歴史の授業と隠し書庫No.9(2)
王国史に名を残す、吟遊詩人『黒歌鳥』。
エルレイク家初代当主にして、アロイヒの先祖。
そんな男が、革命戦争後の慌ただしい王国で、新王の血が繋がった親族……新しい時代の王族とも呼ぶべき者達を一人一人地道に探し出し、王の御前へと連れてきたのだという。
王にとっては幼少期に戦火に巻かれて離散した血縁者を、探し出す。
それは途方もない時間と労力を要する、まさしく困難。
それを成し遂げ、一人ならず複数人の『王族』を見つけ出してきた男に、新王はこう声をかけたという。
”――サージェス・エルレイクよ。そなたの忠勤にはまことに頭の下がる思いだ。
良く働いてくれたこと、この場の誰もが認めよう。
だがもうよい。そなたのお陰で王族の数はもう十分に足りておる。これ以上の王族はもう必要ない。そなたも腰を落ち着けて、ゆっくりと休むと良い。”
王からの、直々の言葉である。
それはなんと名誉なことか。
褒美に希望はあるかと尋ねる王に、男が望んだのは王の健康と長き治世だったという――。
――そんな、初代エルレイク侯爵の忠勤ぶりを伝える史学者の中では有名な逸話だが。
当事者の御子孫であるアロイヒ君の反応を見るに、この逸話にはどうやら世に知られていない何事かが隠されているようだ。
それが文字通り隠されているのか、もしくは歴史の闇に埋もれたのか。
そのどちらなのかは、わからないけれど。
どちらにしても、若干13歳の少年達にとっては知ったことではないのである。
歴史の先生が教室を去ったあと。
当然のように、クラスメイト達の視線はアロイヒに殺到した。
先頭切って話しかけたのは、アロイヒと親しく遠慮のなさに定評がある、お友達のベスパ君とスコル君だ。
「ねえねえ、ひーちゃん! さっきの、あの先生に対する妙な間ってなに?」
「なんだか意味深なモノを感じたが……先生の語った内容に、何か間違いが?」
「うーんと、間違ってはないんだけどね。僕の家の、第9隠し書庫でのことなんだけど」
「第9隠し書庫とな」
「おい、お前の家、どれだけ書庫を隠してるんだ」
「本の内容ごとに分けて、それぞれ? 0番は総記、1番は思想や宗教関係、2番は歴史とか…それで9番の書庫は小説や随筆、詩歌とか創作物に関する本棚の書庫なんだけどね」
「NDCか」
「わーお、秩序だってるー。……ってかそんな一室丸々分野ごとに分けられるくらい門外不出の本隠し持ってるの、ひーちゃんの家」
「創作物で丸ごと埋まった隠し書庫ってなんなんだ、一体。どんな隠すべき要素があるというんだ」
「僕はよく知らないけど、ご先祖様が集めた色々な書籍があるよ。他では見たことない本ばかりなんだけど、隣国の何代目かの王様が14歳の頃にしたためた謎の詩集とか。何百年か前の他国の辺境伯家のご当主が16歳の頃に書いた絵日記とか、とある王国の王妃様が結婚前に書いた『深淵の暗黒魔導の書』って自筆でタイトル書きされてる多分詩集?とか。どこぞの宗教国家の昔の偉人が書いた、不道徳的な内容が多く含まれる作者と同じ名前の主人公が傍若無人を繰り返す小説とかー……隣国の王妃様と某公爵がやり取りした恋文の束を製本化したものとかもあったよ! 7割くらいの本は、なんか書いてある文章が過剰に修飾されている上に意味が通らない意味不明の本ばかりだけど。でも偶に目を通すと面白い本が見つかるんだ」
「……他国の要人の、黒歴史か。どうやって手に入れたんだ、そんなもの」
「駄目だよスコル、そこ考えるとコワイって。どう考えても碌な使い道がなさそうなとこ考えても、入手手段だってまともじゃないの明白じゃん」
「安直に考えて、用途は脅迫用……か?」
「それでね、そういう本が多い第9隠し書庫の、15番の棚にね? ご先祖様の従者として40年勤めあげたっていう人の日記が置いてあるんだけど、タイトルが『業務日誌』で」
「その本には一体どんな黒い要素が……」
「いや、普通に考えて業務日誌に黒い要素が入り込む余地はないだろう」
「従者として勤め始めた初期に、ご先祖様に付き従って王城まで行った記録が載っていてね」
「もしかしてそれが、先生の言っていた逸話に……?」
「うん、実際にその場に居合わせたんだって」
「えっそれって凄いんじゃない!? 先生がソレ知ったら泣いて喜びそうな歴史的資料じゃん?」
「いや、そう判断するのは早計だ! ベスパ、よく考えろ。表に出せるような本なら隠されていない。その日誌は、表に出してはダメなヤツだと判断されたのでは……?」
アロイヒが語る日誌の存在に、ベスパとスコルは様々な推測が頭に過ぎる。
思わず固い唾を呑みこむが、話を傍聴しているクラスメイト達もまた、同時に固唾を呑みこんだ。
周囲の緊張感走る様子に気付いた様子もなく、アロイヒは話を続ける。
自分が、一体何を読んだのかを。
「その日記にこうあるんだ。
”――国王の土下座なんて初めて見たけど、きっと今後もう二度と見ることはないんだろう、というかそんなに度々目にしちゃマズイのでは……? 私は一体、今日、あの場で何を見せられたんだ……後で口封じをされないか、堪らなく心配である。旦那様は大丈夫大丈夫と仰っていたが。
涙目で『王族狩りはそろそろ勘弁してください、マジで。俺の親戚が超可哀想だろ!?』と旦那様を詰る国王様のお姿は、なんというか……国王様の威信、大丈夫なんだろうか。国王陛下のご心労は察するに余りがある。……本当に大丈夫だろうか。土下座があまりにも板についていて、その自然な土下座具合から察するに、王様というのも玉座で威張っているだけの簡単な仕事という訳じゃないのだろう。きっと苦労成されているのだろうなぁ。”
って」
その時、少年達の脳裏にさっき先生から聞いた国王の言葉(と、記録されているもの)が再生された。
”――サージェス・エルレイクよ。そなたの忠勤にはまことに頭の下がる思いだ。
(頭の下がる思い → 意訳:土下座)
(省略)そなたのお陰で王族の数はもう十分に足りておる。これ以上の王族はもう必要ない。
(王族の数が足りてる云々 → 意訳:お願いだからこれ以上は勘弁してあげて!? 静かに暮らしてる親戚たちをそっとしておいてあげて!?)
そなたも腰を落ち着けて、ゆっくりと休むと良い。”
(ゆっくり休む → 意訳:もうマジで頼むから、これ以上余計な事せずに大人しくしておいてくれよ! ほんとにマジでさぁ!!)
はっきりと、鮮明に、それはそれは鮮やかに。
少年達の脳内でクリアに(注:意訳)が流れた。
それは想像というには、なんだかとてもリアルな音声で聞こえてきた気がした。
多分、きっと、実際の状況からそんなに間違ってはいないだろう。
アロイヒが語った日記の内容には、そう思わせるだけのリアルなナニかが潜んでいた。
きっと当時の書記官の皆さんが、王の言葉を記録する時に頑張って内容を取り繕ってくれたのだろう。
「お、王族狩り……なんだかとても不穏な単語を耳にしてしまった気がする。いや、気のせいか。ああ、そうだ、気のせいだな。きっと!」
「っていうかひーちゃんのご先祖様! 本当に何者なのさー!? 前々から思っていたけど王様の臣下なんだよねぇ!? その割に力関係が謎過ぎる……!」
知らなくても良い、歴史の闇的なナニかを知ってしまった……。
余計な情報を共有する羽目になり、教室にいたクラスメイト一同はいかにも重たげに頭を抱えるのだった。
「あの、本当に何なの? 王族狩りって。ひーちゃんのご先祖、何か悪いことしてないよね……?」
「えっと、悪いことの範囲にもよると思うけど」
「なんなんだ、その不安しかない返答は」
「王族狩りに関しては、多分犯罪じゃないと思うよ。セーフだよ!」
「いや、語感からしてアウトだろ!」
「業務日誌に注釈で書いてあったけど、当時は革命戦争が終わったばかりで国の中はごたごた、行政機関はもっとぐちゃぐちゃだったんだって」
「うん? まあ、それはそうだろうな……?」
「国の舵取りをすることになった中心メンバーは革命戦争の参加者ばっかりだから、ほぼほぼ軍関係とか、戦闘員とか、脳筋とか、書類仕事が苦手な人が多かったみたいだよ。そう、文官の手が足りてなかったらしいんだ。特に、各分野の責任者枠が。ほら、軒並み腐敗貴族を粛清しちゃったから」
「あれ、ひーちゃん、話それてるよ……?」
「それで人手不足の中、ご先祖様と当時の王太子が結託して、こう考えたんだって。人手が足りないなら育てればいい。仕事を任す人間がいないなら、仕事と身分と役職を押し付けるのにぴったりな人材を引っ張ってくればいいって。それで文官候補として若い内から教育する人員確保、および責任と表向きの立場を与える為の役職者候補として『王族』の身分を与えてもおかしくない人間を根こそぎ草の根分けて探し出してきたんだって。実務は平民から見繕った優秀な文官に任せても良いけど、とにかく『役職者』にしてもおかしくない理由付けの出来る人間が足りていなかったらしいよ?」
「そこで出た結論が王族狩り!? つまり、王族にする人間狩りなの!?」
「話が戻った! ここにきて話が戻ったな、おい!?」
革命の夜明け――
戦後の、行政面での混乱が抑えられた一因には、アロイヒの先祖が大きく絡んでいる。
むしろ首謀者などとは、聞こえてきてもきっと気のせいなのだ。
~在りし日の王城(謁見の間)にて~
黒「陛下、今日は陛下の従兄のお孫さんをお連れしましたよ。旧ポーチド男爵領、ボーロ村からお越しくださったベネディクト様です」
王太子「わあ、斬新な装身具だね。ねえ、エルレイク候? それ素敵に装飾されているけれど目隠しと耳栓と猿轡に見えるのは気のせいかな?」
黒「ふふ、ベネディクト様はとてもお元気な様子でしたので。しかし礼儀作法をまだ学んでいないこともあり、王の御前で礼を失した振る舞いをしないように、という措置の一環です。……ちょっと抵抗されましたので、強引な手段となりましたが。幸い、まだ認定前なのでベネディクト様も正式には王族ではありませんし、今の段階では不敬罪は適用外ですから」
王太子「素晴らしい手際だね、エルレイク候。これで27人の王族候補が集った訳だ」
黒「お褒めいただき光栄です。このベネディクト様はとても気骨のある方で、素晴らしいガッツと度胸と根性をお見せくださいました。私としては、研修コースBを受けて頂いた後、外交官の長となっていただくのが相応しいかと」
王太子「君がそこまで褒めるなんて、余程の気骨を見せたのだろうね。だけど研修コースはBなのかい? 君が褒める程の気骨ある彼が、三か月でものになるだろうか」
黒「ご安心を、殿下。この通り――」
王太子「あ、猿轡外しちゃ……」
被害者「黒歌さん、いや黒歌の旦那! ナマ言ってマジすんませんっした!! 俺が、俺なんかが旦那に歯向かうなんて身の程知らずも良いとこだったっす! マジで――」
黒「――既に心は折ってありますので」
王太子「本当に素晴らしいね、エルレイク候! 君のような義弟を持てて僕は幸運だ!」
黒「ふふ、王太子殿下にそこまで言っていただけるとは身に余る光栄です」
黒「――おや、陛下? どうしました、そんな風に……両手と両膝と、頭を地面に擦り付けて。そんなに頭皮を擦り付けては、毛根に余計なダメージを負いますよ? もう陛下も毛根を軽視できるような御歳では……はい? 勘弁してくれ? ふふ、一体何のことですか? 勘弁してくれなどと何のことだか……なんでもするから? 何のことでしょうね……私が陛下に望むこと? そんなもの、決まっているでしょう。私が陛下に望むのは、陛下がいつまでもご健勝であらせられる事、その御代に陰りなく、幸多き光が降り注ぐことですよ? え? 本気か、などと……本気に決まっているじゃありませんか。私はいつだって、陛下のお元気な姿と長生きを願っていますよ」