08話
俺の盾にガシリと音を立てて人間の赤ん坊ほどもある巨大なハチが噛り付く。
周りではエレンとチコも同じようにハチと戦っており、3人ともに接近戦となっているのでルシアは魔法を使いかねている様子だ。
俺はとっさにハチが噛り付いたままの盾をハチごと地面に向けて叩き付ける
地面と盾に挟まれたハチは痛みを感じるのか、妙な鳴き声を出すがそれでもふらふらと再び飛び始める。それを追撃しようとしたとき
「魔矢」
ルシアの魔法が俺の頭のすぐそばを通り抜け、動きの鈍くなったハチを貫いた。ハチはもがくように羽ばたいた後に力なく地面に落ちる。
普段の言動に似合わず状況の把握の上手いルシアは適切に魔法を使うようになってきている。ただし、今みたいに味方のそばを通ることも多くてひやひやするが。
さて、残りは二匹。エレンは攻撃にこそ苦労しているが防御面では安定していて大丈夫だろう、となるとチコの方が先か。
ただでさえ大きなハチだが、チコを襲っている姿を見るとさらに巨大に思えてくる。
「チコ、距離を取れるか?」
「大丈夫だよぅ」
接近戦をしていては手が出せない。その俺の言葉を聞いたチコは右手で短剣を振るいつつ、左手で投げ矢を2本取り出してハチに投擲した。
また、それと同時に距離を取るべく後方に飛ぶ。
ハチは追撃よりも回避を選択、機敏な動きで投げ矢を避けた。
「ルシア、焼いちまえ!」
「おまかせー 熱風!」
それを待っていたかのようにチコから離れたハチに向かって熱風魔法を吹き付ける、大したダメージは無いようだがそれでも多少動きが鈍ったように見える。
そこにたたみかけるように俺とチコでハチを挟み込むようにして攻撃し続けると、最初はなんとか攻撃を躱していたが、やがてチコの短剣が足を数本切り飛ばし、俺の剣が片方の羽を根元近くから切断した。
結果、まともに飛べなくなったハチはパニックを起こしたように地面に落ちてもがく。その地面に落ちたハチを俺は足に嫌な感触を感じながらも蹴り飛ばすと壁でバウンドして再び地面に落ちる。
そしてさらに動きの鈍くなったハチにチコが短剣でとどめをさす。
「そっちはどうだエレン?」
最後の一匹となったハチと戦うエレンの様子をうかがう。エレンはハチの攻撃は盾で難なくいなしているが重いモーニングスターではすばしこいハチに攻撃を当てることができていないようだ。
それを見て何かしら援護をしようと思ったとき。
「そうだ、良いことを思いつきましたわ」
エレンはそう言うとおもむろにモーニングスターを投げ捨てる。
「お、おい」
慌てる俺たちと裏腹に、エレンは悠然と両手で大盾をつかむとハチめがけて振り下ろす。
『ぶちん』
身の毛のよだつような音とともにハチはあっさりとその生涯を終えることとなった。
「最初からこうすれば良かったですわ」
「そ、そうだなぁ……」
「すっげー」
感激するルシアの後ろで、俺とチコは目を合わせて決してエレンを怒らせないことを無言で誓い合った。と、そのときチコをよくよく見ると
「む、気が付かなかったがチコ、怪我してるな」
ハチの針や強靭なアゴの攻撃は避けていたものの足のツメで何度か引っかかれたようだ。
「止血」
俺はチコに近寄ると傷を癒していく。
「こんくらい大丈夫だよぅ」
照れたように言うチコだが、結局はおとなしく法術を受けて傷を治す。どうやらこの法術で治る程度の傷ばかりだったようだ。
「さて、それじゃあハチをバラすか」
「はいよー」
「宝箱も出なかったしオイラもやるかぁ」
3人でハチを一匹づつ解体し始める。
「わ、わたくしはあたりを警戒していますわ」
あんなに無残に敵を殺せるのに、エレンは何故か解体してるのを見るのが苦手らしいから不思議なものだ。
このハチと戦うのは二度目だが、一度目はどの部位が金になるのかわからず、とりあえず針だけ持ち帰ったのだが、針の根元にある毒袋の方が無傷なら高く換金できると知って悔しがったものだ。今回はそのことを忘れずに針と毒袋を切り分ける。
だが、戦いの最中に特定部位を避けて攻撃というような余裕は無く、結局3匹のハチから無事に取れたのは針2本と毒袋が2個だった。
それでも針は1本銀貨10枚、毒袋は20枚だ。一戦で銀貨60枚の稼ぎは美味しい。
「今日はこんなもんにしとくかぁ?」
「そうですわね、もうおそらくは8つ鐘(16時)近くでしょうし」
「それじゃあ引き上げるか」
「さんせー。でもやっと4層目まで来たねー」
そう、俺たちは迷宮都市に到着して20日目、迷宮に挑戦をした日から数えて10日目にしてやっと4層目に足を踏み入れたのだった。
「おつかれー」
「お疲れ様ですわ」
「今日は結構稼げたなぁ」
「銀貨80枚は最高記録だな」
最初に迷宮に挑戦した日から日帰りで2日挑み、1日休むという風にしてきたので今日で都合7回目の挑戦だった。
毎日迷宮に潜り続けるのは精神を削ることになるからできる限り休むように教官に言われたのでそうしたが、1日の稼ぎが銀貨40枚ちょっとくらいでは休みを入れるのはなかなかに厳しい。
食費だけでも一日当たり4人で銀貨10枚ほどかかり、それに今のところはまだ大丈夫だが武具が壊れたり消耗したらその補修や場合によっては買い替えが必要となる。
更に10日後には宿舎を追い出される、そうなったら安宿の4人部屋でも一人銀貨3枚は必要となるだろう。もし小さくとも個室が良いとなるとその倍以上かかることになる。
「なかなか武具の買い替えや魔法の習得まではお金が回りませんわね」
「早くもっと派手な魔法が使いたいー」
「それでも共有資金は今日で銀貨150枚になったよぅ」
「それなら下級法術か魔法を一つか、もしくは防具を一つなら買い替えられそうか……」
そんな風に相談していると、新たに扉から冒険者のパーティがどかどかと酒場に入ってくる。そのうちの一人が俺たちのテーブルを通りがかった時に足を止めると、こちらを無遠慮にのぞき込んできた。
「何か用かよぅ?」
チコの問いかけを無視して男が
「なんだ無印かよ」
そういって嘲笑う。
無印というのは転移装置の認証数字が無い、つまり4層目を攻略していない者の蔑称である。
「つまない男ー」
ひとしきりこちらをバカにした後に立ち去ろうとする男の背中にルシアの声がぶつかる。
「んだとぉ?」
「つまんない男っつったんだよ、てめーみたいな頭ン中がガキみたい野郎はクソしてさっさと寝な!」
振り向いた男に、ルシアの更な罵声が飛ぶ。普段の少し間延びした話し方とはうって違う鋭い舌鋒に、呆然としてしまう。
一見すると大人しげなハーフエルフの娘にここまであからさまに侮蔑されるとは考えてもみなかったであろう男は、しばらくぽかんと口を開けて突っ立っていたがやがて顔を真っ赤にしてルシアの腕をつかみ上げた。
「痛っ」
ルシアの痛みを訴える声に俺たちは我に返ると、助けるべく立ち上がろうとした。と、その時
「本当に彼女の言う通りつまらない男ですね」
いつの間にそこにいたのか、一人の青年がルシアから男の腕を易々と引きはがすと逆に男の腕をねじりあげる。
「こんなつまらない事をする腕は捩じ折ってあげましょうか?」
「イテェ、クソッ」
男は暴れようとするが、動けば動くほどねじられた腕が痛むようで反撃もままならないようだ。
やがて男の仲間が慌ててやってくると青年に何度も頭を下げて男を引きずるようにして店を出ていった。
「ありがとうございますわ」
「助かったよぅ」
展開の速さについていけなかった俺たちだが、連中が出た後の扉が閉まる音ではっとして、青年――20代後半くらいだろうか、均整の取れたいかにも練達の戦士という雰囲気を醸し出している、に礼を言う。
「いえ、無事で何よりです。それにしても彼女の啖呵は素晴らしかった」
青年はそう言って爽やかに笑う。
「ありがとねー。そうそうアタイはルシアってんだ」
「オイラはチコだよぅ」
「わたくしはエレオノーラと申しますわ」
「俺はクルトだ、よろしく」
ルシアにつられてなんとなく全員で自己紹介してしまう。
「これはご丁寧に、私はレオンと言います」
「レオンってもしかして、鉄の鷲のリーダーかぁ?」
「おや、ご存知でしたか。非才の身ながらクランを預からせていただいています」
と、そこまで話したところで離れた席からレオンを呼ぶ声がした。レオンは手を振ってそれに答えると。
「それではこれで失礼します」
そう言ってこれまた爽やかに去って行った。
「……なんかこう、怒涛の展開だったな」
「とりあえずルシアさんの言葉に驚きましたわ」
「えへへー、あれが原因で村を出ることになったんだよねー」
「そういえば村長の息子の股を蹴り上げてきたんだっけぇ、おっとろしいなぁ」
「そうだ、鉄の鷲って何なんだチコ?」
ふと先ほどの会話で疑問に思ったことを訊ねる。
「ありゃ、知らんのかぁ。あのレオンっちゅうにーちゃんは鉄の鷲っていうクランのリーダーなんよぉ、確か80人以上所属してるクランらしいよぅ」
クラン――確か一つのパーティを超えるような人数が集まった集団の事だ。
「80人とは凄いですわね」
「アタイの住んでた村の人数と同じくらいだー」
「俺の村だとそれ以下だよ……」
「リーダーのパーティは深層に潜れるくらいの手練れらしいよぅ」
「それはまた別世界のお話ですわね……」
格の違いを思い知らされてなんとかく沈んだ雰囲気になりかけたが
「まぁ、アタイたちはアタイたちでやってけばいいさー」
エレンのあっけらかんとした言葉に救われた思いになる。
「そんじゃぁ、あんな奴にバカにされないためにも4層目攻略の話でもしようよぅ」
「そうですわね」
「さんせー」
「とりあえずは共有資金でパーティを強化するかを決めるか」
エレンの言う通り、俺たちは俺たちでできることからやっていこう。




