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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
10/26

ジャスティ少年12歳

今回は『没落メルトダウン』にも出てきた性別不詳気味な『黒歌衆』のあのひと。

ジャスティさんとの学生時代の逸話第一弾になります。

 今日も朝からアロイヒ少年は行方不明だ。

 同室の少年達総出で探し出し、捕獲してから教室に連行する流れもスムーズになってきた。

 朝の目覚めまでにアロイヒが部屋に戻っていなかった場合、どこにいるのか。

 パターンを掴んできたスコルの指揮で、少年達は朝から軽い運動代わりにアロイヒを捜索する。

「今日は天気がいいから、きっと屋根の上だな……」

「誰か梯子持ってきてー」

 そうして確保したアロイヒに大急ぎで身支度させて、犬のリードよろしく上着の裾を引っ張って教室に連行だ。

 これが入学2か月後の彼らにとっての日課、毎朝の光景なのだが……

 その日は、いつもと違う点があった。


 朝一番の教室、アロイヒの机の上。

 そこに慎ましくも堂々と鎮座する――1通の書状。

 表には大人顔負けの立派な筆致で、こう書かれていた。


 『 果 た し 状 』、と。


 その書状の第一発見者、クラス全員。

 見つけた手紙を見下ろして、誰もが口を噤んで教室は沈黙に包まれた。

 ただ一人、手紙の宛先らしきアロイヒがのっほほーんと躊躇なく手紙を持ち上げる。

 心なしか、その目がキラキラと輝いていた。

「あー……ひーちゃん?」

「僕、誰かから個人的なお手紙をもらうの初めて」

「嬉しそうだな、おい」

「個人的な手紙って……いや、そりゃ確かに超個人的なお手紙だけれども!」

「どうしよう。お返事って何書けば良いのかな」

「ひーちゃん、ここ文通がはじまる流れじゃないよ」

「果たし状の返事ならほぼ二択じゃないか?」

「私信のお返事って初めてだよ。レターセットはどれが良いかなぁ」

「これは……アントリーズ工房の綾織紙、か?」

「しかも薄桃色で花の透かし入り、金の箔押しで蝶のワンポイント……ひーちゃん、これ絶対駄目だよ! どっからどう見ても男が使うんならラブレター用だよ!!」

「お母様が持たせてくれたお手紙セットじゃだめ? こっちはお父様が持たせてくれたお手紙セット」

「……ってうわ渋っ! こっちは逆に甘さの欠片もない!」

「これは慶弔用じゃないのか……?」

 アロイヒが気にした部分は、論点からして手紙の主旨とは盛大にズレていた。

 どきどきわくわくうきうきそわそわ。

 アロイヒ少年は初めての『お手紙』を、くるくると広げていく。

 書面には『果たし状』との表書きと同様の筆跡で、簡潔に要点のみが書かれていた。

 即ちいつ・どこで・誰が待っているのかということ。

 広げられた手紙を横から覗き込み、ベスパが首を傾げた。

「これ隣のクラスの奴じゃん」

「知ってるのか?」

「うん。隣クラスの、女みたいな顔したヤツ」

「ああ、あいつか。女みたいな顔の」

「あ、わかったわかった。いたね、女みたいな顔の子」

「あいつかー。俺も前から女みたいだと常々」

 周囲で興味津々とアロイヒや手紙を囲んでいた級友達も、ベスパの言葉に合点がいったとうんうん頷いて示す。それぞれが口々に言葉にするのは、決まって「女みたいな顔の」という形容詞だ。

 ここに、意見の一致から一つの共通認識が生まれた。

 隣のクラスには、「女みたいな顔の」無謀な勇者がいる、と。


 一方その頃、隣のクラスの『女みたいな顔の奴』は。

「は!? ジャスティ、お前ほんとうに出したのか!」

「当たり前だ。僕はやるといったらやる。男に二言は通用しない」

「いやいやいやいやいや! 相手はアロイヒ・エルレイクだろ!? あの(・・)エルレイク侯爵家の嫡男!」

「相手が自分より高位の貴族だろうと、その跡取りであろうと剣の道には関係ない。僕は僕自身の信念と誇りに賭けて勝負を挑むんだ。相手が自分より身分が高いからと尻込みしていて剣の道は開けない。気持ちで負けたら駄目だろう」

「相変わらず無駄に男らしいが無謀な奴だな、お前は……でも相手は大人でも勝てないっていうじゃないか! 勝負するまでもなくお前より強いんじゃないか!? 強いんだろう!」

「そんなことは知っている! だけど相手が強いからと敬遠していて彼我の実力差が縮まるか? 実力差を正確に測り、自分を知り、相手を知る。現時点での自分の実力を知らずにどうして向上できると思うんだ。相手が自分よりどれだけ強いのか、そして僕の現時点での未熟な点はどこにあるのか。それを知る為にも勝負しなければならないんだ。これから強くなる為に」

 最初から勝つつもりは、今の時点で彼にはなかった。

 ただ最初の基準を知りたかった。

 どれだけ研鑽し、技と体と心を磨けば相手に近付けるのか……いや、打ち勝てるのか。

 それを知る為にも、まず剣を合わせるのだと頑なに少年は決意を語る。

「その為にって、だからって果たし状まで書くか?」

「僕だって必要がなければそんなもの。最初は正規の手段で立ち合うつもりだった。あの『不正』さえなければ……!」

 口惜しい。

 そんな気持ちが堪えきれず少年は奥歯を噛みしめる。

「本来なら、あの不正さえなければ……アロイヒ・エルレイクは1年次の範囲内で高レベルに設定された授業に……僕と同じクラスに振り分けられる筈だったんだ! あのスポーツテストの不正がなければ!」

 アロイヒに勝負を挑もうなどと考えるだけあって、少年の身体能力は同年代の少年達に比べれば中々のものだった。それこそスポーツテストの結果、運動系科目で最も厳しいクラスに振り分けられるくらいには。

 本当ならば、規則上はアロイヒもそのクラスに振り分けられる筈だったのだが……スポーツテスト最後の科目『持久走』でやらかした反則の結果、アロイヒは5年生に振り分けられた運動系科目の中でも殊更偏ってマニア向けのクラスに振り分けられてしまっている。しかも尻尾を巻いて逃げ出すなんてことなく、平然と混ざって未だに授業を続行していた。

 ジャスティ少年がいくら身体能力が高くでも、それは『常人』の枠の中でのこと。

 流石に現時点で、5年生の過酷な科目に混ざられるほどの非常識さは持ち合わせていない。

 運動系科目で同じクラスになり、授業の一環として勝負を……という彼の目論見はこの時点で木っ端微塵に弾け飛んでいた。

 そこで思い余って、走った方向が『果たし状』。

 思い切りの良さは認めるが、彼の将来が案じられる方向である。

「何度も言うが、僕は本気だ。その為に場所は『卒業の丘』の『一本松』を指定している」

「『卒業の丘』!? 『一本松』! うわぁ、マジで本気だー!」

 ジャスティ少年の口から飛び出てきた、学内の裏名所。

 その名に、ジャスティ少年のクラスメイト達はざわり騒然とした。

 入学してからわずか2か月だが、それでも既にその名は彼らの耳に届いている。

 『卒業の丘』の『一本松』……それは、学内案内に乗るような正式な名所ではない。

 だが『ある呼び出し』の定番として、生徒達には広く知られていた。

 学内で募らせた蟠りやしがらみ、怨恨を精算し、昇華させる為。

 主に卒業前の生徒達が利用する定番の場所だった――『決闘(おれいまいり)』の定番スポットとして。

 そんな場所に、僅か在校歴2か月の1年生が同級生を呼び出す。

 その行為は不穏な気配に満ち満ちていた。

「彼我の実力差を知り、今後の目標を立てる為の目安を測る。その為にも絶対に、この勝負はしなくちゃいけないんだ……!」

 決意に燃えるジャスティ少年。

 今後、自分が成長する為に……その為に目標(アロイヒ)の強さを知りたいという。

 ジャスティ少年はまだまだ成長期。

 正確な目標と強くなる為の計画さえしっかりしていたなら、自身の目指す境地に辿り着くことはそう難しいことではないだろう。

 だが彼は忘れていた。

 アロイヒ少年もまた、成長期だという事を。



 

 その日の、放課後。

 アロイヒ少年のクラスと、ジャスティ少年のクラスの全員に結果的に周知された決闘の行方はどうなったかと言うと……2クラスの少年達が見守る中、決着はつかなかった。

 3時間に及んで、ジャスティ少年はその場に不動で立ち続けた。


 アロイヒは来なかった。


 まさかのすっぽかしである。


 居た堪れない思いを抱えて、すっかり世話係と化したスコル少年とベスパ少年がアロイヒ捜索の為に学内をくまなく駆け回った。

 そして、見つけた。

 中庭の一角で……黄色いたくさんのひよこに(うず)もれて、すよすよと安息の寝息を立てるアロイヒ少年を。

「アロイヒぃぃいいいっ!! こんなところで昼寝しているんじゃない!」

「ひーちゃん!! なんで寝てるの! 決闘は!?」

「んー……うぅ? あ、おはようふたりともー」

「おはようじゃないよ!」

「なんで、こんなところで、ひよこに埋もれて寝ているんだ!」

「あ、あれ? ちょっと待ってスコル。このひよこ、サイズ感おかしくない? 僕、両手の掌を合わせたくらいの大きさのひよこなんて初めて見たんだけど」

「……アロイヒ、このひよこどうしたんだ?」

「子守を頼まれた」

「にわとりに!?」

「待って、混乱してるよスコル! このサイズのひよこだよ!? 親がにわとりとは限らない!」

「そういうベスパも混乱しているだろう!? いや、それよりアロイヒ決闘は!」

「血統……? この子達の親? ルビエス種の白色レグホン系だけど」

「誰も鶏の血統なんて聞いてないよ!」

「そうじゃなくて……放課後、呼び出しを受けていただろう? 果たし状で」

「それだったらお断りのお手紙書いたけど」

「「えっ」」

 いつ、そんなものを出したというのか。

 全くわからず、ベスパとスコルは首を傾げた。

 アロイヒ少年も首を傾げて返す。

「今日はひよこのお世話をするって約束の方が先約だったから。古語の授業で先生、誰かに充てて私的なお手紙を書いてみましょうって言ってたよね。その時間で書いたんだけど」

「ああ、確かに言っていたね。……古語で書けって」

 ウェズライン王国の古語……貴族階級であれば教養としてある程度の技能を求められるそれ。

 会話程度なら、貴族の子供でもそこそこ操れる子供は多い。

 しかし文書として通用するレベルの文章能力を持つ子供は、あまりいない。

 余程の高等教育を施された高位貴族の子息であれば、簡単な作文くらいは書けるというが。

 今でも重要な機密文書や、過去の文献を読解する為に古語は使用されている。

 足りない知識を補うために、学校は存在する。

 古語もまた、これから卒業までに多くの生徒が必要な知識を学んでいくところなのだが……

「今の自分のレベルを測るのに、実際に手紙を書いて出してみるのは最適だと言っていたな。先生」

「………………まさか、ひーちゃん? 古語でお断りのお返事書いたの?」

「アロイヒの古語の成績は……もうほとんど勉強する必要はないって先生が言っていなかったか? 少なくとも、1~5年生の授業では」

「言ってたね、先生。必修授業だから参加だけはしてほしいって言ってた」

「…………………………その授業の、課題の一環として古語で返事を出したのか」

「それ読めなかったんじゃない? ううん、確実に読めなかったんだろうね」

 罪のない顔で、ひよこをわらわらと付き従えて歩くアロイヒ少年。

 取敢えず謝罪の為にも『一本松』に連れて行こうと、少年の背を押して急かしながら。

 ベスパとスコルは、2人そろって遠くに視線を彷徨わせていた。

 ジャスティ少年……不憫な彼の、今後の学園生活は。

 入学2か月目にして、アロイヒに振り回される毎日が確約されてしまったような気がした。

 



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