夏の気配
溶けるような暑さがジリジリと、この体を焼いて熱くさせる。夏の海辺は賑わっていて、ダサいTシャツ姿ではどこか後ろめたい。白いビキニ姿の君に見とれている僕は、声をかけるタイミングを狙っていた。もう次の恋はないのだと。
僕は、心に病を抱えている。もう来年の夏はないのだ。
海はどこまでも青く。雲と混ざらない空は澄んでいて、何かを拒んでいるようだった。
「あの…」
僕はその声に隣を見た。
「もしよかったら、一緒にやりませんか?」
そこには奇跡があった。白いビキニ姿の彼女が、ビーチバレーのボールを持って、隣に立っていた。ちょっと目線をそらせて、ちょっと顔を赤らめて。
「あ…」
遠くで見ていたより、ずっと綺麗な長い髪。だけど。
「ごめん、これから帰るところなんだ」
僕を、馬鹿だと思うだろうか。
白い砂浜を下って、坂道をいけば、思い起こされるのはずっと昔に消えた恋のことだった。淡い初恋だった。僕らは実際、とても仲が良かった。あの日、あの娘が死ぬまでは。
ずっと病気ではあったけど、急に悪化して、あっけなく。
今でも、自分の影に、初恋の彼女の気配を感じる。そばにいるのだろうか。うまくいけば、あの綺麗な彼女と、今年の夏をすごせるかもしれない。だけど、こんな思いをさせるくらいなら。
僕の心は病を抱えている。来年はないのかもしれない。
空が青い。どこまでも純粋に青く深く美しい。
「いいや、まだだ」
太陽が熱い。僕はまだ生きている。
白い砂浜をのぼって、坂道を行きながら、考えた。
全てを言おう。全部話すんだ。断られてもかまわない。告白しよう。本気になれば本気になるほど、残酷だとしても。
どうしてだろう、生きている限り、夏は熱を帯びてこの心を焼き尽くす。
初恋の彼女の気配が、いつの間にか消えていた気がした。