06話
「あそこが入り口のある建物か」
中央広場からやや外れたところに、頑丈そうな石造りの建物が見えてきた。迷宮は元々は野外にその入り口があったそうだが、登録者以外の侵入や、逆に勝手な財宝の持ち出しを防ぐためにその入り口の上に建物が建てられたらしい。
「さぁて覚悟はいいかよぅ」
「ええ」
「まかせろー」
などというやり取りをしつつ、扉が開け放たれたままの状態の入り口をくぐる。入り口の傍にいた兵士が無言でこちらに視線をやる。そして中に入ると少し神経質そうなやせ気味の中年の男がカウンターに座っていた。
「迷宮の挑戦者なら左手の部屋で荷物検査を受けてからどうぞ」
愛想のかけらもない声の指示通りに進む。現役または引退した冒険者が主体となって運営している育成所と違い、迷宮自体は国が管理しているという、その辺がこういった対応の違いに出ているのだろうか。
部屋の中に入るとさらに男女別に分けられて所持品をチェックされる。手に入れた財宝の1割を税として徴収するためとは言え面倒なことだ。
その割になんとなくおざなりな感じで検査されると、行っていいぞという風にあごで先にある扉を示される。内心ちょっとイラつきながら部屋を出ようとしたときに。
「貧乏臭い連中だな、ろくなモンもってやしねぇ」
聞こえよがしにそんなことをぼそりとつぶやいたので、流石にキレそうになったが
「ほら、クルト行くよぅ」
状況を察したチコに手を引っ張られて連れていかれた。
「そんなことがあったのですか」
「こっちは優しいお姉さんだったよー」
「世の中たまには嫌な奴も居るもんだよぅ」
合流したところで先ほどの話をしたが、どうやら女性担当の検査官は良い人だったらしい。こっちがたまたまハズレだっただけという事か。
「それよりもいよいよ迷宮ですわ、気を引き締めて参りましょう」
確かにその通りだ、俺たちは装備や道具を念入りに確認するとついに地下へと続く扉を押し開けた。
扉の中には幅1フィル(1メートル)ほどの石造りのらせん階段が地下へと向かって伸びていた。
「意外と狭い階段だな」
「そうですわね」
「モンスターが一斉に上がってこれないようにかねぇ?」
「うっひょー」
相変わらず一人だけ噛み合ってないが、そんな風に話しながら階段を下りていく。階段全体がぼんやりとした光を発しているのか、ろうそくなどの灯が無いのに足元が見えないなどということは無い。ただし、そこまで先が見通せるわけではなく、うっすらとした月明かりくらいだろうか。
はっきりとはわからないが10フィル(10メートル)ほどは地下に降りたところで階段は終わったおり、その先にはしっかりとした鉄格子状の門があり、人影が二つ見える。
「あら、ずいぶんと遅いお客さんね。それに初顔かしら?」
そこの門番らしき人間の女戦士に声をかけらえる。もう一人の門番のドワーフの男はむっつりと黙ったままだ。
「あぁ、今日がはじめてだよぅ」
「それに恥ずかしながら実戦自体も初めてですわ」
「新人さんか、歓迎するわ。ここは運と実力次第で様々な可能性が広がっている場所よ。でも、最初は無理をしないでね。危ないと感じたらここに逃げてくれば私たちがなんとかするわ」
モンスターが街へ上がるのを防ぐ目的かと思っていがが、どうやら俺たちみたいな初心者の救済もしてくれるようだ。
「その時は頼みます」
「100匹くらい連れてきたらごめんねー」
「あはは、100は流石にきついわね。でも表層――、第4層まではモンスターというよりほとんど動物しかいないから囲まれたりしなければ大丈夫よ。どういうわけか皆狂暴化しているけどね」
そのあたりは一応講義を受けている、なぜそうなのかは未だにわからないそうだが。
「なんにせよ気を引き締めて行って参りますわ」
「またねー」
そう言って門番と別れようとしたとき
「どんな時も冷静さを失うな。戦うにしろ、逃げるにしろそれが一番重要だ」
それまで無言だったドワーフがぼつりとつぶやく、その助言は師匠のソレと同じであり、当たり前であるが常に忘れてはいけない事だった。
「肝に銘じます」
そうして俺たちは今度こそ門番の傍を離れて迷宮の中へと進んでいく。
「さて、それじゃあ――『光よ』」
早速育成所で習った二つの法術のうちの一つをつかう、これはしばらくの間松明程度の明るさの光球を作り出すことができる法術だ。俺は作り出した光球をパーティのやや前方の高さ3フィル(3メートル)くらいの場所に浮かべる。効果時間は術者の能力に左右されるが最低でも鐘みっつ分(6時間)は持つらしい、熟練すると一日持つようになったりするとか。
そしてもう一つの法術は止血というもので骨折や、傷の深い場所は治せないが小さな傷は治し、そうでない傷も止血だけはしてくれるものだ。
ちなみにこの二つの法術は訓練所で無料で教えてくれるが他の法術を習得したい場合は下級法術でも銀貨100枚以上、上級となると1000枚を超えるものもあるそうだから慎重に選ばないといけない。
「んじゃオイラが地図の係りだなぁ」
元細工師だけあって器用なチコの描く地図はとても綺麗で見やすく、全員一致でこの役目となった。一応地図は売られているが1階層目で銀貨10枚ほど――階層が探いほど高くなる、で今の俺たちが買うには少々値が張る。もし表層分全部買うとなると結構な金額になる事もあり自分たちで描くことにした。
「それではわたくしが先頭を行きます」
「んで、俺が後ろだな」
「アタイとチコは真ん中ー」
と、まぁ準備を終えるとそんな隊列で進んでいく。今日は特に攻略するという目的があるわけでもなく迷宮の雰囲気を確かめるという程度なので、出入り口の付近の地図を作りがてら歩き続ける。
表層は100フィル(100メートル)四方程度と聞いていたが通路や小部屋で入り組んでおりかなり広く感じる。そして鐘四半分(30分)ほど歩いた時に、前方から複数の足音が聞こえてきた。
「結構な数だよぅ、人型なら5体以上は確実だよぅ」
チコが床に耳を付けてそう判断する。
「どういたします? 逃げましょうか?」
「ブッコロセばいいじゃんかよー」
「うーん、流石に数が多いか……」
いきなり想定外の数にどうしようか考えあぐねていると
「あぁ、大丈夫だよぅ。普通に人間みたいだよぅ」
音を聞き続けていたチコのそのセリフに少し肩の力が抜ける。それでも緊張したまま武器に手を置いて構えていると前方から人の一団がやってきた。しかしどうも二人ほどを除いて冒険者という感じがしない。
「失礼ですが、何をされているのでしょうか?」
一段とすれ違う時に先頭に居た戦士風の男にエレンが声をかける。
「ああ、我々は迷宮観光だよ。俺とアイツはガイド兼護衛って奴だ」
といって最後尾のこれまた戦士風の男を指す。その2人の間には8人ほどが2列になっている。護衛以外は揃いのショートソードを下げているがおそらくお守りみたいなもんだろう。
その後は特に話をするでもなく観光の一団と別れた。
「話には聞いてたがぁ、本当にいるんだなぁ」
「慣れた冒険者の方にとっては一層目はその程度なのかもしれませんわね」
「アタイならもっと面白いとこいくけどなー」
「皆身なりがよかったし、金持ちっぽかったな。俺たちとはどこか考えが違うんだろう――、ん、なんか獣の臭いが?」
観光の一団とすれ違ったのちにそんな会話をしていると、どこからかわずかに獣臭が漂ってきた。
「四足の生き物が前方の方に居るよぅ、多分一匹、こっちに来るよぅ!」
先ほどと同じく素早く地面に耳を付けたチコが報告する。その言葉に緊張が走り、各々武器を構える。初めての実戦を前に剣を握る手が震えるのを抑えることが出来ない。
やがて体長150フィー(150センチメートル)はあろうかという大きなイノシシがその姿を現した。普通の猪ならば人間の集団を見かけたら逃げていくが、目の前のヤツは怒りに燃えるような目でこちらを見ている。そして――、わずかに身を沈めたかと思うとすさまじい勢いでこちらに突進してきた。
「き、来たぞ!」
俺はそう声を上げたが、頭が真っ白になってしまいどうしていいかわからない。獣を狩るのは故郷の森でやったころとがあるし、イノシシだって一度だけだが狩ったこともあるがこうして『戦う』というのは全くの別物らしく体が思うように動いてくれない。
「うわぁ!」
突進してくるイノシシに向けてチコがクロスボウの矢を放つが、冷静さを欠いて発射された矢は的を外れて地面を叩く。しかし、イノシシはそれに反応してチコに狙いを定めたようだ。小柄なチコがその数倍の重さもあるようなイノシシにぶつかられたら命が危ない!
「ルシア! 魔法で援護しろ!」
「え、あ……」
だめだ、クソッ間に合わねぇ!
俺はイノシシの突進を止めるべく、横から切り付けようとするが間に合いそうにない。チコは矢の装填されていないクロスボウを持ったままで短剣に持ち変えることもせずに呆然としている。
「やぁああああああ!」
これまでかと思ったときにギリギリでエレンがイノシシとチコの間に割り込む、しかし十分な体勢ではなかったため、弾き飛ばされる。
だが、わずかに稼いだ時間で我に返ったチコがなんとかイノシシの進路から転げるように逃げ出すことが出来た。
イノシシはそのままどこかへ走り去らずに、離れたところで止まるとこちらに向き直して様子をうかがっている。
俺が周りに目をやると、六角棒杖を構えたまま固まっているルシア、弾き飛ばされてなんとか立ち上がろうとしているエレン、そして起き上ってはいるが短剣しか持っていないチコ――巻き上げ式のクロスボウは準備に時間かかりすぐには次の矢が撃てないのだ。
『俺がなんとかするしかない』
そう結論付けるとイノシシへと剣を向ける、しかしどうにかして奴の狙いを俺に変えないとどうにもならない。しかし今の俺は飛び道具を持っていないし攻撃に使えるような法術も覚えていない、あるのは右手の剣と左手の丸盾……、そうだこいつがあった!
「おらっ、これでも食らえ!」
俺は左手の丸盾をイノシシへと投げつける、利き腕でもない左手で投げた盾は命中するわけもなく、奴から少し離れたところに乾いた音を立ててぶつかる。まぁ、仮に当たってもほとんどダメージは無いだろうが。
しかし、それでも当初の目的は果たせたようでイノシシの向きが俺へと変わった。
さぁ、来やがれ――。
およそ10フィル(10メートル)ほど先で停止していたイノシシがみるみる速度を上げて接近してくる。
これに対して切付けるのはダメだ、俺の腕じゃ高速でとびかかってくるイノシシにうまく合わせられる保証が無い、となれば危険だが突きしかない。
俺は両手で剣をやや下向きに構えると腰を落としてイノシシを待ち受ける。
イノシシはもう少しで剣の間合いというところで突如飛び上がった。実際には俺の胸の高さくらいだったのだがその時には頭を飛び越えるんじゃないかという風に見えた。
慌てそうになる心をなんとか鎮めて、切っ先をイノシシのとびかかってくる先へと向ける――。
ガツッっという激しい衝撃で剣から手を放してしまうと、更にイノシシにぶち当たられて後ろに吹き飛ばされた。
しかし予想したその後の衝撃はなく、背中を何かに受け止められる。振り向くとエレンが俺を受け止めてくれていた。
「イ、イノシシは!」
「大丈夫ですわ、あれをご覧になってください」
エレンが指さす先を見ると、頭の下の首元から剣を生やしたイノシシが俺にぶつかったままの姿で横たわっている。
どうやら俺たちはなんとか勝ったようだ。
これで先行して書いていた分は品切れでしばらく間があきそうです。




