検証
「百歩譲って、ここがゲームの世界だとするぞ。
じゃあなんで俺たちがこんなところにいるのかって話になるんだが」
「それなんだよな……何か心当たりある奴はいないか? 」
オリヴィエが周囲に目を向けて言い放つが、当然のごとく誰も答えない。
こんな現象に心当たりがあってたまるかというのが、全員の本音だろう。
「ふむ……じゃあ共通点でも探すか。
私はレベル200、半月前にレベルがカンストした。
戦法は二刀流、それもバスターソードでの二刀流だ」
【ホワイトロック】には職業が存在しない。
各々が好きなスタイルで好きな武器を使えばいい。
魔法などは基礎魔法を覚えて、自分でカスタマイズしていくという方式をとっている。
中には雷の魔法を覚えて炎の魔法に変化させるという、無駄に高度なテクニックをやってのけた猛者もいる。
「お……私はセラエノ、レベルは同じく200。
カンストさせたのは先月だったかな、イベント前に張り切って。
戦法は爪と拳の混合型、メインは爪だけど相手によってはこぶしで攻める」
爪とは、人体に生えている物ではなく金属製のカギ爪の事だ。
手甲としても使える上に攻撃回数が多いのでサブ武器として選択する者も多い。
反面、決定打に欠けるためメイン武器としては非常に使いにくい。
ついでに拳も同様の扱いを受けているが、どちらも極めると手数で稼ぐ事が出来る為、時間換算のダメージ量は多い。
それからも自己紹介は続いたが、基本的にはレベル150から200の熟練者が五割、100から149の中堅が三割、レベル二桁が一割と八分、そして驚いたことにレベル一桁が数十人いた。
そして、その低レベルプレイヤーのおかげで原因が見えてきた。
特殊アイテム【眠りの小舟】、この場にいる全員がこのアイテムを所持していた。
これはレベル一桁のプレイヤーも所持していたことに加えて、このアイテムのテキストに書かれた異なる世界へ渡すという一文から、何かしらの原因であることがうかがえた。
「それにしても……ここが本当にゲームの世界だとして法則はどうなっているんだ」
「法則? 」
オリヴィエの言葉にセラエノが首をかしげる。
見た目は可愛らしいしぐさだが、プレイヤーが男であると知っているオリヴィエは微妙な反応を示す。
「あぁ、例えばNPC。
ゲームの時みたいに定型文しかしゃべらないのか、本当に人間なのか。
モンスターは友好的な奴がいるのかいないのか。
食事の味はどうなっているのか。
そもそも言葉が通じるのか。
レベル200とはどれくらいの強さなのか。
しんだらどうなるのか。
元の世界に帰るにはどうしたらいいのか。
他にもいろいろあるがな」
「……オリヴィエって現実じゃあんな干物なのにゲームだと生き生きしているよな」
それはセラエノの本心だった。
オフ会で出会ったオリヴィエは、別人ではないかと思う程暗く、引っ込み思案だった。
しかしゲーム内では先陣を駆け抜ける騎士そのものだった。
いまはゲーム仕様らしく、きびきびとした言動だ。
「……それには触れるな。
ロールプレイだと思って見逃せ」
ロールプレイとは役割を演じる、つまりはなりきり遊びの事である。
オンラインゲームではまれに見かける事の出来る遊び方で、侍の格好をしたプレイヤーが語尾にござるをつける、というのがわかりやすいだろう。
他にも忍者プレイや、戦闘狂プレイなどもあり、ある意味ではセラエノのネカマプレイもその一環に当てはまる。
「けど帰る方法か……帰りたいのか? 」
思わずセラエノは問いかける。
その場にいた数名は立ち上がり、当たり前だと叫ぶが過半数は顔をそむけている。
セラエノ自身は股間の息子を取り戻したいが元の世界に変えるよりもこちらで冒険していたいと考えている。
「帰りたくない、お前も見ただろう。
あんな干物生活、生きながらにして死んでいるのと同じだ。
だったらこっちの世界で好き勝手する!
けど何がきっかけになるかわからないからな、その方法を理解して避けていればいいだけの事だ」
「なるほど、帰りたくないからこそ帰還方法をさがして、そんでその方法をとらないようにするわけだ。
けど何が引き金になるかわからないというのは……怖いよな」
「あぁ、今一番有力なのはこのアイテムを使う事だろう」
そう言ってオリヴィエは【眠りの小舟】を取り出す。
確かに全員が所持しているとなれば、確かにこいつが原因かもしれない。
だがそれで帰還できる保証は、どこにもない。
「そもそも使用法がわからん、アイテム一覧は収納と廃棄、取り出す事しかできないみたいだ。
使用するなら取り出して勝手に使えというスタンスのようだな」
それを聞いてセラエノはあわててメニュー画面からアイテム欄を操作する。
そこに収められた回復薬や解毒薬。
しかし使用するというコマンドはなく、取り出す、廃棄するとしか書かれていなかった。
どうするべきか考えて、食料アイテムを取り出した。
このゲームにおいて食料アイテムは重要な意味合いを持つ。
空腹度などの設定はないが、食事をとる事で敵から得る経験値を増加させたり、攻撃力に補正をつけたりといったドーピングが可能となっているからだ。
その中でセラエノが取り出したのは【パンプキングラタン】という料理だ。
ハロウィンをモチーフにしたステージに出現するかぼちゃ頭のモンスターを倒す事で手に入る【パンプキング】という食材を使って作成できるアイテムだ。
その効果は一定時間防御力に補正がかかるという物だった。
それを一口食べて、セラエノは思わず叫ぶ。
「うっまい! 」
かぼちゃとミルクの濃厚な甘みが混ざり合い、マカロニにうまみが溶け込んでいるかのような深い味わいがセラエノを襲う。
物凄い勢いで残りを食べ終えて、ステータスを確認すると確かに防御力が上がっていた。
「へぇ、とりあえず食事の問題は……あぁいやまだ解決ではないか。
私たちの持っている食料が食べても問題ないと分かっただけでNPCが……こう呼ぶと少しあれだな。
現地人が作った物が食べても大丈夫な物かはまだわからないな。
それに……個人的な感想だが【ワームピラフ】とか【エスカルゴルゴンゾーラ】なんかは食べたくない」
オリヴィエが挙げた二つの食べ物はそれぞれ材料に虫を使用している。
前者はビッグワームというモンスターの巣にある【幼生ワーム】を、後者は沼地でとれる【紫蝸牛】を材料にした食べ物だ。
見た目や材料がいささか問題だが、ゲーム中はその効果が良かったこともあって重宝されていた。
おそらく今この場にも所持者はいるだろう。
「それから私たちは腹は減るのか、というのも気になるところだ。
セラエノは普通に食べ終えたようだが、空腹感とかはあったのか」
「んーいや、別に腹は減ってなかったな。
でも食ってて辛い感じはなかったぞ」
「そうか……今はどうだ。
もう一杯くらいいけるか」
「無理だな、満腹だ」
「なるほどな。
まあこの辺りもおいおい見極めていくか。
……っ! 」
顎に手を当て、何か考え事を始めた瞬間だった。
オリヴィエは腰を落として剣に手を当てた。
それと同時に他の中堅以上のプレイヤーも身構える。
セラエノは爪をつけてレベル一桁のプレイヤーの前に立った。
他にも数名同じようにレベル一桁と二桁のプレイヤーを守るように立っている。
「オリヴィエ、予想」
「ミハラ平原だから種類が多すぎて無理、けどこの音」
プレイヤーたちが咄嗟に構えをとる原因となった物は音だった。
風鈴のような、透き通ったチリーンという音色。
これは特定のモンスターが奏でる物だった。
「風来師かな」
風来師、平均レベル98のモンスターだ。
一個体で見れば中堅プレイヤーでも十分対処可能だが、このモンスターの特徴は編み笠をかぶり、ボロボロの着物と異様に鋭い刀、赤く光る眼をしているという事。
また常に風鈴の音を響かせており、それは仲間を集める効果がある。
結論から言うと仲間を呼び寄せる和風ゾンビといった井出達だ。
それ故に、強くはないが戦いたくないモンスターとしても有名だ。
「セラエノ!
初心者の護衛は任せた! 」
オリヴィエはそう叫んで、背中にかけた二本のバスターソードを抜き放つ。
重量方による移動力制限など知ったことではない、以前オリヴィエが言っていたことだ。
圧倒的火力で全てをねじ伏せる事こそ最強の戦略だそうだ。
「そこで止まれ! 」
オリヴィエが剣を手に持ったままヨタヨタと歩み寄る風来師に声をかける。
だが風来師はそれを無視してこちらへ歩みを進めている。
「とまらないのであれば敵対行為として切り捨てる! 」
オリヴィエの言葉は、風来師に届いていないのか。
そう思ってしまう程反応がない。
「ちっ、しかたない」
そう言ってオリヴィエは両腕を広げる。
二本のバスターソードが翼のように広がり、風来師にぶつかる直前にそれは交差した。
「つっ……」
ずるりと音を立てずに風来師の上半身が地面に落ちる。
下半身は地面に立ったままだが、オリヴィエが蹴り飛ばしたことで倒れ伏した。
「人型の相手を切るというのは……結構きついものがあるな」
返り血などを浴びた様子はないがオリヴィエの表情は浮かない。
しかし、その表情は驚きに変わった。
今切り捨てたばかりの風来師が、光の粒子となって霧散したからだ。
「……なるほど、モンスターという認識は正しかったわけだ」
【ホワイトロック】のモンスターは倒すと光の粒子となって霧散する。
その後にアイテムや少量の金銭を落とすこともあるが、どうやら今回はなかったようだ。
おそらくレベル差による補正が原因だろう。
ちなみに人間などのNPCが死亡しても光のエフェクトにはならず、そのまま一定期間のこり続ける。
この時人間NPCの死体が消える現象を埋葬されたと称する場合もある。
実際に墓場エリアを掘ったら過去に死んだNPCの名前表記がある骨が出てきたなんて報告もあるくらいだが、これは都市伝説の域を出ていない。
「……増援は無しか」
周囲を警戒しながら誰かが呟いた。
風来師の真骨頂は集団戦にある。
今襲われたら、中堅以上のプレイヤーはともかく低レベル帯のプレイヤーは、何名か死亡するのは確実だ。
まだ死んだらどうなるかという点の検証が不十分な今、それは避ける必要があった。
「この辺りだとレドラの町が近いはずだ。
移動しようと思うが異論は有るか」
「レドラよりもファルミアのが近いんじゃないか」
オリヴィエの提案に、一人の男が声を上げる。
「ファルミアには俺の所属するギルドのホールがある。
あそこならここにいる全員はいれるはずだが、良いよなお前ら」
男は周囲にいた男女に声をかけると数名が頷いた。
おそらく今のはこの場にいる全員ではなく、ギルド、複数名の集まった団体の仲間に向けた言葉だろう。
「場を用意してもらえるのはありがたいな。
その提案に乗ろうと思う。
改めて異論はないか、みんな」
オリヴィエの言葉に、反対する者はいなかった。
しかし、セラエノは見逃さなかった。
こっそりとその場から抜け出す者たちがいたことに。
その中には低レベルのプレイヤーもいたようだが、あえて気づかないふりをして見送った。