お父様の不安
こちらは拙作『没落メルトダウン』の主人公の兄に関する学生時代、その短編コーナーにしていく予定です。
元々は去年、バグって中身が吹っ飛んだUSBメモリに書いていた内容なのですけどね……一度吹っ飛んでしまったせいで中々小林の意欲が湧かないままでしたが、ゆっくりと『お兄様』の少年時代を書いていこうと思います。
王国を長い歴史に渡って支え、古くは現王朝の成立時に尽力した忠臣の家系――エルレイク侯爵家。
その名を知らぬ王国の民はいない。
今もって富み栄えるこの家には、伝説を打ち立てた嫡男がいた。
名を、アロイヒ。
長い侯爵家の歴史をして、史上唯一剣の腕と武勲で名を馳せた。
智謀知略で知られたエルレイク家の中でも異端の貴公子である。
これは後に『竜殺貴公子』と呼ばれる彼の、少年時代の逸話である。
ウェズライン王国には、『王立学校』と呼ばれる施設がある。
王都に存在する、王国を代表する教育施設……中でも最高学府とされる学校だ。
入学資格を与えられる者の条件は厳しく、入学を果たした者には将来が約束される。
貴族の中でも高い役職や爵位の継承が約束された子息には入学が義務付けられており、逆説的に入学が望めない子息には不相応として決して大きな役目は認められなかった。
大きな責任と、義務。貴族としての心得を叩きこまれる場所。
相応に厳しい審査基準で実力を測られ、学校側の要求に応え続けることを求められる。
貴族以外にも門戸は開かれていたが、平民でも能力を認められた者しか入学は許されない。
だがその事実があるからこそ、王立学校卒業の肩書を持つ者は誰からも認められる実力者とされた。
王立学校は入学から卒業の間まで、かかる費用の一切を生徒に求めない。
引き換えに、卒業後の進路を国に捧げることを要求する。
官吏や軍属、国家の定めに従事する道であればなんでも良い。
ただし、国に仕える以外の道は認められない。
免除されていた学費を納めれば自由に進路を選ぶことができるが、将来の安泰を望んで入学する平民に高額な学費を納めてまで進路の自由を望む生徒は少なかった。
少数の例外を除いて、みな将来は一様に国に尽くす仲間達。
将来への前提が、王立学校に通う生徒達に根底からの連帯感を植え付ける。
大家の子供には家の務めを理由に王宮勤めを免除してもらう者も多かったが、それでも貴族として国に仕えることに変わりはない。
王立学校の生徒達――特に、同期ともなれば強い仲間意識を持つようになる。
それは、この国の上層部では常識とも言えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――アロイヒ、アロイヒや」
男の呼び声が、木霊する。
華やかに種々の薔薇が咲き乱れる、手入れの行き届いた庭園の中。
エルレイク侯爵領の城には早めの春が訪れていた。
「困ったな。あの子はどこに――?」
美しく咲き誇る花に目もくれず、男は息子を探していた。
大切な話があるというのに、少しの間もじっとしていられない息子は今日も行方不明だ。
まだ今日は城を飛び出してはいない筈と、使用人の目撃証言を辿って庭を歩いていた。
「アロイヒ? どこにいる」
「はい、父様。ここにいます」
庭の中、息子の名を十五回は呼んだだろうか?
若い父親の声は、ようやっと息子へと届いたらしい。
すぐ脇の茂みを、がさりと掻き分け――年齢よりも小柄な少年が現れる。
亜麻色の頭には、濃い緑の薔薇の葉。
その腕には、咲き零れる薄紅色の薔薇の花。
大きな瞳に笑みを滲ませ、一人息子は父親を見上げて首を傾げた。
「お父様、僕に何か御用ですか?」
「ああ、此処にいたのか。……息子よ、その薔薇の花は?」
活発というにも活動的過ぎる息子は、両腕で薔薇の花束を抱えている。
自然を愛でる性質であることは知っているが、息子は切り花よりも枝葉についたままを好む。
父親の知る息子の印象と花束はあまり重ならなかった。
不自然な組み合わせだと疑問を持つと、息子はにぱっと愛らしい笑みで述べた。
「新しいメイドのアマンダが、言ったんです。新鮮な朝露と十五本の薔薇の花束を用いて悪魔を召喚する方法を教えてくれると!」
「アロイヒ、その薔薇の花束を父に渡しなさい。今すぐに」
可愛らしい笑顔でとんでもないことを言い出した息子に、父は眉間の皺を揉み解す。
頭は悪くないのだが――好奇心旺盛なのは考え物だ。
「息子よ、お前は今年で幾つになる?」
「12歳ですけど……お父様、忘れちゃいました?」
「いや、父はまだ健忘症を患うには早い。少し確認しただけだ」
「そうですか。でも、僕の年齢が何か……?」
「うむ。前々から言っていたと思うのだが」
今まで自由過ぎる程にのびのび、それはもうのびの~びと育ってきた息子をじっと見る。
父の胸中に不安がじわりと滲みでた。
この子をこのままやってしまって、大丈夫だろうか。
じわりどころでなく、盛大に不安が胸中を占拠していく。
それでもこれは王国の法に定められたこと。
息子がこれほどまでに自由な子へと育ってしまったことは予想外だが……意図せずともこんな性格に育ててしまったことは親の責任だ。
だからこそ、この子の先も父親として当主として目を逸らすことなく見守らねばならぬ。
何をやらかすか、わからない息子ではあるのだが。
色々と覚悟が必要だ。
そう思いながら、父親は不安を押し殺して息子に告げた。
「お前ももう、12歳。――アロイヒ、息子よ。お前は今年、王立学校に入学せねばならない」
それは、この国の貴族に……それも嫡男に生まれた時から定められていたこと。
学校という場にこの息子が馴染めるか、盛大に不安は増すばかりだが……
今後の社会性やら、常識やら、色々なモノを学ぶために息子が学校に入らなければならないことは決定事項だ。家の権力をもってしても覆すことは出来ない。
せめて学校で協調性を学んでくれれば。
そう思いながら、エルレイク家の当主である父は、息子を誘って入学準備に手を付けた。
王立学校は、基本的に全寮制。
親の目はどうしても行き届かず……息子がどんな学生生活を送るのか、親であっても想像は及ばなかった。