落ちた先は牢でしたがなんとかやってます。
ルシオラ
私たちが住む世界。
神獣を祖に持つ獣人。世界樹から生まれたとされる私たちエルフ。
そして神が自分を真似て作ったと言われる人間。
でも人間は排他的だった。自種族を最上とし他種族を貶し隷属させた。
彼らは侮蔑をこめ私たちのことを亜人と呼び奴隷としていた。
祖先は抗った。
だが人間族は私たちと違って数が多すぎた。
少しずつ少しずつ私たちは住んでいた所を追われ、今はこの痩せ細った土地でひっそりと生きていた。
「このままでは私たちエルフは滅びてしまいます。ユニシュテル様……私たちの運命をどうか変えてください」
いつものお祈り。今まで一度も返答はない。だけど神官の血を引いている私にしかユニシュテル神へのお祈りは許されなかった。
だから一生懸命毎日祈る。どうか私たちに道を示してくださいと。
「その願い確かに聞き届けました。」
頭に声が響く。聞いたことのない女の人の声。つい顔を上げてしまう。そこにはユニシュテル様を祭った神像があるだけ。
「これよりここに一人の人間を送りましょう。彼の者は汝らの助けとなります。そして彼の者を助けなさい。」
人間に滅ぼされかけている私たちが人間に助けられる…? 私はその言葉を理解するのに数秒時を要してしまった。
「ユニシュテル様! どういうことですか!?」
すでにユニシュテルからの返事はなく、祭壇の火がちらりと燃えるのみ。
「どういうこと…… でもこの託宣を長老様たちに伝えないと……」
出入り口に向かおうと歩き出すと突然の轟音が外から聞こえる
外からは敵襲! と言った声が聞こえる。ついにここも見つかってしまったのだろうか。
もう私たちに逃げる場所はない。この隠れ里を最後に私たちは滅ぶのだろうか。
広場に出ると狩りで仕留めたという獣をなめした皮の鎧を着込みハルバードを背負った虎獣人がこちらに近寄ってくる。
「神官殿。広場に落ちてきた人間を捕縛いたしました。いかがされましょう?」
意識を失っているのだろうか。広場には穴こそ空いていないものも衝撃の波紋が広がっている。
普通なら死んでいるだろうが、何か得体の知れない力を感じた。
「……とりあえず牢に。それと周囲の警戒を。隠れ里が帝国に露見した可能性があります。」
縄で縛られている男の人。黒い髪に幼い顔立ち。それに帝国とも王国とも違った仕立てのいい服を着ていた。
身分の高い人なのかもしれない。運がよければ交渉材料にできるかも。
それにもしかしたら。本当にもしかしたらだけど託宣にあった人なのかもしれない。私たちの運命を変えてくれる人。そう思うと胸がドキリとした。
頬を叩く。叩いたところがヒリヒリするけど浮ついた気持ちは消えて無くなった。まずは長老様に託宣をお伝えしなきゃ!
ひんやりとした岩の感触。上から垂れる水滴が顔に当たり目が覚めた
「うっ……いたた。死んでないけど、もう二度と体験したくないなあれは。……イシュタル?」
落ちてくる時一緒だった金髪の女性は消えており回りは暗い石作り、有体に言えば牢屋であった。
「目が覚めたか?」
牢屋の外から声が聞こえる。野太い男の声。肉食獣を連想させるかのような声がこちらに近づいてくる。
声の主は毛むくじゃらの体に皮の鎧を着込んだ虎面の男だった。
「ドッキリ?」
不思議と驚きはない。ただ自分の常識はもう通じない物なのだと心底思った。
「なんだそのどっきりというのは? まぁ、いい。神官様がお呼びだ。少しでも変な動きをしたら即切り捨てるからな人間」
簀巻きにされた状態で体を抱えられどこかへ連れてかれる。
視線を周りに巡らすが住人は遠巻きにヒソヒソと話すだけで目を合わせようともしない。
まぁ、簀巻きにされた人と目を合わせるような人もいないだろうが。
「着いたぞ。神官様の温情で縄は解いてやる。だが神官様に危害を加えようとしたら……」
「何もしないですから。それで背中つっつかないでください。地味に痛い」
そこは牢屋と同じ石作りだった。奥には祭壇のようなものがあり、横には顎鬚をたっぷり生やした男性。
そしてさらにその奥。椅子に座った女性が一人こちらを値踏みするように見ていた。
薄暗く顔だちはよく見えないが年はそう変わらない気がした。
「まずは牢に入れた事を詫びます。そして問います。貴方は何者ですか?」
さて、どうしたものか。ユニ神様からはマナの事は言わないように言われている。
「えーと…詳しい事情は言えませんが、とある事情でユニシュテル神様に落とされたんです。」
ユニ神様の名前を出した途端顎鬚を生やした男性の目が見開く。
こちらに聞こえないくらいの小声で奥の女性と密談を始めだした。なんだこれ
5分も経ったくらいだろうか。密談が終わり奥の女性が前に出てくる。
腰まで届くような青い髪。質素ながらも頭飾りをつけヴェールのような物になっている。
服装は白を基調としたチュニックで素足にサンダルを履いていた。
そして人とは違う最大の特徴。普通の人以上の耳の長さ。彼女はおそらくエルフだろう。
「貴方がユニシュテル様の遣わした方なのですね……セドリック。彼の荷物を!」
「は、よろしいので? 彼がまだ無害と決まったわけでは……」
虎の人が答える。セドリックっていうのかあの人。
しかしなんだろう。違和感があるのに、当然のように受け止めている自分が恐ろしいな。
「私の決定に不服ですかセドリック。二度は言いませんよ」
「はっ! 出すぎた事を申しました。申し訳ありません」
カバンとデッキベルトそしてお気に入りの黒いコートが手元に戻る。
「あーよかった。すぐに無くしたなんてことになったら確実にのたれ死ぬところだった。イシュタル? 出てこれる?」
自身のマナをデッキホルダーの一つに補給する。途端デッキの一つが光り、人の姿に集束される。光が消えた後には先ほどまで一緒だった女性がいた。
「主。申し訳ありません。落下から御身を護るためとはいえ供給していただいたマナを全て消費してしまいました」
召喚された途端雅に向かい膝をついてかしづくするイシュタル。彼女の中では一時でも主から離れたことが許せないようだった。
「ボクの事護ってくれたんだから謝る必要ないよ。それより立って立って。皆見てるから」
「あ、あの。御使い様。そちらの方は……?」
驚きを代表するかのように青髪の女性が質問してくる。
「私はイシュタル。主様に心身共に捧げた者です」
その問いに胸を張り相対するイシュタル。カードの中でしか知らなかったけど、結構普通の人なんだなぁ
「そういえばまだ名前も名乗ってなかったね。言川雅です」
「コトゥカウワ…さま? 変わったお名前ですね」
はて? あぁ、名前が前で姓が後なのか。
「あぁ、こっちでは名が先なのか。じゃあミヤビ・コトカワになるのかな」
エルフの女の子はミヤビミヤビと反芻するように口を動かしている。確かにミヤビって名前は珍しいんだよなぁ。しかも男で。
「確かにこちらの方が発音しやすいですね。……私はこの隠れ里の巫女。レン・ファ・リアムと申します。
どうかレンとお呼び下さい。こちらの男性が長老の一人マキシム。そして私たちの警護を担当してくれている虎獣人のセドリック。
とても怖い顔だけど優しくて強い人です」
軽く会釈する。長老は会釈を返してくれたが、セドリック氏はふんと鼻をならしただけだった。何か嫌われるようなことした?
(主。あのセドリックというのは強者かと。ここが未だ知られずにいるのも彼の功績が大きいかもしれませんね。)
(確かに強そうだよね。しかしテレパシーみたいな感じでの会話でも可能になるんだね。これは色々と試さないとだなぁ)
イシュタルとの短いテレパシーで分かったことだが召喚者は召喚したものと精神的に繋がっているようだ。
おそらく感覚もお互い共有できるのではないかと思ったが、後でゆっくりと実験してみようと心の中で思った。
「えーと、それで御使いっていうのは……?」
「はい。ユニシュテル様の託宣に一人の人間を送ると。そしてその人間に助力を乞えとおっしゃられました。
だから神の遣わした御使い様です。」
さも当然のように笑顔で答えられた。
ユニ神様は特に何をしろと言っていたわけではないし、何をどうすればいいんだろうか。っていうか御使いって……
ただのオタクであるボクになんてやっかいな。
「助力を乞われても、ボクとしては何をしていいのやら……まずは周りを知らないと何とも言えないです」
「では、ワシが説明いたします御使い殿。今我々エルフと獣人は絶滅寸前でございます。
この辺りの地形は森に囲まれ水源こそあるのですが、何故か作物が育たず、木の実や茸で凌いでる状態でございます」
マキシム長老が縋るような声で説明をしてくれる。
「ワシのような老体は長く生きましたから未練はございません。
ですが小さな子が死んでいくのは見てられないのです。どうか! どうかお力を!」
ふむ。当面は食糧かな……
それに土地の改善、森の開拓も必要かもなぁ。実験しないことには何とも言えないしそもそも自分が何を出来るか……
「うん。お話は分かりました。お力になれるか分かりませんが、出来るだけのことはしてみます。とりあえずここを見て回りたいのですが?」
長老は頷き、巫女のレンと護衛のセドリックを案内するように言い伝える。レンの方は顔を綻ばせ、セドリックは信用ならずと言った視線でこちらを見ていた。
「ではミヤビ様。こちらへ。あまり見るところの無い里ですがご案内します」
石造りの神殿を出ると途端住人たちが寄ってくる。獣人にエルフ、人間。子供から老人までまさに色々な人たちが相談なり雑談なり話しかけてくる。どうやら巫女であるレンは人気者のようだ。これでは護衛するセドリックも大変だろう。
「レンさんは人気あるんですね」
「あの子の笑顔は陽の光だ。分け隔てなく注ぐ太陽の娘。素養もあるのだろうが、あの笑顔がこの里の連中には頑張ろうという気にさせる。」
歩くたびに別の誰かに話しかけられる。セドリックが人に囲まれたレンを救出するまでそれは続いた。
「ここが畑になります。先ほどお話した通り作物を作ろうとしてもすぐ枯れてしまいます。
それに森から種を目当てに動物たちがきてしまい…柵を作ってはいるのですが、あまり効果はないのです」
周りに見えるのは枯れ果てた荒い土地。それを必死に耕している人たちの姿も見える。
イシュタルと顔を見合わせる。こちとら農作業なんて学生時代にボランティアでした程度。どうしたものか。
正直土地の状態なんてわかるわけが無い。
「主。ここは地の精霊種をお呼びになるのがよろしいかと」
「やっぱ餅は餅屋かぁ。まぁ、僕がどうにかできるとか思ってなかったけど」
腰に挿したデッキホルダーからカードを1枚。望んだカードが手元に来るのは神器となったからだろうか。
このままの状態で大会に出たらきっと余裕で勝てるんだろうな。なんて思ってしまう。
一度死んだ身ではあるが元の世界が恋しくないわけではなかった。
「主……」
「あ、うん。大丈夫。レンさん。ちょっと危ないなので今働いてる人たちを一度こちらに集めてください」
レンが作業してる人々に声をかける。皆怪訝な表情であったが畑から離れてくれた
「さ、じゃあ呼んでみるか。イシュタル何かあったらよろしく。」
主に限ってそのようなことはおきません。と断言するイシュタル。
信頼してくれるのは嬉しいけど、緊張でどうにかなってしまいそうだ。周りの視線が痛い!
自身を通して流れる世界のマナをカードに注いでいく。周りではおぉとかこの光はいったい……なんて声が聞こえる。
注入したカードを1枚中空へ放り投げる。カードは溶け、代わりに茶色がかった魔法陣が浮かび上がる。
カードを放り投げた瞬間頭の中に流れる単語を口にする。
「素は地。雄大なる大地にして命を育む者。我が声御身に届いたならば応えよ…召喚。アースエレメント!」
魔法陣が消え去る。静寂。周りの視線がとても痛い。え、ここまで期待させといて失敗?
途端地面が揺れ、魔法陣があった真下から地を割り巨体が姿を見せる。そこにはカードで見た姿と同じ巨大なモグラがいた。
「盟約により馳せ参じた。主よ指示を」
周りは魔物だ! 殺される! と言った住人たちの叫び声が聞こえており、必死にレンさんとセドリックが周りをなだめていた。
「ここの土地を改善したいんだけど可能? 出来れば作物がちゃんと実るようにしてほしいんだけど」
巨大モグラは鼻をスピスピと鳴らし顔を近づける。あ、意外と目が可愛い。
「承った」
返答と共に地面が光り、まるで早送りしているかのように畑に緑が生えてくる。
「これは……凄いな」
いつの間にか隣にいたセドリックが唖然として声を零す。正直僕もここまで凄いとは思ってなかった。
「主よ。確かに願い叶えた。また呼んでくれるのを待っている」
仕事を終えたアースエレメントの体が光り溶けていく。光は手元に集まりまたカードの形になって戻ってきた。
「お疲れ様でした主」
隣に控えていたイシュタルが労いの言葉をかけてくれる。だがありがとうと言う前に割り込んできた声に阻まれてしまった
「凄いですミヤビ様! あんな巨大な生物を使役できるなんて!」
興奮で顔を紅潮させ手を握ってくるレンさん。ちょっと女の子に触れるとかつらい。勘違いして惚れる
「あはは……正直自分でもびっくりしてるんですけどね……それより皆さんに収穫を頼んでもいいですか?」
「あ、そうですね。みなさーん。もう大丈夫ですよー」
レンさんの声がかかると隠れていた人たちが駆け寄ってくる。そして辺りの変わりように唖然としていた。
数分前まで荒地だった土地が緑溢れる農地へと変貌。そりゃ驚くよなぁと心で思う。
「あぁ、後畑を狙う獣の対策が必要なんでしたよね? これまで通り柵作ってください。その先にゴーレム出しますから」
ゴーレムと聞いて怪訝な顔をするレンさん。ん。何か変なこと言ったのかな?
「そのミヤビ様。大変言いづらいのですが、私の知っているゴーレムというのは子供が遊ぶような小さな玩具なのですが?」