09話
キリがいいのでちと短めです
「それじゃあまず、明日からの方針を決めよう。なるだけ早く攻略を目指すか、それともしばらく4層目で鍛えるか。攻略優先が良い奴は手を挙げてくれ」
落ち着いたところで俺が呼びかけると全員の手が挙がる。今日見た限りでは4層目も3層目までと敵も変わらないので当然だろう。
「次は多少なりともたまった金を使うかどうか、そして使うなら何に使うかだな」
「4層の転移装置前には強敵が居ると聞いていますわ、それならできる限りの準備をしていった方が宜しいのではないでしょうか?」
「それに5層目から上層って言われる場所になって稼ぎもそれなりによくなるらしいよぅ。んだからちょっとくらい貯めておいても意味ないかもねぇ」
「そんならお買い物だねー、何買うー?」
ともかくもパーティの強化をすることに決まった。しかし銀貨150枚では何かひとつだけという事になるだろう。
「銀貨150枚だと、武具をひとつ買うか、下級魔法か下級法術をひとつ覚えるのが精いっぱいだろうな」
「武器も防具も150枚じゃ中途半端だよぅ」
「それならやはり魔法でしょうかしらね」
「んー、おばあちゃんに見てもらったけどアタイが今覚えられるのは眠りか魔力付与だけだってさー」
「俺の方は加護か盾だな。治癒はまだまだ覚えるには法力が足りないって言われた。ま、金も足りないんだけどな」
そんな話を聞きながら何やら書いていたチコがその紙をみんなに見せる。
「今、話に出た魔法の一覧だよぅ」
相変わらず気の利く男だった。どれどれといった感じで全員でその紙片をのぞき込む。
・眠り 銀貨100枚
抵抗に失敗した敵一体を眠らせる事ができる
叩かれたり大きな音で目を覚ましてしまう
・魔力付与 銀貨150枚
武器に魔力を付加する
切れ味がわずかに増すのと血や油が付きにくくなる
魔法でしか攻撃が効かない相手にダメージを与えられるようになる
・加護 銀貨150枚
パーティ全体の魔法防御力をわずかに上げる
・盾 銀貨150枚
パーティ全体の物理防御力をわずかに上げる
「微妙だねー」
「どれも初級の術だからなぁ。それでも術者の法力が上がればそれなりの効果になるらしいからバカにはできんけどな」
「今のところ魔法を使ってくるモンスターも、魔法しか効かないモンスターもおりませんわね」
「と、なると眠りか盾のどっちかか」
全員で考え込む、がすぐにルシアが声を上げる。
「盾でいいんじゃないかなー」
「どうしてですの? ルシアはもっと魔法を覚えたいと仰っていましたのに」
確かに事あるごとにそんな事を言っていたはずだ。
「だってさー、みんな怪我するの痛そうだからちょっとでもそーいうのが減ればいいなーって思って」
「お優しいのですわね」
ルシアの意外と言っては失礼な返事に、エレンが感極まったようになる。
「それじゃぁ今回は盾にするかぁ」
「そうさせてもらうか、でもまぁ、金ができれば覚えられるものは全部覚えておきたいところだから順番が早いか遅いかの違いだけどな」
「火球が覚えられるようになったら真っ先に覚えたいー」
「そりゃまあ気の早い話だなぁ」
火球は中級の中でも上位の魔法だ、ルシアならいずれ習得できるだろうけど、それはまだまだ先の話だろう。
「ところで法術の習得はどのくらい時間かかりますの?」
「覚えが悪い奴でも半日あれば習得できる、はずだ」
「はずー?」
「訓練の時はそんなかからなかったし、あれと同じなら悪くて半日かなと」
「それなら休みを一日繰り上げて明日休みにして、覚えて来るかぁ?」
「そうですわね、探索の後じゃ時間的に厳しいかもしれませんし。かといってクルトを残して3人で迷宮に行くのは心もとないですわ」
「んじゃ、俺は明日法術を習いに行ってくるから。3人は雑貨類の補充とか頼む。ああ、あと剣の研ぎも頼んでおくか」
そういって腰の長剣を鞘ごとルシアに渡す。
「おまかせー」
「4層目の奥まで行くとなると念のため泊まりの準備もした方が宜しいかもしれませんわね」
「そだなぁ」
話が決まったところで、あとは皆で楽しく食事を続ける。相変わらず豪華とは言えない内容だが、気の合うやつらとの食事はいいものだ。
「それじゃ俺は育成所(下)に行ってくる。6つ鐘(12時)にいつもの店で待ち合わせしようか」
「わかったよぅ」
「またねー」
翌朝、俺はチコに二人を頼むと言い残して育成所――、と言っても宿舎でもあるこの建物の1階だが、に向けて階段を降りていく。
「おう、来たな!」
予約時に指定された法術の検査を受けた場所には、相変わらず非常識なほどの筋肉に包まれた法術教官が待っていた。教官は何人かで持回りをしているらしいが今のところお世話になっているのはこの人だけだ。
「追加で法術を覚えるのも最初の訓練の時と同じですか?」
「無論だ。字が読めないとすべて口述になるので少し面倒だが、幸いお前は大丈夫だ。それじゃ早速これを読め」
そう言って一冊の呪文書をよこす、訓練の時よりは若干分厚い感じだ。
「訓練の時も言ったがな、たった一言で法術を発動させるにはその術の理を知らなければならん。その術のすべてを知った時に初めてあのようにひと呼吸にも満たないような呪文で術が発動するのだ。ただ呪文を口に出せば良いだけなら寝言で宿屋が吹き飛ぶからな」
前にも聞いた話を改めて教官が言う、それよりも気になったことがあるので聞いてみることにした。
「もしかして、上位の術になるほど呪文書は厚くなるんですか?」
「当然だろう、上位法術ともなれば今渡したものの数倍の厚さになるな」
満面の笑みで答える教官とは裏腹に、俺は心底げんなりした。
「よぉ、お疲れぇ」
「お疲れー、剣の研ぎは夕刻頃にできるから来てくれってさー」
「わかった、ありがとよ」
俺が四苦八苦の末に法術を習得してとっくに6つ鐘(12時)を過ぎたころに食堂に辿り着くと既に3人は買い物を終わらせたようで軽食をつつきながら待っていた。
「法術の習得の首尾はどうでしたの?」
「なんとか覚えてきたけど、俺にあまり法術の才能って奴が無くてありがたいと初めて思ったよ」
そういいながら俺は術を覚える方法を教えてやる。
「はー、大変だねー」
「大変ってルシアも同じだろ?」
習得方法自体は法術も魔術も変わらないはずだ。
「なんかねー、アタイは一回読めばなんとなくわかっちゃうんだよねー」
「世の中不公平だ……」
こっちは延々と繰り返し呪文書を読んだ後に口述で教官とやり取りをして、理解が不足していると判断されたらまた読むというのを鐘2つ半(約5時間)もの間続けていたというのに。
「なんにせよこれで明日の準備が終わりましたわね」
「んだなぁ。確か4層目の門番、っちゅうかどこの層の門番でも同じだけど一つ下の層の敵が出んだよなぁ」
「5層目はどんな敵だっけー」
「確か、ゴブリン、灰色狼、ゾンビ、スケルトン、シャドー、ジャイアントスパイダーとかだったかな、他にも居たかもしれないが。後は4層目までのモンスターも出るみたいだけど門番になるのは5層目で初めて出てくる奴だけのはずだ」
「そん中で見たことあるのはコボルトだけだなぁ、オイラはそん時はまだガキだったんで退治には行けなかったけどなぁ」
そうそう人里の傍にモンスターなんて来るものではないから仕方ない、頻繁に出没するような状況は国が滅びかけているような時くらいだろう。
「さて、それじゃあ午後は自由時間だな。もっとも遊び歩くような金は皆持ってないだろうけど」
話が一区切りしたところでそう切り出すと、3人とも苦笑を浮かべる。
「だよねー、休みって言ってもごろごろしてるかぶらぶらしてるかだったしー」
「そういえば、この街に観光するような場所ってありましたかしら?」
「とびっきりのがあるよぅ」
「あるねー」
「あるな」
「あら、どこですの?」
首をかしげるエレン。俺たちは三人は声を合わせて言った。
「「「迷宮!」」」
明日はついに4層目の攻略だ。




