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迷宮都市  作者: Brandish
上層探索編
18/28

05話

 戦闘時の前衛の並びは中央にエレン、その左にミーナ――これはいざという時に防御面が弱いミーナがエレンの盾の陰に隠れられるようにするためだ。そして右に俺という配置を基本とすることにした。

 後衛は最後尾をチコが警戒し、中央にルシアとハルという感じだが、チコは臨機応変に動くことになりそうだ。


「この隊列を試す良い機会のようですわね」


 エレンの言葉の通り、その隊列を取った俺たちの前方にはジャイアントバットが3匹ほど遊弋している。

 あいさつ代わりの飛び道具が1匹のジャイアントバットに集中し、その内のチコの矢だけが命中、幸いにしてその一撃で敵は絶命して地面に落ちた。そして残る2匹がエレンとミーナに向かって急降下してくる。


「シュッ、フッ!」


 落ちるように襲ってくるジャイアントバットを左のジャブで迎撃し、続けざまに右のフックのコンビネーションを決める。ガントレットの指の付け根の位置から突き出たスパイクによって4つの穴を体に開けられた敵はそのまま地面に落ち、それを透かさずブーツで踏みにじってとどめをさす。


「今回は調子いいねぇ」

「そーだねー」

「にゃはは」


 援護の隙を伺っていたチコとルシアが感心したように言う。ミーナはどうやら初陣で踏ん切りがついたようで見事な攻撃で敵を瞬殺した。


「こういった小さくてすばしこい敵はどうにも苦手ですわ」


 残る一匹を相手にしているエレンはモーニングスターではなかなか命中させられずに苦戦しているようだ。明らかに用途が違う武器だから仕方ない気もするが。


眠り(スリープ)


 見かねたように放たれたルシアの魔法により眠りに落ちたジャイアントバットが地面に落ち、そして落ちた衝撃で目を覚ましてすぐさま飛び立とうとするが、その隙を与えずエレンのモーニングスターで地面との間に挟まれ、叩き潰される。


「――援護ありがとうございますわ」

「お互い様だよー」


 エレンがルシアに礼を言うが若干表情が暗い気がする、俺の気の所為かも知れないが。


「6人での感じもなんとなくわかったし、今日は引き上げるか?」

「そうだねぇ」

「わかりました」


 初日から無理をしても仕方ない。十分戦えるとわかれば今日はもういいだろう。






「いらっしゃい、こりゃまた団体さんだね」


 迷宮を出て、普段あまり使わない生鮮食料品を取り扱う店へと立ち寄る。今までは食事は行きつけの食堂で済ましていたが、これからは遅くなった時など以外は自炊をするつもりだ。全員で寄る必要はないんだが、当番でそのうち来る必要あるので覗いていきたいという話になってどやどやと店の中に入ることになった。


「食材を買うなんて初めてだー」

「俺もそうだな、村では自分の家で育てるか近所で融通しあうかだったな」

「オイラのとこは一応商店があったよぅ」


 などと農村出身の3人は初めての食料品店に盛り上がる。


「今日の当番はミーナとチコでしたわね。何を作るのかしら?」

「ウチはまだ料理できないからチコにおまかせにゃ」

「オイラも得意って訳じゃないからなぁ、今日のところは無難にすませておくよぅ」


 そう言いながらチコはパン、チーズ、サラダやスープに入れる野菜、そして初陣で仕留めたこともあるイノシシの肉などと一緒に塩なんかの調味料の類も買い込む。


「これもいいかなー?」


 少し離れたところできょろきょろとしていたルシアがリンゴの山を物欲しげに指さしている。


「どうしますか、本日の料理長殿?」

「うむ、人数分カゴにいれていいよぅ」

「やったー」

「これ、リンゴですよね? ボク、食べるの初めてです!」


 どうやら今日は食後のデザートも付きそうである。






 家に帰ると早速チコが、ミーナに料理の基本を教えつつ夕食を作り始めた。遠目にはまるで年の離れた弟が姉に教えてるようにも見える。

 チコは面倒見が良いうえに教え上手だし、ミーナも不器用という訳ではないので妙な夕飯になることはないだろう。

 俺たちは台所を2人に任せて、その間に2人の分も併せて武具の整備や井戸からの水汲みなどを行う事にした。


 一通り用事を済ました頃にには台所の方からいい匂いが漂ってきていた。


「できたよぅ」

「ごはんにゃー」


 その言葉に4人がぞろぞろと集まってくる。誰に言われるでもなく配膳を皆で手伝い、あっという間に食事の準備が整った。

 一緒に買い物をしたので意外なものがあるわけではないが、パンにチーズ、イノシシ肉のスープに同じくイノシシ肉を焼いたもの、そしてリンゴなどが並んでいて空腹と相まって非常に食欲をそそられる。


「いただきまーす」

「いただきますわ」


 それぞれ信じる神や大地に感謝をしてから食事を開始する。しばらくは皆無言で食べていたが、人心地着いたあたりで今日の反省会が自然と始まった。


「ミーナは人型以外との戦いに慣れれば問題なさそうだな」

「ハルはこう言っちゃなんだけど、存外いい動きだったねぇ」

「あ、ありがとうございます」


 まだ1層の入り口付近を回っただけなのではっきりとは言えないが、この感じなら4層目までは順調に行けそうな気がする。


「エレンどうかしたー?」


 ルシアがエレンに声をかける。どうやらエレンのもつ屈託にルシアも気が付いたようだ。


「――わたくし、他の武器を使った方が宜しいのでしょうか? 今日もコウモリ相手に空振りばかりでしたし……」

「でも、エレンはアレが一番使いやすいんじゃにゃいの?」

「はい、剣や槍なども一通り学びましたがメイスの類が一番性に合ってるとは思うのですが、重歩兵相手を想定して訓練していましたので、このような迷宮の敵に上手く対応できていない気がいたしますわ」


 確かにコウモリやコボルトなんかにあのモーニングスターはやりすぎな気はするが、それでもやはり使い慣れている武器の方がいざというときにはいいんじゃないだろうか。


「そいや、前から思ってたんだけど、エレンの力の割に振り始めが遅くねぇかぁ?」


 俺もそれは感じたことがある、モーニングスターは軽い武器ではないがあのエレンの膂力ならもっと軽々振り回せてもよさそうな気はする。


「んー……。ちょっと持ってきてみてー」

「は、はい」




 何か思いついたのか、モーニングスターを持ってくるように頼んだルシアの言葉に従いエレンが部屋から持ってきた。


「どうぞ、重いのでお気を付けください」

「ほい、ってこりゃ重いねー。5ギルス(5キログラム)以上はある感じー」


 ん? それはちょっとおかしいような……


「モーニングスターって普通は精々3ギルスって聞いたことがあるが? ちょっと俺にも貸してみてくれ」

「ほいほーい」

「うお」


 ルシアから受け取ったソレの想像以上の重さに驚く。


「これなんかおかしくないか? やたら先端の方が重いような……」

「ちょっとオイラにも貸してくれぇ」


 そういうチコに慎重に渡すと、チコは食事に使っていたスプーンでモーニングスターの各部位を叩いて音を聞いている。


「これ、先端の球のとこが全部詰まってるねぇ。普通は中が空洞のはずなんだがよぅ」

「え、そうなんですの?」

「育成所で試しに持った練習用のはもっと軽かったよー」

「わたくし、あれは訓練用だから軽く作ってあるのかと思っていましたわ……」

「いやいや、本物と同じような重さで作らないと練習にならんだろう」


 どうやらエレンはかなり特殊な武器を使っていたようだ。


「うわ、これは重いにゃ」

「こんなのを片手で振り回せるなんて凄いですね」


 ミーナとハルも興味津々と言う様子だったのでチコが渡すと皆と同じような感想が出てきた。


「――今は金欠だけど、ちょっと貯まったらエレンの武器を見に行ってみるかよぅ」

「そーだねー」


 あの重さのものを振りませているなら、普通のモーニングスターならかなり命中が良くなるんじゃないだろうか。もしゴーレムやらドラゴンでも出てくればあのくらい重い方が良いのかもしれないが、今の俺たちには無用だろう。






 それから数日の間は2人に経験を積ませるのと、6人での連携を確かなものにするという二つの目的のもとに少しずつ下の層へ降りて行った。そして今日、3層目から4層目へ通じる階段を確認して帰還するところまで来たのだった。


「それでは持ち出し税を差し引いて銀貨87枚になります、お確かめください」

「確かに、受け取りましたわ」

「3層目にしては稼げたねー」


 そして今日はなかなか稼げたこともあり、ここ数日の分と足せばエレンの武器を新調できそうだという事で武器屋に寄ることとなった。






「おう、今日はどうしたよ?」

「エレンの武器を見に来たんだよぅ」

「んだ、あの丈夫そうなのがぶっこわれちまったのか?」

「いえ、少し軽いものが無いかと思いまして」

「なるほどな、ちなみに今のはどんくらいなんだ。ちと貸してみろ」


 そう言ってドワーフの店主が出した手の上にエレンがモーニングスターを置く。


「うお、なんだこりゃ?」


 どうやら武器屋の親父でも驚く代物のようだ。


「よくまぁ、こんなの今まで振り回してたなぁ」

「似たような大きさ、形のはあるか?」

「うーん、ちと待ってろ」


 親父はエレンに武器を返すと背後の倉庫に入って行った。頼めばなんでも出てくるあの倉庫にはどれだけの武具が詰め込まれているのだろうか。


「こいつなんかどうだ? 別に特別なモンじゃなくて極普通のヤツだがな」


 しばらくして親父が一本のモーニングスターを持ってきた。親父の言う通り見た目はエレンの持っているものと大きさ、形とも似たような感じで重さを除けば今までの感覚で使えそうにみえる。


「これは持ち手の滑り止めもしっかりしていて良いですわね」


 軽く何度か振ってみたエレンが言う。確かに今までのものよりも断然振りが速い。これならば今まで当てるのに苦労していた敵も捉えられそうだ。


「他に店に並んでるのは今までのと結構違う感じですね」

「そうだにゃ」

「これは幾らだぁ?」

「銀貨150枚ってとこだな、今使ってるそいつを下取りに出すならかなりいいものみたいだし交換という形でもいいが?」

「申し訳ありません。これは長年愛用したものでして、壊れてしまったならともかく売るわけにはまいりませんわ」


 俺もこの師匠にもらった剣を売れと言われたらそう言うだろうな。


「それじゃ払うもの払って帰ろうぜ」

「そーだねー」


 刀剣類ではないので鞘などはないためそのままむき身で持ち帰る事にした。


「明日からはこちらを使うのですか?」

「ええ、振った感じは違和感もありませんでしたし、すぐに慣れると思いますのでそうするつもりですわ」


 ハルが持ってみたいというので渡された新しいモーニングスターを抱えるようにしながらエレンに聞くと、彼女はそう答える。

 武器を持ちかえたことにより彼女の懸念が払しょくされるのを祈ろう。そうすればまたパーティとしても一段強くなる事だろう。


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