1 膨大なゴミ
「んん? こいつは……」
僕こと竹澤風太は、親に言われて家の物置を漁って……もとい、掃除していた。決してついでに何か頂こうなどとは微塵も思っていない。労働の対価として貰っていこうとも思っていない。
……いやいや、そんなことは今はどうでも良い。それよりも、これだよこれ。
物置の中には壊れた傘や使えるのか分からない電子レンジなど、ゴミばかり入っていたんだけど、突然ゴミじゃないものが出てきたのだ。
それは、おもちゃの剣だ。柄が宝石まみれになっているところがまたおもちゃっぽい。
今まで玩具なんて全く出て来なかったんだけど、これが急に出てきてビックリしたんだ。
「こんな物置の中にも、ゴミ以外の物が入ってるもんなんだなぁー……」
おもちゃの剣もゴミに含まれるかもしれないけど、まあまあ綺麗な方だし。ゴミにするのは何か可哀想。
と言っても、誰もこれで遊ばないんだろうなぁー……。弟も妹もいねえし。僕も中学生になってまでこれで遊ぶつもりはない。
第一、高校受験があと3ヶ月くらい後に控えてるんだ。遊んでる暇はあんまない。……掃除する暇は何故かあるらしいけどね。
あれか、勉強しようとしたらいつの間にか部屋の掃除をしてたってやつか。でも僕の場合、親に言われてやってんだよねえ。何故この時期に!
……で、結局この剣どうしようか。中古屋にでも持ってってお金に変えてもらおうかな? 精々1円程度だろうけど、塵も積もれば山となる、って言うしね。
僕はおもちゃの剣を、ゴミ達と分けて置いた。こうしておけば間違えて捨てることもないはずだ。
そして物置の整理を再開した。無心でゴミを物置から放り出し続ける簡単なお仕事です。
他にもゴミじゃないものは無いかなぁと思ったけれど、全く出て来ないまま物置がすっからかんになった。
「…………どうやってこんなにゴミを詰め込んだんだろ?」
後ろに積み上がったゴミの山を見て、そう思った。あれは僕の腰に届きそうな程の高さになっていた。
ここまで積み上がるまでにどれくらいのゴミを放り出したか。2,300はあるんじゃねえの?
物置は、高さ2m、横幅・奥行きが大体70cmくらいのものだ。わりと普通なサイズだと僕は思うけど、その中にこんだけ物が入るか? どう考えても無理でしょ。
何か仕掛けでもあんのかなー?
気になって物置の中を覗いてみた。
ゴミが、入っていた。
「え……えええええーっ!?」
待って! 確かに僕は全部ゴミを出した筈なんだ! なのに何でゴミが追加されてんの!? 注文した覚えないから!!
いや、本当におかしいでしょこれ。何で増えてんだよ!
今までも雑に物置からゴミを放り出していたのだが、今回は更に雑に投げさせて頂いた。具体的に言うなら、オーバースローでボロい炊飯器ぶん投げたり、バッターのように物干し竿を振って投げたりとか。……流石に家の敷地外に出たら困るから、抑えめにやってるよ? いや本当に。これで鬱憤晴らしてるわけじゃないから。
ともあれ、今度こそゴミを捨て終えた筈だ。もう一度物置に頭を入れて中を見る。
……ようし、増えてない。大丈夫だ――
「――ねぶっ!?」
後頭部に何かが当たった。ゴン! と凄い音がしたんだけど、めっちゃ痛い。
「な……何だぁ?」
痛む部分をさすりながら上を見る。そこには、驚くべきものがあった。
黒い穴だ。
物置の中は薄暗いのだが、それでもそこに黒い穴があるのはしっかり分かった。
それは多分、穴がぐるぐる渦巻いているからだと思う。
何言ってるのか分かんないって? そのまんまです。穴の中がぐるぐる渦巻きのように回ってるんですよ。
いやー、僕もこんなん見るの初めてで、ビックリしすぎて笑いしか出ませんよ。はっはっはっは。
「……どうすんだこれ」
笑ってる場合じゃなかった。
下を見たら四角い箱のようなものが落ちていたんだけど、これ多分この穴から出たんじゃねえかな?
だったら、この穴どうにかしないとゴミが無限に出るじゃないか!
怖いとか云々の前に、僕にとってはそこが一番の問題だった。
でもどうしようか? ゴミが出てくるなら、逆にゴミを突っ込んでみたりしてみる?
というわけで、とりあえずさっきぶん投げた物干し竿を持ってきた。長いから穴の中がどうなってんのかが分かりやすいかも。
早速物干し竿を突っ込んでみる。
「――お、おお!? するする入る!」
何の抵抗もなくスルリと入った。渦を巻いているから液体的な何かが入ってんのかなと思ったけど、そういうわけでもなかった!
って、本当に液体が入ってたら垂れてくるか。
そんなアホな事を考えていると、クッキーを食べる時のような音が穴から聞こえた。
……もしかして、さっきからゴミ捨ててる人が立ててるの? そうなりゃ穴から無尽蔵にゴミが生まれるって線は消えて、「オレ、オマエ、ナグル」状態になるんだけど。
一発やってみるか。差し込んでいた物干し竿を少し引いて、そこからまた勢いを付けて穴の中に入れた。槍で突くような感じだ。
すると、竿から何かに当たったような感触が伝わってきた! それと同時に「ヴ」って声が聞こえた! やっぱそこに誰かいるな!
何度も何度も物干し竿で、何かを突く。さっきまでゴミを捨ててた罰だ。甘んじて受けろーい!
「お前の、せいで、僕が、どれだけ、大変だったか……分からせてやるー!」
鬱憤を込めて物干し竿を抜き差しし続ける。しかしある時、その動作は止まった。
何故なら、物干し竿が物凄く短くなっていたから。最初は2m程度はあったのに、今では50cm程度しかない。無理矢理折ったらしく、先っぽはささくれまくってる。
「もしかして僕がさっきから刺してる人、怪力か……?」
それでいて、どうやらお手手が濡れているらしい。軽く糸を引いている液体が、先っぽに付いてる。
……え、噛み千切った? きったね! あと顎つええな!
そうやって引くに引きまくっている僕に、更に引きたくなる事が起こった。
穴から何かがズルリと出てきたのだ。どうやら人間らしい。毛のような何かが見えた瞬間に物置から飛び出したから良かったものの、気付かなかったら頭と頭がごっちんこだ。ついでにあの人は頭が物干し竿に抉られてたかもしんない。僕も触りたくないくらい鋭い感じになってるから。いや、それ以外の理由でも触りたくないけど。
で、落っこちてきた人だけどすっぽんぽんかよ! すっぽんぽんの人に物干し竿ぶっ刺してたとか、ちょっとだけ罪悪感が……湧かないな。それより今は、ゴミを増やされた事に対する怒りしかない。
とっとと起こして滅茶苦茶怒ってやろう。
そう思った僕は、物置から尻出してぶっ倒れてる人に近付いた。
……うーん? 何か、臭いな。生ゴミの臭いに似てる。
あー嫌だ嫌だ。僕、この臭い大っ嫌いなんだ。ボランティア(強制)で海を掃除してた時、何度この臭いを嗅いだことか。皆何で生ゴミを捨てるんだ?
ま、どうでも良い(とは言い切れない)事はさておき、何故この人からそんな臭いがするんだろう? 生ゴミに囲まれた生活でもしてたのかな?
……うわあ。勝手に考えといてなんだけど、更に近寄りたくない。
でも近付かなきゃダメだよなー……はぁ。どうあってもこの人はどうにかしないと、母さん辺りに
「何処で拾ってきたの!?」
とかトンチンカンな事言われそうだ。そのまま的はずれな結論にたどり着いて、僕を変な目で見てくるもんだからたまったもんじゃない。
なので嫌々ながらも僕はぶっ倒れてる人……見た目おっさんの人の側に立ち、肩を叩いた。
「もしもーし。生きてますかー? 死んでるなら返事してくださーい」
煽りボイスで生死確認。しかし返事はなし。……頭打ってぽっくり逝った?
「あの、流石に死体の捨て方は知らないんで……起きてくれません?」
煽りボイスは抜け落ちました。ガチボイスです。僕が本気で困るので起きて下さい。
その願いは通じたのか、おっさんの手がピクリと動いた。
おお! と思った瞬間に、おっさんの頭が上がった。
そして顔がこちらを向いて――大きな口と鋭い牙が僕を襲った。