お友達をつくろう!
入学式の後、1学年の男子1クラスはさわさわとさざめいていた。
原因は、毛並みの良さそうな亜麻色の髪の男の子。
入学式で新入生代表の挨拶を決めた侯爵子息アロイヒ・エルレイクである。
座席の指定もなく思い思いの席に少年達は座っていたが、アロイヒ君は申し合わせて近くの席を選ぶような相手もなく、適当に一番前の席に座っていた。
自主的に座るには割と度胸のある、教卓ど真ん前。
真ん中の列の一番前を席に選んだのは、何か考えがあるのか何も考えていないのか……
自分が注目を受けていることすら気付いているのか、いないのか。
アロイヒ自身は呑気にふんふん♪と鼻歌を歌いながら、机の上に蜜柑を並べていた。
「凄い……ただの鼻歌なのにべらぼうに上手い!!」
「ん? え、だれ?」
そんな自由極まりない侯爵家の息子さんに、特攻兵よろしくいきなり突撃を決めたのは、ぱっちりした緑のおめめの少年だった。
彼はおもむろにアロイヒの隣席の椅子を引き……何の躊躇いもなく、座った。
その瞬間、緑の瞳の少年にクラスの男子一同から無言で「勇者」の称号が贈られた。
しかし互いの本質も性格もまだわからない入学一日目、その称号は「愚者」と紙一重である。
ただの後先考えない特攻野郎か、真に勇者と言える傑物なのか……アロイヒ少年に突撃した彼の動向を見守ろうと、クラスメイト達は密かに息を呑む。
「やっほ。僕はベスパ・トロニア」
「アロイヒ・エルレイクだよ」
「うん、知ってる。新入生代表で名前呼ばれてたし。隣の席いい? もう座ってるけど」
「僕に断る必要はないよ? 僕の机でも椅子でもないもの」
珍妙な少年という称号を既に冠しているアロイヒ少年とベスパ少年の会話は、周囲が意外に思うほどスムーズに進んでいた。この一場面だけを見れば、アロイヒ・エルレイクも普通に年相応の少年に見えるのだが……?
ただし、会話をしている間にもアロイヒの手元では蜜柑で五重塔を作成中だ。
「ところでさー? さっき新入生代表で『アロイヒ・ヒルデ・エルレイク』って呼ばれてたけどヒルデって女の名前じゃん? なんでヒルデ?」
思ったより和やかな会話に、聞き耳を立てていたクラスメイト達が安堵しかけた矢先。
思いもかけぬ方向から、下手すると地雷かもしれない案件をベスパ少年が思いっきり踏み抜いた。
名前は時にデリケートな問題に発展する。
特に性別にそぐわない名前となると……そんな地雷疑惑の漂う部分を全力で踏み抜いた少年の蛮勇に、クラスメイト達は唖然として固まった。
もしも本当に地雷だった場合、ベスパ少年は大貴族の不興を買ってしまうことになるのだが……
「ああ、それ? ヒルデは元々僕の叔母……母の妹の名前なんだ」
「へえ、叔母様の?」
「うん。叔母はまだ幼い時に亡くなったそうで、僕は会ったことないんだけどね。その叔母が母に、死に際に頼んだんだって。母の最初の子供に自分の名前をあげてほしいって。そうしたら、自分の分も母と一緒にいてくれるような気がするからだって」
「うわぁ、思ったより重い内容だった。でもそれ、男の子だった時の事考えてないよねえ」
「あはははは。実際、生まれた時にヒルデって名前になりかけたよ。でもお爺様が「ヒルデの代わりに、ではなくヒルデの分も、ということは子供とヒルデ2人分一緒にいるということだろう? だったら息子にはちゃんと彼だけの名前も付けてあげなさい。2人分の名前をもらってこそ、2人分一緒にいることになるんじゃないかい?」って言ってくれてね?」
「お爺さん上手いね! それでヒルデはミドルネームに落ち着いたんだー。お爺さん恩人じゃん!」
「今ではお母様もお爺様の意見に従って良かったって言ってるよ。僕に叔母の名前を付けるんじゃなかったって。僕と叔母がかけ離れ過ぎていて失敗したと思ってるみたい。誰かの名前を子供に貰うのはもう絶対にしないって前に誓っていたしね」
「あっはっはっはっは! そこまで言われるって何したの、君」
「これっていう決定打はわからないけど、取りあえずヒルデの名前はなるべく使わないようにしているかな。お母様の心の平安の為に。省ける限りは省いていくつもりだよ」
にこやかに、和やかに2人の談笑は続く。
しかしその和やかさに反し、他のクラスメイト達の空気は重くなっていく一方だ。
地雷じゃないの? ねえ、これ地雷じゃないの?
アロイヒ自身が気分を害している様子は窺えないが、この話の内容で何故笑いあっていられるのか。
2人の神経を疑って、クラスメイト達はやがて耳を塞いで聞こえないふりを始めていた。
周囲の空気をひえっひえにしながら、空気の冷えっぷりとは裏腹にアロイヒとベスパは意気投合していた。何か波長に合うものがあったらしい。
「ねえ、アロイヒ・エルレイク君。君の事『ひーちゃん』って呼んで良い?」
「じゃあ僕も君の事、ベスパって呼んで良いかな」
「大歓迎。僕達、もうお友達だよね!」
「わあ、入学してからのお友達第1号だよ。これからよろしく」
「よろしく、ひーちゃん!」
こうして、アロイヒ少年のお友達第1号が決定した。
物怖じという大事なナニかをどこかに置き忘れてきたらしい少年、ベスパ・トロニア。
彼は果たして愚者なのか、それとも未来の偉人なのだろうか。
「ところでさー」
「うん? なあに」
「この学校って共学の筈だよね」
「じっと見つめられても、僕は女の子じゃないよ?」
「ひーちゃん、女の子みたいな顔しているのにねー。でも男なんだよねー。不思議ー」
「あははっ。僕も時々女の子に間違われるよ。男だけど」
「なんでこのクラス、男しかいないの?」
「……学校案内を確認していないのか、君は」
担任の先生が中々来ない。
そんな暇な時間を雑談で紛らわせていると、横合いから呆れた声音が降りかかる。
会話に割り込んできた第三者の声に、2人は同時に声の主へと顔を向けた。
それは、アロイヒの丁度後ろの席に座っている少年の声だった。
どことなく神経質そうな顔の、生真面目そうな少年。
今は呆れ果てたという顔でベスパのことを見ている。
ちらりとアロイヒにも同じ目が向けられたので、完璧にアロイヒとベスパの2人を同類と見做しているのだろう。
「このクラスに女子がいないのは当然だろう」
「え、なになに。どういうこと?」
「ベスパ、入学して2年間は男女でクラスが分かれるんだよ」
「ひーちゃん!? え、なにそれ!」
「君は理解していたのか、アロイヒ・エルレイク……。ベスパ・トロニア、この学校は良家の子息子女が集う。だがまだ年若い十代の子供ばかりだ。若い男女を同席させて、結婚前に問題が出ないとも限らないだろう?」
「えっと、それ言い出したら共学の意義なくない? この学校、共学だよね」
「だから男子と女子でクラスを分けるのは最初の2年間だけだよ? 教室の外で交流できなくもないし、そこそこ関わることになるってお父様が言っていたかな」
「最初は男女のクラスを分け、それぞれの性質を担任が観察する。それで問題を起こす心配がないと判断された者だけ2年後のクラス分けで男女混合クラスに配される。逆に男女間の問題を起こす可能性大と判断されたら卒業まで男子クラスだ。良家の子供を預かるだけあって、学校側も男女の扱いには苦慮しているんだろう。なるべく問題を起こさないようにとしている訳だ」
「ええー……なにそれぇ。野郎ばっかりなんて潤いがないよ。生活にも細やかな華がほしい。華が!」
「……そういうことを言う生徒程、卒業まで男子クラスコースじゃないか? 普段から紳士であることを心掛け、女子との触れ合いにも節度と適切な距離を心掛けていれば、席を並べて勉学に励む機会もあるだろう」
「そりゃないよ、委員長~……」
「……委員長?」
「ベスパ、彼は委員長なの? 僕は知らなかったよ」
「いや、なんとなく。なんか君、クラス委員長っぽいから」
「それはどういう意味なんだ? しっかり者か、融通の利かない堅物と判断されたのか」
「悪い意味じゃないよ、悪い意味じゃ。あっと……君の名前って?」
「そういえばまだ聞いてないかな」
「ああ、失礼。名乗ってなかったか。……僕はスコル・ラングフェルトだ」
「ラングフェルト伯爵家のお坊ちゃんかぁー。僕はトロニア商会のベスパだヨ」
「アロイヒ・エルレイク。エルレイクさん家の子だよ」
「ああ、知ってる。さっきからずっと君たちの会話は耳に入っていたから」
「聞き耳? やぁん、えっち!」
「……ベスパ・トロニア、君とは後でじっくり話し合った方が良さそうだ」
いつの間にか雑談人数を増やし、少年たちの輪は3人に増え。
彼らの話は意外に弾み、担任教師がやって来るまで続いた。
スコル・ラングフェルト。
見るからにしっかり者で、面倒見の良い長男気質の少年。
彼が本当にクラス委員長になるのは、この30分後の事だった。
ちなみに本来、クラス委員長には各クラスの成績最優秀者が選ばれることになるのだが……
クラスの少年達、満場一致でアロイヒが委員長になる危険を回避した結果の人選である。
スコル本人もアロイヒが委員長になることに比べればやむ無しと引き受けたのだから、己の境遇への諦めと許容からしっかり1年間クラス委員長を務めあげることとなる。
ベスパ・トロニア(12)
レベル 13
HP100 MP5
装備 筆箱
王立学校の制服
身分 商人の子
スコル・ラングフェルト(12)
レベル18
HP140 MP12
装備 筆箱
王立学校の制服
身分 伯爵家嫡男