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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
11/26

レイトリン・ウィルダムの道を踏み外した初恋(馴初め編)

 アロイヒ少年の学園時代から、ちょっと離れまして。

 そろそろ出てくる予定のとあるキャラの、アロイヒにまつわる昔語りになります。

 今回はそのキャラとアロイヒの馴初め編です。



 わたくしには、慕わしく思う御方がいます。


 彼の方の御名は、アロイヒ・エルレイク様。

 王国でも屈指の名家に数えられる家のひとつ、エルレイク侯爵家の御嫡男様です。


 彼の方との出会いは、わたくし達が5歳の時のことでした。

 まだ恋や結婚、婚約といった言葉の意味も定かではない幼い頃。

 ですが目の前の相手に『運命』を見出すには、充分な歳でした。

 そう、わたくしは―5歳の頃から、もう7年もあの方をお慕いしています。


 馴れ初め……このように申しますと、まるであの方と深い間柄であるように思えてしまいますが、敢えて馴れ初めと言わせてくださいませ。

 わたくし達の馴れ初めは、エルレイク侯爵家の御領地でのことでした。

 大家を背負って立つアロイヒ様の為に、侯爵様ご夫妻が年頃の近い令息令嬢を領地にお招きくださる機会が当時は度々設けられておりました。

 長い時間を隣あって過ごすことのできるご友人を――あるいは婚約者の候補と成り得る相手を。

 お互いの相性を見る目的で、この出会いがきっかけになればと侯爵様はお考えのようでした。

 勿論、アロイヒ様との相性を確認する為の場ですから、多人数を一気にお招きになるのではなく、なるべく一対一に近い形で交流ができるようにとお計らいになったのです。

 わたくしの家と侯爵様の御領地とは近く、家格も釣り合っていましたので会が設けられるようになってから早い段階でお会いすることが叶いました。

 当時のわたくしは、家から出されることもなく育った幼い子供でしたので……同じ年頃の殿方と交流したこともなく、アロイヒ様とお会いすることに怯えを感じていましたの。

 わたくしには5歳年の離れた兄がおります。

 幼いわたくしにとって、兄はあまり良い兄ではありませんでした。

 いじわるで、悪気はなかったのでしょうけれどよく泣かされていましたもの。

 最も身近な年の近い男性が、いじわるな兄だったからでしょう。

 あの頃、わたくしは男の子とは皆そういうものなのだと思い込んでいたのです。


 でも、アロイヒ様は違いました。


 わたくしの思い込んでいたような、いじわるな殿方とは全然違ったのです。

 カエルをけしかけてくることはありませんでしたし、泥まみれの手でわざと汚されることもありませんでした。

 初めて顔を合わせたわたくしに、ふわっと微笑んで手を差し伸べてくださいましたの。

 わたくしは、「ああ、なんて可愛らしい方なの」と驚いたことを覚えております。


 『男の子』を怖がって引っ込み思案なふるまいしかできなかったわたくしに、何をして遊ぼうか、と意見を聞いてくださいました。これがあの頃の兄でしたら、問答無用で自分のやりたいことにつき合わせるところでしたのに。5歳年上の兄よりも、よほど紳士でしたわ。

 わたくしが遊びたいことに、嫌な顔なんてひとつもせずに付き合ってくださいました。

 男の子との遊び方なんて全くわからなかったのですもの。わたくしはつい、自分の普段を顧みて「お人形遊び」がしたいと女の子の遊びを告げてしまいましたの。

 男の子しかいない侯爵家に、お人形遊びに使う道具があるかどうかも定かではありませんでしたのに。

 自分の近くに当たり前にある物でしたから、他家にも当然あるものと思い込んでいたのです。

 ですがアロイヒ様は、しまい込まれていた道具を出してくださいました。

 古いお家柄ですもの。きっと名のある職人の作った由緒あるお品だったのだと思います。

 かつて侯爵家にお生まれになった、何代か前の御令嬢が愛用されていたお品かもしれません。

 特にアロイヒ様がお使いになったお人形は、初めて見る意匠のお人形でした。

 12歳になった今でも、王国で他に類を見たことがありません。

 小さなわたくしには、初めて見る不思議なお人形がまるで生きているかのように見えました。

 それくらい、活き活きとした生命力を感じさせるお品だったのです。

 

 こう、頭には赤紫の可憐なお花が咲いていて。

 まるで緑の葉の如き、瑞々しい髪がぴょこぴょこと動かす度に揺れていました。

 皮を剥いたお芋のように、すべすべでしっとりとした不思議な質感で。

 本当に類を見ない変わったデザインで、目・鼻・口の部分は黒く小さな穴が穿たれているだけという簡素な造形でしたけれど、まるで本当に命が宿っているかのような……今にも動き出しそうな雰囲気がありました。

 思い返してみると不気味なデザインだったような気も致しますが、本物の生き物のように錯覚させるのはやはり職人の魂が籠っていたからなのかもしれません。

 時に人形が自ら動いているかのように感じる程でしたので、製作者は名のある職人だったのでしょう。


 ですがアロイヒ様のお人形には、難点が1つだけありました。

 お人形遊びのためにアロイヒ様がお持ち下さった段階で、お人形は服を何も着ていなかったのです。

 そうです、お人形は裸でした。

 そして幼子の目にも、それはあんまりだと思ってしまいましたの。


 わたくしはアロイヒ様に提案いたしました。

 そのお人形にも、何か服を着せてあげませんか?と。

 人の形をしているのですもの。

 肌を晒した姿で放って置くのは忍びありませんでした。

 わたくしの拙い言葉で申し上げた主張に、アロイヒ様も同意してくださって。

 

 お人形遊びの筈でしたが、いつしかわたくしとアロイヒ様の目的は同じものになっていました。

 この不思議なお人形に、素敵なドレス(人形用)を着せて差し上げようと。


 何故かお人形に服を着せようとしても、妙に滑ります。

 どうしてか中々うまく事を運ぶことができず。

 2人がかりで動かないように抑えている筈ですのに、わたくしとアロイヒ様の力が変に伝わって反発でもしあったのか、お人形はバタバタと暴れるように勝手に動いてしまうのです。

 お人形がひとりでに動く筈がありませんから、やっぱりわたくし達がお人形を抑える手に力を入れすぎてしまっていたのでしょうね。

 お人形用に小さく、丁寧に縫われたドレスも勢い余ってか、2着ほど駄目にしてしまいましたし。

 お人形の腕が引っかかって、敗れてしまいましたの。侯爵家の由緒あるお品だったのでしょうに、申し訳ないことをしてしまいましたわ。

 わたくしが不器用だったのか、アロイヒ様がお人形を扱うのに手馴れていなかったからか。

 何が理由、と分析するのも遠い記憶なので朧になって定かではありませんが、結局わたくし達が不思議なお人形を淑女のごとき装いで完成させるには2時間という時を費やすこととなってしまいました。

 それだけの時間をかけたのですもの。

 もうその日は、それだけでお暇する時間となってしまいました。


 満足に『お人形遊び』ができた訳ではありませんが。

 ですがわたくしは、とても楽しかった。充足していた。

 不思議な満足感を覚えたのですが、今思えばあれこそわたくしが人生で初めて得た『達成感』というものだったのでしょう。

 そして、その満ち足りた思いは、隣にいる男の子と同じものだと。

 この『達成感』を互いに共有していると。

 言葉にせずともそうとわかり、信じることができたのです。


 お人形を飾ることも、やっぱり立派な『お人形遊び』のひとつだったのでしょう。

 これが兄でしたら、絶対に2時間もお付き合いしてはくださいませんでした。

 同じ時を、同じことをして一緒に過ごす。

 目的を達成した充足も確かにありましたが……あの満ち足りた気持ちはきっと、それだけでもなくて。

 

 初めて出会って、2時間一緒にお人形で遊んだだけ。

 言葉にすればただそれだけでしたが、わたくしはその2時間が特別で、楽しいものになっていて。

 顔を合わせる前は、あれだけアロイヒ様と会うことを憂鬱に思っていましたのに。


 わたくしは、また会いたい、と。


 次にはいつまた会えるのか、一緒にまた遊べるのかとそればかりを気にするようになっていました。

 

 彼の方のことを大好きだ、と自覚する前。

 それでも初顔合わせのこの時、既に。

 わたくしにとってアロイヒ様は、『特別な方』になっていたのです。


 



レイトリン父(以下、レ父)

「あの、侯爵閣下……ご子息がおもちゃにしておられる、あの『お人形』、は……」

アロイヒ父(以下、ア父)

「ははははは……アロイヒ、アロイヒや?」

アロイヒ(以下、阿呆)

「なんですか、おとーさま」

ア父「君が遊んでいるそのお人形は何かな? お父様、初めて見るんだけど。そんな人形。どこからそんな不気味な人形拾ってきたのか、正直に言いなさい?」

阿呆「ひろってきたんじゃないです。お庭に生えてました!」

レ父「庭!? 生えて!?」

ア父「やはり、マンドラゴラ!」

阿呆「この草、おもしろいんですよ! ひっこぬいてもひっこぬいても、何日かするとまた同じところに生えてくるの」

レ父「引っこ抜いてもって……そんなに頻繁に生えてくるんですか!?」

ア父「アロイヒ、危ないから引っこ抜いたら駄目だ。そこで頑張るんじゃない! ……いや待て、同じところに何度も、頻繁に?」

阿呆「お庭のはしっこにある、ねずの木のとこにいつも生えてくるの」

ア父「何が根元に埋まってるんだ、ねずの木!」

レ父「ひぃ……なに養分にしてるんでしょうか」

ア父「ちょ、誰か人手を集めろ! 至急、掘り返して確認しないと……!


 そうしてねずの木の根元を掘り返した結果、何が出てきたのか。

 エルレイク侯爵(アロイヒ父)は黙して語らず、決して誰にも教えなかったという。

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