02話
迷宮都市――マンハイムを囲む外壁はおよそ600フィル(600メートル)四方というい大きさだろうか、高さはせいぜい3フィルを超える程度で盗賊除けというくらいの役にしかたたないだろう。
だが、この中におよそ3000人の住人とそれに加えて1000人以上の冒険者が滞在しているという。1000人を超える冒険者がひしめき合う街を力ずくで奪おうとする輩は少ないだろうからこれで十分なのかもしれない。
「到着いたしましたわね」
「そうだね、無事に閉門時間前につけて何よりだ。それじゃあ早速入街の手続きをしよう」
「ええ、行きましょう」
開け放たれた門扉のそばには衛士と思しき二人の姿がある、街から出る人間は素通りしているところを見ると、入る時だけ手続きがいるようだ。
俺たちの前には一人の行商が衛士と話しており、その後ろに並ぶことにする。
「こんにちは、街に入りたいんだけど?」
行商が衛士に頭を下げて街に入っていったのを確認すると、俺は衛士に声をかけた。
「兄ちゃんひとりかい?」
「いや、この女性、エレオノーラさんも一緒で」
そういいながら俺が横にずれるとエレンさんは衛士に深々と頭を下げる。
「わたくしもお願いいたしますわ」
可憐な顔にずば抜けた長身、強靭な戦士の体、そしてびっくりするような澄んだ声といろいろな要素が混ざりすぎているエレンさんを見て衛士達は驚いているみたいだ、気持ちはよくわかる。
「こりゃまたどでかい姉ちゃんだなぁ……。ああ、気分悪くさせたらスマン」
「いえ、わたくしが大きいのは事実ですわ」
そういってエレンさんは優雅に笑う。
「ところでこの街に来た用事はやっぱり……」
衛士は俺とエレンさんの腰にちらちを目をやる。
「ああ、二人とも迷宮に挑むつもりだ」
「そうか、とりあえず入街記録に名前と出身を書くが、二人とも字は書けるか?」
「ええ」
と、当然のように頷くエレンさんの横で俺も「一応」と答える。
もともとは読み書きが出来なかったが、師匠に迷宮都市に行くなら簡単な読み書きはできた方が良いと言われて剣と同じく叩き込まれたのを思い出す。
それじゃあここに記入してくれ、と羽ペンを受け取り、樹皮紙の台帳に出身村と自分の名前を書く。エレンさんの美しい字の隣に書くのは恥ずかしいが致し方ない。
「よし、それじゃあ行先はやっぱり育成所かね?」
俺たちの書いたものを確認しながら衛士が言う。
「そのつもりだけど」
「はい」
「それじゃ道を教えるから覚えてくれ、といっても簡単だがな。このまま大通りをまっすぐ行くとそのうち右手に杖と剣を交差させた看板が見えてくる、そこが育成所だよ」
確かに簡単だ、まっすぐ行けばいいだけらしい。
「そうそう、もうじきに八つの鐘(午後4時)が鳴らされるが。するとその日の受け付けは終了になるから、今日中に受付を済ませたいなら寄り道しないで行くんだな」
「そうなのか、ありがとう」
「ご丁寧にありがとうございます。それじゃあクルトさん行きましょうか?」
がんばれよーという衛士の声を背に受けて、一路二人で育成所を目指す。
俺が住んでいた村は60人程度、途中で立ち寄った町も大きいところで精々数百人ほどしか住んでいなかったので何千人もの人間が住んでいる場所は初めてな事もあり、ついついおのぼりさんのようにキョロキョロしてしまう。
「なにか珍しいものでもございますか?」
「あ~。そういう訳じゃないんだ、田舎者なんで人の多さに驚いていただけだよ。俺の村なんて60人ちょいしか居なかったし」
ついにエレンさんに指摘されて少し恥ずかしくなる。
「60人……。逆にちょっと想像がつきませんわね」
「そういうエレンさんの故郷はどれくらい人が居たんだ?」
「そうですわね、大体2万人ほどでしょうか」
「それこそ想像がつかない人数だな……」
更に王都はその数倍の人が住んでいるという、まったくもって俺には埒外な話を聞いているうちに衛士の説明のあった看板がかかった建物が見えてきた。三階建てで、通りに面している部分だけで幅が20フィル(20メートル)以上はあるかなり大きな建物だ。
「思ったより立派な建物だな」
「そうですわね。奥行きはもっとあるでしょうし。何はともあれ中に入ってみましょう」
村にある牛小屋と放牧地みたいなイメージをなんとなく育成所に抱いていた俺は少し戸惑ってしまうが、そんな俺を尻目にエレンさんは気安く育成所の扉を開けて中に入っていく。俺は慌ててその後を追った。
「あら、いらっしゃいおふたりさん」
育成所に入った俺たちを迎えたのは少しけだるそうな様子でカウンターに座る女性だった。年のころは多分20代後半くらいじゃないだろうか。なぜ多分かというとその女性は人間ではなさそうだからだ。
「うふふ、人間のボウヤ、ウェアキャット族を見るのは初めてなのかしら?」
思わず凝視してしまった俺に、特に気を悪くした様子もなくそう言って艶やかに笑う。
「す、すいません」
「別にいいのよ」
「あ、なんというかすごく綺麗です」
「ありがと」
黒と茶の縞の入った毛並と頭の上にピンと立った耳がなんともいえぬバランスで、いかにも野性的という美しさを感じる。
「それじゃそろそろ本題に入りましょうか。二人ともココには迷宮挑戦の登録に来たのよね。登録だけ? それとも育成もうけるのかしら?」
「俺は育成もお願いします」
「わたくしもです」
「はいはい、了解っと。それじゃ八つの鐘がなったら今日の受付者はまとめて説明とかするからとりあえずこの登録書に名前を書いて、あとは待合室にいて頂戴ね」
受付のお姉さんはそういいながら扉もなく繋がっている隣の部屋を指さす。俺たちは言われるがままに台帳に記名して隣の部屋へと移動することにした。
「やぁっとお仲間がきたよぅ」
二人で待合室へ入るなり、ちょっと間延びしたような声に迎えられる。声の主は少年だろうか、130フィー(130センチ)にも満たないような小柄な姿でとても冒険者には見えない。
「ごきげんよう。ハーフリング族の方ですわね」
俺の疑問をエレンさんの言葉が吹き飛ばした。そうか、確か人間よりだいぶ小さい種族だと聞いたことがある。見たのは初めてだが。
しげしげとみるとわずかに耳がとがっていたりと少々人間とは違うのが解る。
「今日の登録者はこのままだとオイラひとりかと思ってたからよかったよぅ」
ハーフリングの男は――、少年なのか大人なのかはよくわからないが、そう言ってニコニコと笑っている。
「それじゃあ今日は三人かな? もうすぐ八つの鐘がなるだろうし。なんにせよよろしく」
「こっちゃこそよろしくぅ。そそ、オイラの名前は――」
男がそう言いかけた時に街のどこからともなく鐘の音が聞こえてくる、どうやら八つの鐘が鳴ったようだ。
と、その時「おっしゃ~! 間に合った~」
女が入り口の扉をぶち破るようにして飛び込んできた上に、受付を通り過ぎてこの待合室に駆け込んできた。
やや小柄な体に、無造作に後ろで結んだくすんだ金髪、そして今しがた見たハーフリングよりもやや尖った耳。これは話に聞くエルフというやつだろうか?
「はぁ、はぁ……」
よほど急いできたのか、へたり込むようにして荒い息をついているエルフの女の扱いに困って三人で顔を見合わせていると、受付からウェアキャットのお姉さんがやってきた。
「す、すいま、せん……。走りこんだ、勢いが、とまらずに」
「こらこら、だめじゃないの勝手にこっちに入ってきたら――。でもまぁ今日はこの四人で打ち止めみたいだし、このまま説明しちゃうわね」
お姉さんはやれやれという感じで肩をすくめると俺たちに育成所の説明を始める。
「知ってることもあるだろうけど、いちおう決まりなんで一通り話すわよ」
そう前置きしてお姉さんが語った内容はこんな感じだった。
迷宮に挑むものは希望すれば国の援助(この育成所などはどうやら国営らしい)が受けられる。援助の内容は以下の通り。
ひとつ、最初の30日間は無料で寝床を提供する(食事は出ない)。
ひとつ、10日程度の各種技能を身に着ける訓練を無償で受けることが出来る。
ただし、上記援助を受けたものは最低でも一年間街から出ることを禁じる。
「とりあえず簡単にはこんなところよ。なにか質問はあるかしら?」
「訓練とはどのようなものなのでしょうか?」
エレンさんの質問にお姉さんは指に顎をあてて少し考えた後に答える。
「一般的な迷宮の知識と、希望、もしくは適正のある技能の習得かしらね。短剣、長剣、メイス等の武器の扱い、盾や鎧の扱い、罠の探知や解除、鍵の開錠、法術、魔術。単純に分類すると戦士としての技能、盗賊としての技能、法術士としての技能、魔術師としての技能の四つに分かれるわ。むろんどれか一つだけではなく複数を学んでも良いけれどね」
そこまで言った後に、ただしと言って付け加える。
「法術と魔術はいくら本人が希望しても適性が無いと身に着けることはできないの、だからこの後で全員に適性検査を受けてもらうわ。今回の訓練で技能を学ばないにしても適性の有無を知っておくことは重要よ」
「なるほど、わかりましたわ」
「それじゃオイラからも質問、一年街から出られないってどぉいうことや?」
「ふふふ、それはねこうした訓練などは別に善意でやってるわけじゃないの。つまり、稼げるようにある程度鍛えてあげるし、初心者のころの寝床も用意してあげるから、そのあとはしばらく迷宮で稼いでお金を落としてちょうだいって事よ」
最初はそんな決まりはなかったが、訓練だけ受けてさっさと街を出て行ってしまう連中が居たためにこんな風になったらしい。
「さて、他に質問はないかしら? 無いようね、それじゃあとりあえずさっき言った術の適性検査を受けてもらおうかしら、といっても貴方たちは何かするわけじゃなく座ってるだけだから安心して頂戴ね」
そういうとお姉さんは待合室のさらに奥にある部屋へと移動した。
「それじゃあ順番に検査するから名前を呼ばれたらこちらの部屋に来て頂戴、最初はチコさんね」
どうやら登録順に呼ばれるのかもしれない、妙に高鳴る胸を押さえて俺は順番を待つことにした。これがある意味での冒険者への第一歩だろうか。