学校の片隅で、怒号を聞きながら女子トーク1
また、アロイヒへのリクエストをいただきました!
本編『没落メルトダウン』でちょっと出てきたエピソード……彼が幾度と挑戦した、あいきゃんふらい。
それをするに至った理由は?ということで。
小林的にもアロイヒの心理を理解するのは難しいのですが、その発端に触れてみたいと思います。
ただし、今回は、アロイヒとは別の視点から。
※今回はアロイヒが直接登場する機会は少ないと思われます。
王立学校の生徒には、男子もいるが女子もいる。
低学年の内は男女でクラスが分けられているので、ついつい男子校のように錯覚しがちだが、それでも女子は確かにいるのである。
良家の子女が多い学校だ。
平民でもそれなりの教養を持っているか才能を持っているかしないと入学できない。
なので自然と、通う女子はお嬢様ばかり。
男子の立ち入れない女子教室棟は、やんちゃ盛りの男の子クラスとは違い華やかな雰囲気で皆様きゃっきゃうふふと、
「あら、メイリア様。ごきげんよう? こんなところまでどうしましたの? メイリア様の教室はお隣でしてよ」
「うふふふふ……カーレン様ったら。白々しい真似は止めていただける? わたくしがどうしてわざわざ足を運んで出向いたのか、本当は察していらっしゃるのでしょう?」
「何のことかしら。メイリア様、わたくし、何かしまして?」
「白々しい真似は止めるように言いましたわよね、率直に申し上げますわ。……ロバート様に分をわきまえず馴れ馴れしくも近づいていることをわたくしが知らないとでもお思いですの!? あの方はわたくしの婚約者ですのよ!」
「ああら、いつ、どこで、どなたがロバート様を貴女の婚約者だとお認めになったのかしらー!? 届け出は成されていないこと、わたくし存じていますのよ! 両家の当主の承認がない婚約など所詮は口約束、若い内の気の迷い、後からなんとでもできますのよ!」
「そんなことはありません! ロバート様は確かに、わたくしを花嫁にしてくださると……! 次の社交シーズンにでもお披露目する心算で準備を進めていますのよ! ロバート様はわたくしが確約しているのですから、手を出さないでいただけるかしら!?」
「おーほほほほほ! お約束はできかねますわねー!」
「なぁんですってぇ、この泥棒猫がぁぁ!!」
――熾烈なキャットファイトを日夜繰り広げていた。
そもそもがこの学校、多くの女子にとっては、将来の旦那様探しという側面を強く持っている。
中には今から職業婦人になることを志し、強い信念でもって勉学に専念する為に入学した女子もいるにはいるが。だがそれよりも圧倒的に、未来の有望株間違いなしの少年達を青田買いよろしく婿がねにと計算高く狙っている女子の方が多いのだ。
誰と結婚するかで女は確実に将来を左右される。それが身に染みてわかっているだけに、男子達には見えない場所で繰り広げられる女の戦いは苛烈を極めていた。それは実家が頼りにならない下位貴族の御令嬢や没落寸前の家の御令嬢たちほど露骨に顕著だった。これで手厚いバックアップが期待できるほど実家に十分な余裕と権力と財力があれば、ここまで切実に追い詰められて殺伐とすることもないのだけれど。
しかしそんなガツガツと餓狼のように男を狩る気満々の女子をいたいけな男子の群れに放り込んだら、阿鼻叫喚。混乱の末に惨憺たる有様になる未来が目に見えている。
そこで女子男子共に数年間、素行や言動の観察期間を経て、同じ環境に身を置いても問題ないと判断された生徒だけが男女合同のクラスに進級できる。
逆に言えばこれはダメだと判断された者は、上級生になっても女子クラスor男子クラスの隔離空間に身を置くことになる。
男女混合クラスに入れなかった者の学内婚活事情は、かなりシビアだ。
何しろ活動範囲の大半が男子と隔てられているし、お知り合いになるきっかけも限られる。それでも共用スペースや特殊授業で使われる移動教室など、僅かな男子と接触できる時と場所と事前調査を駆使してよりよい未来の旦那様を得ようと涙ぐましい努力を重ねる羽目になる。そうしてなんとか男を捕まえることができたとしても、今度は自分のゲットした男を他の女子に横取りされないかと神経をとがらせて殺伐とした空気を更に加速させるのだ。
女子教室棟は、そんな心身ともにささくれだった上級生女子による男を巡ったバトルが日夜繰り広げられている場所なのである。
おっとり穏やかでお上品。そんなお嬢様像が泡のように儚く消える場所。
それが女子教室棟だった。
女の戦いが加速する上級生クラスとはうって変わって、下級生クラスはまだのほほんと穏やかだ。
両家の子女が多いし、本来は争いごととは無縁なのだ。本来は。
それに入学したばかりでまだ婿獲得競争が本格化していないこともある。
みんな上級生女子の醜い争いから目を逸らし、自分達はまだそこまで切羽詰まってないからと平和なモノだった。
女の戦いが加速するのは、男女混合クラスから締め出されてから卒業寸前までの焦りが最高潮になった頃が本番なのである。
クラス分け前の下級生はまだ女の友情を火にくべて爆裂四散させる必要に迫られる前だった。
そんな、まだ平和な下級生クラスの一つ。
今年入学を果たしたばかりの幼さが残る御令嬢達が身を寄せ合って内緒話をしていた。
お題は年頃のお嬢さんらしく、気になる男子あるいは好みのタイプについて。
今はまだ仄かな憧れや理想が主な内容だが、これが婚期が迫ってくるにつれて華やかな女子トークの水面下で牽制と占有権の主張を繰り返し、互いの狙いが被らないようにゆっくり調整能力を磨いていく事になる。
そんな未来などまだ遠いと、少女達は純粋に興味本位と幻想の入り混じった会話をしていた。
「ねえ、そういえばレイトリンは好きな男の子がいるんだよねっ? 誰だれ? この学校の男子?」
一人の少女が、そんなことを言いだすまでは。
話を振られたのは、隣の椅子に座ってにこにこと聞き役に徹していた穏やかな少女。
今まで自分の話をすることなく、控えめに相槌を打つばかりだった少女だ。
将来はどんな男の子を旦那様にしたいか。
そんな会話の果てに自分の思い人について尋ねられ、少女は――レイトリン・ウィルダムは気恥ずかし気に頬を染める。
それでもしっかりと、揺れのない声が質問の答えとして一人の名を紡ぐ。
「私……アロイヒ様のことをお慕いしているの」
レイトリンの口にした名前を、耳にして。
席を取り囲んでいた少女達が一斉に動きを止めた。
アロイヒ・エルレイク。
それは栄誉も歴史も富もある名門侯爵家の嫡男であり、温厚で成績優秀でありながら、同学年どころか学校全体に広く奇行が目立つことで知られ、婚活狙いの女子一同から『珍獣』……『対象外』と敬遠されまくっている男子の名前だった。
レイトリン
ちょっぴりズレた感性を持つ女の子。天然。
ユニィ・リン
留学生。女子への教育が制限される故郷から、婿探しを名目にやってきた。
アミーニア
ふわっとした外見の小動物っぽい女の子。ただし中身は自立した肉食系。
ハルモニア
身長が高く、キリッとした女の子。しっかり者に見えるが中身は気弱なドジっ子。
今回はこの女子四人からアロイヒの奇行に触れていきたいと思います。




