04話
避けては通れぬ説明回
四人が待合室に集まったところでエレンさんが切り出す。
「折角ですし。皆さんで自己紹介いたしませんか? わたくしは人間でエレオノーラと申します。是非エレンと及び下さい」
「オイラはハーフリングでチコってんだぁ」
「俺は人間でクルトだ」
「アタイはハーフエルフのルシア!」
エルフではなく、ハーフエルフというやつだったのか。でもなんかこう、聞いた話や物語に出てくるエルフとは趣がだいぶ違う気がする。
「とっころで皆は試験どうだったー? アタイは魔術の才能って奴が中級程度って言われた以外はさっぱりだったよ」
ルシアさんがそう言ってカラカラと笑う。
「あら、ルシア様は魔術が使えますの?」
「うぇ、様とかやめてよー。ルシアって呼んで、他の二人もさ。つーか皆、様とかさんとかつけないで呼ぼうよ。同じ日にここに来たんだし」
「オイラは賛成、どうも人間って名前に余計なものをつけたがるんだよぅ」
「俺は別にいいけど」
「あまり呼び捨てにするのは慣れていませんが、皆様がそうおっしゃるなら努力いたしますわ」
とまぁ、お互い呼び捨てで呼ぶことになった。チコとルシアは置いておいてもエレンさん――いや、エレンを呼び捨てするのはなんかこう抵抗があるが。
「んで、皆はどうだったんだ? アタイはさっき言ったように魔術の才能って奴がそれなりにあるだけみたいだ、武器なんて生まれて初めて握ったよ」
「魔術が使えるんですの?」
「いんや、まったく。親父がエルフらしいんだが生まれてこの方一度もみたことねーし、お袋は普通の農家の娘だし」
「それでよく冒険者になろうなんて思ったな、というかよくこの街まで一人で来れたもんだ」
「お袋が最近死んじまってさぁ。それはまぁ仕方ないんだが。村長の嫌な息子の嫁に無理やりされそうになったんで逃げてきたんだよ。襲われそうになって金玉蹴り飛ばして、そのままトンズラだ」
なんかこう重いはずの内容をやたらとあっけらかんと語るルシア。
「んで、行く場所もなかったんだけど。親父がエルフらしいしなんか適当に魔法でも使えるようになるんじゃないかと思って前に行商人に聞いたここに来たって寸法さ」
「それはまた思い切ったもんだよぅ。んで、オイラの試験の結果はクルトには言ったけど盗賊技能以外はからっきし、武器は短剣と石弓がそこそこ使えるってくらいかなぁ」
「見るからに器用そうですしね。わたくしは残念ながら法術、魔術、盗賊ともに見込みが無いという事でしたわ。接近戦は盾と鉾の使い方がなかなか上手とお褒め頂きましたが」
ルシアが魔術、チコが盗賊、エレンが戦士という感じだろうか。
「俺は片手剣が少々使えるってのと法術が初級なら覚えられそうって話だったな」
「つまり、法術戦士という訳ですのね、羨ましいですわ」
「まだ法術をやると決めた――」
「なんかカッケーじゃん、法術戦士って。アタイも魔術の他に武器でも習おうかなー」
俺の言葉にかぶせるようにルシアが言う。禿のおっさんに勧められたこともあるし、ちょっと良いかなという気になってくる。
「戦士、法術戦士、魔術師、盗賊ってけっこういい組み合わせなんじゃないかなぁ。三人がよけれがオイラ達で組んでみないかぁ?」
「そうですわね、他にパーティを組むあてがあるわけでありませんし、わたくしは賛成ですわ」
「アタイもあんたらは良い奴っぽいから、一緒にやってみるのも面白そう」
「俺も、そうだな。イチから仲間を集めるよりはいいか。というか普通はどうしてるんだろうな?」
その辺のところは師匠からよく聞いてなかった。師匠は迷宮都市に来る前からそもそも冒険者であって、その仲間と迷宮に挑戦するようになったと言ってたし。
まぁ、これも一つの縁というやつかもしれないな。
「物語の中でしたら、酒場で仲間を募ったり、偶然の出会いからパーティを組むようになったりしてましたわ」
「ふーん、まぁ同じ日にここに集まったってのも偶然っちゃ偶然かなー」
「それじゃぁ、先のことは判らないけど、訓練が終わったらとりあえず四人でパーティを組むって事がいいかよぅ?」
「もちろんですわ」とエレン
「りょーかい」とルシア
「よろしく」と俺
「どうやら話はまとまったようね」
四人でパーティを組む約束をしたところで、いつの間にか待合室に居たお姉さんがが声をかけてきた。おそらく本職の盗賊なのだろう、まったく気配に気が付かなかった。
「ええ、この日に集まったというのも何かの縁ですし、組み合わせとしてもよろしいのではないかということですわ」
「まぁ、あなたたちは運が良いわよ。同じ日の入所者は一人だけとか、全員戦士だけとかってのも良くあることだし」
魔術や法術の技能の希少さからすればそういうこともあるんだろう。
「そんなもんなのかよぅ」
「アタイにかかれば魔術なんて軽いもんよ」
「お前は適性があるってだけでまだ術が使えんだろ」
「大丈夫、きっとすぐに覚えられますわ」
と、再び話が盛り上がり始めるが。
「はいはい、そこまで! これからあなた達がこれから泊まる部屋に案内するわね。四人部屋だけど今はそこまで入所者が居ないから二人ずつ二部屋使えるわよ」
そして、これから入所者が多くなったりしたら同居人が増えることもあると言われる。
「チコさんとクルトさんはこの部屋ね。エレオノーラさんとルシアさんはこっちよ」
三階の一角の隣り合ったふた部屋へ案内される、特に男女で大きく場所が違うわけでもないようだ。
「はい、鍵はこれね。食事は出ないし炊事場もないからどこか外で食べてくるなり、買ってくるなりしてね。明日の四つ鐘(午前八時)になったら一階に来て頂戴今後の予定なんかを話すわ、あとそれまでにどんな技能を覚えたいかも決めておいて頂戴ね」
それじゃまた明日、と言い残してお姉さんは去って行った。
「まぁメシでも食いに行くかぁ、オイラが昼メシを食べた店で良ければ案内するよぅ」
俺を含めた三人は夕方前後に街に入り、そのあたりに詳しくないのでチコに付いていくことにした。明日からの訓練はどうなるのだろうか……。
「それでは今日は迷宮に関する基礎知識の座学を行います。明日からは先ほど聞き取りをした技能の習得が中心になります。それでは誰がどの技能を学ぶか確認をしておきますね」
エレシアさん――、受付のお姉さんの名前だ、が一つ咳払いをしてから続ける。
「チコさんが短剣、弩、盗賊。クルトさんが片手剣、盾、法術。エレオノーラさんが鉾、大盾。そしてルシアさんが杖、魔術となっています。」
昨日の夕飯の時にお互い話し合ったのでそのあたりは皆わかっており、誰も声をあげる者はいない。
「それでは今日の座学は私が担当します」
エレシアさんのその言葉で講義が始まる。最初に迷宮の歴史といった話があったが、この辺りは師匠に聞いた内容通りであった。
「――では次に迷宮の基本的な構造の話に移ります。迷宮は現在19層目までが確認されています。正式な呼び名ではありませんが4層ごとに1から4層目までを表層、5から8層目までを上層、9から12層目までを中層、13から17層目までを下層、18層目以降が深層と呼ばれています。なぜ4層ごとに呼び名が付いたかというと、そこを境に生息するモンスターの強さが一段上がるからです。」
と、ここでエレシアさんが一口水を飲む。
「表層は初心者向けと呼ばれる層で、観光客も護衛を付けて入ったりするくらいの場所でおおよそ100フィル(100メートル)四方と言われています。またこれはすべての層で同じですが通路の幅は5フィルとなっています。皆さんはまずはこの表層の4層目にある転移装置を目指すことになります。転移装置というのは1層目と4層目以降の各層にある転移装置同士で移動できるようになるというものですが、認証を受けた転移装置までの階層でしか使えません。ちなみに認証をうけると――」
エレシアさんが左手の甲を俺たちに見せる、そこには少し読みにくい形だが数字の『16』という文字がインクで書かれたように浮かび上がっていた。
「まぁ、こんな感じで刻まれている数字の階層までの転移装置が使えるようになります。ちなみにこの認証は1層目の転移装置で消すこともできますのでご安心を。もっともそうしたら転移装置が使えなくなるので消すのは迷宮探索を諦めた人くらいですけどね。あ、そうそう、転移装置のある部屋には下の層へ通じる階段もあります。」
更に続くエレシアさんの説明を要約すると。
上層以降は各層の広さが上層が200フィル四方、中層が300フィル四方、下層が400フィル四方、そして深層が500フィル四方となっている。
4層ごとに門番と呼ばれるその層にしては強力なモンスターが転移装置の手前の部屋を守っている。
そして驚くことに月に一度、その階層と同じ数字の日に迷宮の構成が変わるという。
「最初にこの構成が変わった日は、それと知らずに多数の冒険者が探索をしていたのですが、一人を残して動き回る床や壁に押しつぶされて亡くなったそうです。皆さんもくれぐれも注意してくださいね」
なんとも恐ろしい話だ。
「最初に知っておくことはこんな感じかしらね。何か質問はありますか?」
その言葉にチコが声を上げる。
「迷宮は全部で何層目まであるんかぁ?」
「それは未だにわかっていないの、8年前に到達した19層目が現在確認されている一番深い層よ、ちなみに現在は19層目に潜れる冒険者は居ないのだけれどもね」
「それはどうしてですの? 迷宮が発見されてから80年経っていると伺いましたが、そしてこれだけ数多くの冒険者が挑んでいますのに」
「毎月迷宮の構成が変わるとか下の層ほど広いっていうのもあるのだけどもね、一番大きな理由は単純に深層――、17層目以降のモンスターが異常に強いのよ。下層までは手練れの冒険者なら1パーティで敵の一群を倒すことが出来るのだけれども、深層では1パーティで1体を相手にするのがやっとという敵に変わるの、そして敵は1体だけではなく複数出現することもあるから当然1パーティでは歯が立たず、複数のパーティ、通称アライアンスを作って挑まざるを得ないのよ」
対処法がわかっているならそうやって探索すればいいんじゃないかと思って、その事を聞いてみる。
「うーん、確かにそうなんだけどね……」
エレシアさんがそういってちょっと考えた後に言葉をつづける。
「現在迷宮に挑んでいる冒険者は大雑把に言って1000人ほど、そのうち上層以下へ行けるものが800人、中層以下へ行けるものは400人、下層以下へ行けるものはさらに減って100人ほど、そして深層の敵と戦えるのは30人を超える程度と言われているの。深層へ挑めるのは30数人しかいないし、それも別に一丸となって行動しているわけではなくそれぞれ個人やパーティの思惑で動いているからなかなか探索が進まないのよね」
それに、下層のモンスターを倒せればかなりの儲けになるから危険度が上がる深層を無理に攻略しようというパーティは少ないという事だった。
「そうだひとつ言い忘れてたわ、地上では意思疎通が可能な種族でも迷宮では一切話が通じないわ。理由はわからないけどモンスターは倒すか、さもなくば逃げるしかないって事を忘れないでね。」
エレシアさんのその言葉でひとまず午前の講義終了した。午後からはパーティとしての必要な知識、そして明日から実技の習得となる。
次からやっと迷宮に行けそう