徘徊☆学校探検隊!
アロイヒ、ベスパ、スコルの3名からなる学校探検隊発足から、5分後。
隊員であるベスパとスコルは早々に凄まじい後悔に苛まれていた。
「え? ここ?」
「おい、アロイヒ……本当にここか? ここから入るのか?」
「うん。ここが入口だよー」
「だけど、どっからどう見ても入口には見えないよ、ひーちゃん!!」
2人が探検隊に加入したので、浅いところから改めて探検するね、と。
もう探検済みのところだけど、そっちの方が色々確認済みで危険が少ないから、と。
なんだか不安になるようなことを口にしつつ、キラキラの笑顔でアロイヒからご案内いただいた、某所。
何故か裏庭に連れ出されたその足で、連れ出された先に入口のような物は影も形も見当たらない。
ここから探索を開始するね、と。
アロイヒが何の疑問もない顔で指し示した場所は、どこからどう見ても噴水の排水溝だった。
「アロイヒ、そこは入口じゃない。水の出口だ」
スコルがそう言っても、アロイヒはきょとんとしている。
納得のいかない顔をしている2人に、アロイヒはエルレイク家伝来の地図を示して説明した。
初心者探索用のステップ1は、ここから入れる区画が一番簡単なんだよ、と。
ステップ幾つまであるんだよ、とベスパがぼそりと呟いた。
これがアロイヒ単体の言なら、一蹴するところだが。
エルレイク家伝来の地図に書かれているとなると、それはエルレイク家のお子さん方が代々踏襲してきたということで。ご立派な家柄の歴代優秀な人材が訂正もせずに記載をそのままにしていたとなると、一笑に付すことも出来ない。
アロイヒが普段、一体どこでどんなことをしているのか知りたいと言ったのは、自分達だ。
ベスパとスコルは抵抗を諦め、アロイヒの先導に従うことにした。
アロイヒは手馴れた様子で、何の躊躇もなく池の中に足を突っ込んだ。
ズボンの裾はきっちりと膝まで上げられている。
ざぶざぶと人口の池の中を進み、真ん中の彫刻へと手を伸ばす。
ところどころから水を噴き出している、背中に翼を生やした女性の彫像だ。
名門の学校に相応しく、一目で素晴らしい作だと見て取れる。
アロイヒはやっぱり何の躊躇いもなく、女神の翼をもぎ取った。
「え、えええええええええぇぇぇっ!?」
「ちょ、アロイヒーーーー!!」
隊長の突然の暴挙に、隊員たちの顎がかくんと落ちる。
名前を呼ばれたアロイヒはきょとんと振り返り、2人の顔を見て首を傾げた。
しかしその間にも、彼の両手は止まることなく女神像に無体を働いている。
もげた翼の下には、何故か謎のレバーが隠されていた。
アロイヒがレバーを動かすと、「かこん……っ」という軽い音が響く。
音の発生源は、女神の顔面。
よく見ると、女神の鼻が浮いていた。
……整った顔面から、女神の鼻が天狗のように伸びていた。
その鼻を、アロイヒはこともあろうに真下へ向けて垂直にぼぎっと圧し折った。
再び響く、隊員たちの絶叫。
あまりに叫ぶものだから、アロイヒもきょろきょろと首や目線を動かしながら戸惑った様子を見せる。彼には、隊員たちがどうして叫んでいるのかわかっていなかった。
だが本体の戸惑った様子とは裏腹に、手だけは淀みなく動き続ける。
圧し折れたかに見えた女神の鼻は、壊された訳ではなかった。
よく見ると、最初から曲がるようになっていたのだ。そういう仕様というヤツである。
直角に曲がった鼻を掴み直し、アロイヒは容赦なく全力で女神の鼻をぐるぐると回し始めた。
その動きに連動して、低い音を響かせながら排水溝を閉ざしていた鉄格子が上がっていく。
よく見ると水位も徐々に下がっているようだ。
そうして3分ほどの時間で、排水溝は『入口』へと姿を変えていた。
怒涛の展開に、もう隊員たちは言葉も出ない。
しかし隊員たちよ、忘れてはならない。
これはまだまだ探検の『入口』……本当の意味で、探検はまだ始まってもいないということを!
まだ本格的な探検も始まっていない、まだ入り口の段階だというのに既にぐったりと疲労を感じながら、隊員たちはアロイヒに連れられて入口の奥へと続く。恐る恐る進んだ先には、水の流れとは別に石で組まれた足場が存在した。そこにあるのは下り階段。先の見通せない、深い深い闇の奥へと続く。
2人が階段を下りきったのを確認すると、アロイヒはランプへと手を伸ばす。壁に等間隔に備え付けられているものの1つのようだ。
火を灯すのか、スコルはそう思ったのだが。
アロイヒが持ち込んでいるランタンから、火を移そうとする動作は見られない。
それどころか無造作にわしっと掴み、ぐいっと引っ張りおった。
今度こそ破壊行為か……! 疑いの目が、アロイヒに集中する。
だがアロイヒがランタンの根元を曲げるように、ぐいっと引っ張ると。
探検隊が使った入口の方から、低く地に響くような動作音が……
「ひーちゃん? いま何やったの?」
「戸締りはしっかりしないとね。うん! 実家のメイドのアマンダもそう言ってたし!」
「と、戸締り……?」
どうやら他の誰かがうっかり入り込まないよう、入口を閉じたようだ。
小鳥たちの憩いの場、学校の裏庭にまさかこんな大掛かりな仕掛けがあろうとは……普段見ていた学校の姿が全て偽りだったかのような、そんな気分に陥りそうになる。誰かに騙されたわけでもないのに、「騙された……!」と叫びたい気分だ。
スコルは、ますます不安が募っていくのを感じていた。
この探検に、本当に参加して良かったのか。
自問自答を繰り返すも、既にその論題で悩む段階は過ぎている。
実際にこうして参加してしまっているのだから、あとはもうこの怪しげな道を突き進むのみである。
「……ちなみに、探検をここで辞退したとして、この場所で君達が帰ってくるのを待つのはありだろうか」
「え? ここの入口一方通行だよ? こっち側からは開かないから、帰りは別の通路を使わなきゃ」
「………………」
突き進むのみである!
位置としては、学校の1階とB1階の狭間にある空間……中B1階とでも呼ぼうが。
水の流れとはおさらばして、彼らの進む先は天井から床から左右の壁まで統一感溢れる石造りの通路が続く。微かに湿気を感じるのは、陰鬱な雰囲気からくる錯覚なのかどこかで水漏れが発生しているのか。
既に状況は、ベスパやスコルの予想していた「学校探検!」ではなくなっていた。
2人の少年が予想していたような、明るく元気で健全な、太陽の光と仲良しこよしな空気はどこにも存在しない。むしろ黴臭い、忘れ去られたような地下にあるせいか、陰鬱でドス暗く、健全さとは程遠い……率直に言って、今にも幽鬼の類が発生しそうな空気である。放課後の学校内をあちこち探検する、という字面に偽りはない筈なのに、探検隊の置かれた状況は伝奇小説に近い気すらしてくる。
彼らの道行きを照らすのは、アロイヒの持ち込んだ古ぼけたランタン1つのみ。
こんな道を行くと知っていれば、隊員たちも自前で明かりを持ち込んだだろうに。
頼りない明かりひとつで照らせる範囲には、限りがある。
人の目は、闇を見通せるようには出来ていない。
一寸先は闇という言葉があるが、彼らの現状は言葉通りの意味でその言葉を実現していた。
10m先は、もう何も見えない。全く見えない。
道の先が直線か曲がり角かも目視できる状況ではなく、見落とした曲がり角からナニかが飛び出してきたとしてもおかしくない空気がそこにはあった。
「こ、コワイね、委員長……!」
「おい、止せ、やめろ。しがみつくな!」
「何かあったとしても、僕を置いて逃げたりしないでよ!?」
「そんなにしがみつかれたら、逃げるも何も……!」
「あはははは! 大丈夫だよ、ベスパ。何も起こらないよ、ここでは、まだ……」
「まだ!? まだってなに!? ここではって!?」
「おいやめろアロイヒ!? ここでなければさも何かが起きると言わんばかりの口ぶりは……!」
「え? だからここはまだ大丈夫だよ、って」
「この先に何があるっていうの、ひーちゃぁぁぁんっ!!」
アロイヒは、探検の予定を1時間だと言っていた。
果たして本当に、1時間でこの探検を切り上げられるのだろうか。
この先に出口があることを信じて進むしかない隊員たちは、もう早く1時間過ぎろと心の中で念じるばかりだ。
そんな彼らの、行く手に。
「あ、ほら見えたよ! 今日の探検の目的地!」
アロイヒの場違いな明るい声と共に示された、先。
通路の先に、重厚な木製の扉が見えた。
……暗闇の中、うすぼんやりと浮き上がって。
「な、なんで明かりが届かない位置なのに、ぼんやり扉が見えるんだよぉぉおおおおおお!!」
ベスパの泣きの入った叫び声が、石造りの通路の中で延々と反響するのだった。
ぼんやりと光を放つ、扉の向こう。
隊員たちの行く手に見える、その部屋には一体何が……?
何の変哲もなさそうなー、学校の噴水の下にー。
黒く口を開いた石造りの通路の先でー、隊員たちが見たものはー。
前回の後書きクイズ(?)の結果は、次回にて!
次回『怪奇☆学校探検隊!』
彼らは一体ナニと遭遇しちゃうのか? どうぞお楽しみに!




