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迷宮都市  作者: Brandish
上層探索編
20/28

07話

 晴れて6人そろって転送装置を使えるようになり、5層目で戦闘経験を積みつつ、金を稼ぐことを始めて数日経った頃にそいつは姿を現した。

 直径15フィー(15センチ)ほどの薄い円盤状の物体が回転しながら「ルルル」というような奇妙な音を発しており、それが8体ほど宙に浮かんでいる。


「なにこれー?」

「確かフライングエッジって奴で、外っかわが刃になってて飛び回って攻撃してくるらしいよぅ」

「どうすれば倒せるのでしょうか?」

「うーん、なんだったかな。めったに出ない敵らしくてあまり聞いたことないがよぅ」

「って飛んでくるにゃ!」


 まだかなり距離があると思い油断があったのか敵に先手を取られてしまった。

 ヒュンヒュンと飛び回り俺たちを傷つけていく。


「痛っ!」

「きゃああ」


 一撃で致命傷となるほどの攻撃ではないが、小さく機敏なうえに数も多く防ぎきれずに皆が傷ついていく。

 もし重要な血管や眼でも狙われたら恐ろしいことになるだろう。


 ギィンと甲高い音を立ててチコがフライングエッジをダガーで跳ね飛ばすが、敵が空中でわずかにふらついた後は何事もなかったように再び襲ってくる。


「きついなこりゃ」

「わああぁ」


 傷ついた仲間を法術で癒していたハルの背中が大きく切り裂かれる。


「こいつめ、なにをするにゃ!」


 ハルを傷つけた相手が飛び去ろうとするところにミーナの回し蹴りが綺麗に決まる。

 するとパンッという音と共にフライングエッジの中心にあった何か――おそらく魔石が砕け散り、そのまま地面に落ちると動かなくなった。


「中心の石が弱点みたいだよぅ」


 それに気が付いたチコが皆に声をかける。その声に応じて魔石に狙いを定めるが俺のロングソードやエレンのモーニングスターでは魔石はおろか本体にすらなかなか当たらない。


「俺とエレンは皆を守る事だけに集中しよう」

「それなら円陣を組みましょう」

「わかったにゃ」


 俺たちはハルとルシアを中心にして残る4人で四方を囲み、その中でも俺とエレンは攻撃を捨てて敵を防ぐことだけに集中する。


魔矢(マジックミサイル)

熱風(ヒート)


 ルシアが立て続けに魔術を行使する、が


「当たらないし効かないよー」


 魔矢は命中せず、熱風は全く効果が無いようだ。


「てやぁ」


 苦戦しつつもチコがダガーを正確に魔石に突き込み、2体目の破壊に成功する。しかし敵はまだ6体も居て俺たちの傷は増える一方だ。

 立て続けに治癒法術を使っているハルの法力は早くも底をつきそうだ。かといって俺が治療に回ったら守りが崩壊してしまう……


「あれ? なんか1体だけ攻撃してきてないのが居ます」


 ハルが指さす先の敵は確かに動き回ってはいるものの攻撃をしてくる様子が無い。


「ああ! 思い出したよぅ。こいつらには司令体ってのが居てそいつを倒すと全部止まるんだよぅ」


 あれがその司令体だろうか、しかし守られるように後方に位置する奴を攻撃するのは至難の業だ。


「わたくしが道を作りますわ、ミーナは続いてください。クルト、残りの方の守りはお願いいたしますわ」

「わかった、頼むぞ! 皆、エレンに合わせて周りの敵を少しでも散らせてやれ」

「おまかせー」

「あいよぅ」


 このままではジリ貧だとエレンもわかっているのだろう。己を文字通り盾とした戦法で敵の司令体を倒すつもりのようだ。


「行けぇっ!」


 俺の号令と共に少しでもエレンの負担を減らすべく司令体までの道を塞ぐ敵に向けて一斉にに攻撃を開始する。

 俺はロングソードをぶん投げ、代わりに開幕に投げ損ねたダガーを抜く。

 チコはありったけのダートを投げつける。

 ルシアは魔力の続く限り魔矢(マジックミサイル)を連射して、そして気力を使い果たして気絶した。


 そしてエレンはモーニングスターを投げつけると盾を両手で構えて走り出す、その後ろにはミーナが続く。

 これだけ飛び道具を放っても一発も命中はしなかったが、それでも敵を散らせるという目的を果たすことはできた。


「いやああああああああぁ」


 澄んだ声の雄叫びという相反したものをあげながら突き進むエレン。その周りには俺たちの攻撃で一旦散らされたフライングエッジが突撃を阻止しようと再び群がる。

 ほとんどはその盾にぶち当たるがそのうちの一体が盾をすり抜けてエレンの顔面に命中した――と見えたがギリギリで兜代わりの革製の鉢金で受け止めていた。

 しかし直撃した衝撃でぐらりと体勢が崩れてしまい、その隙に司令体が上空に逃げようとする。


「にがさないにゃ!」


 なんとミーナは傾きかけたエレンの背中を駆け上がると司令体向かって跳んだ。

 そして空中で追いつくと、全身をばねのようにして反り返り、全力で右の拳を真上から叩きつける。

 叩きつけられた司令体は地面に激突すると魔石が破壊されたのか、何度か跳ねてそれきり動かなくなる。

 すると残っていた5体のフライングエッジが支えを失った皿のように地面に落ち、こちらも微動だにしなくなった。


 まるで曲芸を見ているかのような感じであっけにとられていたが、我に返ると倒れたエレンに駆け寄る。ミーナも着地に失敗して転んでいるが多分そっちは大丈夫だろう。


「エレン大丈夫か?」

「ええ、ちょっと気を失っただけですわ」


 エレンに声をかけると、彼女を頭を振りながら起き上る、フライングエッジの命中したあたりから血が流れてきているが幸い大した傷ではなさそうだ。


「うーん、敵はー?」

「目を覚ましたかよぅ」


 魔力を使い切って気を失っていたルシアも無事に目を覚ましたようだ。だが今日はもう戦力外だろう。


「とりあえずハル、皆の様子を見て大きな傷から治していこう」

「わかりました」


 戦利品の前にボロボロになったパーティを何とかしないと、と思い、ハルと共に順に法術をかけ行くがあまりの怪我の多さに半分程度の傷を癒したところで二人とも法力が尽きてしまった。




「こうして包帯が役に立つ日が来るとは思いませんでしたわ」

「ウチはコレ得意だにゃ」


 念のためにと各自がひとまきずつ持っていた包帯がみるみる内に減っていく。しかし、なんとか使い切る寸前にすべての傷の手当てが終了した。


「ミーナがマミーみたいになったなー」

「にゃはは」


 ミーナの鎧は動きやすさを重視したので、茹でて硬化させたハードレザーではなく、なめしただけのソフトレザーなので防御力に欠ける上に、大きな傷を負わない程度にしか回避しないために小さな傷が無数についていた。


「それじゃ一段落したし戦利品を集めるか、と言ってもこいつら自体が売れるかどうかだが」

「魔石は間違いなく売れますわね、砕いて倒したのはどうなんでしょうか?」

「値段は落ちるけど破片だって売れるから回収するよぅ」

「飛んでいるときは円盤なのかと思っていましたけど、こうして止まっているのを見ると車輪みたいですね」


 ハルが言う通り、動かなくなったフライングエッジを観察すると直径は15フィー(15センチ)ほどだが、車輪のように幅2フィーほどの輪になっていて、外側に行くほど薄く鋭くなっている。また、その中のを幅2フィーの支柱が十字に走り、中心の合わさる場所に魔石がはめ込まれている。そして厚さは一番厚い場所で1フィーあるかどうか言うところだろうか。


「なんか軽いー」

「ふむ、こりゃ真銀ミスリルだなぁ」


 ハルが壊れずに落ちた1体を持ち上げ、ダガーで軽く叩いて音を聞きながら言った。


「ということは……」

「すべて売り物になるという事ですわね」


 これは苦労しただけあって期待できそうだ。


「なんにせよ今日はここまでだな」

「ボクも法力が無くなってしまいましたし」

「アタイもカラッケツー」


 3人とも魔力、法力共に使い果たした上に、皆治しきれない傷を負っていてとてもじゃないが更に探索という訳にはいかない。というよりも明日も回復した法力で傷の治療をすることを考えると臨時休業となるだろう。


「それじゃあ帰るにゃ」


 俺たちは魔石の欠片一つ残さず回収すると、これ以上敵に出会わないように慎重に転移装置へを向かった。






「あら、貴方たち珍しいのを持ってきたわね」


 カウンターの上に今日の戦利品を積み上げると鑑定のお姉さんにそんな事を言われた。


「やっぱりコイツは珍しいのか」

「そうね、月に一度見るかどうかというところかしら。5、6層目でまれに8体が1組で現れるそうよ」

「わたくしたちもそれなりに5、6層目は通っていますが初めて見ましたわ」

「結構やばかったよねー」


 その言葉を聞いて、あらという顔をする鑑定官


「フライングエッジは見ての通り、十字の部分以外は中が空いてるのでそこに剣なり棒なりをつっこんで動きを止めてから倒すのが良いと以前持ち込んだ方がおっしゃていましたよ」

「オイラが聞いた話にはそんなのはなかったなぁ」

「まぁ、一度でも遭遇する方が珍しい相手ですし。話を聞いた相手が知らなかったのも仕方ないのかもしれませんね」


 今更知ってもそんな遭遇頻度じゃもう役に立ちそうにない情報だ。


「それでは鑑定を始めますね――、この砕けた魔石は一つ、というか一組で銀貨5枚、壊れていないのは30枚といったところでしょうか。本体の真銀ミスリルの引き取り価格は今は確か……」


 なにかの書付を見る鑑定官、そしてフライングエッジの1つを秤に載せて重さを量る。


「100ギー(100グラム)あたり銀貨20枚、1体の重さが280ギーですから銀貨56枚ですね」

「すごいにゃー」


 それは凄い。確か普通の銀の引き取りが100ギーあたり銀貨10枚だった気がしたからその倍か。ただし真銀ミスリルは銀の半分の軽さだから同じ大きさなら金額も同じになるが。




「それでは持ち出し税を差し引いた額として銀貨607枚です」


 フライングエッジの分だけで銀貨613枚、それ以外の敵からの戦利品で銀貨61枚の併せて674枚、税を払っても600枚以上とは普段の4,5日分の稼ぎだ。


「悪いが400枚分は金貨にしてもらえるかよぅ」


 分配用の銀貨200枚分は別として共有費分は金貨にしてもらう、銀貨1枚は3ギーくらいだが流石に数百枚となると重いし、かさばる。一般の商店では銀貨や銅貨しか受け取ってくれないが、冒険者用の武具店や術の習得費用などは金貨でもいいのでこうした両替に手数料がかかないタイミングでは金貨で貰っている。


「6人の呼吸もあってきたし、今日の金で装備も整えられそうだし、そろそろ6層目の攻略に進むか?」

「そうだねー」

「未知の階層へ挑むのはひと月ぶりくらいですわね」

「まぁ、家に帰って何を買うかと相談するかねぇ」


 長いこと6層で足踏みしていたが、頼もしい仲間も増えたし今度こそは突破したいところだ。だが今日のところは――


「稼げたし、今日は美味いものでも買い込んで家でパーッとやるか?」

「さんせいにゃー」

「ボクはまたリンゴが食べたいです」


 探索が上手くいった日にはこれくらいの事はあってもいいだろう。


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