10話
「……俺が最後か」
6層目攻略から一夜明けた翌日、昨日の酒がまだ少し残ってるような感じがしつつ目を覚ますと、隣に並んだ2つのベッドは既に空になっていた。
俺はベッドから降りるとズボンと上着を着て1階へと降りることにした。ちなみに寝間着なんて高尚なものは貴族でもない俺たちには縁が無く、大抵下着か人によっては裸で寝ている。
それはともかく下に降りると、そこにはルシアとハルが居るだけで他の人の姿は無かった。
「2人だけか、皆は?」
「チコとエレンはそれぞれお出かけになられました」
「ミーナはまだ寝てるー」
「なるほど」
それなら俺もたまには街をぶらぶらとしてくるか。
「2人とも街をぶらついてみるか?」
「ボクは姉さんが起きてくるのを待ってます」
「アタイはいいよー」
ひとりじゃ寂しいので声をかけてみるとルシアが乗って来てくれた。
「んじゃ2人で行くか、ハルもミーナと2人っきりだからって変な事するなよ」
「するなよー」
「そ、そんなことしませんっ!」
「ははは、悪い。それじゃ観光の真似事でもしてくる」
ハルをからかいつつルシアと連れ立って家を出る。
「なんとなく出てきたのは良いが、行きたいところでもあるか?」
「特にないけど、色々みてみよーよ」
「そうだな、2カ月以上この街に居る割には同じ場所にしか行ってないしな」
「んじゃいこー」
「あんまり面白いものはなかったな」
「そーだねー、でも楽しかったよ」
「まぁ、それは何よりだ。しかしある意味迷宮しかないこんな街でも2カ月も暮らしてると愛着がわいてくるな」
「そだねー、アタイなんて行先を適当に選んだのに、生れた村よりは気に入ってるよー」
俺たちは家を出た後に街の中を色々とまわったが、ここは迷宮で稼ぐ人間と、その人間から稼ぐ人間のための街であってあまり見どころを見つけることが出来なかった。
カラーンコローン
「もう6つ鐘(12時)か、なんかそこらで食べていくか?」
「さんせー」
俺とルシアは広場にある露店で串焼き、芋を蒸かしたもの、それにワインなどを買い込んで、適当な場所を選んで座って食べることにした。
「家で皆が作る料理も良いけどこういうのもおいしいなー」
「だなぁ、やっぱり露店とは言え、本職が作るものはちょっと違う」
などとだべりつつ食べて、飲む。今までは休みの日と言っても冒険の準備をしたりをしていることが多くて、こうしてのんびりするのは久しぶりだ。
たまにはこんな日も良いもんだ……。
「おはようにゃー」
「おはよう姉さん」
「みんなはどこにゃ?」
「姉さんが寝てる間に皆出かけてしまいましたよ」
「昨日はちょっと飲み過ぎたにゃ……」
姉さんの耳が力なく垂れる。
「それじゃ朝ごはんを一緒に食べましょうか? と言ってもほとんど昨日の残りを温めただけのものですが」
「ハルはウチを待っててくれたのかにゃ?」
「姉さんと食べたかったから……」
「ハルは良い子だにゃー」
姉さんに飛び付かれて抱きしめられると頬ずりをされた。
「ほら、姉さん離れて。早く食べましょう」
ボクがそう言いながら押しやると、姉さんはいかにもしぶしぶといった様子で離れて椅子に座る。
「食べたらウチらもどこか行くかにゃ?」
「……ボクは家でこうして姉さんとのんびりしていたいです」
「本当にハルは良い……」
「それはもういいですから!」
ボクはまたもや抱き着いてこようとする姉さんを押しのける。
「ハルはいけずにゃ。そういえば皆はどこにいったにゃ?」
「皆さんどこに行くとはおっしゃってませんでしたね」
「そうかー、それにしても皆良い人ばかりだにゃ」
「そうですね……」
姉さんと前に働いていた場所を逃げ出したときの頃を考えると今は天国のような環境だ。
むろん命の危険はあるが、虐げる者もなく皆で助け合うというのはそれ以上の喜びを感じる。
「ボクを姉さんが連れ出してくれた時は、もうこのまま死んでもいいやって思ってました」
「死んだら美味しいご飯も食べられないし、ハルにこうやって頬ずりもできなくなるからだめにゃー」
結局姉さんにまた捕まる。
「もう死ぬ気はないですよ。せめて助けてくれた人たちに恩返しができるまでは」
「そうだにゃあ」
「兄さんよぅ、リラっていうハーフリングの女を知ってるかぁ?」
「いや、知らねぇな」
「そうか、ありがとよぅ」
とある酒場の一角で、オイラが声をかけた男の隣の席から腰を上げようとしたとき
「俺はその娘の事を知ってるぜ」
背後の席からそんな声がかかった。
「本当かぁ?」
「ああ、別に盗み聞ぎしてたわけじゃないが聞こえちまったんでな。ところでお前さんはその娘とどんな関係なんだ?」
「リラはオイラの妹だよぅ」
「……そうか、それじゃ楽しい話じゃないがいいか?」
「ああ、死んじまったのは知ってるから大丈夫だよぅ。ただ、どんな最期だったのか知りたいんだよぅ」
「わかった、あれは確か1年位前の事だ……」
男はチコの言葉に頷くと訥々と語り始めた。
「彼女の所属していたパーティはどこにでもある普通のパーティで、実力は10層目までは行けたけど、稼ぐには10層目は辛くて普段は9層目を捜索するという感じだったようだ」
「パーティとしてはそこらがどうやら実力の上限だったらしく、1年近く10層の門番が倒せずにくすぶっていたな」
「それでもまぁ、生きていく分には十分だったんだが、リーダーが一向に階層を進められないことに飽いてしまってな。それで迷宮都市に見切りを付けて外に行こうという事になった訳だ」
「それ自体は良くあることだし、悪いことじゃないんだが……」
「なんかやったのかぁ?」
「なんかっていうか、迷宮探索者としては極まっとうな事だが11層目を目指したんだよ。まぁ、11層目に行くというよりも10層目の転移認証が目的だったんだがな」
「なんでそんなもん欲しがったんだ?」
男はオイラをまじまじと見る。
「お前さんは外で冒険者やったことは無いようだな」
「ああ、オイラはここに来るまでは細工師だったよぅ」
「なるほど……。簡単に言うとな外じゃ迷宮都市の転移認証は箔になるんだよ、特に二桁だとな。この街ん中じゃ4層毎が重要な境目だが、外では一桁と二桁で扱いが変わる、特に理由があるわけでもないようだが、多分見た目の印象だろうな」
なるほどぉ。
「それで、そのリーダーは……」
「ああ、メンバーの反対を押して無理しちまったって訳だ。門番に挑んでリーダーを残して全滅――。そいつも地上に何とか戻って事の次第を告げたところで法術士が来る前に死んじまったよ」
「それじゃリラは……」
「迷宮で命を落としたものは不死者として迷宮を彷徨う事になる。誰かに滅ぼされるまでな」
「――ありがと、良くわかったよぅ」
オイラは男に礼を言うと銀貨を何枚か握らせて酒場を出た。
「そうか、リラはまだあの中かぁ……」
わたくしは一人家を出ると、人目のつかない空き地の片隅に腰を下ろし、先日育成所にわたくし宛に送られてきた手紙を取り出した。
『義姉上、お元気でしょうか? 怪我や病気などをされていないか家族一同心配しております。そしてどうか一日でも早いお帰りをお待ちしております。騎士になる、ならないなど関係なく義姉上に傍にいて欲しいのです』
わたくしは手紙から顔を上げると旅立ちの日を思い出す……。
「義姉上! どうしても出ていかれるのですか?」
わたくしより3つ年下の義弟――血は繋がっていなくとも可愛い弟だ。
「一度、自分を見つめなおしてみたくなりましたの」
「僕、いえ、私が騎士になった所為ですか?」
まるでそのことが罪であるように告げる義弟に、わたくしは微笑む。
「それは関係ありませんわ」
「――せめて、せめてどこに向かうのかだけでもお教え下さい義姉上」
捨てられた子犬のようにわたくしを見つめあげる義弟の頭をなでる。騎士となった男性にこのような事はするのはよろしくないとは思うが、当分、もしかしたら二度となでる機会が無いと思うと自然と手が伸びていた。
「迷宮都市と言われる街に行って見ようと思いますの。過酷な場所と聞いておりますが、だからこそ何かが掴めるのではないか、わたくしにはそんな予感がありますの」
「――わかりました、もう引き止めるのは諦めます。でも丸腰で出かけるのはお止めください。これを持っていって下さい」
そう言って義弟はわたくしが愛用していたモーニングスターを押し付けるように渡してくる。
「あら、武器庫から勝手に持ち出すなんて悪い子ね。お父様に叱られますわよ。でも、ありがたく受け取っていくわ、それではしばしのお別れね」
「きっと、きっと帰って来てください義姉上」
必死な形相の義弟の頭を最後にもう一度だけなでるとわたくしは家を出た。
自分に自信をもってあの家に帰れる日は何時になるだろうか……。
「もう飲めない―」
酔って足腰が立たなくなったルシアを背負い歩きながら家を目指す。
「ったく昼間っからこんなになるまで飲みやがって」
「クルトー」
「なんだ?」
「アタイさ、口も頭も悪いしさー。本当はすぐにパーティを追い出されると思ってたんだよー」
いつもお気楽だと思っていたルシアから意外な言葉が出る。
「――心配し過ぎだ、俺はともかく他の奴らはそんなことするような奴じゃないだろ?」
「えへへ、そうだねー。だからさ、皆にも、当然クルトにも感謝してるんだー」
ルシアが俺に強くしがみつきながら本当に嬉しそうに言う。
「そうか、でも俺だってそうだ。ルシアを含めた皆に感謝してるよ」
「そっかー、でもさ、もしさ、アタイが皆に迷惑かけそうになったらぶん殴ってでも止めてよー」
「わかったわかった。そん時はエレンのモーニングスターを借りてぶっとばしてやるから安心しろ」
「あははー、頼むよー……。むにゃ……」
どうやらルシアは寝てしまったようだ。
「言いたいこと言って寝ちまいやがって」
俺はルシアを背負いなおすと彼女を起こさないようにゆっくりと家へと向かった。
「ただいま」
「おかえりぃ」
「あらあら、すっかり出来上がってしまっていますわね」
「しょうがないにゃぁ」
「あ、あのお水とか持ってきましょうか?」
家に着くと眠りこけたルシア共々暖かく迎え入れられる。
俺は仮初かもしれないが、それでも大切な仲間を大切にしようと改めて己に誓った。




