた。

 計測ももうほとんどが終わり、順調に進んだテストも残りは一つだけ。

 だけど数々の計測によって、小柄なベスパは体力を使い果たしたと半泣きだ。

「僕も疲れた……」

 そういうスコルの口調にも、覇気がない。

 クラスメイトのほとんどは疲れのあまりよれよれだった。


 アロイヒ以外。


 クラスメイトだけでなく、同じ1年生はほぼ全員が疲労困憊で。

 誰もが草臥れた様子の中、アロイヒだけがぴんしゃんしていた。

 のっほほ~んと微笑みを浮かべて、足取りも変わらず軽やかだ。

 よれよれなクラスメイト達の様子を不思議そうに見ているあたり、まだまだ余裕そうだ。

「委員長~、後何が残ってるの」

「安心しろ、次で最後だ」

「やった。それで最後は何やるの」


「………………持久走だ」

「あ、僕死んだ」


 アロイヒ達のクラスだけでなく、最後の計測は全クラス合同だ。

 何しろ計測するのは持久力。

 速度はあまり重要ではなく、ただ全員が同じペースで走るだけ。

 全員でぐるぐる同じ場所を走るので、特別に計測の場所を分ける必要もない。そして十中八九、全員が最後は力尽きる。だからこそ持久走はどこのクラスも最後に回されていた。

 足を向けた先では、既に多くの生徒達がグラウンドのトラックをぐるぐるぐるぐるぐるぐると走り続けていた。まるでイワシの回遊だ。

 スコル少年の手から担当の教員に計測用紙が渡されると、クラス全員が同時にイワシの回遊へと合流した。ごった返す集団の一員となるのは窮屈であったが、不思議と微妙な居心地の良さもあった。なんというのだろうか、全の中に埋没する個の安心感? 疲れた体に鞭打って走るのは苦痛だったが、周囲の人間と同調して走ることには何となく体を支えられている気もする。

「……も~ぉ、限、界っ」

 そんな中、体の小さなベスパはひぃひぃ言っていた。

 体が小さい分、体重が軽く運動による負担も少ない。だけど相応に体力もなかった。

 既に運動場三周あたりで脱落しようかと心が揺れる。

 一緒に走る隣……アロイヒの涼しい顔が憎たらしくも羨ましい。


「あ、そだ!」


 隣のアロイヒを恨めし気に見ていたが、ふと思いつくものがあった。

 ベスパ少年は一転、顔を綻ばせてアロイヒの裾を引いた。

「ひーちゃん、ひーちゃん!」

「なぁに?」

「まだ余裕ありそうだね。僕の体引っぱってってくんない?」

 さらっとズルの提案だった。

 そして同じくさらっとアロイヒは微笑んで返した。

「良いよ!」

 あまりに軽く提案を受け入れる様子に、ベスパを注意しようとして口を挟む隙を得られなかったスコルが間を抱えた。ズルを実行しようとするのも受け入れるのも、どっちも委員長としては注意するべき案件だ。

 だけどあまりに二人があっさりズルに走ろうとするので、なんだか投げやりでどうでも良い気分にもなってきた。

 このズルは、アロイヒの負担ばかりが募る。何しろ自分だけでなく、走る気力も体力もないもう一人の分も受け持とうというのだから。

 最初は注意しようと思っていたスコルは、少し考えて注意しないことにした。

 このズルはあまりに代償が大きい。

 アロイヒにも、ベスパにも。

 注意しないのも問題かもしれないが、今回は『結果』という名の代償を受け入れた方が効果的だろう。痛い目を見た方が、彼らも短絡的に行動しなくなると思ったのだ。


 アロイヒが前を走り、後ろにベスパ。

 その二人の体は、細いロープで連結されていた。

 ロープなんて何処から出てきたの?

 どこからともなく、アロイヒが取り出した。どうしてそんな物を持参していたのかは知らない。

 機械的に足を動かすベスパ。それを引っ張るアロイヒ。

 さりげなく、二人を連結するロープを隠すような位置づけで走るスコル。

 このズルの結果がどうなるのか。

 見つかったら先生に怒られるのは確実だろう。

 だけど先生に見つからなかった場合……そっちの方が打撃は大きいだろうな、と。

 遠くを見つめながら、スコルはただただ呆れていた。


 


 持久走も終盤、脱落者がちらほら出てきた辺りでやっぱり教師に見つかった。

 ベスパは程々のところで連結を解いて脱落する心づもりだったが、アロイヒに頼りきって足を動かすのが楽だった為ついつい時機を見失ってしまっていたらしい。

 アロイヒもベスパも怒られた。

 スコルも怒られたが、「二人には結果を受け入れる覚悟も身を以て学ばせるべきだと思った」と言うと、何故か先生方の叱責は免除された。

 そうして、先生方は良い笑顔でアロイヒとベスパ、そしてとばっちりでスコルに言ったのだ。

 「今回は大目に見よう」と。


 そうして見つかった筈のズルは、無かったことにされた。



 結果。


 厳正に採点が行われた結果、本来の能力以上の持久力があることに書類上なってしまったベスパは本人の能力以上のレベルが求められるクラスに振り分けられた。

 そして数々の試験をいずれも基準値より僅かに高い数値で採点された上に、持久走では他人を物理的に牽引する余力まで見せつけたアロイヒは、むしろ1年生よりも4,5年生の運動能力基準値に近いとされ、2回目以降の運動科目は5年生の選択クラスに組み込まれることとなった。1人だけの特例、特別扱いである。やったね!

 偶然5年生の運動科目で一つだけ1年生と時間が被っている科目があったことも、この結果を後押しした。科目名は『高等戦術論実践科目 野戦対策コース』という少々特殊な風味の強い科目だ。ちなみに軍人上がりだという眼光鋭い担当教官(65歳)の完全なる趣味によって開講された科目である。疑いようもなく、5年生が選択できる運動科目の中でも上級者向けだ。将来その道で食っていこうっていう生徒以外は敬遠して目を逸らす代物であることは間違いない。


 先生方の意図としては、悪さ(ズル)をする生徒に少々きついお灸を据えてやろうという意味しかない。

 新1年生であることだし、どうせ早々に音を上げるだろうと見越しての事である。

 骨身に染みてズルを反省し、素直に泣きついて謝罪すれば反省文の提出と引き換えに少年達が本来組み込まれたであろう適正なコースに振り分けなおすつもりであったのだが……



 ベスパはひいこら言って後悔は度々口にしていたものの、意外と根性があったらしく。

 自分の行動の結果だと理解していた為か、教師に泣きつくこともなく。

 自分の能力以上のコースで、泣き言を漏らしながらも必死に食らいついて1年間受講し通した。

 最終的な授業の成績はB判定。

 点数としては可もなく不可もない平凡な成績だが、本来の適正レベルより上の授業であったことを考えるとまさに努力と根性の結果手にした栄光だった。

 彼の運動能力が劇的に飛躍したことは間違いない。


 一方、アロイヒの方は。


「え……ひーちゃん、まだ5年生の授業に参加してんの!?」

「さっき鼻歌交じりに上級科目用の運動場に移動してたが……あいつ、本当にどうかしているな」

「僕なんて同じ学年でも上のレベルコースってだけで全身筋肉痛でばっきばきなのに……ひーちゃん怖っ! 書類上の能力値はあんま逸脱してないってところが逆に怖っ!!」

「本当の実力って、紙面上では測れないものなんだな……」


 アロイヒ少年の、1年生時代の運動科目の成績がどうなったのか……その結果は、同学年男子の間で語り草になったという。





体育教師(65)

 レベル 74

 HP1245 MP17

 装備 鉤爪義手

    教師の制服

 身分 体育教師(退役軍人)

    

 アロイヒ少年の1年生時代の体育科目を担当する羽目になってしまった教官。

 戦場での負傷が元で片手は義手で、片目は義眼。

 生徒達には『将軍』と呼ばれている。

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