03 - 融和
憂鬱。まさにそんな二文字が相応しい心境。昨日泣きながら眠ってしまったせいで、頭もどこか沈むように重い。ユリアはカウンターに肘をつきながら客がいない暇な喫茶店の午前という淋しい時間をぼんやり眺めていた。まだ目を覚まして数時間しか経っていないというのに数えるのも馬鹿馬鹿しくなった溜息をもうひとつ付け加える。穏やかな陽の光も、今はユリアの心を鈍く焦がす意味しか持ち合わせていなかった。
ちらりとドアへ視線を送る。あの旅人が店にまでやってきたらどうしよう。昨夜のように恐ろしい瞳で追及されたらどうすればいいのだろう。その状況を想像するだけで肺が呼吸を拒否するように息苦しさが増大する。昨夜のように自分がひとりだったらまだいいのだ。だがこの店には客も来るし、マスターもいる。それはユリアにとって非常に歓迎できない状況だった。
(話を聞かれたら、まずいことになるかもしれない…)
父さんは『蒸発』したのだ。それだけが真実として存在しなければならない。他なんて、あってはならない。折角『父親に捨てられた哀れな娘』という役どころを定着させることに成功したというのに、今更下手に勘ぐられてはこの一年の全てが無駄になってしまう。それだけは許されない。父も、いや何より自分自身が、ユリアを許さない。
幸運にもあの旅人がまだ現れない今のうちにもっともらしい話を作っておくか、とユリアが思考の海に沈もうとしていたその時、来訪を告げるベルがやけに重厚に響いた。反射的にびくりと身体を揺らし、しかし心に澱む恐怖心を悟られぬようにユリアは来訪者を鋭く睨みつけた。
「………おや、今は営業時間ではないのですか?」
「…!あ、あの、すみません!いらっしゃいませ!」
しかしドアノブを握って立っていたのは白髪の旅人の要素を欠片も持っていない、白いスーツを纏った紳士風の男性だった。ユリアは接客業にあるまじき失態を犯してしまったことに冷や水を直接心臓にかけられたように震えあがった。お茶を楽しみに来た客をいきなり睨みつけるなんてマスターに知られたら…考えてはいけない、思わずどこか高いところから飛び降りたくなる。(マスターは喫茶店経営に関して激しい程の理想を持っているのだ)
不幸にも理由なく睨まれてしまったその紳士は何も気にしていませんという表情でにこやかに笑っている。紳士は目線だけでカウンターに座ってもいいかと尋ね、ユリアが慌てたように頷くと一層笑みを深め、静かに高めの丸椅子に腰を下ろした。先程のミスを挽回しようとユリアも最高級の営業スマイルで微笑み返す。
「ご注文は?」
「コーヒーを。ミルク入りで」
カウンターに肘を立て交差させた手の上に顎を乗せた格好が妙に様になっている。大人の男性にしては綺麗な細く長い指が、リズムを奏でるようにとんとんと上下する。オールバックに撫でつけられた黒髪は光を拒絶するかのようにキメ細やかに煌いて、その紳士の几帳面な性格を滲ませていた。気のせいか紳士はユリアの嗅覚に甘い香りさえも運んでいるようだった。
朝作っておいたマスターのこだわりブレンドコーヒーを、あらかじめ温めておいたカップにゆっくりと注ぐ。滑らかに落ちる黒い液体から香ばしい香りが漂い、ほんの少しだけ心が落ち着いた。コーヒーに鎮静効果があるというのはきっと本当だな、とユリアはどうでもいいことを思った。そんなことを思えるほどにユリアの心は凪いでいた。
「お待たせしました、どうぞ」
「有難う」
紳士はにこりと微笑むと、カップを傾けコーヒーを口へと流し込む。そしてゆっくりとカップをシーサーへと戻し、またユリアに微笑みかけた。その一連の動作がひどく洗練されたものに見えてユリアは思わず見とれてしまう。普段この店に来る客といったら「陽気なおじさん」という言葉がぴったりの人々ばかりで、こんなにもコーヒーを美しく飲む人にはついぞお目に掛かったことがなかった。小さな感動すら覚えるほどだ。この場にマスターがいればさぞ話が弾んだことだろう。
「あぁ、もうひとつよろしいですか?」
「え、あ、はい!何になさいますか?」
「ではお言葉に甘えて。よろしければ…貴女を」
「………は?」
あぁ、またしても接客業として不適切な反応をしてしまった。などと考える余裕もなく、ユリアはぽかんと口を開けて紳士を見つめ返すことしか出来なかった。涼しげな笑顔で涼しげに口説く紳士に対する対処法を残念ながらユリアは知らなかった。
「あ、あはは…御冗談を…」
「おや、冗談を言っているように見えますか?」
(見えないから困ってるんですよー…)
声には出さず心の中でツッコミを入れる。動揺の中に残された僅かな自制心で何とか洩れそうになる溜息を噛み殺し、当たり障りの無い笑顔を浮かべお客様の機嫌を損ねないように且つ軽やかに避けられるように知識と経験をフル動員して対応する。
「お客さんみたいな素敵な方が、こんな変哲もない女の子引っかけても楽しくないでしょう?」
「心外ですね。私は価値の無い存在には興味がありませんよ」
「価値、って………はは、残念ですけど私はそんな大層な人間じゃありませんから」
「何を仰る。貴女には私が声を掛けるだけの、充分な価値があるではありませんか」
紳士は尊大な口調で不敵に笑い、ふっと目を細めた。獲物を捕らえる鷹のように、鋭く。
「『不老不死になった男の娘』――― 充分過ぎる価値だと思いますがね、ユリア=カーネスさん?」
「―――っ!!」
完全に油断しきっていた。紳士の柔らかい物腰に警戒心を僅かでも解いてしまっていた自分に心の中で舌打ちする。不意を衝かれたために多少恐怖で緩んでしまった心を再び締めあげ、ユリアは毅然とした視線で紳士の不敵な笑みに応えた。昨日のあの旅人との会話で耐性がついたのだろうか、不思議なほど身体にしっかりと立ち向かう力が宿っている。皮肉なものだ。
「おっと、申し遅れました。私はヘーベント=スミス。わけあって、不老不死について研究しています」
「…そのお話、ですか。貴方も父の研究資料が目当てで?」
「そうですね、見せて頂けると有り難い」
そう言いながらもスミスの顔は不敵な笑みを貼り付けたままだった。見ればわかる。その顔は『ユリアの了承が取れなくても一向に構わない』と語っていた。今ここでユリアが拒絶しようとも、この男は無理やり家に押し入ってでも研究室を調べるだろう。…まぁ、一応了承を取ろうとしてきただけあの旅人よりはマシか。
「構いませんよ。お好きにご覧になってください」
「おぉ、有難う御座います。本当に助かります」
「いえ、別に隠しているわけでもありませんから」
「―――本当に、そうですか?」
「…何がですか?」
気のせいか、全身の肌で感じるスミスの威圧感が突然増したような気がした。
「貴女は何かを隠してらっしゃる。違いますか?」
「…どういう意味ですか?研究資料はお見せすると言ったはずです」
静まれ、鎮まれ。ユリアは自分の心臓に何度も何度も命令を送った。しかし心臓は言うことを聞こうとせず、むしろ自らの主張を全身に浸食させるように広がっていく。あぁ熱い。脳まで脈打っているかのようだ。だめだ、ここで私がしっかりしなければ―――何、も…!
スミスの不敵な笑みが徐々に鋭く醜い笑みに移っていく。いや、もしかしたら最初からそんな顔だったのかもしれない。ユリアの中の現状への甘えがそう見せていただけかもしれない。
「ジン=カーネス。貴女のお父様は不老不死となった後貴女を捨てて蒸発した。行方は今もわかっていない、でしたね」
「その通りです。それ以上も以下もありません」
「私の方で少々調べさせて頂いたのですが貴女が『父親の蒸発』を訴えた前後、この村の出入り口は人の出入りが全く無かったそうです。おかしいと思いませんか?」
「…正規の道以外を通ったんでしょう。蒸発なんて堂々と出来るものでもないですし」
「…唇を触るのは、癖ですか?」
「は?」
突然飛んだ話題についていけず、またも間抜けな声を出してしまった。何故今ユリアが自分の唇を指で撫でていることが話題に持ち上がるのだろう。ユリアは困惑した表情を作り、唇を撫でる仕草を再び繰り返す。
「人間というものは非常にわかりやすいのですよ。例えば唇を無意識に触る。この行動は不安と怯えを表しています」
「た、ただ触っただけで決めつけないでください」
咄嗟に唇から指を離す。しかしスミスはそれでもユリアを逃さなかった。
「ふむ、今度は両腕を身体の前に出して腕を組みましたね。それは非常に強い警戒心の表れです。何か暴かれたくないことがある、という意味にも取れますねぇ」
「勝手なことを言わないで!」
「ちなみに激昂するのは図星をつかれた場合の反射行動として一般的です」
「………!!」
外堀を黒い絵具で塗り埋めていくように、素早く手際よく追い詰められていく。不快だった。何より不快なのは視界が徐々に闇に覆われていくこと。黒ではない。灰色の、不安定な色がユリアの視界を犯していく。
「あ、貴方は何か、誤解、しています…私は何も…何、も…」
しっかりしろ!声を震わせるな!相手に付け入る隙を与えるな!脳の奥の冷えた部分はそう叫んでいるのに、臆病な肉体は声に反してカタカタと震え始める。意思を絡め取るようなスミスの視線は、微動だにせずただひたすらにユリアの瞳を貫いている。
「…そういえばこちらのマスター、遅いですね」
「………え…?」
「今日はこちらへ来れないかもしれません。いえ、もしかしたら明日からもずっと、ね」
「…どういう、意味ですか…!?」
スミスは答えず、ただ笑みを鋭くするばかり。言葉の真意を尋ねはしたがユリアは薄々理解していた。この男は、マスターに何かを。私を追い詰めるために、マスターに何かを…!
「ユリアさん、見せて頂けますか?研究資料はもちろんのこと、貴女が―――必死で隠す真実を」
「………あ、あぁ……」
最早まともな言葉すらも発せられない。マスターは無事だろうか。怪我をしていたらどうしよう。どうして?嫌だ。どうしてこんなことに?私はただ、ただ―――
「―――お取り込み中失礼します」
「っ!!ブカ、さん…!?」
突然響いた低い声にユリアは飛び上がる程驚いた。声の元を辿り視線を巡らせる。すると声の主、ブカは厨房の入口にじっと佇んでいた。ブカの後ろでは裏口の扉がゆらゆらと風に揺れている。
「…どなたか知りませんが、今私は彼女と大事な話をしているところです。席を外して頂けますか」
丁寧な口調ではあるが背筋が凍るような冷たさを孕んだ声でスミスはブカを睨みつける。しかしブカはそれに答えず、それどころか一歩前に踏み出して更に冷たい視線でスミスを眺めた。まるでモルモットを観察する科学者の様な、無慈悲な瞳だった。鉄でできているのではないかと疑うような堅い唇がゆっくりと微かに開く。
「………甘い香り、ですね」
その短い言葉にスミスの眉がぴくりと動いた。
「しかも独特な香りです。柑橘系の果物が腐ったような。これはテトロ種の花ですね、違いますか?」
「 『テトロ種』 、って…?」
「この時期ならテトロ種の中でも最も効能の高いシファーでしょう。シファーは依存性物質を大量に含有する花です。茎の部分を粉末状にして主に鼻腔または肺から吸引します。人体に及ぼす影響は、幻覚、体性感覚の異常、攻撃性の亢進、精神疾患―――」
「ちょ、ちょっと!それってまさか…!!」
「一般的な呼称だと『麻薬』が妥当です」
思わずスミスへ勢いよく振り返る。スミスはそれがどうしたと言いたげな顔でじっとブカを見つめていた。この男が店に入ってきた時に香った甘い香りは気のせいでは無かったのだ。だけどまさか、麻薬の香りだったとは―――
「どうやら噂通りの方のようですね。へーベント=スミスさん?」
「………ほう、私のことをご存知とは。私も有名になったものですね」
「長く旅をしていればそれなりの情報は耳に入るものです」
「旅人さん、ねぇ…」
スミスは値踏みするようにブカを上から下までゆっくりと視線で舐めまわした。それから馬鹿にするように鼻で小さく息を吐くと、再びあの不敵な笑みを浮かべた。
「で?物知りな旅人さんは一体何のご用事で?」
「僕はただお茶を楽しみにきただけです」
「ではもう少々外でお待ちいただけますかねぇ、今とても大事な話の途中なんですよ。ねぇユリアさん?」
急に視線をこちらに戻され、ユリアは竦み上がった。少し治まってきていた血の逆流する感覚が再び乱暴に身体中を巡り出す。しかしその視線はすぐに遮られた。ブカが、ユリアを庇うように二人の間に立ち塞がったのだ。
「ブカ、さん…」
「………何なんですか貴方は。邪魔をしないで頂きたい」
「彼女は私の恋人のお気に入りなんですよ」
「は?」
「ですから彼女が哀しむと私の恋人が哀しみます。そうなると宥めるのが非常に大変なんです。ですから、お引き取りくださいませんか」
「…はっ、馬鹿げたことを。くだらないことを言っていないで、さっさとそこを…」
「先程近くの越境警備隊に連絡を入れました。すぐに来てくれるそうです」
スミスの不機嫌そうだった表情に恐ろしいほど一瞬で怒りの色が混ざった。しかしスミスはそれを器用に顔の奥へ押し込めると再び不敵な笑みを浮かべた。瞳の色だけが、濁ったように恐ろしい色をしていた。
「こんな辺鄙な村にそうそう警備隊が来るはずありません」
「恐ろしい猟奇殺人が起こっている。もう何人も殺されて、犯人は今もまさに村人を襲っていると伝えました」
「…警備隊に虚偽の通報をすると罰せられるそうですが」
「嘘も方便と言うでしょう。貴方が危険人物だということに違いはないですしね」
それきり会話は途切れ、時が足を止めたような沈黙が店内を満たした。時計の針が進む音だけは確かに聴こえるのに、この店にいる三人分の呼吸音は何故かユリアの耳には届かなかった。自分が息をしているのかさえ曖昧になってきた頃、スミスが突然声高らかに笑いだした。心底おかしそうに、実に愉快だとでも言うように。呆気に取られて呆けているユリアの隣で、ブカだけは表情をぴくりとも動かさずその狂ったような笑いをじっと眺めていた。
「く、くくっ。よろしい。馬鹿馬鹿しいですがあえてその話に乗りましょう」
「有難う御座います」
「思ってもいないことを言わなくてもいいですよ、旅人さん」
「そうですか、では取り消します」
店に入った時のようなにこやかな笑みを取り戻したスミスとは対照的に、ブカは相変わらず無機質な表情を貼り付けていた。昨夜ユリアに見せたものと同じ、冷たく深い、闇のような瞳で。
「ユリアさん、貴女は確かに価値ある存在です。しかしその価値は単体で存在しても何の意味も成さない。貴女は私に協力すべきなのですよ」
「……………」
「では失礼します。またお会いしましょう、ユリアさん」
ユリアの沈黙をどう受け取ったのか、スミスは笑顔のまま店を後にした。カラン、と鐘が小さく音を響かせる。その音が鼓膜を揺らした瞬間、ユリアは糸が切れたようにその場に座り込んだ。身体はもう震えていなかったが、心はいまだに怯えて続けていた。
次々と自分の守るべき領域を踏み荒らそうとする人間が現れる。ユリアは困惑していた。父が『蒸発』した直後は様々な人間がユリアの元を訪れ質問攻めにしたものだが、それもぽつりぽつりと欠けていき、一年経った今では完全に途絶えてしまった。だから油断していた。そうだ、甘えていたのだ。自分が背負ったものはそんな軽いものではないと理解していなかった。
「ブカ、さん…?あの、有難う、御座いました…」
まだ扉を凝視しているブカに小さく言葉を掛ける。だがブカからの返答はない。不思議に思い座り込んだままブカの顔を覗きこむ。
「あ、の?ブカさん…?あの、警備隊の人にはどう説明する気なの…?嘘だってバレたら…」
「大丈夫です。警備隊は来ませんから」
「………え、まさか…通報したって…あれ…」
ブカは漸く首を回し目を見開いているユリアへと顔を向けた。その顔に浮かんでいたのは、ユリアと出会ったあの時のようなひどく優しく穏やかな笑顔だった。
「嘘も方便と言うでしょう?」
「…はぁ…って、え?えっあれ!?ブカさーん!?」
ブカはそう言って温かい笑顔を浮かべつつ、華麗とも言える程見事に直立した体勢のまま床に倒れ伏した。
「まったくもう…どこまでオレンジジュースが好きなのあの人…」
床にめり込んだブカが駆け寄ったユリアに放った台詞は嫌なデジャヴを感じさせる「オレンジ、ジュースを…」だった。驚いたというか呆れたというか。ユリアは店の一番奥の椅子に腰掛け幸せそうにジュースを吸い上げるブカをちらりと盗み見てから、盛大に溜息を吐いた。
脱力しているのにはもうひとつ理由があった。あの紳士が去った直後に何とマスターが随分とご機嫌な様子で呑気に店に入ってきたのだ。「いやーすごい美人にお茶誘われちゃってさ!何か最後はそそくさと帰っちゃったけど、俺もまだまだ現役いけるんじゃないかなーあっはっは!」という最悪な惚気まで携えて。
「ブカ、おれんじじゅーす、大好き、です」
「うんそうだね、心底そう思うよ…」
ブカが倒れた後どこからともなくチマが現れ、動揺から抜け切れていないユリアの代わりに厨房からオレンジジュースを運んできた。妙に慣れている動作だったが…いつもオレンジジュースを用意するのはチマの役目なのだろうか。
「ユリア、イタイイタイ、もうだいじょぶ、ですか?」
「あ、うんごめんね。もう大丈夫」
「良かった、です。チマ、嬉しい、です!」
チマはユリアの用意したティラミスに豪快にフォークを突き刺しながら本当に嬉しそうに笑った。その笑顔を見ているだけで本当に大丈夫のような気がしてくる。あの旅人もこの笑顔にいつも癒されているのだろうか。ちょっと羨ましい。
「ユリア、お願い、です」
「ん?どうしたの?」
「ブカ、知りたい。ユリア、教える。お願い、です」
拙い言葉ではあったが、意味は十二分にユリアへと伝わった。ユリアはほんの少し表情を翳らせてから、淋しそうに曖昧に笑った。それでもチマは表情も言葉も曖昧にはせず、真っ直ぐユリアを見つめ続けた。
「ブカ、知りたい。とっても、大事なこと。ユリア、知ってる。だから、教える。お願い、です」
「…ブカさんは、何を知りたいの?」
「チマ、知らない」
ティラミスにふんわり乗せられている白いクリームをフォークで突きながら、チマははっきりと答え、続けた。
「でも、ブカ知りたい。なら、チマも知りたい。チマ、ブカ大事。だから、ブカ喜ぶ、チマ、嬉しい、です」
「………チマ、ちゃん…」
あぁ、何と真っ直ぐで、純粋な。
「!ユリア?またイタイイタイ、ですか!?」
「…ううん、そうじゃないの、そうじゃ、ないんだよ…」
瞳に集まる涙の熱を感じながらユリアは顔を苦しげに歪めさせた。この子は 『好きだ』 という、ただそれだけの理由でこんなにもブカさんの為に行動している。この子には迷いなどない。何故なら確固たる真理が心に根付いているから。その真理は強さを生み、優しさを生むのだろう。なら私は?私が生み出しているものは一体何なのだろう?
「…チマちゃん、ごめんね?ブカさんに教えるの、もう少し考えさせてくれる?」
「どうして、ですか?」
「…私にもね、大事なものがあるんだよ。何よりも大事で、守りたいものが…」
チマは可愛らしい仕草で首を傾げた。それはとても心を暖かくするものだったが、それよりもどこまでも真っ直ぐな瞳がただ恐ろしくて、ユリアは逃げるようにそっと顔を伏せた。




