05話
すいません、迷宮は結局次話に
カンッと木製のカップをぶつかる音と共に、4人のそれぞれのお疲れさまという言葉が重なる。今夜は訓練が無事に終わったことを祝してのささやかな宴会だ。
「全員無事に終わってよかったなぁ」と、チコがルシアをちらっと見ながら言うと
「そうですわね、一時はどうなる事かと思いましたわ」エレンもそういってルシアを見て上品に笑う
「んだよー……」
二人の言葉にルシアが少しふてくされる。まぁ、実際訓練を投げ出して飛び出していきそうな事が何度もあったから仕方ない。魔術を使えるようになるための感覚を覚えるのがどうにもうまくいかずに苦労していたようだ。ただ、流石エルフというべきか一度それを覚えた後は魔術の教官――あの、ちょっとおかしい感じの婆さんも感心するくらい上達していたようだが。
「なんにせよ、明日からはついに迷宮に挑戦だな」
「そうですわね、でもその前に装備などの買い出しをしませんこと?」
「んだなぁ、皆武器は――ルシアを除いて持ってるようだが、防具や迷宮で必要になるような道具類はさっぱりだしなぁ」
「んでもよ、アタイ金なんてほとんど持ってないぜ? んーと、銀貨が2枚に後は銅貨がちょこちょこって感じだ」
ルシアが金入れの中を見ながら言う。銀貨2枚とか安宿に一日泊まることもできないだろうに、よくこの街まで来れたもんだ。
「流石に銀貨2枚じゃどうにもならんよぅ……。そうだ、皆の金を集めて装備買わないかぁ?」
「そうですわね、パーティは一蓮托生と申しますし」
「クラスによって必要な金は違ってくるしな、それにルシアを素手とその服だけで迷宮に潜らせるわけにはいかないだろう」
三人で笑う。
「ちなみにオイラの持ち合わせは銀貨250枚くらいかなぁ」
「わたくしは150枚というところでしょうか」
「俺は二人よりだいぶ少なくて50枚をいくらか超えるってところだ……」
「併せて450枚ですけれども、今後のことも考えると50枚くらいは残した方が良さそうですわね」
「すっげーな、アタイは銀貨なんて30枚より多い数みたことねーよ」
俺も2年前から村を出るために必死に金を貯め始める前までは同じようなものだったなと、ふと思い出す。まぁ、2年頑張って溜めても80枚かそこらにしかならなかったが。
「ところで報酬の分配はどうする? 教官もそのあたりはちゃんと決めてから潜るようにしないと後で揉めるって言ってたけど」
「フツーに四等分でいいんじゃね?」
「そうですわね、そうするのが一見平等ですけれども……」
「さっきも話が出たんけど、クラスで必要な金ってのが違うんだよぅ。オイラみたいな盗賊はそんなに金がかからんが、パーティの盾役を務めるエレンは防具が、クルトとルシアは法術や魔術を習う費用がでかいんだよぅ」
「はー、そんなもんなのか」
ルシアのこの気楽さはいっそ清々しいものがある。
「そうだな、それじゃ迷宮で得た収入の半分をパーティの共有として残りを均等に分けるってのはどうだ?」
「よろしいのではないでしょうか」
「オイラも賛成」
「アタイはよくわからんからそれでいいよー」
約一名いい加減な答えだったが、特に反対もないのでそれで決まった。また、装備品に関しては必要な者がそのまま使えばよいという話になった。
明けて翌朝、エレシアさんに相談したところ、武具の類は予算が少ないなら中古を多く取り扱う店が良いだろうという事で紹介してもらう。また、雑貨の類もその隣にある店で揃うという事であった。
「こういうのってなんか懐かしいわね、15年前にここに来たばかりのころを思い出すわ」
「15年前って、エレシアさんって一体何歳何ですか?」
「ふふふ、それは秘密よ」
などという会話をしつつ育成所を送り出される。
「最初に雑貨屋の方に行った方がいいよぅ。先に武具を見ちまうと予算ぎりぎりまで使っちまうからよぅ」
チコはパーティで一番なりは小さいが、歳は22らしく最年長で、ここに来る前は細工師をやっていたという事もあり、金の使い方なんかは一番頼りになる存在だ。それがどういったいきさつで冒険者になろうと思ったのかは未だに謎だが。
「そうですわね、頼りにしていますわチコ」
「してるよー」
そういうわけでパーティの共有財産はチコの管理となっている。
そうしているうちに雑貨屋に到着して中に入る。
「いらっしゃいマセ」
店の中で出迎えたのはリザードマンの娘だった。流石にもう亜人にも慣れており驚くことは無くなったが、それでもリザードマンは珍しい部類に入る。
「オイラ達は今日初めて迷宮に潜るんだがよぅ、必要なものを一通り揃えてくれんかぃ?」
「4名様ですね? わかりまシタ、しばらくお待ちくださいマセ」
チコが店員にそう頼むと、リザードマンの娘が手慣れた様子で店内から品物を集めていく、揺れるしっぽがなんとなく可愛らしい。
やがてカウンターの上に一通りの商品が並べられた。松明、火打石、方位磁石、包帯、保存食、ロープ一束、2フィル(2メートル)ほどの長さの棒、作業用の小型ナイフ数本、などなど。
「コレでいかかでしょうカ?」
「灯りは法術で済ませる予定なんだけど」
「ソウ言われるお客様は多いのデスが、怪我や法力の枯渇で使えない時もゴザイますし、法術の光では炎を嫌うモンスターには効果がありまセン」
「なるほど、理に適っておりますわね」
確かにそういわれるとそうだ。ここは専門家の意見に従って購入をしておこう。
「ありがとうございマス、全部で銀貨25枚となりマス」
特に高価なものがあるわけではないが、これだけ買えばそこそこの値段になるみたいだ。チコが得に値切る様子もないところを見るとぼられてるわけでもないのだろう。
「またのゴ来店をお待ちしておりマス」
支払いを済ませ、各々分担して荷物袋に買ったものを詰め込むと俺たちは店を出た。次はすぐ隣の武具を取り扱っている店だ。
「らっしゃい!」
今度の店の店員はドワーフの親父だった。俺はこの街に来るまでほとんど亜人を見たことなかったから、都市ではこのくらい居るのが普通なのかと思っていたが、エレンが言うにはここは特別多いらしい。エレンの住んでいた街や王都でもこれほどの割合では居なかったそうだ。
「うおー、色々あんなー」
ずらりと並んだ武器や防具に子供の様に目を輝かせるルシア。とりあえず彼女はそのまま放っておくとして、事前に決めたとおりまずはエレンの防具をから選ぶことにした。
「最初に彼女の防具を見繕ってくれないか? 予算はかなり少ないんだが……」
もともとの予算が銀貨400枚、道具類で25枚使ったから残りは375枚だ。他のメンバーの防具も必要だからエレンにかけられるのは175枚あたりがギリギリだろうか。
「うーん、そうさなぁ……。だとしたら中古の、皮鎧かねぇ。金属鎧はスケイルメイルの中古でも銀貨200枚近くするぞ?」
「皮鎧だとどんなもんだよぅ?」
「そだなぁ、その姉ちゃんのナリに合う奴っていうとあんまり種類はねぇが……。そうだ、ちょうど良さそうなのがひとつあったな、倉庫から持ってくるからちと待ってろ」
エレンの防具は重要ではあるが鎧だけで予算の半分以上は厳しいのでここは皮鎧に落ち着くことになりそうだ。
「おう、またせたな」
そういって親父は奥からかなり大きな皮鎧一式を持ってきた。
「ちとくたびれてるが補修はきちんとしてあるし、モノは悪くないぞ」
厚手の皮を使っており、鎧の目利きなんてできない俺にもなかなかいいものであるというのはわかる。
「んで幾らなんだよぅ?」
「そうだなぁ、銀貨120枚、と言いたいところだが100枚にしておいてやろう。代わりに他にも買ってくれよ」
親父は俺たちのいかにも初心者というナリを見てまけてくれたようだ。
「ありがとうございますご亭主様」
「お、おう……。いいってことよ。さぁどんどん選んでくれ」
エレンの冒険者らしからぬ言葉使いに一瞬戸惑うが、流石商売人らしくすぐに髭面に満面の笑みを浮かべる。
「おーい、これ買ってくれー」
と、その時ルシアが何やら抱えて走ってきた。どういう訳か両手持ちの両刃の斧だ。いろいろ間違ってるとしか言いようのない選択である。
「お前なんでそんなもん持ってきたんだ。そもそも育成所で習ったのは杖術だろ?」
「だって、かっこよかったから……」
お前は子供かと言いたくなるのをぐっとこらえて斧を元の場所に戻させる。
さて、それでは一通り防具を揃えますかね。
「これで全部か、戦士のねーちゃんが皮鎧に大盾、兄ちゃんの方が同じく皮鎧に小型の丸盾、盗賊の兄ちゃんがハーフいリング用の皮鎧、ハーフエルフの姉ちゃんが六角棒、長さは2フィル(2メートル)弱ってとこか。んで、それとローブだな」
親父に意見を聞きつつ選んだ品々がカウンターの上を占拠するように並んでいる。ちなみに一番高いのはエレン用の皮鎧だが、次に値が張るのは以外にもルシア用のローブである。
これは縫製用の糸に魔力を練りこんだもので銀貨80枚ほどする。わずかではあるが防御力、魔法防御、魔法威力を向上させてくれる。
ちなみに縫製糸だけでなく布もすべて魔法糸でつくられたローブはこの数十倍の値段らしい。いつかそんなものを買えるようになりたいものだ。
「んじゃ銀貨385枚、確かにもらったぞ」
若干予算を超えて予備費を使ってしまったがチコが言うには「このくらいのオーバーは想定内だよぅ」との事なので安心している。
早速店内の一角を借りて装備を身に着けていく。よくよく考えたら鎧を着るのは初めててで勝手がわからずにいるとエレンが何も言わずに手伝ってくれる。
「ありがとう」
「いいえ、仲間なんですから当然ですわ」
こんなに良い人過ぎると騙されたりしないか少し心配になる。
「それじゃこんなもんかよぅ」
中古のそれも皮鎧やローブとはいえ、全員で防具を身に着けるとやっと冒険者らしい格好になった気がした。
「おっちゃんまたなー」
「ああ、無事にまた来いよ」
店を出がけにルシアがぶんぶんと腕を振り親父に挨拶をしている。
外に出るとちょうど六つ鐘(12時)が鳴るところだった。
「それでは今日はどういたしましょうか?」
「んだなぁ、ちと遅いが買うもんかったしさわりだけでも迷宮に入ってみるかぁ?」
普通パーティは朝早く、大体4つ鐘(8時)前には迷宮に入るらしいが買い物やらなにやらで今日はこんな時間になってしまっていた。
「アタイも一度見てみたい!」
急がずともこれから毎日のように拝むことになるのだが、その気持ちは俺も良くわかる。
「そうだな、様子見って事で行ってみるか」
「はい」
「いいよぅ」
「よっしゃー」
俺たちは初めての迷宮挑戦へと向かうことになった。この街に着いてから11日目の事である。