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05 - 真相

「………意味を図りかねますが。つまりどういうことですか?ユリアさん」

「…父さんが施行した術は、不完全だった」


一年前のあの日、私は村の外へと使いに出された。父さんに大きな街にしか置いていない書籍を買ってきてほしいと頼まれて。たまにはのんびり遊んでくるといいと言って、父さんは多めにお金を渡してくれた。何も疑わずに私は街へと向かった。


だけどたまたまお気に入りの茶屋で珍しい茶葉を譲ってもらえた。父さんもお気に入りの、滅多に手に入らない高級茶葉。私は父さんと一緒に飲もうと思ってそのまますぐに家へと帰った。そこで私は知ってしまった。父さんが私を使いに出した理由を。そこで私は見てしまった。呪われし光景を。


「父さんはひとりで不老不死の術を行った。だけど、失敗だった。詳しくはわからない…だけど私が家に帰った時にはもう…遅過ぎた…」


(父さん!?何でっ…やだっ!!父さん!!)

(来るな!!ユリア!!)


暗いのに眩かった。幻想的なまでに不思議な光の帯と、それを覆うように駆け巡る黒い闇に満ちた地下の実験室。父さんは光と闇の中心に立っていた。駆け寄ろうとした私を父さんが止めた。薬品でところどころ焼けただれている父さんの手がこちらに突き出されて、私は思わず足を止めた。そのことを後悔したのは少し後。光と闇がどんどん大きくなって、父さんの身体が呑み込まれていく様を私は壁に縋りつきながらただ呆然と眺めていることしかできなかった。


「渦巻いていた光と闇が消えたと思ったら、そこに立っていたはずの父さんの姿はもう無かった。ただ父さんの着ていた服と…床にバラバラに散らばった、白い、骨だけが…残って…」


恐ろしい光景の後に現れた床に描かれている術の陣を見てすぐにわかった。父さんがずっと研究していたもの。不老不死の術だと。そして―――それが失敗に終わったのだということも。


「あの丘にあるのは、私を産んでからすぐに死んだ母さんのお墓。私は部屋に残ってた父さんの骨を…そこに、あの日…ひとりで…埋め、て…」

「ユリアさん」


ぽろぽろと零すように言葉を紡いでいたユリアの肩にそっと大きな手が添えられた。ユリアが両手で覆っていた顔を持ち上げると、哀しげに瞳を細めるブカと目が合った。ブカは添える手に更に力を込めて、それから静かに言った。


「もう、いいですから…」

「………ブ、カ、さん…」


優しく包み込むような声色にユリアは歯を食いしばり、再び顔を覆いそのまま力無く地面に座り込んだ。微かに震えているその肩にブカはただ黙って手を添え続けた。宥めるように、安心させるように、痛みを分かち合うように。


「………はははっ!!なるほど!まさに『蒸発』というわけですか!!はははははっ!!」


突然高らかに笑いだしたスミスにユリアは僅かに手をずらし視線だけを向けた。スミスはひとしきり笑った後、馬鹿にするような軽蔑するような瞳でその痛々しい視線に応えた。


「つまり貴女のお父様は失敗したわけですね。全くもってくだらない。折角はるばるこんな田舎までやってきたというのに、こんな馬鹿馬鹿しいオチが待っていたとは」

「父さんを、馬鹿にしないで…!!」

「今更何を言おうとお父様の失敗は取り消せませんよ。貴女のお父様は不老不死になれる器ではなかったということです。本当に愚かで虚しい男だ。死んで当然のクズですね」

「違う!!」


怒りか憎しみか、あるいは両方か、そんな激しさを持った声でユリアは叫んだ。


「父さんはそんなんじゃない!!父さんは違う!!違う!違う!違っ…!!」

「何が違うというのです?身の丈に合わぬ欲を出して命まで落とした馬鹿な男。さぁ、どこが違うのですか?」

「ち、がう…違う、父さん、は…」


そう呟きながらユリアは頭を抱え込みうずくまった。ぽたり、ぽたりと、透明な滴が土の中へと溶け込んでいく。


「あぁくだらない、あまりにもくだらない!こんな茶番に付き合わされたなんて!私はこんな陳腐な三文芝居の為にここに来たわけじゃないんだ!!ちくしょう!!」


憎悪さえ込めるような深く黒い声でスミスが喚き散らす。それこそまさに三文芝居のように陳腐な光景だった。震える拳を握り締め俯くユリアの耳に、突然空間を切り裂くようなチマの大きな声が響いた。


「ユリア、いじめる、だめ、です!」

「ぐあっ!!」


そう叫びチマは前髪につけていたらしい大きめのピンをスミスの左手に思いきり突き立てた。その痛みにスミスが手の力を緩めるとチマは素早く身体を離し、ユリアの元へ駆け出した。泣いているユリアを心配して、ただそれだけを、想って。


「くっ、そ…!このガキがぁぁっ!!」

「!チマちゃんっ!!」


スミスの怒り狂った瞳と銃口がチマの背中へと向けられる。咄嗟に立ちあがろうとしたユリアの鼓膜に乾いた音がひとつ届き、チマの背中から鈍く赤い華が鮮やかに散っていく。まるで映画のワンシーンの様にゆっくりと、だが残酷に、月灯りが倒れゆくチマの小さな身体を照らしていた。どさり。鈍い色と同調するように鈍い音が鈍く暗闇の中で反響し、少し遅れて大きめのテディベアが音もなく地に落ちた。


「…はっははは!!ざまぁみろクソガキ!!私に逆らうからそうなるんだ!!くははははっ!!」

「チマ、ちゃん…!!いやっ!チマちゃんチマちゃんチマちゃんーーーっ!!」


地面に顔を埋めたまま微動だにしないチマへ駆け寄ろうとしたユリアの身体を何かが押し留めた。顔を上げるとユリアの腕を掴んでいるのはブカの大きな手で、ブカは冷たい瞳を湛えた表情でじっとチマを見つめていた。


「ブカさん!?何してっ…離して!チマちゃんが…!!」

「………まずいことになりました」

「何を言って…っ!早く、助けなきゃ…離して!離してよぉ!!」


喚きながら手を振りほどこうと暴れても、ブカは恐ろしい程の強さで決してユリアを離そうとはしない。ユリアには理解できなかった。何故今この場で最もチマを心配すべきブカが駆け寄ろうとしないのか。何故、ブカは焦りでも怒りでもなく、哀しみを帯びた表情をしているのか。


だがその答えはすぐに示された。これ以上ない程に強烈な衝撃を伴い、それはユリアの目の前で起こったのだ。


「………チマ、ちゃん…?これは…これ、は…何…!?」


重く硬い物が地を這いずり回るような不気味な音がどこからともなく聴こえてくる。同時に、チマの身体を中心として空間に深い闇が広がっていった。闇は光の帯を伴いながら徐々にだが確実に空間を侵食していく。ユリアが一年前垣間見た、あの恐ろしい光景と同じように。


闇が膨張するようにチマの身体をゆっくりと持ち上げていく。チマの顔は見えなかった。だが意識がないであろうということはだらりとぶら下がったままの四肢を見れば明らかだった。闇はひたすらに膨張を続け、完全にチマの身体を宙へと浮かびあがらせた。


「うあっ!?うわっあああああああっ!!」


突然のスミスの悲鳴にユリアが浮かぶチマから視線を移すと、絡め取られるように闇に呑み込まれていくスミスの怯えた表情が強烈に瞳に飛び込んできた。闇は柔軟に、しかししなやかに、スミスの腕を足をそして頭を圧倒的な力で自らに取り込んでいく。


「やめろっ!助けっ…ああぁ…ぐああああーーーっ!!」

「ひっ…!!」


スミスのスーツから金色に光る何かが滑り落ちそのまま身体が完全に闇と同化するのと、ユリアの口から小さな悲鳴が飛び出したのはほぼ同時だった。まるで悲鳴を聞かれたら自分も呑み込まれるのではないかと恐れているように口元を押さえ凍りつくユリアの耳にブカの静かな囁きが落とされた。


「動かないでください。下手に動けば呑み込まれます」

「…ブカさん…!?あれは、あれは何…!?チマちゃんに一体、何が…!」

「チマは今、周囲の“生命“を吸い取っているんです」

「生命って…どういうこと!?あれは何なの!?あの闇は…あれは、まるで…!」


一年前の光景を思い出し、そして目の前の信じられない光景に怯え震えるユリアの肩をブカは庇うようにそっと抱き寄せた。


「チマの身体は生命の危機を察知すると自動的に搾取モードに移行します。周囲にある生命エネルギーを呑みこみ自らの生命とするんです」

「何それ…そんなの、聞いたことない…有り得ないわ!!」

「―――チマなら有り得ます。これが、『死なない』という意味の真相なんです」


その台詞にユリアは大きく目を見開いた。ユリアは特に賢いわけではなかった。だがこの状況で、このブカの台詞で何も気づかない程愚かでもなかった。光が闇が溶け合うように反発し合うように宙を巡る。ユリアの思考をも巻き込んで。


「まさ、か…ブカさんの術で、不老不死に、なったのは…!」


―――時を失った者の苦しみなど、貴方には永遠にわからない


(あれはもしかして…!まさか、そんな…チマちゃんが…!!)


ブカは何も答えなかった。ただ黙って、哀しげな色を浮かべる瞳で宙に浮かぶチマを見つめ続けていた。しかしきつく握り締める拳が何よりも真実を物語っていた。


「………仕方ありません。殺しましょう」


いまだに理解の追い付かないユリアの耳に届いた言葉はあまりにも軽くあまりにもそっけなかった。聞き間違いかと、いや、聞き間違いであって欲しいとブカの顔を見上げるが、ブカの真剣な表情はそんな甘えを許さない厳しさを湛えていた。


「何、言ってるの…?」

「あの状態になったらもう殺す以外に止める術はありません。放っておけばこの村ごと呑み込まれる危険もあります」

「…嘘でしょう…?嘘よね?ねぇブカさん!そんなの…できるわけないよね!?ねぇ!!」


身体を揺さぶるユリアへ視線さえも向けず、ブカはコートの下に腕を沈め鋭く輝く銀色のナイフを取り出した。その凶器は淡い月光を反射してユリアの瞳にやけに眩しく映った。ユリアの背筋を何度目になるかわからない冷たい何かが貫いていく。


「ブカさんやめて!!他にも方法はあるんでしょう!?」

「ありません。無理です」

「ブカさんはっ…チマちゃんを殺せるの!?チマちゃんが死んでも平気なの!?」


ブカは返事の代わりに、ナイフの柄を強く握り締めた。


「ブカさんっ!!」


縋るように腕を掴むユリアを乱暴に振り払い、ブカは鈍い光が混ざる闇の中心へ歩き出した。チマの身体を取り巻く闇は呑みこんだ生命の亡骸を放出するように無造作に乱雑に空気を掻き回している。近づくもの全てを拒絶するように渦巻く風の中、ブカは一歩、また一歩とチマへ近づいていった。チマを―――殺す為に。


「やめっ…ブカさん…!お願いやめて…あうっ!!」


強風に煽られて思わず目を閉じたユリアが次に瞼を開くと、ナイフを握るブカの右腕が高らかに持ち上げられ今まさに振り下ろされようとしていた。ユリアに背中を向けているブカの表情はわからない。だがその後ろ姿には微塵の躊躇も見い出せなかった。


「やめてえぇぇーーーっ!!」


ユリアの悲鳴が闇の中へと溶けていき、それでもブカの右腕は止まらず、鋭いナイフがチマの薄い胸板に突き立てられた。その瞬間ナイフの刺さった部分から一気に黒い闇が溢れ出し、一瞬で世界を呑み干した。















ユリアが固く閉ざしていた瞼を再び開くと、そこにはユリアがよく知っているいつもの村の光景が広がっていた。禍々しい程の光と闇はどこかへ消え去り、澄んだ濃い水色の空間が広がっている。東の空から徐々に朝の気配が近づいている、いつも通りの光景だった。


味気ないほど呆気なく消え去った脅威に呆然と立ち尽くしていたが、はっと我に返り周囲を見渡した。すると少し離れた場所で横たわるチマの身体を抱きかかえ座っているブカの姿を捕らえた。


「…っ!!チマちゃん!!チマちゃん…!」


慌てて二人の元へ駆け寄りチマの身体に触れる。温もり、上下する胸板、小さな唇から洩れる吐息。


「…生きて、る…」


生命の証を確認した途端、ユリアの心に安堵の波が押し寄せユリアはチマの傍らにへたり込んだ。


「言ったでしょう。あの状態になったチマを止めるには生命活動を強制的且つ完全に一時停止させる必要があるんです。あの光と闇は貪欲です。止めなければ必要以上の生命を吸い取ってしまう」

「…それで、殺すって…」


力の抜けた身体で大きく息を吐き出すと、目の前の小さな唇が僅かに開かれ微かな声が零れ落ちた。


「………ん、むぅ…」

「!チマちゃん!良かった…!」


チマは薄く開いた瞳でまずユリアの顔を見つめ、その後ゆっくりと首を回し自分を抱えているブカを見た。まだ意識がぼんやりとしている様子のチマにブカが優しい声で言葉を掛ける。


「おはようチマ。どこか痛いところはあるかい?」

「…へいき、イタイ、ない、です」

「そうか…ごめんね、チマ…痛かっただろう?」

「チマ、へいき…でも、ブカ、イタイイタイ、ですか?」

「え?」


チマの小さな手がそっとブカの頬へと添えられる。白く細い指がブカの目元を柔らかく撫で、ユリアはそこで初めてブカの瞳に薄い水の膜が張っていることに気が付いた。ブカ自身も驚いたように瞬きを繰り返し、その動きによって一筋の涙がブカの頬を流れ落ちた。


「ブカ、泣かないで、です」


哀しげな、淋しげなチマの声が流れた瞬間、ブカは大きく顔を歪めチマの身体を思いきり抱き締めた。ブカの広い肩が小刻みに震えているのを見てしまったユリアは先程自分にしてもらった様に手を添えようかと思ったが、何故かそれはとても残酷なことのような気がして、代わりに自分のスカートの裾をきゅっと握り締めた。


「………ごめんね、チマ。本当に…ごめんよ…ごめ、ん…」


ブカが何に対して謝っているのか、ユリアにはわからなくなった。ただ涙を流し謝罪の言葉を紡ぎ続けるブカの姿が何故かあの日の父さんの姿と重なって、喉の奥が焦げ付くように熱くなっていくのを感じた。ユリアに出来ることはもう、口を噤み二人を見つめ続けることしか残されていなかった。夜明け前の清涼な空気がやけに寒々しく、吸い込むことすら罪の様な、そんな気がした。
















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