07話
「なんとか勝てたが、問題が多い戦いだったな」
「そうですわね」
「オイラもうだめかと思ったよ……」
「アタイはなんもできなかった……」
先ほどのイノシシは大きい部類に入り好戦的になってたとはいえ、あくまでも普通のイノシシだった。最初から全員が冷静に対応していればおそらく簡単に倒せる相手だったはずだ。
例えばエレンが最初の突進をしっかりと受け止めてイノシシが動きを止めたときに、残る三人で同時に攻撃すればそれだけで終わっていただろう。
「反省点は大いにあるが、とりあえずコイツを解体するか?」
「んだなぁ」
「そーだねー」
俺とチコ、ルシアがナイフを取り出して解体の準備を始める。農村出身者は動物の解体くらい普通にできるものだが、都市育ちのエレンにはそのような経験は無いみたいだ。
「あ、あのわたくしは……」
「ああ、エレンは周りを警戒していてくれんかぁ?」
「は、はい! お任せ下さい!」
水場が無いのが残念だが三人で手分けして血抜きをして解体していく、地上で売れるものは迷宮産も同じように売れるらしいので捨て置くのはもったいない。
ただ、今日みたいな様子見の場合や、帰り道でもうすぐ出口という状況じゃなければ解体は時間もかかるし、何より肉は重いので放置することになるだろう。
「こんなもんかな、それじゃ手分けして持つか」
「だがよぅ、これを抱え込んだらもう帰るしかねぇか?」
「そうだねー」
一戦しただけだが、先ほどの無様な状態に皆気落ちしているのか、今日はもう帰ろうという話になる。
「帰り道は先ほどのようなことが無いようにいたしましょう」
「次はがんばるよー」
「落ち着きさえすれば大丈夫だよ」
それぞれの体力に見合った量の肉や皮をかつぐと、ここまで来た道を戻り始める。そして一度通った道だが慎重に進んでいく。
血肉の臭いでモンスターを引きつけないか心配だったが、特に敵の気配は感じない。
行きと同じくらいの時間歩いただろうか、もうすぐ出口というところにある10フィル(10メートル)四方の小部屋に足を踏み入れた時、頭上からわずかに風を切る音がした。
『魔矢!』
いち早く気が付いたルシアの魔法により放たれた矢が音の主を狙う。ただまっすぐ飛ぶだけの魔矢は惜しくも僅かに外れたが敵は俺を襲うのを断念して上昇して逃げた。
「助かった!」
「アタイもやるときゃやるよー」
「ジャイアントバットですわね」
上空を見上げたエレンが構えを取りつつ呟く。ジャイアントバットとは胴体の大きさが成人男性の頭ほどの大きさのコウモリだ。
「こいつらも地上じゃぁ人間なんて襲わねぇんだがなぁ」
そう言いながらチコも矢を再装填したクロスボウでコウモリに狙いをつけるが、天井ぎりぎりを飛び回っていて簡単には命中しそうにない。
「あんなところに居られたらわたくしではどうしようもありませんわ」
「逃げるー?」
もうすぐ出口だし、それも一つの手か。
「オイラの矢もルシアの魔矢もあんなにちょこまか動かれたらあたらんよぅ」
眠りでもあれば叩き落とせるんだが、残念ながらルシアはまだその魔法を覚えていないはずだ。
「むー、これでどうだ! 熱風」
熱風は表面をわずかに焦がす程度の弱い魔法だが、手をかざした先から扇状に広がり広範囲に効果がある。
「キー」
熱風に包まれたコウモリが鳴き声を上げながらふらふらと降りてくる。
「いやぁああああああああ」
と、そのチャンスを逃さずエレンが振りぬいたモーニングスターがコウモリを捉える。人の頭ほどの大きさの胴体をもつコウモリがすさまじい勢いで壁に叩きつけられると床に落ちて動かなくなった。アレをイノシシに出すことができていたらそれだけで終わりだったかもしれないと思わせる、まさに致命的な一撃であった。
「こいつは売れないのー」
ピクリともしないコウモリをルシアが六角棒の先でつつきながら言う。
「確か翼が無傷なら多少に金になったはずだが……」
熱風で炙られ、その上羽虫のように叩き潰されたコウモリを見ると売り物になるようにはとても思えなかった。
「も、申し訳ありません……」
「いや、俺たちはまず敵に勝つことが重要だからさっきの攻撃はすごく良かった」
「そうそう、めちゃかっけーって感じだったよー」
ひどく申し訳なさそうに謝るエレンを慰めていると。
「こっちに箱があるよぅ」
部屋の隅からチコの声がした。そちらに目をやると鉄枠がはめられた一抱えほどもある木箱が鎮座していた。
「行きはこんなのなかったよな?」
「っていうよりも戦ってる最中もなかったよぅ……」
なんとも不思議な話だがコウモリを倒した後に突如湧いてきたとしか思えなかった。これがこの迷宮の尽きない財宝の理由なのだろうか。
「こまかいことはいーじゃん。早く開けようよー。 うわっなにすんだよー」
ルシアがおもむろに箱に近づいて蓋を開けようとするのを慌てて押さえつける。
「こういう箱には鍵や罠がかかっていることがあるんだよぅ」
「うぇえ、そういうことは早く言ってよー」
言う間もなく開けようとした自分を棚に上げて文句を言うルシア。
「んじゃ、皆はちぃと下がっててくれよぅ」
チコが俺たちを遠ざけて木箱の調査に入った。俺にはよくわからないがてきぱきと何かを確認している。
しばらくして
「鍵はかかってないみたいだがよぅ、蓋を持ち上げると針が飛び出してくる仕掛けだなぁ」
「どうするんですの?」
「んー、簡単だよぅ。こうすればいいだけさぁ」
そう言ってチコは木箱の後ろに回り込むとおもむろに蓋を開けた。すると隙間から長さ10フィー(10センチ)足らずの太い針が飛び出して壁に乾いた音と立ててぶつかり、地面に落ちた。
「ああ、わざわざ解除なんてしないでいいのか」
「飛び出すタイプのはその方向さえわかってれば発動させた方が楽だよぅ」
なるほど、確かにそうだ。
「おたからー」
俺の腕を振りほどいたルシアが今度こそ言わんばかりに木箱の中を覗き込む。
「なんかしょっぱいなー」
そう言ってルシアが箱から取り出したのは見たこともない刻印の銀貨が5枚と古びた短剣が一本だけだった。
「魔法もかかってないねー」
魔法感知で短剣を確認したようだが、10階層前後くらいまで潜らないと魔法のかかった武具なんてめったに出ないらしいから当然だろう。
「それでも戦い損になるよりはましですわ」
「んだなぁ」
その後俺たちは放り出したイノシシの肉を拾い上げると今度こそ出口へを向かった。
「おかえりなさい。ずいぶんと大物を持ってきたわね」
門のところまで戻るった俺たちを門番の二人が迎えてくれた。
「情けないことにイノシシ相手に大苦戦でしたよ」
「こうして無事に帰ってこれたのが一番、命さえあれば次に生かせば良いだけよ」
となりでドワーフの門番も頷いている。そんな二人に別れを告げて俺たちはらせん階段を登っていく。
「んー、イノシシは肉と皮を合わせて銀貨26枚。古銀貨5枚は今の銀貨で15枚、短剣は残念だけど銀貨3枚ってところね。全部で銀貨44枚、持ち出し税は銀貨以下は切り捨てで4枚よ」
税は銀貨で払っても、物で払っても良いという。ちなみにこの鑑定額で良ければこの場で換金化もしてくれる。
野宿するわけでもないので肉は邪魔だし、というか量が多すぎる。短剣も見るからに実用的なものではないので古銀貨共々換金してそのうち4枚を税として支払った。
「確かに受け取ったわ。お疲れ様、ゆっくり休んで頂戴ね」
迷宮に入るときに女性の持ち物をチェックしたという人の鑑定が終わり、俺たちは少し早いが夕食と反省会のために行きつけとしている食堂兼酒場へと向かう。
「2度戦って残ったのが銀貨40枚か……」
「これでも表層なら大分運が良い方だよぅ」
「確かに教官も表層では1戦して銀貨10枚の稼ぎになれば上出来だとおっしゃってましたわね」
今は宿代がかからないから食事代として日に銀貨2、3枚くらいで暮らしていけるが、後20日もすれば宿舎を出なければならない。そうしたら1部屋に4人詰め込まれる安宿でも銀貨3枚くらいはかかるようになる。小さくとも個室を望むならその倍はかかる。
「体力的にも、精神的にも毎日潜り続けるのは難しいって事だからますます厳しいな」
「新しい魔法は当分むりそー」
魔法もそうだが装備の更新も難しいだろう。このままじゃ日々の暮らしと武具の修理代程度でいっぱいいっぱいになってしまう。
「あまり焦ってもよろしくないのですが、やはり早いうちに表層を抜けて上層までは行けるようにしたいですわね」
「んだよぅ、上層まで行ければここまでギリギリじゃなくなるはずだよぅ」
命は大事だが、大事にし過ぎていては金がなくなってしまう。
「どこまで潜るか、潜れるかの見極めが重要になるな」
「早く火球とか使えるようになりたいなー」
そんな中級魔法を覚えられるようになるには金以外にも魔力を鍛えなければ行けないから当分先だろう。
「とりあえず、宿舎に居られるのが後20、いや19日か。その間に表層を抜けれるようにがんばろう」
「そうですわね」
「今日のコウモリの時みたいに皆が動ければ大丈夫そうだよぅ」
「エレンの攻撃がすごかったー」
「お恥ずかしいですわ」
やがて酒と料理が運ばれてきて、ささやかながら迷宮の初挑戦が無事に終了したことを祝う宴会となった。
この気のいい奴らとなら明日からもきっと上手くいくはずだ。
そんな思いと共に迷宮に挑んだ最初の日の夜は更けていった。
現在の習得済の法術/魔法
○法術
・光よ
数時間から熟練度によって丸一日松明程度の灯りをともす
自由に消すこともできるが、再度使うには詠唱と法力が必要となる
・止血
小さな、浅い傷を癒す魔法
深い傷は治せないが表面上の止血は可能
○魔法
・魔矢
標準的なクロスボウ程度威力の魔法の矢を手のひらから放つ
敵を追尾したりする能力はない
・熱風
手のひらから放射状に熱風を吹きだす
10メートルくらいまでの距離なら相手に軽いやけどをさせられる程度の威力
・魔法感知
視力に魔法の有無を判定する能力を付加する
どんな魔法がかかっているのかは判らない




