11話
7層目に到達して数日、少しずつ探索を進めていっているが、この階層から防御面に秀でた敵が多くなってきているように思える。
毛皮の一部が鎧のように硬質化した猪や金属製の外皮を持つ甲虫、それに引き続き出現しているゴブリンなどもあまり上等なものではないが、チェインメイルやラメラーなどの金属鎧を身にまとった個体が増えてきている。
ゴブリンを除いては、あまり敵が集団で出現がしないのは救いではあるが、一体を倒すのにかかる時間は大幅に長くなっているのを感じる。
「7層目に来てから、戦いじゃオイラ役に立ってないな……」
今日の探索を切り上げてもうすぐで6層目に戻る階段という頃にチコがぽつりとつぶやく。
確かに短剣を主武器としているチコは開幕にクロスボウを矢を1本放つと、後はなかなか手が出せない状態になっている。
装甲に覆われた敵を攻撃するには強力な魔力が宿っているならともかく、普通の短剣では明らかに力不足であった。
有効な攻撃を行えるクロスボウも、弦の巻き上げに時間がかかり、警戒しながらではとても次の矢は準備できない。
レバーや腕の力だけで弦を引くタイプのものもあるが、ハーフリングの腕力ではかなり物足りない威力になってしまうだろう。
「チコは戦闘などに限らず、警戒などをしていただいてとてもありがたく思っていますわ」
「そーだよー」
確かにチコが居なければ何度となく奇襲を受け、罠にかかっている事だろう。
でも、そんなことはおそらくチコも判っているが、その上で戦闘での役割の幅が減って悔しいのだろう。
「ここで話し込んでいるのも危ない、とりあえずは戻ろう」
「わかりました」
チコの気持ちはわかるが、魔力、法力共に底が見えた状態で迷宮の中で話し合いという訳にもいかない。
俺たちは改めて周囲を警戒つつ地上を目指すことにした。
「お疲れ様でした」
鑑定士に見送られつつ、迷宮を隠すように建つ建物を後にした。
「うーん……。ちと武具屋に寄ってもいいか? 剣に刃こぼれが目立ってきたので明日の休みの前に研ぎに出しておきたい」
俺は剣を鞘から途中まで抜いて、その刃を眺めながら言う。
「それじゃウチとチコは当番だから食料品の買い出しに行くにゃ」
「おっと、チコ共有の財布は一応こっちに渡しておいてくれるか?」
「わかったよぅ」
そうして2人と別れると俺は残りの面子を促して武具屋へと向かう。武器の整備や研ぎ自体を武具屋でやってくれる訳ではないが、親父が信頼できる職人に回してくれるので安心して預けることができるのだった。
「アタイ達は別に行かなくても良いんじゃないのー?」
「まぁ、いいからいいから」
ぼやくルシアの背中を押すようにして武具屋に到着する。
「親父さん、こいつの研ぎを明後日の朝までに頼むよ」
「わかったわい」
俺は鞘ごと外した剣を親父さんに手渡した。
「これだけで終わり、という訳ではないのですわよね?」
「気づいていたか」
「研ぎに出すだけなら1人でも問題ないですからね」
「え、他に何かあるのー?」
1人だけわかっていない様子のルシアに説明する。
「チコの武器でも選ぼうと思ってな」
「あれ、次はクルトの鎧を買い替えるんじゃなかったのー?」
「大事なのは順番じゃなくて、必要な時に必要なものを買う事なんだよ。だが、今のチコにこの事を言うと変に遠慮しそうだからな」
「そうですわね」
「何が良いかは当たりが付いているんですか?」
「まあな、こいつが良いかなと考えている。魔力を帯びた短剣もあるが銀貨800枚以上は流石にちょっと手が出ない」
俺は棚に鎖で固定された――この店では高級品はこのように鎖で固定されている――銀貨400枚という値札と共に妙な装置が付いているクロスボウを指さした。
「これは――、自動巻き上げ式のクロスボウですの?」
「ああ、魔石に込めた魔力を利用して弦を巻き上げる代物だ。威力はチコが使ってるクロスボウよりはやや劣るが、連射速度は6、7倍はある」
「すごいねー」
ルシアが感心してクロスボウを眺めている。
「ところでクルトさんはなんでそんなに詳しいんです?」
「ああ、前に説明書き読んで面白そうだったんで親父さんに試し撃ちさせてもらったんだよ」
「そんなことをしていたんですの」
「そん時はまだ3層目あたりをうろついている頃でとても手が出るような値段じゃなかったが、今ならなんとかなると思ってな」
「なるほど……、ところで同じ魔法の武器なのに短剣とずいぶん違う、といいますか、こちらがが安いんでしょうか」
「この銀貨800枚の短剣やら1500枚の長剣やらは永続の魔法がかかったもので迷宮から持ち出されたものだが、クロスボウは魔石は迷宮産だがそれ以外は地上で作られたものなんだよ。あと、安い理由としてはもう一つあって、巻上げに使う魔力は無制限じゃなくて、大体20本くらい撃ったら魔石に魔力を充填しないと駄目なんだ」
「それはアタイでも出来るのー?」
「じゃなかったら流石に買おうとは思わないから大丈夫」
俺の言葉を聞いてほっと胸をなでおろすルシア。
「なるほど、魔法の武器でありながら単体で完結していないから値段もそれなりという訳なんですのね」
「そういうこった。それでこいつを買ってしまおうかと思うんだがどうだ? この場にミーナは居ないが」
「わたくしは賛成ですわ」
「あたいもー」
「ボクも良いと思います。きっと姉さんも反対しないと思いますし」
皆快く賛成してくれたこともあり、預かった共有財布から支払おうとしたが中には金貨が2枚と銀貨が180枚とクロスボウの価格にはわずかに足りない事に気が付く。
「少し足りないな、でもせっかく店に来たことだしこれくらいなら俺が出すか」
「あら、それらなわたくしも出しますわ」
「ボクも」
「アタイもー」
一人当たりにすると銀貨5枚、大した額ではないがこういったものは気持ちの問題だろう、ありがたく頂いて親父に支払いを済ませる。
「毎度、剣は間違いなく明後日までに仕上げるから安心してくれよ。あとこれはサービスだ」
そういって親父さんは短めのボルトを一束30本ほどつけてくれた
「そいつはその矢じゃないと上手く動かんよ」
「ありがとうございますわ」
そこまでは気が回らなかった、俺たちは改めて親父さんに礼を言うと店を出て家路についた。
「ただいまー」
「今帰りました」
「おかえり、夕飯は今作ってるからのんびりしててくれよぅ……。ってなにニヤニヤしてるんだぁ?」
内心が顔に出ていたのだろうか。
「ああ、チコにちょっとお土産があるんだ」
「お土産?」
「そーだよー」
俺が促すと、後ろに隠れているように立っていたハルが大事そうに抱えていたクロスボウをチコに差し出す。
「これは……」
「お土産と言っても、共有財産から出したものですが、チコさんに使っていただこうと思いまして皆で決めて買いました」
チコはちょっと呆然とした様子でクロスボウを受け取り、ハルの話を聞いている。
「あ、こん次はクルトの鎧を買うんじゃなかったのかよぅ?」
「7層目に行って状況が変わったんだし、そのあたりは臨機応変だな。今必要なのはチコの武器だと判断したわけだ」
そう言う俺の周りでは皆がその通りというように頷いている。
「ありがとよ、オイラ頑張るよぅ……」
「角から敵がでてくるにゃ!」
ミーナの言葉に従うように角から飛び出した6体のゴブリンが俺たちに向けて殺到してくる。雑多ながらも金属鎧を身にまとい、様々な武器で武装しており、その内3体は盾を構えている。
「盾のない奴を狙えよ」
「わかってるよー」
いつも同じような指示だが、省略するようなことは無く俺は言う。
投げナイフ、魔法、クロスボウなどの飛び道具がゴブリン達に向かって放たれるが、矢と魔法を同時に受けた1体が倒れただけで5体が残っている。
「わたくしが2体引き受けますわ」
一歩進み出たエレンが自らを誇示するようにモーニングスターをゴブリンに向けて掲げながらそう言う。
それでもあと何とか1体は減らさないと厳しいなと思っていた時
「グギャ!」
前衛の3人を迂回して後衛に襲い掛かろうとしていたゴブリンの胸にクロスボウの矢が突き立った。
「どんどん矢を撃つよぅ」
早速速射が出来るクロスボウがその威力を発揮したようだ、敵の発見から接近される前に2射目が可能とは頼もしい。
「残り4体だ、前衛で押さえてその間に後衛が順次倒してくれ!」
「わかったにゃ」
どの敵から狙うかは後衛の判断に任せる、既にゴブリンと切りあっている俺では状況を把握しきれないからだ。
「ミーナの相手からやるよー、ハルはアタイ達を守ってねー」
「わ、わかりました」
ルシアとチコが遠隔攻撃する際に相手が突然攻撃対象を変えてくることがあり、その対処はハルの役目となっている。
「眠り」
ルシアの眠りの魔法に抵抗しきれなかったゴブリンが意識を失って崩れ落ちようとする。それをすかさずミーナが肘でかちあげ、ブリンの体が浮き上がったところにチコの放った矢が突き刺さり、ゴブリンは地面に倒れる。
そして倒れたゴブリンの首をミーナが情け容赦なく踏み折ってとどめを刺した。
「ミーナのはやったよぅ、次はエレンの左手の奴だよぅ」
いつも以上に素早く敵を始末できているようだ、これは俺も負けていられないな……
「新しい武器はどうでしたの?」
「凄い良かったよぅ」
「良い感じだったねー」
倒したゴブリンから戦利品を回収しつつ、チコの武器について語り合っているようだ。
これからもっと敵が手ごわくなっていくと思われる中で上手くパーティの戦力の底上げが出来たようでなによりである。




