2 危険な剣
僕は迫ってくる顔を、無意識に横から物干し竿でぶん殴った。殴られたおっさんは、悲鳴も上げずに再び地に伏した。
……あーびっくりした。思わず殴っちゃったけど、向こうから襲ってきたのが悪い。
ていうか、何か今ちょっと変な感じがしたなぁ。こう、粘土を抉り取るような感じが。
まあいいや。それよりも、この人どうにかしないと。急に僕に襲いかかる危ない人だからね。
穴にぶち込めば勝手に戻ってくれるかな? でもそうなると穴をどうすればいいか聞けずに帰すことになるなぁ。
とりあえずもう一回起こそう。
おっさんの体を仰向けにする。一物が露わになってしまっているが、見る人は僕だけなので何の問題もなし。……うわあ、小さい。
いや、一物の小ささの前に。そもそも色が何かおかしい。普通は黄土色だの白色だの黒色だのだと思うんだが、そのどれでもなく土色だ。まるでゾンビみたい! 所々黒ずんでて、それが腐ってると取れるから尚更だ!
土に囲まれて暮らしてるのかな。いや、この人は生ゴミに囲まれて暮らしてる線の方が濃厚だしなぁ。
ここで折衷案を考えてみた。土と生ゴミに囲まれて暮らしている。
……どれも嫌だな。僕なら耐えられない。
というか、土色なのは一物だけじゃないな。全身が土色だ。お顔もバッチリ土色。ちょっと頬の肉が抉れてるけど出血してない。あと白目向いてて髪の毛が無い。あなたはゾンビになりたいんですか? 全く、穴の先ではそんなことが流行っていただなんて……本当に同じ地球に続いてます?
そもそもあの穴の先がそのままお空じゃないっていうのがおかしいよねえ。
……あれ? 頬の肉抉れるほどに力入れちゃってた?
うわぁ、これは盛大にやらかしたかもしれない。次に起こして襲われても文句言えないや。
でも、気付かせなければ襲われる心配はない! うん、きっとそう!
さあてさてさて朝ですよ~、起きましょーうねぇー!!
僕は白目を向いた顔の額をぺちぺちと叩いた。頬を叩こうと思ったけど、間違えて(ここ重要)抉れた頬をビンタしかねないから止めておいた。
で、叩いてもおっさんは起きません。髪の毛でも燃やし……生やして燃やせば起きるかな? そこまで面倒くさいことはするつもりないし、髪の生やし方なんて知らないけど。
とりあえず額をぺちぺちと叩き続けるも、全然起きない。……頬が抉れた程度でショックデカすぎじゃない? その程度の事でくたばってたら、生きていけないよー?
「……ダメか。仕方ない、穴にぽいぽいっと入れちゃお」
僕はおっさんをお姫様抱っこした。物置まで運んで一旦中で立たせ、それからおっさんを穴に突き刺した。
「ほれ、行け。自宅に帰れ」
かなり酷いことを言っている気はするけど、帰ってくれなきゃ正直困るし。主に臭いの問題で。
なので何度突き刺してもおっさんは帰らないことが分かった僕は、おっさんを全力で高い高いした。
すると穴の先へ辿り着いたのか、おっさんは戻ってこなかった。よし、グッドラック。
「ふう。さてさて、結局穴はどうしようか……」
腕を組んで考える。これは僕が本気で考え事するときにするポーズだ。
だけど、未知の物に対して有効な手段が思い付くわけもなく。
「臭いものには蓋」
物置の扉を閉じることにした。あとは物置の耐久性に期待することにしよう。
大丈夫。際限なく生まれるゴミに耐え切ったんだ。僕は君を信じている。
「さーって。片付けおっしまい! ゴミは明日片付けることにしよっと!」
今日は疲れた。主にあの穴のせいで。
だから冷蔵庫に大切にしまっておいたアイスを食べて、気分転換をしよう。
そう思ったんだけど……そうもいかなさそうだ。
結構前に見つけたおもちゃの剣が、不自然に光っている。形は分かるけれど、装飾とかは全然分からない程だった。
「……えーと、日光を反射してるとかそんな話には……ならないよなぁ。おかしすぎるし」
もうやだ二度と物置掃除したくない。買い替えも検討するレベル。いや、普通は迷わず買い替える気もするけど。
とにかく、あの剣はどうにかしないと。こんな見るからに危なそうなもの、そこら辺にほっぽっておきたくない。何かの拍子に爆発しそうで怖い。
……それなら何処に置いておくべきか。と、迷う必要ないね。物置に入れるか。
仮に爆発しても、ついでに物置の穴もぶっ壊してくれるかもしれないし。……まあ、それで悪化する可能性もないわけじゃあないけど。
何事も行動を起こすのが肝心なのさ。
さてさて、そうなりゃとっととこんな危なそうな剣、持ってっちゃいましょうね~え。
僕は光る剣を拾った。素手で。
「……あー!? 何してんだ僕ぅ!?」
自分で危なそうだの何だの言ってて、何で素手で触ってんだよ! 幸い爆発しないみたいだから良いけどさ! 危ないったらありゃしない!
……とにかく、こんなんはとっとと物置の中に放り込もう。
僕は物置の戸に手を掛けたが、その時に鍵を閉めてなかった事に気付いた。疲れてるから忘れちゃったね、仕方ないね。
今度はしっかり閉めなきゃなと思いながら、物置の戸を開いた。
すると、またあのおっさんがこちらに飛び込んできて――今度は持ってた剣で思いっきりぶん殴った。
「てんめー! わざわざ戻ってきてまで僕を殴りに来るんじゃねーっ!!」
またもうつ伏せになって倒れ伏したおっさんに、怒りのままに言葉をぶつけた。
しつこいわ! ご丁寧に戻してやったのに何してんだよ!!
追い打ちで蹴りを入れてやろうと思ったのだが、その時に僕は気付いた。
頭の上半分が、綺麗な断面を残して無くなっている事に。
「……へ?」
自然に目が右手に持った剣に向く。
刀身に、緑色の液体がどっぷりと付いていた。
が、その前に。剣が、変わっていた。おもちゃらしさなんぞどこ吹く風。全体的に大きくなった。本物見たいだ。
じっくり見てみると、柄には包帯のような布が巻かれていて、撫でてみると中々気持ち良い。特にそれ以外に装飾と言える物は無く、素朴な印象を受けた。
そして刀身は目測で70cm程の長さになり、ゲームでよく見るレイピアの様に細い。でも突くより斬る方が向いている気がした。
あと存在主張しすぎなレベルで光っていたが、今は全く光ってない。何だったんだろう?
……で、刀身に付いたこの血的な何か、どうすりゃいいんだろ? 試しに血振るいとかしてみる?
僕は剣を適当に、でも勢いは付けて振るってみた。
すると、その先にあったおっさんの体の腹が、斜めに割れた。
「うぉえっ!?」
まさかそんなことが起こるとは思わなかった。これ、結局危険物じゃないか! 迂闊に振れない!!
それに銃刀法にも触れかねない。さっさと物置に放り込もう!
僕はおっさんの死体をスルーして……ってオイ。これも入れとかないとダメじゃん! 放っといたら尚更ヤバイことになる物になっちゃったし!
何処かに頭が転がってるはず……あ、あった。わあ汚い。主に首元が。
そう思いながらも、僕は物置の中に三分割されたおっさんを入れることにした。
とりあえず頭はこの辺りに置いといて……体はいっそ立ててしまうか。
「よし、これでおっけー。当分はどうにかなるはず」
でも、近々何処かに移さないとなぁ。死臭をあまり溜めておきたくない。
と思うのなら今すぐ何処かに埋めに行くべきなんだろうけど、そうするにしても真夜中だ。こんな真っ昼間に死体持って歩ける訳がない。
だから、夜まで待ってそれから捨てに行こう。
それで解決――出来る筈だったんだけど、そういうわけにはいかないらしい。
3つのおっさんパーツが、動き出した。
頭は歯をガチガチと噛み鳴らす。上半身は腕で地を這って、下半身は歩いて僕に近付いてくる。
僕はそれらを、何も考えず剣で斬った。それだけで再び動かなくなる。
「……ふう。これ、埋めても意味無いかもしれないなぁ」
意地でも這い出てきそうだ。ゾンビっぽいし。
……本物みたいだけど。ここまで斬られて動ける奴なんて、人間にはいないだろうし。いたら人類の可能性に恐怖を抱くよ。
これは燃やした方が良さげだ。でも、変な匂いが出るとか何とか聴いたことあるからなぁ。死体焼いてることがバレたら一大事だ。
結局、全部夜にやるしかなさ気。でもそれまでこいつら隠しきれるかな? いや、隠しきれるかどうかじゃなくて、隠すんだ。
まず、さっさと物置から出て鍵を閉め――うっ!?
いつの間にか足に、横に両断された筈の頭――下半分に付いている口が食いついていた。
「この、離れ――」
僕が剣を振り上げた瞬間、足が僕の顎を蹴り上げた。その威力は凄まじく、僕の体が浮き上がった。
そして、天井にぶつかる筈の頭は……穴に入っていた。暗くて、何も見えない。
けれど、自分が”落ちている“事は、ぼんやりと理解でき――