06話
「そういえばどうしてこんなに重い武器を使っていたんだ?」
「体を鍛えるためかにゃ?」
「別にそういう訳ではありませんわ。これは騎士だった御爺様の愛用品でしたの」
エレンはそう言って愛おしそうにモーニングスターをなでる。
「どんなお爺さんだったのー?」
「そうですわね、わたくしが13歳の時にお亡くなりになられたのですけれども、そのころには少しやせてしまっておりましたけど、現役の時は身長2フィル(2メートル)近く、体重は110ギルス(110キログラム)以上あったそうですわ」
そんな化け物みたいなのが使っていた武器を同じように振り回すのは、エレンの力でも流石に無理じゃないだろうか。
「そんなのが使っていた武器をエレンが使うのはちと無理じゃねぇか?」
チコがまさに俺が言いたかったことを言う。
「わたくしも最初は両手が必要でしたけれども、15歳の時にはなんとか片手で使えるようになったので、そのうち御爺様に追いつけると思っていたのですわ」
「アレを15歳で片手で振れるようになっただけでも物凄いな。まぁ、そのうちに出番があるかもしれないけど当分はさっき買った奴を使うんだな」
「そうですわね、攻撃が当てられなければ仕方ないですものね……」
愛用の武器から乗り換えるのがやはり寂しいのだろうが、ここは我慢してもらうしかない。それに新しいモーニングスターも十分に重量級の武器であろう。
そしてあくる日、俺たちは4層目の攻略、すなわち門番の討伐を目的として迷宮に降り立った。
前回の攻略と同じように極力戦闘を避けつつ進む。そして今月は階段の配置にも恵まれたために一度も敵に出会わずに――正確にはチコの誘導で何度か回避したのだが、4層目にたどり着くことができた。
「良い感じで来れたねー」
「そうなのかにゃ?」
「うん、前回4層攻略をしたときは確か4層までに2回、門番までに1回戦闘があったはずだよぅ」
「そうなんですか、それなら今日は幸先が良いですね」
しかし幸運もそこまでで、階段から少し離れた場所でコボルト4匹と対峙することとなった。奇しくも4層目の攻略時に出会ったのと同じ敵、同じ数である。
「先頭の奴を狙え」
例によって接近する前に数を減らすために集中攻撃を指示する。盾も持たず、粗末な皮鎧を身にまとっただけのコボルトは俺の投げたダガーはなんとか躱したが、矢と魔法の直撃を浴びて倒れる。
今回も首尾よく一体を遠間で倒すことが出来たが、いつまでこの戦法が通用するのか一抹の不安を覚える。
階層を降りるほどに敵は強くなるが、ルシアの魔法は別として俺のダガーとチコの矢の威力はそうそう変わるものではなく、そのうち通用しなくなるかもしれない。
「中央の敵はわたくしが、左右はお願いいたします」
敵を眼前にしながら物思いにふけかけていたがエレンの言葉で我に返る。
「シュッ」
敵を待ち構える俺とエレンとは対照的に、積極的に敵に接近したミーナが大胆な入り身でコボルトの懐に入り込み、顔に触れそうなほどの距離でショートソードを躱しながら敵の胸に肘を叩き込む。
そしてそのまま流れるように膝蹴りで食らわせて動きを完全に止めると、最後は右のフックで頭蓋を砕く。
「倒れた奴は任せとけぇ」
その言葉と共に俺の横をチコが駆け抜けて行き、先ほど飛び道具で倒した相手に止めを刺す。
俺はその姿を視界の端に捉えつつ、自分の相手と剣を合わせる。未だに一撃で首を切り飛ばすような事はできないが、コボルトくらいなら一合ごとに、そして盾で受け流すごとに敵の体勢を崩していけるようにはなっている。
そして十分に自分の体勢、間合いになった時に首元に剣を突き刺し勝負は決した。
「――!」
首から吹き出す血と共に、ひゅーひゅーというような息の洩らしながらコボルトは倒れる。
俺の横ではエレンが戦っているが、今までと違い、まるで小枝を振るようにモーニングスターを振り回す。あえてコボルトの持つ盾に2、3度攻撃を叩き込むと粗末な盾は簡単にはじけ飛ぶ。
コボルトは盾を失い、必死に様子で突きを放つがエレンの盾に易々を受け止められる。そして後ろに飛んで逃げようとするがそれよりも早くモーニングスターがわき腹に深々とめり込む。エレンはとどめを刺そうとモーニングスターを振り上げるが、それを叩きつけるまでもなくコボルトは倒れ、動かなくなった。
以前の武器ならもしかしたら一撃で盾を粉砕できていたかもしれないが、空振りや躱されることを考えたら新しい奴の方がよほど良さそうだ。
「最初以外何もしないで終わったー」
「ボクなんて最初から最後まで何もできませんでした」
そんな後衛の愚痴ともいえるような言葉が出るほどにあっさりと戦闘が終わった。以前同じ敵を相手にしたときは大違いだ。
「やっぱり6人だと違うねぇ」
「それに皆さんの腕も上がっていると思いますわ」
そのどちらもが大きいだろう、もう4層なら油断さえしなければ問題なく進めそうだ。
「あ、宝箱にゃ」
「どこどこー」
「だから近寄るなって何時も言ってるだろぅ」
箱を見ると駆け寄るのが2人になって、今までの2倍苦労しているチコを苦笑しながら眺めつつコボルトから金目の物を回収する。
「ボクも手伝います」
「ああ、頼む」
戦闘で活躍できなかったからか、それとも生まれついての生真面目さか判らないが、すかさずハルが手伝いに進み出る。
「銀貨が全部で12枚だけか、使ってたショートソードは見た感じ鉄くず扱いにしかなりそうにないな」
「鎧とかもあんまり売り物にはなりそうにないですね」
毎度のことだがコボルトは戦利品がイマイチだ、そこで期待の視線をチコ達に向ける。
「こっちも古銀貨が7枚だけだなぁ」
銀貨換算で併せて33枚か、箱が出てくれたおかげでなんとかって感じか。
「古銀貨ってなんにゃ?」
小首をかしげつつミーナが聞いてくる。
「古銀貨というのはおよそ400年ほど前に大陸全土を支配していた国の通貨ですわ。それがなぜこの迷宮から出てくるのかはわかりませんが、古銀貨1枚で今の銀貨3枚の価値になりますわ」
「古銀貨ってのは、魔石の粉を使った特殊なつくりをしてて良い細工の材料になるんだよぅ」
それは初耳だ、流石に元細工師だけあって詳しい。俺はただ単に大きいから3倍の価値があるのかと思っていた。
「ここが門番の部屋ですか」
「そーだよー」
コボルト戦の後は幸いにして敵と遭遇することもなく門番の部屋の前までたどり着くことができた。
「それでは準備はよろしいですの?」
「大丈夫にゃ」
俺たちは扉の前で軽く休憩すると2度目となる4層の門番の部屋へと侵入した。
「スケルトンか」
「ひぃふぅみぃよぉいつ……。全部で5体ですね」
ロングソードに盾を持ったものが3体、ダガーを持ったものが1体、それに杖を持ったものが1体である。
杖のスケルトンは生前は魔術士か法術士だったのかもしれないが、今はその杖で殴り掛かるしかできないのでそれほどの脅威じゃないだろう。
スケルトン達は部屋の入り口の俺たちに向かってくる様子もなく門の前で佇んでいる。
「そいや、迷宮内で死ぬとアンデットになるっていう話を聞いたことがあるなー」
「昔の仲間に剣を向けることがあるかと思うと悲しいですわね」
「――だなぁ」
「ん、チコどうした?」
「いんや、何でもないよぅ」
チコの様子が少し気になるが、今はそれよりも目の前の敵を倒すことを考えよう。敵は5体だが飛び道具が無いのでできるだけ遠間で戦うのが良いだろう。
「どうやら入口なら襲ってこないようだからここから飛び道具で攻撃しよう」
「流石に攻撃したらこっち来るとおもうにゃ」
まぁそうだろうがそれでも初弾をじっくり狙って撃てるのはありがたい。
「盾持ちは防がれる可能性があるから最初にダガー、2体目を狙う余裕があれば杖という順で」
「りょーかいー」
「わかったよぅ」
といっても俺が持っているスローイングダガーは1本だし、チコのクロスボウも連射できる代物じゃないので2発目が打てるのはルシアくらいだろう。
「氷槍」
ルシアの魔法の発動を合図としたように俺とチコも飛び道具で攻撃する。チコの矢は狙い通り敵に飛んでいったが隙間だらけの体を抜けて反対側の壁に当たって落ちてしまった。
俺のダガーは刺さりはしなかったが肋骨らしき骨を1本砕いた。そしてルシアの氷槍は見事に骨盤に命中。
体の要となる部分を破壊されたスケルトンは崩れ落ちるが、活動を停止せずに上半身だけで這って進もうとしている。正直言って気持ち悪い光景だ。
それでも1体はほぼ戦力外となったと見ていいだろう。
「敵が来ますわ」
攻撃を受けて門の周りからカシャカシャという音を立てながらこちらに向かってくる。ダガー持ちにチコがダートを数本投げつける、その内1本がうまい具合に刺さったがあまり効いているようには思えない。
「氷槍」
と、その瞬間にダガー持ちの頭蓋骨がパカンという音を立てて砕け散った。どうやらルシアの2発目の魔法が見事に頭に直撃したようで、食らったスケルトンは操る糸が切れたようにバラバラになって床に散らばった。
「残りは3体だ、エレン、ミーナ頼むぞ。チコは後ろで這ってる奴を始末してくれ」
声をかけた3人からそれぞれ了解したという答えが返ってくる。
油断は禁物とはいえ、スケルトン自体はコボルトと大して強さが変わらない感じであり3体ならばおそらく問題なく倒せるだろう。
そしてそれはほんの少し後に現実となった。チコが上半身だけとなったやつを始末した後はルシアと共同して左端から、つまりミーナ、エレン、俺の戦っている相手を各個撃破していくことで勝負がついた。スケルトンには円陣を組んで背後を守りあうというような事まではできないようだ。
4人の時にここを突破したときに比べると拍子抜けするほどあっさり、という感じだがこれが6人でなく4人であったならやはり苦戦していたようにも思う。
「止血」
それでも流石に無傷とはいかずにミーナが軽傷を負ったが、逆に被害はそれだけで今しがたハルが治したところだ。
「おたからはー?」
「何もありませんわね……」
簡単に勝てた所為なのかは不明だが、宝箱は発生せず。しかもスケルトンも見るからに何も持っていない。せめてものということで武器を集めて持ち帰る事にした。
「全部で銀貨20枚もいきそうにないねぇ」
「まぁ、そんなこともあるさ」
とりあえずは今日のところは稼ぎが目的ではないのでほぼ被害なしで済んだのでよしとしよう。
「それじゃあ門の中へいくよー」
「たのしみにゃー」
「ま、待ってください」
なんというか見た目は全く似てないのに、行動が妙に似ているルシアとミーナが門の中に走っていき、それをハルが慌てて追いかけていった。
残された俺たちも苦笑するとゆっくりとその後に続いた。
「おお、すごいにゃ!」
「でしょー」
俺たちが追いつくと、何故か自慢げなルシアと転移装置に感動しきりのミーナとハルが居た。どうやら早くも認証は済ませたようで手の甲に浮かび上がる文字を嬉しそうに眺めている。
「そんじゃ帰るがよぉ、最初に跳ぶか?」
「――ちょっと怖いので後で良いですか?」
「えー、楽しいのにー。ほらいこー」
「ならウチが最初にいくにゃ!」
楽しげに転移装置に飛び込んでいくミーナとしり込みするハルを引きずるようにして続くルシアを見送る。
「俺たちがここを最初に来たのが確か街に来て22日目だったな」
「そして今日は60日目ですわ」
「6層目で足踏みしてたのと、2人の育成期間は5層目にずっといたしねぇ」
「でもまぁこれでやっと進めそうだな」
1層目に転移した3人が帰ってくるのを見つつ、これでまた一区切りがついたなと感じていた。




