08話
フライングエッジ戦から数日、思いかけない大金が入り、以前からの懸案だったエレンの防具の拡充を図る事となった。
フルプレートアーマーの新品は銀貨1000枚以上する上に、オーダーメイドで作成に時間がかかりすぎるし、かといってエレンの体形に上手くあった中古はそうそうないという事で、チェイメイルの上から重要な個所をさらに金属鎧で補強するという形となった。
具体的にはチェインメイルの上に胴体用のブレストプレート、腕にガントレット、足にグリーブを装着して頭にはサリットというバイザー付のヘルメットをかぶる事となった。
どれも中古ではあるがきちんと補修がされており、品質には問題ないという事で何時もの武具屋の親父の店で銀貨600枚ほどで購入した。
「サイズの調整やら何やらに一日もらうぞ、このまま装備もできんこともないがそのくらい手間をかけた方が後々面倒が無いはずだ」
そして昨日の親父のその言葉に従い翌日再び訪れることにした。
「それではボクは育成所に行ってきますね」
また、ハルは新たな法術を覚えるために朝早くに一人育成所に向かい、あとで合流する手はずになっている。今回覚えるのは閃光という強力な光を放つ法術で、戦闘に少しでも役に立ちたいという本人の希望を元に選んだ術だ。
一時的に目をくらませるものだが、光は敵味方の区別なんてしてくれないのでそのあたりは気を付けて使う必要がある。
本当は止血の上位法術である治癒や、光子をぶつけてダメージを与える光圧などの方が良さそうだったのだが、まだハルでも能力不足で習得は難しいとの事だった。
ちなみに法術はハル優先で習得することになっていて、俺はあくまでも補助という形だ、ハルの戦闘中に使用する法力の節約のために、それ以外の光よ、加護、盾などの補助的なものを担当する。
「おーじさーん。きたよー」
武具屋に入るとすっかり顔なじみとなったドワーフの店主にルシアが気安く声をかける。
「おう、まっとったぞ」
店主はそう言うとカウンターの下からゴトン、ガシャンと音を立てながら調整が終わった防具を並べた。
「念のため体に合うか確認して行ってくれ」
「わかりましたわ」
エレンはそういうと順番に鎧を身に着けていく、なんとなく男の俺が手伝うのははばかられたのでそのあたりはミーナに任せることにした。
「こんなの着て重くないのかにゃ?」
「実家で訓練しているときはフルプレートアーマーを着ていましたから、それに比べれば軽いですわ」
それでも全部の重さを足せば20ギルス(20キログラム)くらいにはなるだろうに。
「装着完了しましたわ」
「着心地はどうだい?」
「何の問題もありません。流石ですわ」
「そうかいそいつは何よりだ」
どうやら調整は問題ないようだ。まぁ、親父さんに任せてダメだったことは今まで一度もないんだが。
「やっぱり金属鎧を着るとなんかこう、違うねぇ」
「エレンかっこいー」
「ありがとうございますわ」
サリットのバイザーを上げた状態でエレンが照れたように言う。
確かに大柄なエレンがきっちりと金属鎧を着こんだ姿は見栄えがする。
「それじゃ一旦家に鎧を置きに戻ったら育成所にハルを迎えにでも行くか」
「そうだにゃ」
そして翌日、6層目攻略の日となり、俺たちは準備を整えて転送装置に入る。
「あれ、先客が居ますね」
「ほんとだにゃ」
すると、転送した先の部屋には一組のパーティがすでに探索を開始しようとしていた。
見たところ5人のパーティだが、なんというか変わった構成をしている。ドワーフの男が1人に人間の女が4人という妙に偏ったパーティだ。
「あなたがたも、6層に稼ぎに来たのかしら?」
こちらに気が付いたのか、その中から一人の女性がこちらに近づいてきた。年の頃は20代半ばだろうか? 体の線の出るピッタリとしたソフトレザーを着込んで、腰まで伸ばした豊かな黒髪の切れ長の目の美女で、とてもとても立派な胸をしている。
魔石のはめ込まれた杖を持っているところを見ると法術士か魔術士か、それともその両方だろうか。
「わたくしたちは攻略が目的ですわ」
「それなら探索地域が被らなさそうね、良かったわ」
どこからともなくモンスターが湧き出す迷宮とは言え、目の前に別のパーティが居たらそうそう敵に出会えるものではないので、迷宮内で遭遇した場合は探索地域が被らないようにするのは良くあることだ。
「しつもーん」
「あら、なにかしら?」
そこにひょっこりとルシアが顔を出した。
「あのドワーフのおじさんのハーレム?」
ルシアのぶしつけな質問にお姉さんが笑い出す。
「あはは、違うわよ。それに彼は私の妹の幼馴染で、まだ17歳よ」
武具屋の親父に勝るとも劣らない立派なひげを蓄えた姿からは想像もできないが、俺より若いのか……。
「私たちは4人姉妹なのよ。それにお願いして彼についてきてもらったの」
女性4人はあまり似てるとは思えないが色々と事情があるんだろう。
「それじゃ、あなたたちの健闘を祈っているわ」
「おねーさんたちも頑張って稼いできてねー」
長々と話し込んでいても仕方ないので、そんな風にお互いの健闘を祈って別れる。
そして、光源や防御の法術を一通りかけ終わると俺たちも階段を降りて6層目へと向かった。
「そういえばさー、ハルはずっとあのお姉さんのおっぱい見てたよね」
しばらく探索を進めたところで唐突にルシアがそんなことを言い出した。
「え、いや、その……」
ハルは顔を真っ赤にしてうつむいてしまうが、それは男なら仕方がないことだと言ってやりたい。怖いから言わないけど。
「ハルはおっきいのが好きなのかにゃ」
更にミーナが何の悪気もなく追い打ちをかける。
流石に援護してやるかと思ったとき。
「敵だよぉ」
チコの言葉で緩んだ空気が一瞬で引き締まる。
「右の道から!」
「――!」
警告と同時に右から氷槍と思しき魔法が飛んでくる。
「わたくしがっ!」
エレンが素早く前に出るとその魔法を受け止める。
バカンという大きな音と共にエレンの盾に命中した氷の槍が砕け散る
更に間髪を入れずに魔法の矢が立て続けに何本も飛来しエレンを襲う、すべてを盾で受けきれずに右の肩と右足に命中してしまう。
「くぅ」
幸い鎧を貫通はしなかったがたまらず膝をつくエレン。
「くそっ」
俺がロングソードを振りかざして右の道に飛び込むとそこには宙に浮く目玉としかいいようないモンスターが居た。
直径30フィー(30センチ)ほどの目にまぶたが付いたような奇妙なモンスターだ。
そいつに俺は力任せの一撃をお見舞いする、がしかし――
「うわぁ」
命中する直前でまるで見えない壁に跳ね返されたように剣が弾かれた。
「氷槍」
のけぞる俺の横をルシアの魔法が追い越して行き、見えない壁に命中する。
氷の槍は削られるように細くなりながらも敵の本体まで達した。
どうやら魔法は効果があるようだ。しかしこの後に門番戦が控えているのを考えると魔法を連射して押し切るべきか悩む、これは今日は攻略を諦めるべきかと思っていると。チコが敵の背後に走りこむ。
「武器に魔法をくれぇ!」
「おまかせー! 魔力付与」
ルシアがチコの要請に答えてダガーに魔力を付与する。なるほど、あれで上手くいけば魔力の消費を抑えられるだろう。
「エレン、牽制するぞ」
「はい」
俺とエレンは敵の注意がチコに向かないように、盾を構えつつ攻撃を繰り出す。
エレンのモーニングスターをもってしても壁は破れないが、敵をこちらに引き付けることには成功している。
その間にも氷の槍や魔法の矢が飛んでくるがことごとくエレンが盾や鎧で受け止めている。
そして――。
「はああああっ!」
背後から腰だめにダガーを構えたチコが突進する。刃は壁を抜けたがもう少しで本体というところで止まってしまう。くそっあとちょっとなのに。
「二人とも退くにゃ!」
と、その時に後ろからミーナが俺とエレンの間に走りこんでくる。2人が両側に分かれて道を開けると。
「にゃあああああああぁ!」
っという掛け声とともに跳び蹴りをお見舞いする。
跳び蹴り自体は壁に阻まれて効果が無かったが、目玉を後ろに押し込むことはできた。つまりチコの持つダガーの方にだ。
チコは上手いこと体を前に傾けてダガーに力が集中するようにしている。そしてダガーが根元まで敵に刺さると、パンッという音と共に壁が消えた。
「うわぁ」
壁が消えると同時に目玉は地面に落ち、刺さったダガーを掴んだままのチコが慌てる。
「死んだのかなー?」
「おそらくは……」
俺たちは目玉を囲むようにしてしばらく剣先で突いたりしていたが、何をしても動く様子はないのでほっと肩の力を抜く。
「これはなんだったんだ?」
「多分だけどフローティングアイって奴だねぇ」
通常の攻撃が効かないとなるとパーティによっては苦戦を免れないだろう。逆に魔力を惜しまなければそれほどの敵ではないのかもしれないが。
「戦利品、とかはあるんでしょうか?」
「周りには――、おっと宝箱だな。疲れてるところ悪いが頼むぞチコ」
「あいよぅ」
「ボクは傷を治しますね」
「いや、ハルの法力は門番に備えて温存していてくれ。ここは俺は治す」
「わかりました、お任せします」
俺は何発も魔法を食らったエレンを治療しようと近寄る。
「大丈夫か?」
「ええ、以前頂いた魔法防御を高める腕輪と加護のおかげでそれほどでもありませんわ。それに鎧を新調致しましたし」
「そうか、でも万全の状態にするために痛むところは治しておこう」
「よろしくお願い致しますわ」
俺が治癒を終える頃にはハルも宝箱の相手を終えていた。
「ガス瓶の罠だったよぅ。中身は古銀貨が20枚。一応ガス瓶も持っていくかよぅ」
「ところでこの目玉はどうするのー?」
床に転がったままの目玉を杖で突きながらルシアが言う。
「売れるのか、これ?」
「オイラもそこまでは知らないなぁ」
「一応もっていくにゃ、なんか可愛いいにゃ」
ミーナがちょっと理解できないような事を言うと背嚢に目玉をひょいと投げ込む。
奇妙な荷物が増えたが、気を取り直して門番の部屋を目指して再び進むとしよう。




