遭難☆学校探検隊!
隠し部屋で亡霊リックと出会った、10分後。
探検隊メンバーは穴を落下していた。
ひゅるりひゅるりらひゅるりらら。
落ちる、落ちる、落ちていく。
深い深い、穴の底まで真っ逆さまに。
「ぎ、ぎゃぁぁぁあああああああっ!! 落ちる、落ちちゃう! 死、ぬー!!」
「うわぁぁぁああああああああああああああああ!!」
隊員2名、漏れなく絶叫。
生半可な絶叫マシーンよりも確実に肝の冷える恐怖体験にご招待中だ!
恐怖は大きく口を開いて叫んでも紛らわすことはできない。
そんな最中にも、穴に落ちてる真っ最中だというのにアロイヒは笑っていた。
「あははははははっ☆ 2人とも元気だね! 夕飯前なのにね。お腹すかない?」
「ちょ、ひぃちゃぁぁあん!? そんなこと言ってる場合じゃねぇぇえええええ!!」
「流石にこの状況で悠長すぎだろアロイヒぃぃいいい!!」
こいつ正気か、と。
正気を失った隊員2名が隊長を疑惑の眼差しで見る。
なんでこんなことに……
自分達が見舞われている憂き目と落下の恐怖に、自然と涙が出ちゃう。だって男の子だもん。
いくら考えても、どうしてこうなったのか理由は単純明快過ぎて、その事実にも泣けた。
彼らが穴を落下している理由。
それは、隠し部屋から繋がる隠し通路の1つを通って帰ろうという話になった時。
何の気なしにベスパが壁からピコンと飛び出ていた、妙に気なる赤いボタンを突っついたせいだった。
まさかそれが罠を発動させるスイッチだったなんて、誰が思うだろう。お天道様だって思うまい。
まあ、日の光が絶対に差さない地下での出来事など、お天道様に知る由もある訳がないのだが。
そうして、スイッチがポチッと音を立てると同時に。
少年達の足元が消えた。
いきなり現れた空洞、その名は落とし穴。
少年達はいきなり始まる自由落下に硬直した。
咄嗟に飛びのく以前に足場が消えたので、ジャンプなんて出来るはずもない。
穴の縁に手を伸ばそうにも穴の直径がとても余裕を持った作りになっていた上、落とし穴が発動すると同時に、穴の縁にはジャキンッと刃物付きのトゲトゲが飛び出していた。この落とし穴、全方位に隙がなさすぎる。お陰で少年達には落ちるに任せるしか成す術がなかった。
そして現在に至る。
空中をわたわたばたばた手足を振り乱して暴れながら、今の彼らの自由に出来るのは視線と口くらいだ。
今更ながらに探検隊の隊長を任せるには人選大いに間違えた!と頭を抱えることも出来ない状況で、思い至るに遅すぎる失敗に気付いてぎゅっと目を瞑った。
その、2人が目を瞑っている間に。
アロイヒは「そろそろだね」と呟いて懐に手を突っ込むと、端を短剣に括り付けた頑丈さにステータス極振りの縄を取り出した。
ひゅんっと2回、3回と振り回す。
速度を乗せて、アロイヒは縄をいずこかへと投げつけた。
手元に伝わる、確かな手応え。
「2人ともー、はい、手」
「「えっ?」」
そこから何が起こったのか、展開が目まぐるしくて隊員たちには理解が及ばなかったのだが。
アロイヒは「手」と言いながら、ベスパとスコルのベルトを掴んだ。そこは手じゃねえ。
身体にしっかりと巻き付けた縄が伸び切り、がくんっという反動を伝えてくる。
気づいた時には、彼らは壁にぽっかりと空いた横穴に身体を放り込まれていた。
「え、え、えっなに? いま何が起こったの!?」
「僕達は……助かった、のか……?」
混乱する隊員たち。しかしこの探検が始まって以来、彼らが混乱していなかったことがあっただろうか。
だが隊員たちを混乱のドツボへ度々突き落とすアロイヒ少年も、今回ばかりは無罪だ。
段々落ち着いてきたスコルが、何とも言えない眼差しでベスパを見つめている。
そっと目を逸らしたベスパに、スコルの疲れ切った声音が向けられた。
「……金輪際、得体のしれないスイッチやボタンやレバーには触らないこと。良いな?」
「あ、あはは………………肝に銘じとく」
青褪めた顔で動機息切れに胸を押さえるベスパは、スコルの言葉に深く、神妙に頷いたのだった。
ここから落とし穴の底が窺えるだろうか。
恐る恐る覗き込んでも、穴はやはり闇に沈んでいる。
ポケットに入っていたちょっと格好いい小石を落としてみると……
………………おや、いつまで経っても音が聞こえないなぁ。おっかしいなぁ。
改めて自分達に待ち受けていた末路を強く意識してしまい、ベスパは落ち着きのない自らの両手をぎゅっと胸元に抱き込んだ。一見して腕を組んでいるようにしか見えない姿勢だが、抱き込んだのである。
「それで、アロイヒ。僕達は随分と穴の奥まで落ちてしまったと思うんだけど……僕らはいま、どのあたりにいるんだろうか」
「うーんと……どのあたりだろうねぇ」
「アロイヒ?」
いま、この男は何やら不吉なことを口にしなかったか?
先程までとは違う意味で、スコルの顔が血の気を失った。
アロイヒは困ったという感じで、気まずそうに首の後ろを掻いている。
「地図、リックさんの部屋に……」
「嘘だと言ってくれ」
「なんとなく大まかな位置はわかるけど……細部は怪しいなぁ。細かい仕掛けとか、前知識もなしに初見で動かせるか、ちょっと不安。道順もわからないし」
「嘘じゃないなら冗談でもいい。否定の言葉が聞きたいんだ」
「リックさんからこの落とし穴の話や、実際に穴に落ちて生還した人の体験談を聞いたことがあったから、この横穴の存在は知ってたんだけど。横穴に入った後、どういう経路をたどったのかまでは聞いてなかったし」
「絶望的じゃないか……」
素直なのは、正直なのは良いことだ。
だけど時として残酷な事実という奴は、こんなにも心を抉ってくることがあるものだと。
12年という短い人生の中で初めて味わう現実の残酷さに、隊員たちは両肘両掌を地につけて項垂れた。
お夕飯までに帰るつもりだったから、食料もないというのに。
もう夕飯までに帰りたいなんて贅沢は言わない。
せめて、無事に帰れる保証が欲しい――
ぐーっと腹の切ない鳴き声を聞き流しながら、隊員たちは昼間に目にした太陽を今までの人生で最も切実に恋しく思う。本当に何故あの赤いスイッチを押してしまったのかとベスパは涙目だ。
こんな状況でもあっけらかんしていていられるような図太さを持つ者がいたら、そいつはきっと人間じゃない。少なくとも精神に何らかの異常を抱えたナニかだ。
「まあ何とかなるよ、うん。たぶん」
だからきっと、アロイヒは人間じゃないナニかじゃないかな。
そんな風に思ってしまう隊員たちの心は露知らず。
アロイヒはちっとも心的負担を感じていない顔で、にこっと笑った。
「右手を壁につきながら歩けば、きっと地上に戻れるよ! たぶん」
「そこで『たぶん』が付く限り不安しか感じないんだよ、ひーちゃぁん!!」
「まあまあ、とにかく進もう。先に進める道があるんだから、歩かないとね。こんなところでじっとしていたら、お夕飯に遅れちゃうよ。今日の晩御飯はハンバーグなんだから!」
「こ、この状況でも寮の食堂に時間内に戻れるつもりでいるのか……っ」
「流石に神経図太すぎるよ、ひーちゃん……僕でもそんな心算できないよ」
絶望に浸る隊員たちには、お構いなしに。
アロイヒは頭の中にお夕飯のハンバーグへの熱い思いをお招きし、横穴の奥へと進み始める。
「いっざすーすーめーやーキッチンー♪」
「あ、ま、待ってよー!」
「もうちょっとこちらの気持ちが落ち着くのを待ってくれても良いんじゃないか!?」
残念なことに、彼らが持っている光源はアロイヒの手にあるランタン1つのみ。
必然的にアロイヒと離れては、隊員たちは完全なる暗闇の中に取り残されてしまう……
自分の手すら見えない闇に取り残されたくなければ、問答無用ですたすた進むアロイヒについていくしかない。この先は地図すらない未知の領域……固い唾を飲み下し、隊員たちはより恐怖の増した道行きに怯えながらもアロイヒの後に続いた。
しかし彼らの歩く様子は、アロイヒの背後にぴったりと張り付くようなもので。
傍目にどう見ても……前方から襲い来る何らかの脅威に対して、アロイヒを盾にするかのような有様だった。
自分達よりずっと地位も権力もある高位貴族『侯爵家』の跡取り息子様を、未知への盾に出来るようになるとは……彼らも図太く強かに、心身ともに成長したものである。
それを本当に成長と呼んで良いものか。
また、それを本人たちが喜ばしく思うかどうかは、置いておくとして。
ちなみに落っこちたのがアロイヒ単体だった場合。
→壁を這い上って脱出していた。
一応、運動の苦手なベスパとスコルには壁登りは厳しいかな? と配慮して普通の道を素直にまっすぐ進むことにした模様。
例え運動が苦手じゃなかったとしても、常人にいきなり専用装備なしに壁を這い上るのは難易度が高すぎるという点には思い至らない。2人が運動得意だったら、何の疑問もなくこれくらい大丈夫だよ! と壁を登らせようとした……かもしれない。
次回:『遭遇☆学校探検隊』
彼らがナニかに出遭います……。
果たして一体、何に出遭ってしまうのか……
a.イヌ科
b.ネコ科
c.偶蹄類
d.猛禽類
e.節足動物唇脚綱
f.天狗




