学校の片隅で、怒号を聞きながら女子トーク2
アロイヒ・エルレイク。
きっとその名を知らぬ者は、王立学校にはいない。
何故なら1カ月に2~3回のペースでナニかやらかしているから。
ナニかって何って? そりゃあれだ、奇行ってやつだ。
入学式には剥いだままの毛皮を身に纏った蛮族スタイルで登校しやがりましたし、食べた者の身体能力に明らかな変動が現れるおやつを作成し、学校中の注目を浴びた決闘はヒヨコ(謎)の世話を優先してすっぽかし、つい先日などは学校の地下から人間によって飼育されたという希少な経歴持ちのシュールな人面獅子さんを発掘等々……
何かしらの珍事、事件、不思議な現象から怪現象まで。
種々様々、方向もあっちこっちな方向で、やらかしているのである。
元々アロイヒの名前は、彼が入学前から注目を集めていた。
入学前に行われた試験では首席だというのだから知力は申し分なく、運動神経も折り紙付きだ。幼い頃より剣技では目を見張る才能を発揮し、数年前には同年代の少年達を集めた御前試合で危うげなく優勝している。当然、王家の覚えもおめでたい。噂によれば、実力の面では既に王国一の剣士なのだと囁かれている。
加えて母親は現王妃の縁者なので、後ろ盾も強力だ。
だけどそれらより何より、その家柄が人々の注目をどうしたって惹きつける。
何しろ権勢誇る名門侯爵家の嫡男様である。
将来握るであろう権力は、王国でも上から数えた方が早いという権力者の雛様である。
こいつに権力握らせたら何が起こるのかという未来への不安が、現在学校の先生方の間で怒涛如く右肩上がり真っ最中である。その不安は健全な学生の皆々様にも静かにじんわりと浸透しつつあるところだった。
――話を戻そう。
とにかくアロイヒ少年は、本人のステータスだけを見れば……人間性を抜きにすれば将来の富と権力を確約されたも同然の優良物件様なのである。何よりまず、抜いてしまった人間性こそが強烈だったのだけれど。
同級生だけでなく先輩方も、教師も。
王立学校の誰もから少なからず関心を寄せられていたアロイヒ。
中にはもちろん、お近づきになって甘い汁をすするなり便宜を図ってもらうなり娶ってもらうなりと、捕らぬ狸の皮算用という名の幻想を抱いていた学生の皆々様。彼らにはご愁傷様でしたという他ない。
多くの人々がそれぞれのイメージで描いていた『侯爵令息像』を木っ端微塵にして綺麗に砕きまくったアロイヒ・エルレイク少年。
彼の実像を――入学初日から蛮族めいた姿で登校するという奇行を皮切りに目の当りにしていくこととなり、一週間もする頃には学生の皆さんは現実を受け入れるようになっていた。
君子危うきに近寄らず。
その格言を、賢明な学生の皆さんがご存じだったことは幸いである。
いや、まあ、一部個人的な確執や事情や感性によって距離を取らなかった人々もいたが。
とりあえず打算的な関係を狙っていた人々と、玉の輿を狙っていた女性陣は漏れなく一定以上の距離を取った。
ご子息が珍獣で、親御さんはさぞかし頭が痛いことだろう。
少なくとも将来の嫁探しは難航間違いなし。
それを示すように、高位貴族の跡取り息子だというのにアロイヒ・エルレイクは未だ婚約者がいない。
そんな、観賞用というよりむしろアリの巣観察キット的な『観察用』枠に分類されてしまった侯爵令息を。
なんと彼が好きなのだと宣う可憐な伯爵令嬢が一人。
驚き桃の木山椒の木である。
しかもそれが、どんな変人かと思いきや可憐で大人しそうな普通の御令嬢なのである。
彼女の宣言に、話を聞いていたお友達の皆さんは肩をゆすって「目を覚ませ!」と言いたくなる衝動を堪えなければならなかった。
深く追及して聞くのも恐ろしい。
奇特な御令嬢レイトリンの心意を尋ねるべきか、流すべきか。
どうしようか次の手を決めあぐねる少女達の中、誰よりも早く一人が思わずポロリと口にしていた。
「え、どこが? どういう経緯で……? 特に知り合いって訳じゃないでしょうに、あの言動見てなかったの? エルレイク様の非常識は有名だと思っ……ハッ」
ポロッと零れたそれは、無意識の問いだった。
言った本人が慌てて自分の口を塞いでいたのだから、間違いない。
聞きようによっては、友人が好きだと言った男を貶しているようにも聞こえる失礼な言葉だ。
自覚があるようで、言った本人……ハルモニア嬢は両の眉尻を下げてあうあうと呻いている。
しかしレイトリン嬢は、友人の言葉を深く気にはしなかった。
「わたくしとアロイヒ様の馴初め、ですの?」
というかむしろ、実は語りたかったのかもしれない。
レイトリン嬢はぽっと仄かに頬を赤く染め、恥ずかしそうに揃えた両の指で頬を押さえながらもじもじと語り始める。恥じらっているように見えて、どことなくうずうずしているようにも見える。やっぱり、誰かに恋バナしたかったのだろう。
そんな彼女の話は、アロイヒとの第一種接近遭g……出会いにまで遡って始まった。
「わたくしがアロイヒ様と初めてお会いしたのは、エルレイク領の主城でのことした。父に連れられて、アロイヒ様とお会いしましたの。当時、幼いアロイヒ様のお友達を侯爵様が募っておられて、交流のある家々から同じ年頃の子供が招かれることがままありました。何故か皆様、一度足を運ばれるとそれきり、ということばかりだったそうですけれど」
「へ、へえ……え? じゃあ入学前から交流がおありでしたの?」
「ええ、そうなりますわ。ただ、わたくしも幼い頃に数度お会いできただけなのですけれど」
若干、どんな逸話が飛び出すのかと怖いものを感じはしたが。
いざ始まってみれば、他人事なこともあり、やっぱり少しは気になってくる。
しかもジャンルがアロイヒ少年には一番縁遠そうな恋バナ(???)である。
落ち着いてくると、どうにも気になって仕方なくなってくる。
ご友人の方々にしてみればレイトリン嬢はお淑やかで落ち着きのある、真っ当な御令嬢なのだ。そんなお嬢様が珍人物を好きだというのだから、そこに一体どんな理由があるのかと好奇心は高まっていく。
「わたくしには兄がおりますの。当時は『男の子』の基準が兄でしたから、同じ年頃の殿方は乱暴で意地悪な方ばかりだと思い込んでおりましたのよ。ですけれど、初めてお会いした時から、アロイヒ様は他の『男の子』とは違ったのですもの」
「へー……違ったのぉ、そう、うん。それがどんな方向に違ったのかは聞かない方が良いんだろうねぇ」
「とてもお優しかったのですよ? わたくしにしたいことを聞いてくださって、2人でお人形遊びをしましたの」
「あれ、不思議。意外と普通の馴初めだ……?」
「朗らかで、優しくて、太陽みたいな笑顔が可愛らしくて。わたくし、すぐにアロイヒ様のことがとても好きになってしまったのですわ」
「言い切りましたわねー……」
「可愛らしい。可愛らしい……素っ頓狂な言動が目立ちますけれど、確かに言われてみれば可愛らしい……? そうですわね、ええ、整ったお顔をされていますわね。間近で見たことはありませんけれど」
「でも童顔だよね、アロイヒ・エルレイク。背もちっさいし」
「「……」」
「まあ、三人とも? アロイヒ様の魅力的なところは笑顔です。内面の純粋さが滲みだす、素敵な笑顔です。アロイヒ様のお顔の造詣そのものではなく、わたくしはあの笑顔の温かさがとても好ましく思いますの。それにやっぱり、お心映えの優しさが素敵なの……」
「うん、あの珍行動の数々を私達と一緒に遠目に傍観していましたわよね、レイトリン。その上で内面こそが魅力的だと断言できる貴女に不安を感じる私を許してください」
「ちょっとレイトリンの感覚がわかんないんだけど、そんな優しいとか内面がとか、断言できるようなエピソードがあるの? 学校に入学以来、遠くから見るばっかりで挨拶しに行ったことすらないでしょ。貴女とエルレイク様が幼い頃、交流を持っていたことはわかりました。でも今、接触も会話もないってことは、今は疎遠なんじゃないの?」
「そうですわよね。疎遠になるようなことがありましたの?」
「昔は優しくっても、今は違うかもしれないよねー。話もしないんじゃ、今の性格はどうかわからないし。レイトリン、知り合いなんでしょ? なんで話しかけに行かないの」
「そ、それは……その…………皆様の仰る通り、わたくしがアロイヒ様と交流があったのは、幼い頃の、数度ご一緒させて頂いた時限りで……たった何回かお会いしただけのわたくしのことなど、お忘れになっているのでは、と思うと……こわくて…………」
「レイトリン? レイトリーン? え、大丈夫? なんか無限に落ち込んでいきそうな空気出してるけど」
そっと自身の胸を押さえて、レイトリンはうつむいてしまう。
そんな彼女を前に顔を見合わせた少女達は、まずい質問をしてしまったかと狼狽え交じりに視線で会話していた。「お前慰めろよ」「いやお前が行けよ」と責任を押し付け合う図に近いものがある。
だけど彼女達は責任を押し付け合っていたわけではない。
押し付けるのではなく、慰め役を取り合っていた。




