03話
「それじゃあ――。次はクルトさんね」
受付のお姉さん(いまだに名前を知らない)が奥の部屋から俺を呼ぶ声がする。先に呼ばれたハーフリングのチコさんは更に別の場所に行ったのか、部屋から出てくる様子はない。
「は、はい」
緊張ですこしどもりながら返事をすると、俺は呼ばれた部屋の中に入っていった。
「おう、ボウズよろしくな」
2フィル(2メートル)四方あるかどうかという小さな部屋の中には、お姉さんの他に全身筋肉という感じの禿のおっさんが居て、部屋の小ささと相まってものすごい威圧感を感じる。てっきり格闘術の教官かなにかと思ったが法術士らしい、別に法術士はひ弱であるという必要はないと思うがこれはちょっと無いんじゃないだろうか。
「まぁ、びびるなって。とりあえずそこに座んな」
おれはそのおっさんの指示に従って部屋の真ん中に置かれた椅子に腰を下ろす。するとおっさんは集中するように目を閉じて分厚い板みたいな手のひらを俺の額に向けた。
おっさんの手から何か出ているのか、頭の中を探られているようなぴりぴりとしたむず痒い感じがする。
しばらくそのまま念じていたおっさんが手を下ろして目を開けた。
「ふむ、どうやらボウズには法術の才能があるようだな」
「あら、よかったわね」
「俺の見立てだと初級法術は完全に習得できるくらいの才だな、修練次第では中級法術の一部もなんとかって感じか」
「初級ですか……」
俺がちょっとがっかりしたように言うと、
「おいおい、法術や魔術は適性持ってるやつが少ないんだぞ。初級を習得できる奴ですら10人に一人いるかどうかだ、中級で30人に一人、上級だと50人に一人も居ない」
「そうよ、それに法術士は盾役と並んでパーティ全体の耐久力を決める大事な要素なのよ」
「でも、俺は戦士になろうかと……」
「なーにいってるんだボウズ!」
そう言っておっさんは俺の肩を叩く、本人は軽くのつもりなのかもしれないがずしんと体に響いてかなり痛い。
「んなもん法術も剣術も両方学べば良いだけだ。ワシだってこう見えて白兵戦の心得があるんだぞ」
こう見えてもどうも、法術士じゃなくて化け物じみた戦士にしか見えないが。
「それに、さっきも言ったが法術を使えるものは貴重だ、おそらく駆け出し冒険者ではなかなか捕まえられんだろう。そうするとなると霊薬で代用するしかないが一番安いモンでも安宿一泊分くらいはするぞ? まさか毎回無傷で済むわけでもないし、たとえ初級とはいえ法術が使えるのは大きいぞ」
確かにそうかもしれない。師匠もパーティには専門職と器用に立ち回れる両方が居た方が良いと言っていたし、俺がそんな器用なことができるかどうかはわからないが。
「せっかくだから考えてみます」
俺のその言葉で法術の確認は終わりになり、次なる検査のために移動することとなった。
「こちらに参りなさい」
白髪にローブをまとった上品な老婦人という感じの女性が現れて俺を案内してくれている。
「どこに行くんですか?」
「地下よ」
老婦人はそう言うと廊下にある扉を開け、その中にあった階段を降り始める。階段は真っ暗だったが彼女が何か唱えると頭上に光球が浮かび上がり辺りを照らし出す。もしかしたら魔術師なのかもしれない。
「さぁ、お入りなさい」
およそ一階分の階段を降り切った先には再び扉があり、彼女がまた何やら唱えるとがちゃりと鍵の開く音がした。そしてその扉を通って中に入るとさっきの法術の検査をした部屋とは打って変ってかなりの広さの部屋が広がっていた。10フィル(10メートル)四方はありそうな部屋には、なんだかよくわからないようなものが所狭しと置いてあり、広さの割に手狭に感じる。
「これから魔術の適性を確認しますよ。魔術は法術と違って結構面倒なのよ。ほら、そこに座って」
俺は促されるままに椅子の座ると、彼女はなにやら紐のついた道具を俺の頭にかぶせる。
「あの、これは?」
「それで魔術の能力を測るのよ。すぐ終わるからじっとしていなさい」
目まで覆う道具に少し不安になったが、言われた通り大人しくしていることにした。なんとなく彼女には逆らい難い雰囲気がある。
「それじゃ始めるわよ。ちょっとピリッとするかもしれないけど男の子なんだから我慢なさい」
言うや否や壁にある何かの装置を操作する。するとピリッどころかバチッっというような痛みを感じる。
「いたたた」
「痛くない、痛くない」
最初は上品な老婦人という感じがしていたのに、何か違う気がしてきた。必死に耐えているとやがて、すっと痛みが消え、頭の道具も取り払われた。
「終わったわよ。残念ながらあなたには魔術の才能は無いようね。まぁ痛がった時点で判っていたけど」
それならその時にもう止めてほしかった……
「さっきのは体に、特に頭に魔力を流してその反応を調べていたの。魔術の適性ある子は魔力を受け入れて痛みは感じないのだけど、適性が無い子はちょっと痛いみたいね。まぁ私は痛くならないので判らないけど」
と、散々な感じで魔術の適性検査は終わり、彼女に次は中庭にへ行けと言われて別れた。
階段を上がり、中庭に出るとそこは幅10フィル、奥行き15フィルくらいの白兵戦の訓練場所になっていた。
「やぁ、来ましたね」
そしてそこには、二十代半ばくらいの青年が待っていた。まぶしさを感じるくらいの爽やかな人だ。
「ここでは白兵戦の練度を確認します。これは訓練の予定を組むためのもので何かを順位づけたりするためのものではありませんのでご安心を。それではそこにある訓練用の武器のなかから好きなものを選んでください」
そういわれて指さされた先には短剣、長剣、槍、斧、鉾等々、木製だがかなりの種類の武器が用意されていた。俺はその中からごく普通の長剣と盾を使うことにした。
盾は木製の本体に鉄の枠がはめ込まれたもので特に訓練用というわけではなく実践用と同じように見える。長剣は外は木製だが中に鉄か何かが仕込まれているのかずしりと重い。
「ふむ、構えはしっかりしているね、どこかで剣術を習ったのかな?」
「ええ、村で引退した冒険者の人に一年ほど」
「了解した。さっきも言ったように勝ち負けではなくあくまでも実力を測るための手合わせだからね。それじゃあかかってきてください」
おそらくこちらに合わせたのだろう、俺と同じような剣と盾を構えた試験官が誘うように腕を動かす。俺はどうせいろいろ考えても無駄な気がして、ままよとばかりに突っ込むことにした。
俺は盾を持っている相手はあえて盾を強打するのが有効な場合もあるという言葉を思い出し、走りこんだ勢いともに試験官の盾に長剣を振り下ろす、が強烈な反動を予想していたのにするりと滑るように盾で受け流される。
そして体勢を崩したところに横から薙ぐような一撃が飛んでくる、慌てて盾で受け止めるが一見優男の試験官からは想像もできないような威力に体ごと持っていかれそうになる。なんとか距離をとって構えなおす、どうやらあえて追撃はしてこなかったみたいだ。
俺は軽くあしらわれていることで頭に血が上りそうになるが、必死に冷静になろうと心を落ち着ける。師匠が言うにはどんな場合でも冷静さを保っていれば血路が開ける場合があるということらしい。まぁ、ダメなときは何やってもダメなんだがなとそのあとで大笑いしていい言葉を台無しにしていたが。
「今度はこちらから行きますよ」
さて、どうしようかと考えている間に今度は滑るような足取りで試験官が仕掛けてくる。さっきとはうって変わって盾や剣で防ぎにくい箇所を的確に狙ってくる。俺は明らかに防御する箇所を誘導されているのを感じながらも目の前の攻撃を捌くのに精いっぱいであった。そして――。
「まいった」
目の前に突き付けられた木剣をしばし見つめた後で俺は両手を上げて降参をした。
「思ったよりいい動きでした、良い師匠だったようですね。しかしもう少しきちんと学んでからの方が良かったのでは?」
「そのあたりは家庭の事情というやつでして、自分でも中途半端だったとは思ってます」
「そうですか、事情は人それぞれですし、それにあなたはまだ若い。これからいくらでも学ぶ時間はあるでしょう。ところで他に武器は何か使えますか?」
と、問われて考えるが師匠に教わったのは剣と盾だけだ。しかし
「たまにウサギを程度の狩りを弓でしていました」
「ふむ、弓ですか……」
試験官は少し考え込むと
「迷宮では弓が有効な場面は限られますがうまくすれば先手を取るのに使えます。そのあたりはパーティの構成なども絡んできますが、とりあえずは勘を忘れない程度には練習をしておいた方が良いでしょうね」
そう言われて、一応弓の腕も見せることになった。弓を手に取ると訓練場所の端にある的へしばらく射掛ける。そして白兵戦の試験も終わり、今度は盗賊技能の適性試験を受けることとなった。
訓練所を出て再び建物の中に入り、爽やか試験官に指示された場所へ行くとそこには受付のお姉さんが待っていた。法術の付き添いは終わったのだろうか。
「いらいっしゃい、ここで最後よ。痛い目にあったり、戦ったりはしないから安心しなさいな」
そういったお姉さんに、人の頭ほどのある木箱をひょいっと渡される。どうやらお姉さんが盗賊技能の試験官のようだ。
「その箱を叩き壊したりしないで開けてみなさい」
木箱はなにやら細かい木材で組み立てられているようで、ところどころスライドさせたりして動かせる。そのへんをとっかかりにして開けるという事か……。
「制限時間はこの砂時計の砂が落ち切るまでね、だいたい二刻み(約10分)ほどかしら」
「むうううう……」
いくら試行錯誤しても箱は開かない、びくともせずというわけではなく、あっちこっち動くのがかえってもどかしい。
「はい、終了です」
箱にまったく歯が立たない間に時間が経っていたようだ、どうやら俺には盗賊の才能というのは無いのかもしれない。
「こりゃ、ダメですね……」
「んー、技術という点でいえば残念な結果ですが。諦めずに試行錯誤を続けたという部分は良かったですよ。それに技術なんてこれから身につければ良いだけですし」
「でも――」
「でも、そうですよね流石に前衛、法術ときて盗賊技能までは難しいでしょうね。むろん本職にするのでも、とりあえずの技能を覚えるだけでも歓迎はしますよ」
そういってお姉さんはにっこりと笑う。
「さて、これで適性試験はすべて終了です。宿舎の手配――といってもこの建物の三階ですが、してきますので一旦待合室でまっててね」
「あ、クルトさん。どうでしたか?」
「盗賊のは散々でした」
「ああ、わたくしも不器用なので不安です……」
「俺からはがんばれとしか言えません」
俺は部屋を出る時にエレンさんとそんな会話をしつつ入れ違い、待合室へと戻った。
「よっ、おつかれさんだよぅ」
待合室に戻るとハーフリングの、確かチコさんがそう言って軽い調子で話しかけてくる。どうやら人見知りしない人のようだ。これがハーフリングの特徴なのか、チコさんの性格なのかはわからないけど。
「ども、えーと、チコさんはどうでした?」
「チコでいいよう、代わりにオイラもクルトって呼ばせて貰っていいかなぁ?」
「もちろん、それでチコはどうでした?」
「うーん、最後の箱開け以外はダメダメだったなぁ」
「そうですか、俺は魔術技能がからきしで箱開けも上手くいきませんでした」
「あれは一か所だけ見ててもだめなんだよぅ、全体をじっくり見るとなんとなくわかってくるんだよぅ」
「なるほど……」
俺とチコがそんな風に試験の結果を話していると、じきにエレンさん、最後にエルフっぽい少女が待合室に戻ってきて今日の育成所登録者の四人が揃う。