オリヴィエ
最初に異変に気が付いたのは誰だったか、少なくとも目を覚ましたら草原に倒れていたという状況は異常だが、異変というならばすべてが異変だ。
「なんじゃこりゃあ! 」
誰かが叫び声をあげる。
まるで腹を撃たれた刑事のような、腹の底から出た叫び声だったが周囲の人はそれを気にする余裕はない。
なぜなら彼らも一様にどうなっている、なんなんだ、と悲鳴じみた声を上げていたからだ。
「う……」
その中で桜色の和服をきた黒髪の少女が面を上げる。
しばらく辺りを見渡して、異常事態であるという事は察したがその理由はわからない。
「お、起きたかセラエノ」
声をかけられ、そちらへ顔を向ける。
そこにはゲーム時代からの顔なじみであるオリヴィエが立っていた。
高い身長、膨らんだ胸、腰まで伸びた長い銀の髪、非常に整った顔。
まさしく美女と呼ぶにふさわしいその人物は、現実では残念を形にしたような人物だった。
共通点は髪の長い女性という事くらいだろうか。
低い身長、平たい胸、枝毛の目立つぼさぼさの髪、顔立ちは悪くはないのだろうが不摂生が祟って頬がこけており、顔色も悪い。
そんな人物だった。
しかし、ゲームの中の彼女が目の前にいる。
そのことにセラエノ、そう呼ばれた少女は驚いていた。
「は? え? オリヴィエ?
いや、え?
俺ボイスチャットなんて……え?
声が高い?
世界が高い?
なにこれ」
セラエノはわかりやすく動揺していた。
そうしてようやく自分が着ている女物の和服に気が付き、胸に手を当てる。
現実世界では存在しなかった、小さいながらも掌に感じるふくらみが二つ。
それは確かにそこに存在した。
それと同時に青ざめて股間に手を当てる。
そこには25年間苦楽を共にした相棒とも呼べる存在が、なくなっていた。
「マイサン……」
「だいたいは把握したか? 」
「異常事態という事は」
「それならいい。
まったく、三文小説ではないのだがな。
どうやらゲームの世界とやらに入り込んでしまったらしい」
オリヴィエは淡々と言ってのける。
その様子に周囲の人間がぴたりと動きを止めて詰め寄ってきた。
「あんた何か知ってるのか!? 」
「おいどういうことだよ! 」
「あんたが原因か!? 」
その様子はまさしく鬼気迫るといった物だったが、オリヴィエは涼しい顔をしている。
「いったん落着け。
私だって君らと同じ立場だ。
強いて言うなら失う物がないから、何が起こっても平然としていられるだけのダメ人間なんだよ」
オリヴィエの言葉を聞いてセラエノは思い出す。
現実での彼女はニートでひきこもりで一人暮らしの独身だった。
食事は通販で購入した物を調理していたようだが、外出はゴミ捨てと必要な者の支払い。
それと漫画の発売日くらいだったはずだ。
一度交通事故にあって死にかけたという話を聞いたが、数日で退院してゲームに興じていたというから驚きだ。
「いつ死んでも受け入れられるような馬鹿に、動揺するような神経があるわけないだろう。
だから君らも落ち着けとは言わんが、まず私は何も知らんさ」
「じゃあなんでここがゲームの中だってわかるんだよ」
「うん、順を追って説明するさ。
まず私は自分の格好に見覚えがあった。
君たちもそうだろう」
そう言われてセラエノは思い出す。
自分の装備は確かにゲーム内で手に入れた課金アイテムだった。
性能こそ低いが、見た目が気にいっていたのでよく使っていた装備だ。
周囲の人もそのことに気が付いたのだろう。
「うん、わかったみたいだな。
それで、ふとメニューを開けないかと試してみたんだ。
メニューって考えたら目の前に出てきたよ。
目線を向けなくても操作できるみたいだ」
「メニュー」
あわてていたせいか、言葉に出してしまったがセラエノは目の前に表示された画面が確かにゲーム時代よく見ていたメニュー画面だと理解できた。
そしてアイテム一覧や、所持金、ステータスを見て全てゲーム時代の物と同じだと把握した。
「そら、これでゲームの世界であるというのは理解できた。
なんでどうしてはあるがな。
あとは、おそらくここは中級フィールドの【ミハラ平原】だろうなと当たりをつけているくらいだ」
そう言ったオリヴィエの表情は、新しいおもちゃを手に入れた子供のようにうきうきしていた。




