表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第二話

「ところでお前、どうしてそんな服装なんだ?」


開口一番、天使の質問はオオツキの服装についてだった。身体の上下を黒のスウェットに包まれたオオツキは、童顔なことも相まって一見休日の高校生に見えないこともない。


「なんかその質問割と失礼じゃないですか?」


「だって29の三十路手前がそんなみすぼらしい格好してたら突っ込まざるを得ないだろ」


「……まあ、確かにそうですけど。この服は――――――あれ?」


スウェットを着用している理由を説明しようとした時、糸をぷつりと切った様にオオツキの言は途切れた。


「どうした?」


「……そういや……僕………


此処に来る前の記憶が殆ど無いんです」


「無い?」


「自分の名前以外……此処に来る前は自分は一体どうやって生きていたのか、どんな仕事をしていたのか、どんな家族がいるのか、そもそも家族がいるのかどうか………何から何まで分からないんです」


自らの不安をさらけ出す様にオオツキは真実味を帯びた自身の記憶について話し出す。頭を抑え、長くも短くもない黒髪をくしゃくしゃにして、オオツキは自身の記憶の引き出しを縦横無尽に開けるが、努力も虚しく引き出しの中身は空ばかり。


「気にすんな。此処に来る奴には良くあることさ」


行き場の無いもどかしさに苦しむオオツキを見つめながら、天使は言った。



「此処に来る奴には良くあるって……そもそも、此処は何処なんですか?私はどうして此処にやって来たんですか?貴方はどうして私の前に現れたんですか?」


度重なる質問に対して、天使は動じる素振りも見せず、両手をスーツのポケットに突っ込んだまま話し始める。


「そうだな、まずお前が向こうの世界でどうなったのかだけ教えとこうか」


向こうの世界、という言葉がどんな世界を意味しているのかオオツキは最初疑問に感じていた。次の言葉を聞く、ほんの短い間までは。


「オオツキ、お前は向こうの世界でポッキリ逝っちまった可哀相な夭逝さんだ。そして俺はお前を無事に三途の川まで案内する、いわばガイドライン担当だ」


「僕は……死んだんですか?」


「正確には死んじゃあいないが、生きてもいない状況だ。植物状態って知ってるよな」


「そう………ですか」


「あら、案外驚かねえんだな」


心に動揺が無いと言えば嘘になる。だがオオツキは、何となくではあるが、自分が死んだと言われても、何故かすんなりと受け入れてしまっていた。記憶は無いはずなのに、何処かに思い当たる節だけが残る。死んだと言われて納得してしまう様な、そのような心当たりが。


「記憶は無くても、心当たりはあるってか……まあ、この国に来た奴には良くあるパターンだな。お前の身体を確認するにはこの国な範囲内じゃあ無理難題なんだよ。そのために俺達は歩いてこの真っ白な空間から出るぞって言ってんだ」


「国?此処って国だったんですか?」


天使の口から放たれた、『国』という単語にオオツキは疑問を感じる。自分達が今現在立っているこの純白の世界は―――少なくとも国という名詞が当てはまる様な形式張った社会集団が存在するとは到底思えなかったからだ。国というよりも、精神世界と肉体世界を丸ごと乖離させてしまったかの様な奇妙な『空間』と捉えることならば可能だが。


そんなオオツキの疑問を余所に、天使は朗々とした声で答える。


「お前みたいに、三途の川を渡る途中ではぐれちまって、その上記憶も何処かに置き忘れた奴ってのは少なくない。此処はお前らが間違ってたどり着く場所の一つで、そん中でもかなりへんぴな土地さ」



「此処は―――『羅刹国』」



―――羅刹国。


かつて三蔵法師が『大唐西域記』で言及した、安土桃山以前の日本の南方に存在すると信じられていた国。


天竺の僧伽羅が500人の商人達と共に漂着したが、国の住民は皆鬼の姿をした女性であった。500人の商人達は皆食い殺されたが、伽羅だけは仏の加護に寄って国を脱出した、という説話が有名な羅刹女の国である。




「―――とは言え、今話した説話はほぼでっち上げだ。天界もグローバル化が進んだ今の世じゃ、此処もすっかりお前みたいなはぐれ者の迷い込む過疎地域になってな。国主だった羅刹さえも此処をさら地にしちまった。平たく言えば土地売買だな」


「天界の住民がそんな経済社会的なことをして良いんですか?」


オオツキの見識では、天界は天国と地獄しかない、神々しい、若しくは禍禍しい、人智の及ばぬ神秘に包まれた世界だ。しかし天使から放たれる言葉はオオツキの想像を次々と破壊する、極めて世俗的な内容だった。


「あのな、お前等の想像してる天界ってのはどうせダンテの『神曲』みたいなもん想像してんだろ?天国と地獄が明確に住み心地が違う世界だって」


「そりゃあそうですけど」


「でも考えてみろよ、人類が今の世まで槍持ってマンモス仕留める生活してるか?高床倉庫に米注ぎ込むか?巫女さんの占いで世界が変わるか?」


「やりませんよ、文明は発達するものなのに」


「ほれみろ、お前は俺がわざわざ言わずとも答えを知っていたじゃないか」


自分にその長く鋭い、悪魔の様な指を指して、白い歯を見せて笑う天使。その天使の言葉を受けて、オオツキははっとした顔になった。


「お前達の想像(創造)してきた天界は紀元の始まった頃と何一つ変わっちゃいない、現実は違う。日本人が明治維新で文化革命を起こした様に天界も時代の節目節目で発展してきたんだ。今キリストと仏陀が何やってるか教えてやろうか?」


「……何やってるんですか?」


「東京の立川でバカンス中さ」


呆気に取られるオオツキを尻目に、天使は白い歯を輝かせながら続ける。


「それに此処だって下界じゃ『悪鬼が人を喰らう』なんて大層物々しい言われようしてた様だがな、実際此処に来てそんな馬鹿を言う奴はいない。羅刹本人が気さくな性格だったからな」


「……何と言うか、一般的なイメージとは全部が全部真逆なんですね」


「そうだ。此処を抜けたらまず戸籍作るのと住民登録位してもらわなきゃならんからな。……言ってもお前記憶無いんだったな。でもな、そういうのは良くあるこった。此処に転がり込む連中の中には生前の記憶を失ってるってパターンの奴が少なくない。例外なくそいつらは外に近付けば近付く程記憶が戻っていくもんさ。分かったらきびきび歩け」


天使はそう言うと、オオツキの肩をぽんぽんと叩き、また歩き出した。オオツキもそれに追随する様に歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ