12話
7層目も無事突破して、ついに上層の中での最下層となる8層目を攻略することとなった。
が、その前に例によって装備、魔法を整える。幸いにして、と言っていいのか7層目の攻略には20日近くもかかったために十分な蓄えが出来ている。
「装備は今度こそクルトの鎧と、後は魔法だなぁ」
「そうだな、能力確認をしないとどれが覚えられるかわからないが、なんとかハルに治癒を覚えて欲しい所だ。ルシアは火球はまだ難しいだろうから拘束あたりかな?」
拘束はほんのひと呼吸かふた呼吸の間、足を地面に固定する魔法である。それだけ聞くと眠りの方が役に立つのではないかと思うかもしれないが、拘束は抵抗されずにほぼ確実に効果を発揮させられるという大きな利点がある。
「早く派手な魔法が使えるようになりたいなー」
「ルシアならすぐに覚えらえるようになりますよ」
と、そこでハルが何か言いたげな顔をしてこちらを見ているのに気が付いた。
「どうしたハル?」
「あ、あの…… 治癒が覚えられない場合はどうしたら良いのでしょうか?」
ちょっと期待をかけ過ぎたのか、妙に深刻な風にそう聞いてくる。
「そんなに難しく考える必要はないよ。……そうだな、ダメなときは強化あたりを覚えればいいんじゃないかな」
強化は筋力や敏捷性などの身体能力全般を引き上げる魔法で、おおむね一回の戦闘の間くらいは効果が持続する。
「わかりました」
俺の答えにハルがほっとしたように言う。
「それじゃあ二手に分かれて出かけるにゃ」
話がまとまったところで魔法組と装備組に別れて行動を開始した。
「今日もお世話になりますわ」
「予算が銀貨350枚で俺の鎧を新調したいんだが良いものないか?」
馴染みの武具屋の親父に挨拶をして、早速用件を告げる。
「胴鎧だけか?」
「あー……。 できれば兜と小手も変えたいな」
「ふむ、それで銀貨350枚となると……」
エレンの鎧を買い替えた時が銀貨600枚だったからその半分程度ではちょっと厳しいか。
「とりあえず今回はチェインメイルだけにして他の部位は金が出来てから追加で買う方が良いと思うぞ。安いスケイルアーマーとサリット、ガントレットっていう組み合わせなら一応要望を満足できるが」
うーん、悩むところだな。ここはひとつ仲間の意見を聞いてみよう。
「みんなはどう思う?」
「わたくしは店主殿の言う通りチェインメイルだけにした方がよろしいのではないかと」
「オイラもそう思うなぁ、安いの買ってもまたすぐに買い替えになるよぉ」
「ウチは良くわからないけど、2人がそういうならそっちが良いんじゃないかにゃ」
約1名ほど主体性に欠けていたが、意見は一致しているようだ。
「それじゃ親父さん。その予算でチェインメイルを見繕ってくれ」
「わかった。少し待ってろ」
厚手の綿の鎧下を着て、その上からチェインメイルを重ね着して、頭、手足は皮鎧の物をそのまま流用して装着完了となる。皮鎧の胴部分は大きさ的にチェインメイルの下にも上にも着るのは難しいという事で店で引き取ってもらった。他の部位はそのままという事もあり銀貨10枚にしかならなかったが。
「わかってると思うがそのままじゃ刺突に弱いから気を付けろよ。早いところ金溜めてブレストプレートなりなんなり買うんだな」
「すぐに買いに来るよ」
「ならいい」
「それじゃ代金だよぅ」
チコがチェインメイルの代金、銀貨330枚から皮鎧の引き取りの10枚を差し引いた320枚を支払う。
中古ではあるがチェインメイルとしてはエレンのと同程度の品質で中々良いもののようだ。
「それじゃまたにゃ」
「ああ、慣れてきたからって気を抜くんじゃないぞ」
「ご忠告痛み入ります」
親父さんと別れて俺たちは育成所に向かう事にした。チェインメイルは元の使用者が俺と同じような体格だったこともあり特に直しの必要もなくそのまま着てきている。
「どうだったハル?」
待合室で待つこと鐘半分(約1時間)、先に戻ってきたのはハルだった。
「無事に治癒が覚えられました!」
俺の問いに満面の笑みで答える。そうか覚えられたかよかったよかった。
「これで安心して戦えるにゃ」
「そうですわね、いざという時に強力な癒しの法術があると思うと心強いですわ」
確かにある程度の傷を負ってもすぐに治してもらえると思うといざという時に大胆な動きもできるというものだ。と、そこにルシアもやってきた。
「おわったよー」
「お疲れ様」
「ルシアの方はどうだったよぅ?」
「ちゃんと拘束を覚えてきたよー」
こちらも無事に目当ての魔法が覚えられたようだ。
どんな魔法かおおよそは知っていたが改めてルシアに確認すると以下のような効果であるらしい。
ひとつ、足でなくてもいいが地面と接していないような敵には効果が無い
ひとつ、人間程度の大きさまでならふた呼吸、それ以上ならひと呼吸ほどの間動きを束縛する。
ひとつ、あまりに力の強い、例えばドラゴンのような敵では一瞬で効果が破られることもあるらしい
と言ったものだった。一撃必殺というものではないが観察眼に優れたルシアならきっと上手く使ってくれるだろう。
さて、準備は整った。明日からは8層目に挑戦だ。
まずは攻略が優先という事で、以前レオンさんにもらった風見鶏を使用して門番を目指して攻略を進めていく。
そんな風に徐々に地図を作りつつ探索を進めていたある時、前方から助けを呼ぶ声と共に戦いの音が聞こえた。
俺は足の速いチコとミーナを先行させるか一瞬悩んだが、8層目でパーティを分けるのは危険と判断してみんなで、具体的に言うと重武装のエレンの速度に合わせて向かう事にした。
「焦る気持ちは判るが、ここは全員でまとまって行こう」
「わかりました」
「了解にゃ」
6人で密集体形を取りつつ走り、角を2つほど曲がったところでモンスターに挟み撃ちにされているパーティが見えた。
そのうち1人は地面に倒れているが、ここからでは息があるのかまでは判らない。
残る5人はその倒れた1人を守るように円陣を組んで前方のゴブリン5体と後方のシャドウ4体に対峙している。その中に以前酒場で絡んできた男の姿が見えたが、今はそのような事を気にしている場合でない。
「シャドウは俺たちにまかせろ!」
包囲されているパーティに呼びかけつつ俺たちはシャドウに襲い掛かる。
「すまねぇ!」
敵の向こうに味方が居るために投射系の武器や魔法は危なくて使えない
「接近戦でいくぞ!」
「わかったにゃ」
答えたミーナは一気に加速すると1体のシャドウに飛び蹴りを食らわせた。そして派手に吹き飛んだシャドウの頭部を踏み砕いて無力化する。
これでシャドウは残り3体。
「オイラは向こうの援護をするよぅ」
俺とエレン、ミーナがそれぞれ残りのシャドウを打ち合い始めたのを確認するとチコは壁際をするりを駆け抜けて向こうのパーティの援護に向かった。ここでは得意のクロスボゥが使えないので良い判断だ。
「閃光」
「拘束!」
ハルの法術がシャドウの目を焼き、そしてルシアの魔術が俺の相手の足の自由を奪う。目と足の自由を奪われた敵に苦戦しては皆に合わせる顔がなくなる。俺はそんなことをちらりと考えつつ長剣横なぎにしてシャドウの首を落とす。
そしてその横ではエレンがシャドウの頭を叩き潰し、ミーナの肘がアゴを砕いていた。
「ハル、倒れてる奴の治療を」
「わかりました!」
さて、後は数を減らしつつあるゴブリンを始末するとしよう。
「ありがとう助かったよ」
「なに、お互い様だ」
「ゴブとやりあってたら後ろからシャドウが来たのよ。ゴブの数が多くて後ろがお留守になってしまってたわ」
リーダーとおぼしき戦士と、女盗賊らしき格好の2人がいきさつを説明してくれた。
どうやらゴブリンは最初6体も居て、背後を警戒する余裕が無かったようだ、そこに運悪くシャドウの一団がやってきて最後尾にいた法術師を昏倒させたという事のようだ。
法術師は幸いにもチコの覚えたての治癒で命を取り留めている。
「ほら、言いたいことがあるんだろグレン」
一通り説明が終わった時、女盗賊に引きずり出されるようにして酒場で絡んできた男が俺たちの前に立たされる。グレンと呼ばれたその男はしばらくばつが悪い顔をしていたが、突然深々と頭を下げた。
「こないだの事はすまねぇ。お前らは立派な冒険者だ」
「俺からも謝る。グレンがつまらん事をしたようだ」
リーダーも同じように頭を下げる。俺たちは顔を見合わせるとお互いに頷く。みんなの目はこうやって頭を下げたんだからもういいだろうと言っているように見えた。
「もう気にしちゃいないから頭をあげてくれ。それにあれがきっかけで鉄の鷲のレオンさんとも知り合えたしな」
うじうじと小さなことを気にしてるのは良いことじゃない、俺たちはそれであの件は終わりにすることにした。
「それじゃ」
「ああ、今回は助かった。今度は何かあれば俺たちが手を貸すぜ」
落ち着いたところで彼らとそう言って別れる。戦利品はゴブのものもすべて譲ってもらった。せめてもの礼という事のようだ。
ちなみに迷宮内で手助けしたりしても礼金を払うようなことはめったにない。得るのは信頼だけというのが冒険者たちの間での不文律だ。そしてその信頼を裏切るような奴はめったにいない。そんな奴は不思議と早々に迷宮の藻屑と消える。
「さて、今日はもうちょい探索を続けるとしようか」
「わかりましたわ」
「魔力は余裕だよー」
8層目の探索はまだまだこれからだ。




