ご先祖の逸話
――ツィーヨ ツィーヨ ツィルルツィルル
雲は失せて雨は上がり 陽光の光みなに注ぐ
ツィーヨ ツィーヨ ツィルルツィルル
木々の小鳥 葉擦れに合わせ歌いさざめく
長雨の季節は終わり 訪れた新しい季節への喜び
雲を払い日を呼び覚ました 我等が王に歓喜を捧ぐ
王よ 王よ 我らの栄光はあなたのもとに
超ご機嫌な様子で、少年がふんふんと歌っている。
最初は鼻歌だったものが、いつしか熱を込めて思い切り。
次の授業を受ける為、移動教室の真っ最中。
軽い足取りで歩きながら、少年のご機嫌は右肩上がりだ。
歩きながら歌う姿は微笑ましくもあり、珍奇でもあり。
それでも周囲のクラスメイト達が止めないのは、芸術に僅かばかり理解があった弊害か。
本格的に歌い出した少年のボーイソプラノがべらぼうに上手かったため、うっかり止めるタイミングを見失った。
今は少年の歌声に耳を浸食されながら、他人のふりをしてさかさかと歩くのみである。
「ひーちゃん、超ご機嫌~。聞いたことないけど、それ何の歌?」
少年が一曲歌い終えた時機を見計らい、隣を歩いていた緑の目の少年が問いかける。
有名な曲ならそれなりに知っているつもりだが、少なくとも王都では聞いたことの無い歌だった。
「んー? 『灰になれ祖国』第一楽章の出だしー」
「思いがけず物騒な曲名が飛び出して僕、動揺が抑えきれないんだけど。何その曲。初めて聞くよ!?」
「うちのご先祖様が作った曲かな。僕も実家以外で聞いたことないねぇ」
「超マイナーソングだった。っていうかそんな物騒な曲名つけるって、ひーちゃんのご先祖は国に何か思うところでもあったの……? 革命の準備してたとか言わないよね」
「準備も何も、アロイヒの先祖は革命の闘士だろう」
「えっ!? こんな平和呑気な顔した男のご先祖が!」
「顔は関係ないと思うよー。僕、よく「外見に騙された!」って言われるし」
「それはそれでどんな状況でそう言われたことがあるのか気になるけど、でも革命の闘士って? 曲名どころでなく物騒なんだけど」
「民衆は知らないのか……? 貴族の世界じゃ一般常識なんだが。エルレイク家の始祖は前王朝を英雄王ルーゼント・ベルフロウが打倒した革命戦争に付き従った名臣なんだぞ。英雄王とその家臣たちにまつわる数々の武勲を歌にして後世に残した吟遊詩人としても有名だ」
「へえ、そうだったんだ」
「おい子孫。なんでお前がそこで感心する」
「ちょっと僕の認識と印象が違ったから。前に実家の書庫でルーゼント王からご先祖にあてた手紙を発掘したことあるんだけど」
「歴史的大発見! え、それ博物館に展示モノじゃ」
「そんな貴重な物が出て来るのも歴史的名家ならではだな。ルーゼント王は筆不精で、特に王位を得てからの私信の類はほとんど残されていないという話だが……」
「その手紙には全文に渡って愚痴交じりの恨み言が延々と」
「別の意味で歴史的大発見!? うっわそれ歴史的資料でも博物館には展示できそうにない!」
「英雄王に対して何をやったんだお前の先祖」
「最初の方には『孫に何吹き込みやがったてめぇ、捏造ぶっこいてんじゃねえぞ!!』って書いてあったけど、締めには『そろそろ隠居させて下さいお願いします』って滲んだ文字で書かれていたよ?」
「……ひーちゃんの御先祖ってどういう人なんだろうね!」
「考えるな。深く考えてはいけない。僕は何も聞かなかった」
3人の周囲には、いつの間にか誰の姿もなく。
遠く、さかさかと早足で移動先の教室へ向かう少年たちの背中が見える。
ひっそりと歴史の裏側に葬り去られたっぽい遥か遠い昔の歴史的偉人たちの人間関係――その闇――に思いを馳せつつ……そして露骨に目を逸らしつつ。
のんびりと春を讃える歌を口ずさみ始めたアロイヒ少年の背中を押しながら。
ベスパ少年とスコル少年もまた、さかさかと移動速度を上げて忘れたい話題を渡り廊下に置き去りとするのだった。