出会いと別れと時々神様
そこは白い空間だった。
上を見上げると満面の星空が広がっている。
下を見れば同じような星空が広がっていた。
だが雅が存在する場所はただ白い。まるで水平線の真ん中にいるようだ
「狭間の世界にようこそ。言川雅さん」
ふいに声が聞こえた。周りを見渡しても姿は見えない
「あぁ、ごめんなさい。まだズレがあるのね。っと、これでどう?」
そこには白いワンピースを着た女性がいた。両手に木で出来た杖を持っている
薔薇より深い赤色の髪。引き込まれそうな銀の目。整った顔立ち、体。まるで人じゃないようだ。
「ご名答。私は人じゃないわ。この下の世界で神様の一人やってるの。あぁ、自己紹介まだだったわね」
コホンと咳払い一つ
「私は運命と時間を司る神。名はユニシュテル・ファ・ルシオラよ。皆ユニって呼ぶから君もそう呼べばいいわ」
「はぁ…?」
いきなり何言ってるんだこの女の人。人のこと言えないけど電波?
「あー、ちゃんと説明してあげるからそこ座りなさい。後電波じゃないわよ?」
心読めてるのか凄いな神様。しかしこの夢早く覚めないかな。何か話長そうだし。
「残念だけどこれは夢じゃないの。よく聞きなさい。貴方は死んだの」
「は? え、は?」
順番に説明してあげる。そういってユニ神様はどこからかホワイトボードを取り出してペンを走らせる。
「まず貴方が死んだ理由は通り魔による刺殺。ちなみに犯人は貴方が決勝で戦った相手。相当悔しかったみたいねー」
「なんて迷惑な。で、ボクがここにいるのは何で?」
ため息一つ。新たにボードに書き込んでいく。
「ここからが本題でね。今下の星は徐々にマナが減ってるの。原因は自然循環されない魔法。消費するだけで他に還元されないの。すぐにどうにかなるわけじゃないのだけど、魔術体系に介入するのは100年単位は必要でね。それまではお隣に頼んで世界に小さな穴を開けてもらったのよ。針の穴くらいのやつをね。そこからマナを貰う手筈だったんだけど…」
「ボクがちょうどそこに倒れた?」
頷くユニ神。いちいち絵になるくらい綺麗な人だ。美人は何でも得ってやつだな。
「何か詰まってるから引っ張り出してみたら貴方がいたのよ。問題はここからね」
ボードを裏返し新たに書き込んでいく。何だか塾にいる気分になってきた。しかしさっきから書いては消しを繰り返してるなユニ神様。何がしたいんだ?
「あーうん。一番しっくり来るのは蛇口とかホースかしら。貴方の世界のマナは貴方を通してしかほとんど出てこなくなったの。蛇口外から漏れ出てる分でも当面は何とかなるんだけど、貴方を元に戻しちゃうと作った穴が弾けて無くなっちゃうのよ」
「えーと、つまり?」
「あちらの世界の輪廻転生には加わることが出来ない。貴方という存在は貴方の世界では存在しなくなるのよ」
「死んだ身の上ですし、輪廻転生も何もあったもんじゃない気がするんですけど」
「んー? あぁ、そっか。人は記憶を持って転生するわけじゃないものね」
心残りは多数あるが、仕方ないと割り切れる。それより今後の方が問題だ。ずっとここにいるとかきつい
「ま、それならこちらも頼みやすいかなーあぁ、そう身構えなくていいわよ。魔王ブチ殺してこいとか国滅ぼせってわけじゃないから」
頼まれたところで無理に決まってる。ただのニート以上フリーター未満にそんな期待しないでほしい。っていうか魔王いるの!?
「頼みは私の世界。つまりこちら側の世界で暮らしてほしいの。色々サービスするわよ?」
両手に持った杖を脇に抱え可愛くお願いポーズする神様ってどうなんだろう。いや可愛いですけどね。
「別にいいですけど、サービスって?」
「まずは貴方が身を護るための神器ね。これをあげる。後は読み書きかなー。どんな種族との会話に不自由しないように古今東西の言語を教えてあげる」
「神器って神様の武器みたいな?」
それこそ一夜で国を滅ぼすような剣とかあるんだろうな。ファンタジーパナい
「そーそーそんな感じ。ちなみにこの杖も神器よ。運命と時を紡ぐ神器」
まるで新しく買った物を見せびらかすような感じで見せてくるユニ神様。女の人って世界や種族が変わってもこういうのは変わらんのか。恐ろしい
「ただちょっと困ったのはあちら側のマナで駆動する神器ってないのよね。正確には試したことないから分からないのだけど……あぁ、雅君の持ち物使えばいいのか」
どこからともなく使っていたショルダーバックが出てくる。
「うわー中身カードの箱しかないじゃない。後バインダー? あぁこれも中カードばかり。女の子にモテないわよ?」
「大会行ってたんですからそういう中身なんです! ほっといでください」
何か視線がきつい。そもそも女の人にカバンの中見られるどころか中身漁られるなんて恥ずかしすぎる。罰ゲームかこれ
「ま、そうするとこのカードの束とカバンくらいしかないわね」
しかしカバンは予想付くけど、カードをどうするんだろうか。
ゴニョゴニョとカバンとデッキに向かって唱えている。すぐに光が出始め、目を開けてられないほどの光量へ達する。
「うおまぶし」
光が収まるとそこには長年使ってきたショルダーバックとカードデッキが宙に浮いていた。
「じゃあ説明するわね。まずこっちのバックは亜空間に繋いでおいたわ。バックに入るサイズなら何でも入れられる便利バック。取り出す時は出したい物を思い浮かべてバックの口に手を入れれば出てくるわ。で、こっちのカード類は貴方のマナを糧に動く簡易ゴーレムみたいな物。カードにはそれぞれ自我があるから仲良くね? えーと後は…」
なるほど4次元ポケットか。分かりやすい。
「ちょっと聞いてる? 青タヌキの話なんてしてないわよ。で、カードの方だけど性能は貴方の世界とほぼ一緒。ただ国の兵隊でもこのカードのステータスで言えば1/1/1くらいしかないから。稀に2、3くらいの人族がいるけどそれは英雄クラスだから気をつけてね。といっても人のステータスが見れるわけじゃないけど。後なるべく人に害を及ぼさないように。」
生活はおそらくデッキを使えば問題ない気がする。しかし自我があるのか…上手くやっていけるだろうか?
「あぁ、世界と繋がった影響で不死に近いけど、怪我もすれば病気にもかかる。首落とされたら死んじゃうから気をつけてね? ただ人より流れる時間がゆったりになったってだけだから。後雅君自体には世界で暮らす一般人程度の体力しかないから。だから常にそのカードの中から護衛の子を出しておくといいわ」
「護衛……ですか?」
頭に浮かんだのは自分が常に使い続けていたあのカード。
「そ、護衛。周りの気配を察知する子とかトラブルを跳ね除けるだけの能力を持った子がいいわよ」
能力は微妙。ステータスもマナブーストしなければ普通以下。だけど出会ってからずっとデッキで支えてくれた。あのカードしか考えられなかった
「じゃあこれで。」
左胸のポケットから穴の開いたカードを取り出す。血の染みは消え、貫いていた穴は綺麗に消えていた。あるのは少しボロくなったいつものレアカード
「……本気? 私そのゲームのことよく知らないけどもっと強そうなのあるでしょ?」
「と、言われてもずっとデッキに入れていた相棒ですから。一番しっくり来るんで」
「まぁ、本人が納得してるならいいか。じゃあそのカードに意識を集中して」
集中しているとじわりと体を駆け巡る何かがカードに注がれて光っていくのが分かる。カードは光に融け、光は線となり、線は複雑な紋章を足元に描いていく。
光が収まるとそこには女性がいた。
髪は肩幅程度で蜂蜜を溶いたようなハニーゴールド。
身に着けた服は青いワンピースに黒を基調として要所に金糸で編まれたカーディガン。ほっそりとしつつも肉付きのいい足元は黒いハイソックスに包まれ、編み上げサンダルを履いている。腰は細く逆に胸はそれを主張するかのように突き出ている
「ようやくこうやってお話することが叶いました。我が主」
「いつも君には助けられていたねイシュタル。これからもよろしく。でいいのかな?」
不意に涙を流すイシュタルにびっくりする。
「いえ、大丈夫です。私にはずっと意識がありました。と言っても、うっすらと声が聞こえる程度でしたが。」
ぽつりぽつりと語りだすイシュタル。いつの間にか女神は消えていた。
「カードの外から聞こえるのは、使えない。ハズレア。トレード用。そう言った肯定とは程遠い言葉ばかりでした。
主に出会うまでは。」
確かにイシュタルはエレハイムTCGでは微妙な存在だった。クラスアップするには莫大なコストが必要だったし、初期状態では能力値を補正するだけ。他にも優秀で採用されるカードがある中雅だけが一軍として使い続けていた。
「主だけが私を使い続けてくれた。何度も負け続け、相手から罵倒されても、私のことが好きだからと。そしてあの大会で優勝してくれた。そして今こうして感謝の言葉を主に贈れる。私は最高の幸せ者です」
涙を拭い笑顔を見せるイシュタル。何だか自分の顔が赤くなるのが分かった。
「そ、そっか。ずっと使ってたカードにお礼を言われるなんて何か変な感じだけど、嬉しいな」
「えぇ。私は世界一幸せなカードです。今度は体を得て愛する主を護れるんですから。もう無力なイシュタルではありません」
恥ずかしい。女性と縁が無かった自分としては真正面から愛してるなんて言われたのは初めてであり、しかもカードから出てきたとはいえ美人である。
「そ、それよりこれからどうすればいいんだろう? ユニ神様いなくなっちゃったけど」
話題を変えるようにキョロキョロと辺りを見回す。相変わらず白い空間があるだけで何もない。
瞬き一つ。誰もいなかった所にユニ神様が現れる
「睦言は終わった? 気持ちは分かるけど独り身にはイチャイチャはつらいのよ……
ま、いいわ。送る先に託宣出しといたから、あっちで生活の基盤を作るといいわ。じゃあ行ってらっしゃい。あ、そうそう。マナの事は内緒にしておいてね。いらない争いが始まるかもしれないから」
ユニ神様が言い終わった瞬間足元が消える。自由落下。下の世界が近づいてくる
「大丈夫です主。私が一緒ですから」
イシュタルの腕が体を包む。ふくよかな胸が背中に当たる。だがそれを気にするよりも世界は綺麗だった。青が広がり緑が映え、小さく街が見える。
「綺麗だ……」
ぽつりと漏らす。イシュタルは後ろにいたが、きっと微笑んでいるだろう。
「ふー一仕事終わったわ。後はマナの調整が上手くいけばいいんだけどねー ま、何とかなるでしょ」
杖を片手に背伸び一つ。思い出したかのように空いた穴に一言
「ようこそ。もう一つの地球ルシオラへ」