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第三話

「……それにしても、不思議なものですね」


先の会話から半キロ程歩いたところで、オオツキが口を開いた。相槌を打つ様に天使が「何がだ」と言うと、オオツキは背中に重い荷物を背負った様な、それでいて空元気を見せる様な、物寂しげな表情を天使してみせた。


「貴方に『お前は死んだんだ』と言われた時、僕は恐らく『どういうことなんですか』だとか、『嘘つかないでください』だとか、何らかの抵抗を見せるべきだったのでしょう。でも、それを聞いた時、僕は何故か『ああ、そうなのか』と納得してしまったんです」


「そういやそうだな。色々質問が重なっていたから忘れていたが、そこは疑問点だった」


「僕は自分がどんな人間だったか、どんな生活をしていたのかはまだ思い出せませんが……きっと、死んでも仕方が無い様な人生を送っていたんでしょう。そうでなければ、今こんなに落ち着き払った気持ちにはなっていないはずなんです」


オオツキは自嘲的な笑みを浮かべながら、前を歩く天使に語った。


「僕が此処に来た理由も、そんな自分への戒めなのではないかと、今思うんです。………なんだかすいません、ついつい自分の話ばかりになってしまって」


天使はオオツキの謝辞に対して返事はしなかった。

また半キロ程歩いたところで、オオツキは初めて自分と天使以外の人物、及び物体に出会った。


純白の世界には不釣り合いな茶色いシルエット。近付いて見ると、それが移動式の屋台であることは一目瞭然だった。のれんには御丁寧にも『おでん』という文字が書かれている。天使は躊躇することなくそののれんをくぐり、のれんの真下にある腰掛けの無い椅子へと座った。


「オオツキ、休憩ついでにおごってやる。横座れ」


天使に促されるままに、オオツキは横の席に座る。同時にオオツキの眼前には、奇妙な光景が姿をあらわにした。


鍋に入った玉子、大根、半片と言ったおでんの具を鍋で煮込み、年季が入りすすけた色合いのジャケットを着用した男性。ここまでならば何も感じることはない。


ただ、その男性は日本人ではなく、瞳の色がライトブルー、鮮やかなブロンドの色の髪を有していた。


「白人………?」


「そうだ。彼は前世でアメリカ軍隊の一等兵だったんだ。第二次世界大戦中に身体中を穴だらけにされて即死。ご覧の通り今じゃ屋台経営のしがないおっさんだ」


「天使サーン、シガナイは余計だよ。隣はニューフェイス?OKOK、マイネームイズトマス・アルバーン」


「あ……どうも、オオツキフミヒコです」


「オー、フミヒコ!Nice to meet you!」


身を乗り出した白人―――トマスは、その筋骨隆々とした右手を差し出し握手を求める。オオツキもそれに応えて右手を握る。流石はアメリカンと言ったところか、その握力は握り潰さんかという勢いで、ひ弱なオオツキの右手を襲う。


「いてててて」


「トマス、加減位考えろ。小枝にペンチは使わんだろう」


「オゥ、ソーリー天使サーン。それじゃあ何にしやすお客サーン」


オオツキの腕を離し、菜箸を手に取るトマス。天使が牛筋、大根、竹輪と頼む中、オオツキは未だ右手を左手で抑えていた。


―――1時間程経過。


「……トマスさんは、ご家族の方は御健在なんですか」


天使とトマスが食事の合間中にも、天国の過密問題や地獄の物価状況等訳の分からぬ話題について話し合っている間、オオツキはただ黙してちくわぶ、さつま揚げを口にしていた。


そんなオオツキが口を開いた言葉は、ふいにデーモンの菜箸を握る手を鈍らせた。


「あ……ごめんなさい。此処に来てから天使さんにしか会ってなくて、つい他の方のことが気になったんです。あ、勿論嫌なら答えてくれなくても良いんで―――」


「家族ハネ、多分妻以外は生きてるよ」


揚々とした調子でオオツキの問いに答えるデーモン。声は依然として朗々とした調子ではあったが、菜箸で煮玉子を転がすその姿は何処か淋しげでもあった。


「奥さん以外は、ですか」


「常識で考えナヨー、オオツキさん。1943年当時で30代だよ?今生きてたら大往生。息子だって今多分私よりヨボヨボ」


それを聞いてオオツキは胸を撫で下ろした。この人には家族が居る。自分の様な寂しい思い等していないのだと。


「そうですか……良かった。じゃあ、奥さんには会えたんですか?」


「イヤ、会えてないヨ」


「え………」


「アノネ、私が此処に案内された時ね、私は殺人罪で地獄に堕とされたノ。当たり前ダヨネ、戦争で生き残るタメに沢山人撃ったし。デモネ、地獄の生活悪くナカッタ。罰やオシオキ重いワケジャナイ、悔い改める気持ちさえアレバ誰でも更正出来ル。シダイに友人も出来たし。デモネ、私ハそんなことより何より、妻に会イタカッタ」


トマスの瞳には少しばかり潤みが見えた。オオツキはトマスに謝ろうとしたが、オオツキを振り切る様にトマスは自分の心中を吐露する。先の自分の様に。


「妻ガ天国に召されたトイウ届ケが来たノハ一年前位デス。私ハ直ぐに彼女に会いに行こうとシタ。でも出来なかった」


「どうして………ですか?」


「自信が無カッタ。戦争で自分を守ル為に、自分と同じヨウニ家族を持ツ人達を殺し、手を汚してきた自分が本当ニ妻に会って良いのかどうか、疑問が生まれたンダヨ。罪悪感デス。


実際、私に撃たれたという兵士にも地獄デ会った。何度も何度も謝罪した。皆良い人ダッタ。『僕達は君と同じだ』と言って、許してくれた。でも、いざ妻に会おうと決心した私の足は、釘を打ち込まれたかのように微動だにせず、目の前を通り過ぎた妻に対して一声掛けることすらままならなかった」


いよいよトマスの涙は頬を伝って零れ落ち、提灯の照らす屋台の古ぼけた机に染み込んでいく。オオツキは何も声を掛けることが出来ず、天使は芋焼酎を飲みながらジャガイモと人参を黙々と食べる。


「僕は震えながら、弱い自分を悔やみ、恨んだよ。でも何とかして妻に顔向けシタイ。そう思って、僕ハ大好きだっタおでん屋を経営シテ、皆におでんを食べてもらって幸せになっテもらって、罪を償おうって決めたんデス。………ソーリー、なんだか私のつまらナイ話を聞かせちゃっテ」


涙を拭うトマスに対し、オオツキは静かに口を開いた。


「………どうして」


「?」


「……どうして、また罪を償う必要があるんですか………?貴方はもう、地獄で罪を償ったんじゃないんですか……?」


声の調子が揃わないながらも、トマスを問いただすオオツキ。しかしトマスは悲しげな笑みを見せ、言葉を紡いだ。


「……確かに、私は地獄で自分の罪を償い、閻魔様から赦しを得たヨ。でもそれは社会的に許されたのかもしれないケド、自分の中じゃまだ自分を自分で許し切れていないンダ。言葉のチョイスをシナイとスルと、んーーー……そう、自己満足?コンプライアンス?とどのつまり……ショクザイ、という意味合いが強いカナ」


「そんな………」


「そこまでにしときな、オオツキ」


芋焼酎を口にしていた天使がそこで口を開いた。それまで聞かず存じぬという態度でおちょこに酒を酌んでは飲み、酌んでは飲みを繰り返していた天使が遂に開いた言葉は、オオツキへの制止だった。


「人間はお前が思ってる以上に複雑なもんだ。更に言えば、俺達には寿命が無い。寿命が無いからこそ、こうやって答えを探す為の遠い旅路を歩く連中もいる。もしかしたら、俺もそうかもしれないし、お前もそうなるかもしれない。だから他人の旅路を邪魔するなんてことは、そいつにとってとんでもなく失礼だ………ってことにはならねえか?」


「―――」


オオツキは唇を噛み、口をもごもごと動かすのみで、言葉を吐こうにも少量の息が漏れるばかりであった。


「……ま、そこまで考えも回らねえよな。たかだか三十路にもたどり着いちゃいない、ましてや記憶も無い。でもな、お前の考えは間違いでもない。でもトマスの考えも間違ってない。何が正しいのかは、神様にだって分からない。だから自分で答えを見つけなきゃならないんだ。


俺がお前の言葉を遮ったのは、お前がトマスの答えを否定しにかかったからだ。それはすなわちトマスの道を否定することに繋がるからだ。けしてトマスをかばった訳じゃない。だが、お前をかばった訳でもない。そこら辺、理解しとけよ」


オオツキは暫く唇を噛み、もどかしさに溢れた表情を天使に見せていたが―――やがて、それを振り切る様におでんの玉子を何個も掻っ攫い、口に何個もほうばった。


トマスはオオツキの水を与え、天使はまた焼酎の入ったおちょこに口を付ける。それきりは、再び天使とトマスのたわいのない会話が続き、オオツキは黙ったまま二人の会話を聞き続けていた。


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