二人の関係
夕方になってオリヴィエが寝室からはい出してきた。
今にも死にそうな声を上げていた昼間と比べるとだいぶ調子がよさそうだ。
「おそよう」
「まだ夕刻だ、ニートにとっては明け方に等しい」
「その理屈はおかしい」
「日に焼けているのが東か西か程度の違いだろう」
「……それ社会人の前で言ったら平手打ちくらいは覚悟しておけよ」
正確に言えばセラエノも社会人であり、広義で言えば成人しているオリヴィエも社会人といえる。
だがそのことを気にするよしもなく二人は夕飯の準備を手伝うために厨房に向かった。
「うーっす、なんか手伝えることある? 」
「あーじゃあそこのじゃがいもの皮向いてください。
調理は間に合っても下ごしらえがなかなか」
「あいよ……オリヴィエ? 」
「いや、よく考えたら包丁を使うのは初めてだなと思ってな」
鈍い光を放つ包丁を手にしげしげと見つめるオリヴィエから包丁を取り上げたセラエノは食器洗いの仕事を与えてじゃがいもの皮をむき始めた。
このままではジャガイモに赤い斑点が付くことになっていたであろうと見越しての事だ。
それから100個近い芋の皮をむいただろうか、身体の節々が痛みを訴えかけてきたことで我に返ったセラエノは包丁を置いてから伸びをした。
「お疲れみたいだね」
「あぁ、一般的なサラリーマンだったんで家事とか不慣れなんだ」
「その割にはスムーズだったけど」
「皮むきとかの下ごしらえは平気なんだけど調理となると微妙な物しかできないんだ。
大味になりやすいっていえばわかるかな」
「あーその辺は慣れだよ。
あと目分量をやめる事」
「そうは言うが一人暮らしのサラリーマンだぜ。
調理器具をそろえるのも無駄だし、慣れるにも時間がかかるっしょ」
「それもそうだ、だったらコンビニ弁当の方がましだな」
ケラケラと笑いながら調理を進め、時折忘れかけていたオリヴィエの様子を見に行く。
うっかり皿を話ていないかなどの心配もあるが、忘れられて拗ねていないかという事も気になったからだろう。
その予感は正しく、皿を洗い終えたものの談笑の輪に入れずに壁にもたれて座り込んでいるうちに眠くなってしまったのか居眠りをするオリヴィエが見つかり、セラエノが半ば引き摺るような形で寝室に押し込めることとなった。
「あの眠り姫はどれだけ寝れば気が済むんだか」
「眠り姫、というにはちょっと……」
近くにいた他のプレイヤーに突っ込まれてそれもそうかと笑って見せたセラエノに他のプレイヤーたちも笑顔で返す。
「ありゃ護衛の騎士から剣を奪って私についてきなさいと先導するタイプと見たね」
「いやいや、あれでいて実は恐怖を押し殺して戦っているけれど一人になるとふるえてないちゃうタイプと見た」
「まてまてまてまて、何も考えていない脳筋という可能性が残っている」
「くっころ」
「それだ! 」
いつの間にか集まっていたプレイヤーたちがオリヴィエの話題で盛り上がり始めた中、セラエノはこっそりその輪を抜け出していた。
「メニュー、アイテム……【眠りの小舟】」
人気のなくなったところで【眠りの小舟】を取り出して使用する。
しかし手のひらサイズの船の模型が目の前に現れただけで何も起こらなかった。
背後では相変わらずの喧騒が続いている。
おそらく酒でも飲み交わしているのだろう。
「だよなぁ……まあ別にいいんだけどな」
「一人で実験とは生が出るな」
いろいろといじくりまわしていたところで背後から声をかけられ、セラエノは肩を震わせた。
「……覗き見とは趣味が悪い」
「抜け駆けも大概だろう」
いつの間にか起きていたオリヴィエがセラエノの背後に立っていた。
「あぁ、馬鹿な話をしていたので二三発殴って黙らせておいた。
そしたら外にお前がいたんでな」
「ははは、やっぱりあいつら殴られたか。
オリヴィエは眠りが浅いからな」
何度かオリヴィエの家に泊まったことがある。
何か特別な関係があったわけではなくオフ会の帰りに夜通し語り明かしてしまっただけだが、眠りこけたオリヴィエに毛布をかけようとしただけで目を覚ましたこともあった。
「その言葉は誤解を生むぞ」
「それもそうだ、以後気を付けよう」
「なんなら嫁にもらってくれるか? 」
「アホ言え、今は俺が嫁にもらわれる側だ。
どうしてもというなら元の世界に戻ってからだ」
「……戻りたいのか? 」
「いや、別に。
強いて言うなら俺の息子が無くなったのが精神的にきたがな」
「では私を嫁にするのが嫌という事か」
「なぜそうなる。
今は嫁とか婿の必要性が感じられないだけだ。
もし俺に恋慕を抱いているならそれは吊り橋効果だから気をつけろ」
「……そうだな、その通りかもしれない。
以後気を付けよう」
「そうしろ、俺はそろそろ風呂に入ってくる。
オリヴィエは夕飯を済ませておけよ」
そう言ってセラエノは【眠りの小舟】をアイテムに収納して風呂場に向かった。
その背中に視線を向けつつオリヴィエは大きなため息をついた。
「鈍感め」
その言葉を聞き取ったのは室内で伸びていた数名のみであり、後日新たな酒の肴や賭けの対象にされて二人から折檻を食らう事になる。




