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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
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朝の風景

 窓際の寝台が、男子1クラスの部屋でアロイヒの定位置だ。

 朝いちばんに日が差し込み、温かで爽やかな目覚めを誘発する……はず、なのだが。

 共同生活が始まって1か月もせずに、共に生活する少年達は悟っていた。

 アロイヒの寝台を窓際に定めたことが、失敗であったことを。


「おはよぉ、ひーちゃ…………って、今日もいねぇー!!」

「なっ……またか!? 窓の施錠は念入りにしたのに! 鍵は此処にあるのにどうやって出て行ったんだ!」

「ちょ、いい加減にしろやアイツ! 行方不明になったら連帯責任で俺らが罰則くらうだろぉー!?」


 まあ、概ねそういうことである。

 

 エルレイク侯爵家の嫡男、つまりは正真正銘の御曹司(おぼっちゃん)であるはずのアロイヒ少年。

 彼は、根っからの……野生児だった。

 しかも放浪癖持ち。


 一応、学生の身分と共同生活であることを考慮して、少年なりに遠慮はしているようなのだが……夜が来る度に野性が騒ぐとでもいうつもりだろうか。

 一週間の内、3回か4回。

 高確率で朝起きると、アロイヒは寝台にいなかった。

 どうやら夜の、皆が寝静まっている内に寮を脱走してどこかへ羽を伸ばしに行っているようだ。

 脱走経路は主に窓。自分の寝台前にある窓から寮監や上級生に見つからないよう、こっそり出入りしているのである。

 だが困ったことにアロイヒの生活の場は大部屋、クラス全員の共同スペースだ。

 こんなに頻繁に脱走して、未だ見つかって咎められていないのは凄いのだが……

 いずれ気付かれるのも時間の問題だろう。

 そうなった時、連帯責任で責めを負うのはアロイヒの脱走を食い留められなかった同室の者達ということになってしまう。夜歩きも脱走も、露見すれば罰則は避けられない。

 最初はアロイヒの姿が見えないことを心配していた少年たちも、こうも度々同じことが繰り返されると既に慣れてしまっており、最近では我が身の方を心配している。

 共同生活のマナーとルールについて、アロイヒ少年には滾々と説く必要がありそうだ。

 既にスコルあたりが何度も説得していたのだが。



 一方、クラスの皆を狂乱に陥れているアロイヒ少年の方は。

 王立学校の裏手には、様々な実習に用いる為に広大な敷地を有している。

 山あり、谷あり、森あり川あり。

 大多数の人間は自然そのまま手つかずの敷地だと思っているが、数百年前に実際にある自然を摸して人工的に手を加えられた場所である。

 しかし地形を整えられて数百年が経てば、それはもう自然の世界と変わらない。

 子供の頃から山野を駆け回って遊ぶ、分け入る、何日か行方不明になるをセットで繰り返してきたアロイヒ少年にとっては絶好の遊び場だった。

 だが自然環境を人工的に模した場だとしても、山あり谷あり森林ありの地形は馬鹿に出来ない。

 不慣れな生徒が侵入して事故が起きては事なので、許可のない生徒……特に下級生の立ち入りは禁じられていた。

 だけど遊びたい盛りの少年は、禁じられれば禁じられるほどに意欲をそそられるもの。

 フェンスを越えてこっそり遊びに来る生徒は昔から一定数が存在した。

 ……それでも夜に侵入する玄人は今までいなかったが。


 人に見咎められない、遊んでも目立たない時間はいつか?

 考えて、アロイヒは人の寝静まった丑三つ時に遊びに来るのが常だった。

 そのまま夜通し遊んで朝を迎えるのが彼の中では定番化しつつある。

 野宿に適した穴倉まで見つけて、野生動物の寝床よろしく巣まで整えつつある。

 なんとか矯正頑張ってくれ、クラス委員長(スコルくん)


「やっぱりここから見る朝日は綺麗だね」

 クラスメイト達が目を覚ます数時間前、アロイヒ少年は沸かしたてのお茶を啜りながらのんびりしていた。水は川から汲んだ新鮮なもので、お茶を沸かすのに使った薬缶は森で見つけた誰かの忘れ物だ。

 そして朝日を拝んでいる場所は、岩肌のむき出しになった崖っぷちの一番上。

 学校の『裏庭』で最も標高の高い位置だった。

 作られた自然でも、満喫できれば問題ない。

 アロイヒ少年は白い息を吐きながら朝一番の日光浴を楽しんでいた。


 


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