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外の人も大変なのです

 中の人がログアウトしている間は、一時的に憩いの時間だ。

 ログアウト中は俺の自由に動ける。ただし、ログインしてる奴から俺たちは感知できねえし、俺たちもログインしてる奴には触れねえ。

 ログアウト同士なら会話もできるし、肩をたたき合ってお互いをねぎらったりもできる。

 ちょうど、向こうから最新鋭の装備に身を包んだ人間の男が、疲れた感じで歩いてきた。


「おう、お疲れさん。お前さん、良い装備してるじゃねえか。中の人は良い感じか?」

「お疲れ。いや、まさか。戦士だなんだ、前衛職ばかりやらされてよ。死んだら痛いっつーのに、防御系スキルも使わず突貫だぜ」

「あぁ……。良い装備に意識が行き過ぎて、操作が下手なタイプか。厄介だよな」

「お前はどうよ?」

「ん、俺は思ったより悪くねえな。中の人は女でな。髪型やら何やらがコロコロ変わるし、装備もファッション性高いのが多いぜ。その代わり、全然強くなれねえけどよ」


 大変だな、と慰めるように肩をたたきあう。

 でも俺の周りは女ばかりで、楽しいよ。大変そうなコイツには言えねえけどよ。


「うへぇ、そりゃ面白くねえな」

「んー、無茶なボスに挑んで無駄死にしねえ分、全然いいよ。ただまあ、家はぬいぐるみだなんだと可愛く飾ってるんだけどよ。俺、竜人だぜ。見た目的にどうよそれ」

「まあ、腐った妄想に付き合わされるよりゃマシじゃねえか。女でアレも、相当可愛そうだけどな」


 男が指さした先に目線をやると、エルフの少女が露出狂かと言わんばかりの格好で泣きそうな笑顔で走っている。

 胸は上下ともに服っていうより紐からはみ出していて、大事なところこそ隠れているが、ほとんど見えてるし、下もスカートはほとんど申し訳程度で、下着が露出している。

 きっと、中の人がおっさんなのだろう。


「ありゃ駄目だよな。犯罪だぜ」

「目の保養っていうには痛ましすぎて泣けてくらぁ」


 話しているうちに、中の人が来たようだ。適当に別れの挨拶をするとほぼ同時に、俺はログイン位置に転移される。

 今日もまた、友人が操っているだろうモグラ少女と一緒に遊ぶだろうか。

 二人の会話は、おっとりしていて微笑ましい。


『あー、あっちゃん、こば〜』

『こんー』

『今日はどうする?』

『えっとね、ちょっと相談があるんだけど』

『え、なになに。金策とボス退治以外なら』

『大丈夫、メイちゃんにそれは求めてない。なんかね、変なのとフレンドなっちゃって、リアルで会いたいってうるさいの。どうやって切ればいいかなぁ?』


 相手のあっちゃんってのは、俺を操るメイちゃんに比べたらゲーマーで、操作されているモグラもレベルカンスト間近だ。

 ガチの装備は十分に揃えているが、着飾るのはメイちゃんに合わせている。

 そしてメイちゃん、つまり俺の操作主は、稼ぎの半分以上、着飾ってたりぬいぐるみ買ったり、ゲームに直接影響ない部分に突っ込んでんじゃねえかな。いや、それはそれでいいんだけど。

 あまり強くならないが、メイちゃんも楽しそうだし、まあそれはいい。そんなことより、あっちゃんは言い寄られてるのか。俺のあっちゃんに言い寄るたぁ、どこのどいつだ。


『あー、有無を言わさず切っちゃって、運営に迷惑メール送ったら?』

『ゲーム内だけど、家知られた。引っ越すの難しいし』

『そっかぁ。家、ギルドで持ってるエリアだもんねえ』


 本人だけ逃げようとしても、ギルド絡みで追いかけられる、と。ギルドから抜けるのは辛いみたいだもんなぁ。


『じゃあ、私が彼氏のフリしたげよっか?』

『あ、助かる。じゃあね……』


 ボロが出ないように、二人で打ち合わせを行う。綿密に。間違わないように。



 そしてまあ、何とかなった。リアルで実際に知人という点、遠慮のない距離感が出ていたのだろう。

 今日はこの対処だけでログアウトするようだ。正直に言って二人が楽しんでいたとは思えないが、解決してすっきりしたと話しているし、まあ、いいか。


『じゃあ、今日はホントありがと〜。愛してるよー』

『うむ。まあ、何でも俺に頼りたまえ』

『くくっ、頼れるほど強くないじゃん。ステ雑魚いじゃん』

『それは言いっこなしだよ、あっちゃん』


 馬鹿な会話を続けて、今日は同じ場所でログアウトした。同じ場所でログアウトするのは、三日に一回といったところか。


「……お疲れ様」


 ぶすっとふくれっ面のモグラに、ねぎらいの言葉をかける。まあ、反応は分かってるんだけどな。


「うっさい。話しかけんな。ウザい」


 中の人に比べて、何とも可愛くねえ。モグラは歯に衣着せない話し方をするのが多いけど、コイツはその中でもさらに格別だ。


「今回はなんか、面倒だったな。お前、あんな状態で一日我慢って、よく頑張ったよ、うん」

「うっさい。黙れ。うっさい」


 てこてこと歩くモグラ。俺は言われた通り黙る。てこてこと歩く少し後ろを、のしのしとついて行く。歩幅が違いすぎて、ゆっくりと歩いてなお、急ぎ足のモグラよりも早いくらいだ。

 話しかけられないと不安になったのか、モグラがちょろっとこちらに目を向ける。にこりと笑みを返したら、プイッと目をそらす。


「ついてくんな。私はいつもの店でくつろぐんだ」

「しょうがないだろ、俺もその店の常連なんだしよ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、モグラは慌ただしく足を動かして歩く。俺も後ろをゆっくり歩く。ツンツンした態度に癒やされるのは、なんでだろうな?



 店に入る直前に追い抜き、店長と挨拶しながらカウンターに座る。隣には当然というべきか、モグラが座る。


「隣に座んな。どっか行け」

「ん? 俺が先に座ったと思うが?」

「……今日は、この席に座りたい気分なんだ。アンタがどけばいいよ」

「いやいや、俺が先に座ってるじゃねえか」

「ふん」


 文句を言いつつも、ちょこんと横に納まる。この反応が見たくて、俺はいつも先に座るのだ。

 適当に注文して、出てきたつまみをつつきながら酒を飲む。

 酒が入ると、いつも始まるのが現状の愚痴だ。いつまで中の人が好き勝手にする停滞した時間が続くのだろうかとモグラと一緒に嘆きつつも、いつまでも続けばいいと思う感情も、確かにある。

 それはきっと。

 モグラと知り合えたからに違いない。



 いつ頃から兆候があっただろうか、モグラの中の人がログインしなくなってきた。

 あっちゃんが忙しいらしい、という話はちょくちょく聞いていたが、ログインしなくなったのは別の理由もあるようだ。チャットで警察がどうの、という話も漏れ聞こえてきていた。

 中の人も、色々と問題を抱えながら生きているらしい。



 久しぶりにモグラの中の人であるあっちゃんがログインしてきて、俺というか、メイちゃんと遊んだ。数ヶ月ぶりのログインでアップデートもいくつか進んでいる。

 寄り道が多いとはいえ、今やメイちゃんの方が強くなってしまった。でも二人は細かいところは気にせず、チャットをしたり、ボスに挑んで負けたりと楽しんでいる。

 それもいいだろう。俺も久しぶりにモグラの姿を見て、少し安心している。最近、なじみの店にも顔を出さないんだよな、こいつ。

 そんなことを考えているうちに、あっちゃんとメイちゃんは同時にログアウトした。それはつまり、モグラと一緒に解放されたということだ。


「お前、最近どうしてんの?」

「色々と。自由な時間が多いから、遠出をしてる」

「おーおー、羨ましいこった。俺なんか、今でもほぼ毎日操られてるぜ」

「強くなってるんだからいいじゃないか。私なんか、一世代前の装備に、一世代前のスキルだよ。アンタごときに負けるとは……」

「いや、サブキャラや倉庫役いされるよりゃ、よっぽどマシだろ」


 憎まれ口はいつものことだが、どうにもいつもの覇気が無い。どことなく引っかかりを覚えつつ、モグラの話に耳を傾ける。


「そろそろ危ないらしいって、各所で言われてるの知ってる?」

「危ないって、どういう意味だ?」

「世界が、終わるかも知れないとか、なんとか」


 詳しく聞くと、運営が上手く行っておらずサービス終了するかもしれない、そうだ。


「サービス終了したら、俺たちっつーか、この世界ってどうなんだ?」

「それが分かれば、苦労しないよ。消えるか、解放されるか、どうだろうな……」


 そうか、サービス終了したら、モグラとも会えなくなるのか……。

 それはまずいな。色々と伝えておかなくては。


「なあ、もし、もしもの話だけどよ。お前、サービス終了しても世界があって、自由になったら、何をしたい?」

「そうだな、私は、自分の足で世界を見て回りたい、かな」


 それは良い、楽しそうだ。


「そんときゃ、俺も一緒に行っていいか?」

「なぜアンタが同行を申し出る? はっ、まさか体か、体が目的なのか」

「いや、ちょ、お前な、そんな直接的な表現すんなよ……」


 焦りながら手を振るが、よく考えたら否定してないな、俺。まあ否定すると嘘になるんだが。


「そうか、まさかのロリコンだったか……」


 モグラモグラと言っているが、実際にモグラなわけではなく、尖った爪を持っていたり、全体的に丸っこい体型で、背も小さく、そう、抱いたら背徳感がありそうな見た目だ。いや、俺の隣にいるモグラは成人してるけどな?


「ちょっと、近寄らないでもらえます? 半径五十キロ圏内にいるとロリコンが移るので、今すぐ世界の裏側に行くか死ぬかしてもらえます?」

「いやお前、自分の種族の魅力を全否定してるようなモンだぞ、それ」

「同種族には魅力が正しく伝わるから問題ないよ」

「でもよ、モグラで巨乳好きとかもいるが、アレはどう説明すんだ?」

「アンタといいソイツといい、変態の周りには変態が集まるのか……」


 ひどい言われようだ。いや、そもそも話がずれているな。


「そんなことを言いたいわけじゃねえんだ。俺はさ、特にやりたいこともねえし。だからもし世界が終わっても、それはそれで構わねえんだがよ。そうなった時に唯一、心残りがあるとすれば、それはお前と会えなくなるっていう、ただ一点だけなんだよ」


 伝わってるかな、もしかしたら伝わってないかもな。モグラの奴、見た目相応に恋愛沙汰には鈍感だからな。


「ふーん。まあ、ついてきたきゃ、勝手についてくればいいよ」


 うん、あまり伝わってねえな。でもまあ、本気で否定されなかっただけ、マシだろう。

 くそ、照れて顔色が変わっていても分からねえってのは、不便だな。



 いつ来るかと警戒しながら過ごしていると、ついに運営からアナウンスが入った。今月末で、サービス終了とのことだ。

 ようやくのことに、俺は内心で息を吐く。やっと。やっと自由になれるのだ。

 たとえそれで世界が終了だとしても、自らの意思に反して体が動くことを思うと、早く終わって欲しいという気になる。


『うん、あっちゃんにも連絡入れたから、最終日には来ると思う……』

『そか〜。最後くらいは、久々に立ち上げメンバー揃って遊びたいよねえ!』

『うんうん』


 メイちゃんが誰かと話している。あっちゃんが最終日に来るってことは、モグラがすぐそばに来るということだ。

 俺にとって、あっちゃんは恋の伝道師だな、うん。

 毎日ログインしているメイちゃんの会話から判断すると、最終日まであと十日ほどだろう。

 外で連絡を取ったらしく、あっちゃんは最終日までログインすることなく過ごすそうだ。つまりそれまでモグラにも会えねえわけで、凄く残念だ。



 そして、ついに迎えた最終日。

 久しぶりに見るモグラの姿に安堵しつつ、最後の時に同じ場所というのは、きっと凄く運が良いのだろう。

 メイちゃんは何やら会話を楽しんでいるが、まったく興味が無いので、聞き流している。


『のってさ、最近のアニメやら小説だとゲームの中に閉じ込められたりするよね』

『あるある。でもコントローラー握りしめて、キーボードをポチりながらプレイしていてさ、いきなり生身で魔物と殺し合いしろって言われても、できるはずないじゃんねえ?』

『ゲームの中に閉じ込められたら困るわ。今からでもログアウトしといた方がええかな?』

『ええぇ、ゴリさんノリ悪い! 閉じ込められたらワシに任せとき! くらい言ってよ』

『そんなん言うても、明日は大事な会議あるし』


 流れるように、というよりも実際にログが流れていく中、あっちゃんとメイちゃんも、マイペースに会話していた。

 二人のログを読む限り、アレが楽しかった、コレが笑えたなど、至極まっとうな思い出話をしている。もちろん二人だけの会話ではないし、モグラ以外との冒険に花が咲くことも、逆に俺がいない冒険の話もある。

 モグラとの思い出話になるたび、今までの積み重ねだと思うと、何かと不自由だったが捨てたもんでもないかもな、と思う。



 そうこうしているうちにも、終わりの時間が近づいてくる。解放か、消滅か。何が待っていても、受け入れるしかない。

 あと一時間、あと三十分、五分……。

 そして、カウントダウンが始まる。


『5・4・3・2・1・0……』


 終わった……が、意識はある。消滅はないようだ。一安心して、モグラの方を見ようとするが、体が動かない。

 嫌な予感を持ったまま状況を見守っていると、周りがザワザワと騒ぎ出した。


「何これ……」

「ちょっと、どうなってんだ?」


 何やら興奮して叫んでいる者もいるが、メイちゃんは比較的落ち着いた様子で周りを見渡す。

 モグラに目を止めて、誰にも聞こえないように小さくつぶやいた。


「おぉ、あれがあっちゃんか。性別変わったのは、都合いいな……」


 舌舐めずりしながら、俺、いやメイちゃんはモグラに近づいていく。

 先ほどのつぶやきに狂気を感じたが、話せず動けない俺には、にこやかに話しかけるのを聞きながら、まだまだ続く苦難を嘆くしかできない。

 ……だが、モグラと肉体的に近づくのは、そう遠くない未来かもしれない。

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