中学最後の夏休み、クラスでバイオハザードが発生しました。
北原斗真、俺の名だ。中学三年生、つまり受験生のオタク。とりわけラノベに関しては、小学生の時からどっぷり。コミュニケーション能力は、当然の如く低い。勉強も運動も、平均ちょい下。まあ、普通の奴だ。
ネットでつながる奴には、よく『クラスの半数以上がオタクで、会話が弾んだ』とかいう話を聞くのだが、俺のクラスはそんな理想郷とは真逆の、過酷な世界だった。
「うわ、またそんなエ〇本読んでるの? きも」
まただ、また挿絵を見られた。
クラスの半数以上が、オタクとか、ラノベとかに興味や理解がない連中だ。
馬鹿にしてきたサッカー部の奴を一睨みして、俺は読書に戻る。
アニメ調の絵の何がおかしい、二次元的美少女の何がおかしい、俺にはそんなのどうだっていいんだから、ほっといてくれ。そんなことをいつも考えながら読書しなければいけない。つい最近、黒い布製のブックカバーを買った。こうでもしないと色々絡まれてロクに本を読めないのだ。
溜息をついて、教室の後ろの方を振り返った。
そこには、クラス内での唯一の理解者、伊丹修がいる。理解者ってことは、ラノベ沼にどっぷりつかったオタクだってのは言うまでもない。
――修は、クラスの女子に一番人気のイケメン野郎だ。
それでいてサッカー部部長。サッカー部のイケメンのテンプレをなぞったかのような爽やかな顔。成績もそこそこ優秀で、スポーツに関しても文句なし。でも完璧じゃなく重度の方向音痴とかいうギャップも兼ね備えてる。正直、なんでこいつが俺の唯一の理解者なのかが理解できない。どこのラノベだ。
抜群のコミュ力でクラス内カーストのトップを独走する同類を見て、心底憂鬱な気分になる。(まあわざわざ奴に視線を向けた俺の自爆なんだけど)
早く奴とオタトークで盛り上がる放課後になって欲しい。欲を言えば、早く夏休みになって欲しい。
そんなことを考えながら、俺はまた目の前のVRものに目を落とした。
――
出不精をこじらせたような、つまり引きこもりな俺の夏休みは、まさにニート生活だった。
海水浴、キャンプ、プール、どれもこれも面倒臭い。受験生だからとりあえずの勉強はするが、それ以外は引きこもってアニメやらなにやらに没頭していた。わずか一か月の理想的日常。
で、迎えてしまった一年で一番学生の自殺が多い日。
一か月ぶりに顔を合わせるクラスメイトを完全に無視(しなくても話しかけてくる奴なんていなかった)して席につく。座ったらあとは鞄から本を取り出して開くだけ。今学期もこうやって過ぎてくんだろうな。
読み始めて数分した時、俺の机を何人かが囲む気配がした。サッカー部の連中だな、この下ネタ製造機め。
話しかけてくるまでは無言を貫く主義の俺は、とりあえず本を読み進める。結局気が散るからさっさと消えるか声をかけるかして欲しいんだけど。
「な、なあ」
ほらきた。
......って、あ?
思わず顔を上げる。こいつらが、集団で、クラス一空気の俺に、こんな話しかけ方をするわけがない。
俺の机を囲むサッカー部の奴らは、俺に何故か期待のまなざしを向けていた。
「『レゼロ』の全巻、持ってるって聞いたんだけど......」
何言ってんだ。
レゼロと言えば、ネットの小説サイトから始まり、書籍化、メディアミックス展開してるラノベの金字塔。お前らが言うエ〇本の代名詞だろうが。
「貸してくんない?」
これは罠なのだろうか。
俺が引きこもりを決めてた一か月間で、こいつらは何か仕組んでたんだろうか。
それとも下ネタ製造が暴走してるか。
「何する気だ?」
威嚇しながら聞き返してみる。
こういう状況、子供に囲まれた子犬がビビッてワンワン吠えてるみたいで嫌なんだけど。
「読みたいだけ。マジで」
信じられるか。
まあいいや、もうどうでもいい。
机の横に掛けてある袋から、レゼロ一巻を取り出す。
......図書室で借りろとか言うこともできるんだろうが、生憎うちの学校のラノベは借りパクの連続で虫食い状態。
連中の一人がそれを受け取ると、喜々とした表情で自席に戻っていく。
他の連中も、口々に本をリクエストしてきた。幸い全て手元にある奴だったので、全員片付けることができた。
また静かになった俺の机周り。読書に戻ろうとするが、動揺が収まらない。
周りを見てみると、サッカー部の連中全員ラノベを読んでる。
ついに俺も異世界にきてしまったか......?
突然、背中を叩かれた。
振り返ると、修がいる。
そのまま、人気のない廊下まで連れ出される。
こいつ、なんか様子が変だ。
まさか......
嫌な予感を感じていると、修は苦笑いを浮かべた。
「伝染しちったよ......」
うん、なんとなくわかった。
つまり、夏休み中に色々あって、こいつのラノベ好きが他のサッカー部連中に伝染したんだそうだ。どんだけ感染力の強いバイオハザードだ。
で、各々読みたいラノベやらが出てきて、修がつい
「斗真がめっちゃ持ってるから、借りればいいよ」
と要らんことを吹き込んだらしい。
改めて部屋の中を覗いてみると、クラスの男子の半数以上がラノベを読みふけるという、最早不気味な光景が広がっていた。
その後の半年間、俺はラノベの知識やらなんやらで一気にクラス内カーストを駆けあがってくことになるのだが、それはまた別の話。




