学校の片隅で、怒号を聞きながら女子トーク3
会話の最中、話の流れで落ち込み始めたレイトリン嬢(12)。
彼女を取り囲む三人の少女達は視線で互いを牽制し合い、やがて意を決したように度胸一番! ユニィ・リンが声をかける。
話を逸らすより、ここは溜め込んでいるものをじっくり聞いてやろう。
思いのほか友達思いなユニィ・リン。ここでうっかり『▷ はなしをきく』を選択してしまった。
レイトリンの胸を重くしているだろう、疎遠になったいきさつを聞いてやろうと話題を差し向けたのだ。
そして少女たちは、ちょっと信じたくない話を聞いてしまうことになる。
「レイトリンとアロイヒ・エルレイクが疎遠になった理由ってなんなの? レイトリンのその様子じゃ、貴女が望んで交流を断ち切った訳じゃないよね」
「それは……その、何度目かにアロイヒ様とお会いした時の事なのだけれど。何故か、兄がついて来て……」
未だに何故あんなことになったのかわからない。
そんな気持ちを滲ませて、困惑交じりにレイトリンが語る。
「どうやら兄は、わたくしがアロイヒ様のことばかりを良く言うことが、面白くなかったようなの」
レイトリンが御存知ない裏の事情や他の人の心情まで交えて語ると、こういうことだった。
他の子供さんや親御さんが早々にお暇しちゃって中々お友達を作ろう!作戦が上手くいかないアロイヒ・エルレイク(幼)くん。そして何故か、そんな事故物件と瞬く間に仲良くなっちゃって目を見張る懐きっぷりを見せるレイトリン・ウィルダム(幼)ちゃん。
まだまだまだまだ子供で女性や年下への配慮に欠ける年代の男の子だったレイトリンの兄は、そんな状況が面白くなかった。そしてレイトリンの父はアロイヒと仲良くなっていく娘の様子に不安でいっぱいだった。
男の子らしいやんちゃさで気遣いなしに妹を振り回す兄が、レイトリンは苦手だった。
だがそんな妹の心知らずな兄は、まだ社交デビュー前で他家との交流が限られ、日常的に遊べる友達がほとんどいなかったこともあり、どうやら妹に遊び友達的な意味で一種の所有欲っぽい感情を持っていたらしい。その妹に敬遠されている事実には気付いていない。
自分を差し置いてアロイヒ、アロイヒ、そればっかり!
レイトリンは僕の妹なのに!
最初は意地を張ってアロイヒと会おうとしなかった兄だが、レイトリンがあまりにもアロイヒにばかり会いたがるので、我慢ができなくなった。そして暴挙に走った。
レイトリンの家は、伯爵家だ。
当然ながらアロイヒの生家である侯爵家は、遥かに格上。
爵位の上では一段階級が違うだけだが、そこには決して超えられない高くて険しい壁がある。
しかもエルレイク家は始祖が王家から王女を嫁にもらっているので、公爵家よりの侯爵家だ。
どう考えても伯爵家如きのお子様が歯向かえる相手ではない。威嚇する相手は選ぼう。
だというのに余程腹に据えかねたのか、あるいは幼かったせいなのか。
初めてやって来たエルレイク領、侯爵家のお城で。
初対面の年下男児アロイヒくんに拗ねてほっぺを膨らませた少年は声高らかに言い放ったのだ。
「男の、いぃいい意地とひょ誇りを賭けて! 僕と勝負しろ!」
しかし気が昂り過ぎて、噛んだ。
「おにいさま! アロイヒ様に失礼ですわ! 普段あんなに礼儀について先生がおっしゃっていますのに!」
そして当然ながら、妹さんはアロイヒくんに味方した。
しかし肝心のアロイヒ(幼)君は、あっさりしたもので。
いきなり目の前で遊びに来たはずのご兄妹が喧嘩を始めるという未だかつて彼の遭遇したことのないだろう珍事を前に、春風の如き朗らかな笑顔で宣ったのだ。
「わかった、良いよ! ルイージとオードリーを賭けて勝負だね!」
「誰!? え、ルイージとオードリーって誰だよ!」
「……誰なんだろうね? ふたりのお父様とお母様?」
「違うから! 僕達のお父様とお母様はエヴァンスとルイジアナだからね!?」
「ああ、ルイージはお母様の方だったの……」
「ルイージじゃないから、ルイジアナだから! なんで誰とも知れない人を賭けて勝負しないといけないの!」
「ぼく、がんばって養うよ!」
「ちょっと待て、勝負の前からもう勝った気か!」
「うんと、がんばって畑たがやすよ! アスパラとか、えっと、アスパラとか!」
「養うって物量的に!? そこは家の力とかお金とかじゃなくて!?」
「う? ぼく個人に責任がき、帰属? するなら、ぼくが自分で養わないとだめだと思うの」
「言ってることは尤もだけれど……!」
「あ、アロイヒ様がはたけをそだてられるのなら、わたくしもお手伝いいたします!」
「え、レイトリン何言いだすの!? やめて、これ以上混乱させないで!」
「わあ、ありがとう! レイトリンちゃんも一緒にアスパラ育てよーね!」
「はい!」
「ハッキリ承諾するのはやめー!!」
そして3人は、木に登る。
何故なら勝負の内容が木登り勝負だったから。
「……って、え? なんでレイトリンまで登ることになってるんだ!」
「アロイヒ様、わたくし木登りをしたことがありませんの。どうしましょう」
「じゃあぼくといっしょに登ろう!」
「はい!」
「おい、勝負どこいった」
これは勝負という名目の木登りじゃ?
怪訝な顔をする兄を前に、アロイヒくんはおもむろに。
レイトリンちゃんを、だっこした。
「ふぇっ?」
アロイヒくんの右手は、レイトリンちゃんの背中に回り。
アロイヒくんの左手は、レイトリンちゃんの膝裏に回り。
それはどこかの誰かが目にしたならば、こう表現するだろう姿だった。
――おひめさまだっこ、と。
「おいぃそれでどうやって木登りする気だよ!?」
驚く、兄。
それもさもありなん。
まだまだちびっこの、手足もちっちゃく短くて、見たまま幼児体型。
ついでに言えばこの年頃は、男の子よりも女の子の方が発育が良い。
それなのにやすやすお姫様抱っこを成し遂げるアロイヒは、無駄な器用さと力強さを発揮していた。
だけどどこからどう見ても、両手が塞がっている。
レイトリンちゃんの兄が疑問に思うのも尤もだ。それで一体、どうやって木に登ろうというのか。
きょとんと、レイトリンが首を傾げている。
自分の兄がどうして驚いているのかもわからずに。
木登りなんてしたことがない彼女には、木登りに両手が必須だとわかっていなかった。
そうして見上げる、垂直に天を伸ばす巨大な木の幹。
せっかくだからとアロイヒがご案内したのは、エルレイクのお城の敷地内に生えてある樹木で最も大きな……メタセコイア系統の、巨木。
てっぺんから飛び降りたら軽く死ねそうな、ちょっとした塔くらいの高さがある。
「え、この木にのぼるの?」
「うん、先にてっぺんまで行った方が勝ちで良いよね」
「いや良くないよ。誰がのぼれるっていうんだよ」
「それじゃあルイージとオードリーを賭けて……勝負開始、だよ!」
「聞いて!? って、まだルイージ&オードリー賭けてんの!? どこの誰だよルイージ&オードリィ!!」
そしてアロイヒくんは、両腕でレイトリンちゃんを抱え上げたまま。
つったかたーと木を登り、のぼ……駆け上がり始めた。
「ええぇぇぇええええええええ!!?」
レイトリンの兄が、絶叫した。




